意識高い系若造
シュと扉が開き、静かな瞳の冷静そうな男が出てくる。
「ふぅ、そろそろ帰りますか……」
若造ことクイック ウィンテッドは、緩衝地帯にある通路の一画でそう呟いた……。
そして、直線に続く通路を眺める。
自分以外誰もいない通路。今現在この緩衝地帯にいるのは自分だけ……。
「いえ、もう二人いましたね……」
若造はその冷静な瞳を、反対の通路に向けた。
『小悪魔』……クロックシティーにおいて絶大な人気を誇っていたゼンシュリーク町長を失脚させた恐るべき新勢力……。
『町長派』自体は、残った副市長たちがまとめ上げ、勢力としては残った。
しかしクロックシティー最大勢力だった『町長派』はそのトップを失う事で大混乱の真っ只中だ。
町長のカリスマによって集っていた、人間を超えた異常な力を持つ副市長。その副市長らも何割かは町長派を離れたらしい。
そんなクロックシティーの誰もが認める町長を潰した小悪魔が、今まさにこの緩衝地帯に居座っている。
ゴクリと若造は生唾を飲み込み、その悍ましき幼女達がいるであろう通路の先を見る。
まるで奥から黒い瘴気でも漂ってきそうな感覚に、若造は思わず通路から目を逸らした。
「皆分かっていない……」
彼女達のやった事はクロックシティー全域に、コレでもかと分かりやすく伝えられた。
『ただのペテン』『分かってしまえば子供にすらできること』『子供にすぎない』『勢力などと大袈裟な……』
みんなそう言う。
確かに本人達を間近で見ても、胡散臭いだけの子供にしか見えない。
なるほど……確かに対した力は持っていなさそうだ。
やった事は簡単、映像で彼女達が言った通りだ。
町長は『人気』を力に変える能力を持っていた。
亡霊デュラハンの正体をクロックシティー全域にバラすことで、その人気を下げ力を削いだのだ。
「実際に倒したのはプレジール ヴィイ。偽デュラハン。……だから小悪魔自体は唯の子供にすぎない……」
人工ダンジョン勢力のトップである総ダン長ですらその評価だ。
そう、分かってしまえば子供でも出来てしまう事……。
「……そんなワケ……ないでしょう」
子供でも出来た?
分かってしまえば簡単なこと?
人気さえ落としてしまえばいい?
「じゃあ誰ができた」
人気を力に変えていた真実を誰が知っていた。
仮にその原理を知ったとして、誰が人気を落とすことが出来た。どうやって! 誰が暴けた!
口だけで簡単だと宣うお前らに、それが出来たのか?
「……できませんよ」
他の誰でも……勢力だとしても不可能だ。
「それを彼女達はやった……」
実際に小悪魔を目にして分かったことがある……。
彼女達は……『ただの子供』だ。
多少不思議な異能が使えるだけで、力自体はただの子供に過ぎない……。
その事実に気づいたとき私は――
『寒気』が走った。
誰にも出来ないことを……力のない子供がやった。
絶対的な力を持つはずの勢力を脅かした。
そんな当たり前におかしな事象に……恐怖を覚えた。
まるで無味無臭の毒物か、自覚症状のない病気のようだ……。
だからこそ思う。
「……彼女達は『勢力』だ」
油断をしたら勢力ですら容赦なく喰い散らす――
『悪魔』だ。
「………………はぁ」
若造は知らずの内に強く握りしてめていた手のひらを開く。そして気持ちを切り替えるように首を振った。
そうだ、自分だけは油断しないようにすればいい。
それに思うのだ。彼女達に対する利口なやり方……それは『不干渉』相手にしない事なのだと。
それは奇しくも、『自分だけ』が出来ていない事だ。
彼女達は言っていた。食事さえ提供すれば、そのうち出ていくと……。
ならば自分も、何も考えず日々を過ごせばいい。
「幸い、今日の食事の順番は向こうですしね」
努めて明るくそう口にする。
小悪魔に対する食事の提供は、コチラのダンジョンと向こうのベアリング人工ダンジョンが交互に行っている。
今日は向こうの番なので自分は顔を合わせなくて済む。
「いつの間にか私が小悪魔専属になっていたのは解せませんが……」
まぁ仕方のない事ではある。
そもそも、この緩衝地帯は班ダン長と幹部しか来れない場所なのだから。
食事の提供などという下積みのような仕事も新鮮だ。
「あまり気にしてもいけませんね」
彼はそう呟いて帰路につくことにした。
壁の装置にパイプ端末を当てるとシャ……と軽快に開き、エレベーターが到着をする。
このエレベーターは上下の移動ではなく、緩衝地帯を移動する為の横に動く装置だ。
人工ダンジョンを移動する際の方法は人工ダンジョン毎に違うが、当ウルペース人工ダンジョンでは回転転車を利用している。
二層構造になった球体に乗り込み、距離の離れたスタッフルームに移動する方法だ。
スタッフルーム自体は人工ダンジョンの各地に離れて点在しているので、回転転車でしか移動はできない。
だがこの緩衝地帯だけは、一般の職員が入り込まない様にパイプ端末で管理されたエレベーターで移動している。
「ふむ、緩衝地帯にいるのは私一人ですか……」
開かれたエレベーターを前に、若造は何かを思いついた様に手首に巻いたパイプ端末を操作しながら呟いた。
ここは『緩衝地帯』、他の人工ダンジョンとの境界にも関わらず、侵略禁止を約束された場所……。
だから端末を使用すればこの緩衝地帯にいる職員が自分だけというのが判断できる。
「そうですね。たまには運動しますか……」
そう言って彼は到着したばかりのエレベーターを閉める。そして、少し離れた位置にあるロッカールームへと向かった。
そして、動きやすい服に着替え、自分のロッカーから自転車を取り出して来た。
彼のやろうとしている事は、意識の高い会社員がやる事と何ら変わりはない。通勤に自転車を使用して運動をしようと思っているだけ。
この緩衝地帯から一般のスタッフルームに至る長い通路を、自転車で帰ろうというのだ。
「ふふ、買ってからあまり使用してあげられませんでしたね」
そう静かに呟いて、自転車のフレームを撫でる。
そう……彼は……意識が高かった。
「行きますよ」
氷の貴公子と呼べそうな顔に、柔和な笑みを湛えて通路を自転車で進む。
彼の乗っている自転車はスポーツタイプで、自転車というにはお値段が張る。その代わり最高速度はかなりの物で、乗る人間が乗れば車と変わらないスピードが出るらしい。
そんな物を施設の通路で走らせても大丈夫なのかと言われれば、大丈夫だ。
そもそも、当ウルペースダンジョンでは自転車の使用が認められているし、この緩衝地帯に他の人間が居ないのも確認している。
だからこそクイック ウィンテッドは気持ちよく自転車を走らせることができる。
いくつかの通路を曲がり、ここからは一般スタッフルームに続く長い長い直線の通路だ。若造は気合を入れてペダルをこぐ。
ジワリと汗を掻き始め、体が温まってくる。いい調子だ。
「フッフッフッフッ……」
リズミカルに自転車を傾け通路を走る彼の車体は、かなりのスピードで走る。
やはり、体を動かすのはいいものだ。
通路の壁が後ろへと過ぎ去る感覚が心地いい……
「フッフッフッフッ……」
「……」「……」「……」「……」
無心で自転車を走らせる。
「フッフッフッフッ……」
「……」「……」「……ッ」「……ッ」「……セッ」
そんな彼の横を――
「フンッ!」「……セッ!」「フンッ!」「……セッ!」
「………………………………………………」
レバーを漕ぐ幼女達が、凄まじい勢いで彼を追い抜き置き去りにした……。
「…………………………………………」
すぐに豆粒のようになった幼女トロッコの姿を、若造は遠い目で見送る……。
止まった彼の足は、徐々に慣性とともに自転車を停止させた。
「………………」
彼はゆっくりと自転車から降りて、壁に背をつけるとズルズルと座り込んで頭を抱えた。
そして下を向いたまま叫ぶ……。
「それ、ただの遊び道具って言ったじゃないですかぁ!?」




