悪くない……悪くないぞ!
「キシシ……さて、この子達はいったい何処の子ですかねえ?」
キツネ顔の男が、腰の後ろで手を組んで胡散臭げに問いかける。
「オホホ……アナタの所のスパイではない、というのは本当なのでしょうね」
その問いに答える高飛車そうな女が、顎に手を当てて偉そうに視線を横に向けた。
「もちろんですとも。使うならこんな子供は使用しませんよ。キシッ」
「胡散臭いことこの上ないですわね。まぁ、いいでしょう。確かに子供をわざわざ使う理由など、ないでしょうしね」
お互いを探るような視線……しかし、二人とも本気で疑っているワケでもないようだ。
そして二人は、壁側の檻に目を向ける。その檻の中には二人の幼女が座り込んでいた。
「「……」」
その光景に、二人のダンジョンの長は微妙な顔をしていた。
「……本当に、何者ですかね?」
「……パイプ端末のIDに該当がないのだから……侵入者なのは間違いないですわね。片方はパイプ端末すら付けてませんわ」
二人の侵入者に頭の痛そうな顔をする。そして、そんな視線を向けられた侵入者の幼女達と言えば――
「あったけぇえ。暖房効いてるよココ!」
「……しみるぜ」
檻の中で足を伸ばして、非常にリラックスをしているように見える。なんか普通の子供じゃない……。
もともと、ここは牢屋ではない。先ほどまで話し合いをしていた『会議室』だ。突然現れた幼女達を入れるために、高飛車女が会議室の壁側に格子を生やしただけの簡易的な牢屋にすぎない。
「キシシ、あれほどの短時間で格子を生成するとは、流石ですねえ。ますます貴女を副長に欲しくなりましたよ」
キツネ顔は床から天井まで生える鉄の棒に触れながら感嘆の声をもらす。
「オホホ、コチラの台詞ですわ。その格子に入り口を作り上げた、貴方の精密な操作は真似出来ないですわね」
高飛車女は、格子に作り上げられた開閉扉を見て、目をギラギラさせる。
わざわざ二人は、幼女侵入者たちを閉じ込めるために会議室にその場で牢屋を作り上げたのだ。
それもこれも……。
『よくわかんねぇ侵入者を自分のダンジョンに踏み込ませたくなかったから……』だ。
お互いが、お互いともこの考えに至ってしまったので、仕方なく緩衝地帯として作り上げた、この会議室に牢屋を作ることに合意した経緯がある。
「さて、初めの質問に戻りましょう……キミ達はどうしてやってきたのですかね? 大人しく答えてくれれば怖いことはしませんよ」
キツネ顔は牢屋の向こう側にいる二人の幼女に問いかける。その言葉を受けて長髪の方の幼女が「う〜ん……」と考え込んだ後、元気に答えた。
「迷子ッスね!! いゃあ〜、助かったッス。外は寒くて寒くて仕方なかったんスよぉ!」
「……迷子で来れる場所ではありませんね」
胡散臭そうな顔に、疲れた顔を滲ませてキツネ顔が眉間を揉んだ。
もう一人の幼女が、感情のこもらない声で続きを答える。
「……雪山で遭難、ココへやってきた」
「そういえばこの上の地上は山間で雪が積もってますわ……会議室に直通で来られるワケないですけど」
高飛車女はマップを見て答える。一応辻褄は合ってるようだと視線を向ければ、幼女はフードを深く被って目を背けた。
やがて疲れた顔のダンジョンの長たちは、ため息を吐いて口を開く。
「このまま放逐……というワケにもいきませんわね……」
「キシシ、駄目でしょうソレは……『迷子』など普通に有り得ませんからね。おそらく別のダンジョンからのスパイ…………ですかねコレ?」
「自分で言ってて途中で自信をなくすのおやめなさい……」
「……その通りですね。今日は疲れました……この子達の処遇は明日にでも話し合いましょう」
「そうですわね。とりあえず会議室に捕らえておきますわ……」
「この大事な時期に困りますねえ……」
会議の終わりに起こったトンデモ事件だが、取り敢えず『明日の自分』に丸投げすることにしたダンジョンの長たち。
お開きの雰囲気を出したところで長髪幼女が、牢屋の向こう側から声を掛けてきた。
「あ、私らのご飯の用意ってして貰えます? メシの前に吹っ飛ばされちゃって食べてないんすよぉ」
『あ、厚かましい……』
全員が同時にそう思った。何故この状況でご飯のオネダリが出来るのか……。
いや、確かに幼女達にとって大事な事なのだろうし、自分たちも考えていなかった事だ。だが、自分で当然のように言うのが厚かましい……。
「ま、まぁ明らかな侵入者とは言え、食べ物を出さないワケにもいきませんね……」
「失念していましたわ。捕虜って難しいですわね……」
「普通いませんからね。侵入者なんて……」
だからこそダンジョンのスタッフルームに、無断で侵入できる可能性のある『他ダンジョン』のスパイの可能性を捨てきれないのだ。
そして視線を見合わせるダンジョンの長たち。考えるのは『どちらが用意するか』。
別に食事なんてどっちが用意してもいい……というワケではない。この二人にとって、幼女達は関わりたくない、そして自分のダンジョンに踏み入れさせたくない存在だ。
ここで食事を用意した方が『なし崩し』に面倒を見る事になりそうだから用意したくないのだ。
お互いに考えている事が分かるからこそ、二人はため息を吐いて折衷案を出す事にした。『共同で管理する事にする』と。
「とりあえず今日はワタクシが出しますわ……」
「交互に……用意する事にしましょう……」
大事な時期に厄介ごとを抱え込んだ長達は、なるべく考えないように呟いた。
「温かい食事がいいッスね!」
「……辛いものがくいたい」
「「……」」
――――――――――――――――――――――
「ふ〜む、なかなか美味かったね」
「……けぷ。まんぞく」
はい、どーも私です。
今日の晩御飯は、なんかチリソースみたいなのが付いた肉をメインにバランスの良さそうな献立でした!
いや〜、結構良いもん出してくれんじゃん。好感度高いよ〜キツネ顔のオッサンに高飛車ネーチャン。
それにしても、さっそく捕まっちゃったよね〜。でもさぁ……。
「悪くない……」
「……うん、わるくない」
うむ、悪くねぇぞコレ。
いやむしろ状況としては、かなり良い。
暖かい拠点に、美味いメシ……? それだけじゃねぇーんだよねコレが。
ここは人工ダンジョン『勢力』だ。ここ大事。
なんで都合がいいのかは、私達の『目的』にある。
そう、私達の目的は『豚貴族の情報』だ。
今までの事でよぉ〜く分かった。豚貴族の情報って一般人にゃ知り得ない事なんだよ。だから私達は『貴族』を探してたんだ。
今思えば、ハイテンション町長は知ってたんじゃねぇかな?
でも貴族ってポロポロ落ちてるモンじゃなくてね。仮に居たとしても近づけねぇだろう。
そこで、『勢力』だ。
勢力ってのは街一つを牛耳れてしまうほどの巨大な組織って事らしい。権力も貴族くらいあるかもね。つまり勢力は――
「豚貴族の情報を持っている可能性がある……」
もちろん確実じゃないだろうし、ヤベェ組織なのは身を持って知っている。けど一般人じゃねぇんだ。闇雲に貴族を探すより全然いいよね。
「その内部に潜り込めた……」
これが僥倖と言わずしてなんと言う。
運がいい。あの二人のダンジョンの長は、私達を疎ましく思っていても本質的に興味がない。
扱いに困ってるだけだ。
話し方から高飛車女が貴族の可能性もあるし、もっと上の人間なら、豚貴族の情報を持っている可能性も高い。
ここはゆっくりと情報を集めて、ダンジョン内で成り行きを見守るのがいいだろうね。
「……スタッフルーム、とかいってたね」
幼女ちゃんが檻を眺めながら口を開く。
『スタッフルーム』たぶん読んで字の如く。
ダンジョン内でも、運営しているスタッフがいる部分ってことだろうね。ダンジョンとして客……冒険者が活動するダンジョンと、分かれてるってところかね?
もしかしたら、ダンジョンとスタッフルームが、通路で繋がってるのかもしれない。
普段は、冒険者がスタッフルームに侵入する事はないんだろう。だからこそ、ココに侵入してきた私達に驚いていたんだ。
「さて、幼女ちゃんや。初日から動くかい?」
「……あたりの様子を確認だけでもしておく」
「おけ」
成り行きに任せるって言っても、辺りの様子を確認しておく必要はあるからね。いざという時の脱出方法とか。
まぁ何にせよ、ゆっくりでいい。
こんな選択肢が取れるのも、あの二人の長が『温い』からだね。
私達という侵入者に対して困ってるだけで、害意の類いが見えない。
今まで色んな場所で捕まってきたけど、一番温いわ。ちょっとナメめちゃうよね? もちろん油断しちゃいけねぇんだけどさ。
だからこそ初日から大胆に脱走するという選択が取れる。危険度が低いとも言っていいね。
そうとなれば、まずは牢屋の確認。
灰色のカーペットを敷き詰めた床から、不自然に伸びた『鉄の棒』によって会議室と遮られている。通称『豚貴族型牢屋』。この世界の牢屋はこの形状が多いね。
牢屋ソムリエとしても評価の高いタイプだ。
そこから別にキツネ顔が作り出した鉄の『格子扉』。
私達の搬入はココから行われた。
「ふむ、格子の間がバラバラだねぇ……」
キツネ顔が高飛車女を褒めてたから凄いことなんだろうけど、形が少し歪だね。
「抜け出す方法はいくらでも有りそうだけど、幼女ちゃんどーする?」
「……わたしがやる」
「ほぉん。また壁に穴でも開けるのかい?」
もともとそーやって侵入したんだから、抜け出すことも出来そうよね。
しかし幼女ちゃんは首を振って扉の裏に手を回す。
「……そんな面倒なことしなくていい。扉じたいは開け閉めするだけのつくり。表側から鍵が掛かってるんだよ」
たしかに即席でキツネ顔が作り出した開閉扉は、表から南京錠みたいな鍵が付いている。
「……鉄格子はどうにもできないけど、この鍵『魔術施錠』だから問題ない」
幼女ちゃんが指先で鍵を弾くと、カチャンと鍵が落ちる。
あーあ、魔術施錠、使っちゃったんだぁ……幼女ちゃんにとって専門分野よ。まぁ普通なら安心しちゃうよねぇ〜……彼女にとっちゃバターで出来た鍵に等しいけど。
キィ……と鉄の格子扉が開く。大人にゃ小さめで屈まないと出入り出来ないけど、子供の私達なら歩いて通れる大きさね。
「さて、扉は三つ」
部屋の中央に会議をしていたテーブル。そして私達の牢屋以外の壁に一つずつ扉がある。
青っぽい扉と、薄い赤の扉。
そして厳重そうな重苦しい鉄の扉。
「キツネ顔は青い扉。高飛車女は赤い扉に帰っていったよね?」
話を聞く限り、あの二人はダンジョンの長で争っている模様。そしてこの会議室はどちらのダンジョンでもない緩衝地帯らしい。
つまり、それぞれの扉がお互いのダンジョンに繋がってんだろ? んで……もう一つの鉄の扉ね。
「どの扉に入る?」
「……あれ」
「だよねぇ〜……気になるよね」
『鉄の扉』を指差す幼女ちゃん。
じゃあアノ扉はなんだよって思うよね!
鉄の扉には真ん中にハンドルのようなものが付いている。いやに厳重な扉だわ。
「ふむ、扉はミッチリ閉まってる……スキマは作れそうにないね」
「……わたしがやる」
そう言って幼女ちゃんが鉄扉に手を合わせると、ギィイイイと重い音を立てながら開いた。これだけ厳重なら、当然魔力系の扉だわな。
扉の先はメタリックな通路が続いていた。なんとなくマミィ〜のダンジョンに似た雰囲気だね。
テクテクとしばらく進む。しかし、隠れるところねぇから見つかったらアウトやね。人の気配ないけど……。
どれだけ歩いたか……途中小走りしたりして、ようやくたどり着いたのは――。
「なにコレ研究所?」
いや別に実験器具とか置いてある感じじゃないんだけど。
ガラス張りの行き止まりがあり、その向こう側にドーム状の空間が広がる。
「なんぞコレ? マミィ〜のダンジョンにあった場所にソックリやね」
扉もあるし侵入することは簡単だろうけど……光る玉が浮いてるだけで面白いもんじゃねぇな。
でも分かるよ。マミィ〜のダンジョンみたいに大事な所なんだろ?
「うん、こんだけかぁ……とりあえず帰る?」
けっこう長い通路だったからね。
しかし幼女ちゃんは、ガラスにベッタリと両手を付けて覗き込んでいた。まるでショーケースに欲しいオモチャが陳列していたかのようである。
「どした幼女ちゃん?」
「……あたりだ」
私がそう聞くと彼女は目を赤く光らせて、口を獲物を見つけたチンピラのように吊り上げる。
そして呟いた。
「……へっ、よく見りゃなかなかの上玉じゃねぇか」
「なに言ってんのお前?」
「……人がくるまえに味見くらい構わねぇよな?」
「言い方気をつけようね?」
「……チッ、まだ駄目か……だが気に入った、大した玉だぜ。おい、行くぞ」
「……」
まるっきりチンピラじゃねぇか! お前マジでいい加減にしろよ。そんな言葉、どこの路地裏で覚えてきたんだよ!?
このスラム街の申し子みたいな奴、ママさんに何て説明すればいいんスかねぇ!!




