家族のうち、五分の三が他人だった時の気持ちを述べよ……
「ッ!!」
マミィ〜は手に持ったニヤニヤ笑う三つ編み少女……アムネシアを、衝動的に放り投げた。
「よっ……と」
アムネシアはクルリと回転すると、ヴァサ……と背中からコウモリのような羽を生やして空中に停止する。そして触れていた手を火傷でもしたかのように引っ込めたマミィ〜に向かってニィヤァ……と不敵に笑った。
「ひどいなぁ〜……そんな汚いモノを触ったみたいな反応しなくてもいいじゃないッスかぁ」
瞳全体が黒い真珠のようになっているアムネシアは、空中に浮いたまま両手を広げてイタズラ気に呟く。
「ふ、ふふふ〜…………アムネシア……じゃ、ないわね〜」
マミィ〜は、不気味なアムネシアに目を見開いて驚いていたが、やがて引き攣った顔のままぎこちない笑みを浮かべ、警戒の視線を彼女に向ける。
「んふふ、どーも……」
「私が居る!?」
「……どー」「性格悪そうな私がいる!?」
「ど」「嫌だ!! 気持ち悪い!!」
「おねぇちゃん、ちょっと黙っててくんねぇかな!? 今いい所だからさぁ!」
性格の悪そうなアムネシアがコホンと咳をついて仕切りなおす。
アムネシアの背中に生えるコウモリ羽が、体を覆い隠した。そして――
「どーも私、です!」
「…………長髪……ちゃん?」
ジャ〜ン! とでも言いそうな軽快な声で羽を開いた下には、三つ編みではなく長髪の幼女が現れた。
目を丸くしていたマミィ〜だったが、やがて納得したように背筋を伸ばし長髪幼女に柔らかい笑みを向けた。
「ふふふ〜、そう……そうなのね? 気持ち悪い感覚ね〜これ。アナタも白髪ちゃんと同じ……いつの間にか紛れ込んだ子供って事ね〜」
「愛する娘に気持ち悪いなんて……マミィ〜も、おねぇちゃんからしたら同じでしょ?」
「あら〜言われちゃったわ〜。その通りね〜ごめんなさいアムネシア〜」
マミィ〜は長髪幼女に警戒の視線を向けながらも、窓際に座り込む、本物のアムネシアに謝罪する。しかし、本当に悪いとは思っていないような形だけの謝罪。
「本当にイヤな感覚ね〜……実際に目の前に現れないと違和感すら抱けないなんて」
「んふふ、マミィ〜っていったい何者ッスかね?」
「そのままソックリ返すわ〜……アナタ達いったい何者で、何が目的なのかしら〜?」
「目的ッスかぁ……最初はバカンスかな? 今は別の目的ができましたね」
「それ、聞いていいかしら〜?」
「んふふ、欲しい物が手に入るかもって感じですかねぇ……」
長髪幼女とマミィ〜は、お互いにニコニコと会話を続ける。一見和やかに見えるやり取りだが、互いに警戒しているのは見て取れる。
「ふふふ〜……欲しい……物……ねぇ〜?」
「えぇえぇ……欲しい……物……ですよぉ」
宙に浮かぶ長髪幼女の横に、白髪幼女が並ぶ。
「当たり前だけど……ソッチは二人組なのかしら〜?」
マミィ〜が胸元のネックレスに触れる。すると、ボボボボッと周囲に青白い炎が浮かんだ。
「ん? あぁ……そう言う事ッスかぁ……。マミィ〜からしたら正体不明の私らが、仲間なのか分からないッスもんねぇ」
「……あんしんしろ。オマエとわたし達だ」
白髪幼女の体から黒いモヤが滲み出し、体を覆う巨大な影へと変貌する。
「そう……第三勢力とかじゃなくて良かったわ〜。三つどもえなんて面倒だもの〜。まさか……『追手』じゃないわよね〜?」
「んふふ、『追手』ですかぁ……良かったッスわ。そちらも追手じゃないようで?」
「ふふふ〜」
「にゅふふ……」
「……ぬひひひ」
三者三様……。
青白い火の玉を周囲に漂わせるマミィ〜。
コウモリの翼を生やして空中に浮かぶ長髪幼女。
体から黒いモヤを発生させる白髪幼女。
三体の怪異とでも言うべき存在は笑顔のまま、不敵に不気味な雰囲気を醸し出す…………。
…………なんの関係もない一般家庭で……。
「他所でやれよぉ!!」
両手足を床についた三つ編み少女は、理不尽な家族モドキ共に床を叩いて絶叫した。
「アムネシア〜、お友達は選ぶべきね〜」
「妹ッスよ」
「違うよ!?」
「……姉ぇ……母親はえらぶべきぞ」
「選べないよ! そっちも違うんだよなぁあ!!」
叫ぶ三つ編み少女に、自称母親と自称妹達は顔を見合わせる。
「あはは、言われてるッスよマミィ〜」
「ふふふ〜、お姉ちゃんは難しい年頃なのよ」
「コイツら腹立つよぉ!!」
白髪幼女はトテトテと三つ編み少女に歩み寄り、心配そうな声色で話しかける。
「……どうした姉ぇ。なんかあったか?」
「あったよ! 気分最悪だね!」
「……どんな気分だ?」
「家族の過半数が他人で、相変わらず家族ヅラしてくる気分かなぁ〜!?」
「良くある良くある」
「良くあるわね〜」
「……なれろ」
三つ編み少女は床を怒りのままバンバン叩く。
「よくあってたまるか! ちょっと仲良さそうにするんじゃねぇよ! 腹立つから!」
「アムネシア〜。そんなに叩くと床が抜けるわよ〜……本当に抜けるからやめなさい! アナタどんな力してるの!?」
「……や、やめろ」
「うわぁあ!! ミシっていった! 家がミシッていった!」
――――――――――――――――――――
「ふぅ〜、長髪ちゃんに白髪ちゃん。アナタ達が何者か知らないけど……結局、目的は何かしら〜?」
床が抜け事件が発生しなかった事に一安心を覚えたマミィ〜は、話を進める為に長髪幼女に再度問いかけた。
そんなマミィ〜の態度に長髪幼女はニィと笑う。
「んふふ……そうッスねぇ。おねぇちゃんのピンチに颯爽と駆けつけた妹ってどうです?」
「……ウソね〜。さっき欲しい物があるって言ってたもの〜」
「あらま……『目的は何』とか言っちゃって、ちゃんと覚えてるなんて性格悪いなぁ」
「ふふふ〜、何が欲しいの? 私があげられる物かしら〜?」
「えぇえぇ、そりゃぁもう……マミィ〜が持ってる物が欲しいんですよぉ……」
「そう? 私の命とか言わないわよね〜?」
マミィ〜の目が心を見透かすように細められる。
「まさかまさか」
「……いいわ〜。交渉は後にしましょうね〜。先にアムネシアと会話させてもらっていいかしら〜? 関係ないかもしれないけど……アムネシアに怪我をさせるつもりはないわよ〜」
長髪幼女はチラリとアムネシアに視線をやる。そしてため息をひとつ吐いた。
「……いいっすよ。待ちますから」
マミィ〜は正体不明の存在より、アムネシアを優先した方がいいと判断したようだ。
そしてアムネシアに視線をやると、彼女は怯えたように尻餅をついたまま後ろにさがる。そんなアムネシアにマミィ〜はニッコリと安心させるような笑みを浮かべると、『ねぇアムネシア〜』といつも通りのような柔らかい声を出す。
「ごめんね〜……怖がらせちゃって。こんな母さん見せたくなかったのよ〜」
「ッ……」
アムネシアの目の前で、しゃがんで話しかけるマミィ〜は、まるで愛情があるかのように言葉を続ける。
「ねぇアムネシア〜。確かに私はアナタの本当の母親じゃないかもしれないわね〜……でも、私達上手くやってきたと思うのよ〜」
「……」
三つ編み少女は俯き唇を噛んだ。
そんなアムネシアにマミィ〜は体に手を回し、抱きつきながら耳元で声をかける。
「ねぇアムネシア〜……全て忘れましょう? 何も怖いことないわ……」
「か……あ……さん……」
抱きついていた手を離してアムネシアから体を離すと、握っていた手を開いて中を見せる。
そこには指輪が乗せられていた。
「ふふふ〜……たぶんあの子達も同じ事やってたわよね? 確かにこの指輪で母さんはアナタの意識を誘導していたわ」
「……」
緑の指輪はキラリとひかる。
「でも、一度気づいちゃったアナタにもう一度掛け直すのはもっと強い指輪じゃないとダメなの〜。これはもうアナタには弱すぎる。だからね。アナタが忘れるっていう意思が必要なのね〜……」
「……忘れる?」
マミィ〜は甘く甘く……間延びしたような。まるで言葉だけで催眠術をかけるような声色で語りかける。
「アナタを怖がらせたくないのよ〜……だからね……忘れましょう〜アムネシア。ほら〜……何も怖くないわ〜。そうでしょう〜?」
「……」
そんな光景を、二人の幼女は興味もなさそうに横目で見ていたが、口を出すつもりはないようだ……。
ただ……白髪幼女だけは小声で『バカが……』と呟く。
「…………この指輪で……お母さんのフリ……してたの?」
うつむくアムネシアの手に、マミィ〜は指輪を乗せる。
「ふふふ〜、そうよ。でもコレはもう要らないわ〜。アムネシアにあげる……ほら立って……新しい指輪を用意するから付いてきてちょうだい〜」
アムネシアにマミィ〜は優しく手を伸ばす。
そして、毒のように甘い言葉をかけた。
「大丈夫よ〜、すぐに終わるわ〜。そしたらまた……いつもの日常が戻ってくるの〜」
「……」
「最近はシチュー以外も作れるように頑張ってるのよ〜? クラムチャウダーとかね〜。一緒にたべましょ〜……」
「……」
「…………愛しているわ〜……アムネシア」
「……」
「……」
「……」
「そう……やっぱりダメなのね〜。アムネシア……」
ビリビリと痺れる手を押さえながら……マミィ〜は悲し気に呟いた。
差し伸ばされた手を払ったアムネシアは、睨むでもなく、目も逸らさずマミィ〜を見据える。
「ダメだよ……」
「……ッ」
その瞳に、マミィ〜は狼狽えるように一歩下がった。
「あ〜あ……家族審査……落ちちったねマミィい」
「……ッ! あら〜長髪ちゃん……アナタも姉妹審査……落ちちゃったんじゃないの〜?」
明確な怒りの表情を長髪幼女に向けたマミィ〜は、青スジを立てながら睨みつける。
「んふふ……面倒くせぇことしやがって」
「面倒臭いのはお互い様よ〜、何が欲しいのか知らないけど……欲しいなら、あまり母さんを怒らせないで欲しいわね〜」
「あぁソレね……やっぱいいわ」
「……? つまり……敵に回るってことでいいのね〜?」
長髪幼女は面白くなさそうに、両肩を上げて視線を逸らした。
そして、アムネシアとマミィ〜の間に割り込む。
「たった今……アンタに『所有権』がなくなっただけだよ……」
そしてクルリとアムネシアに振り返ると、ニィと笑いかける。
「……え?」
その光景にアムネシアは、驚き目を白黒させた。
「さてさてさてさて……おねぇ〜ちゃぁ〜ぁん? 私、欲しい物あるんだよね〜。おねぇちゃんが持ってる物で……」
「あげる」
間髪入れずに返された言葉に、今度は長髪幼女がキョトンとした表情を浮かべる。
「おや? 何が欲しいか聞かないんで?」
「いいよ、あげれない物だったら踏み倒すし……」
アムネシアの瞳は、確かな強い意思を宿らせていた。
「おいおい、とんでもねぇお姉ちゃんだなおい……」
「あげれる物だったら善処しようかな? でも、忘れちゃったら……あげれないね」
「……はいはい、了解しました」
クルリとマミィ〜に振り返った長髪少女は、『つーことで……』と前置きに笑顔を浮かべた。
「支払い能力のないマミィ〜は置いといて……私はおねぇちゃんに付きますわ」
「そぅ……よく分からないけど、いいわよ〜」
冷たい怒りの笑みを浮かべたマミィ〜は片手をあげる。
それに呼応するように、マミィ〜の周りを覆っていた青白い火の玉が動きを見せる。
「んふふ、その火の玉って攻撃でいいのかな?」
「そうねぇ〜、魔法じゃなくて魔道具って所かしら〜」
浮かんでいた火の玉が、魔法陣のような紋章を浮かべた。
「まずは小手調べよ〜……」
「そうですかぁ……ちなみに私なんですけどねぇ……」
そして、その火の玉から……細いビームのような光線が長髪幼女に向けて放たれた。
「……すっげぇ……弱いんで……手加減して……よね?」
プスプスと煙でも吹きそうな長髪幼女が床でぶっ倒れていた……。
「……」
「……」
「……」
「そうだコイツ弱かったんだ!! 口だけ低級霊が思わせぶりな言動してんじゃないよ!!」
なんかビームで痺れてる長髪幼女をみて頭を抱える。
マミィ〜はあまりの呆気なさにキョトンとしていたが、慌てて指先をもう一人の敵である白髪幼女に向けてビームを放つ。
「……ぬ」
しかし、ビームは白髪幼女の目の前で曲がり、当たらなかった。
「……あぶね」
「んん〜、驚いたわ〜。どうやって曲げたの? 白髪ちゃんはよく分からないこと出来るわね〜。魔道具か何かで障壁を作ったのかしら〜?」
「……その攻撃は照準を合わせて、そこにそって飛ぶ光線……だから線を曲げればいい」
「よく分からないけど、相性良くないのね〜。なら、コレならどうかしら?」
床から無数の蛇のような物が生える。それは光沢のある鉄製のパイプのようだ。
「範囲外だから消費が大きいわね〜。安心して、大人しくすれば危害は加えないから〜」
「……ぬ」
鉄パイプの蛇は白髪幼女に襲いかかる。
その鉄パイプをみて、白髪幼女の手はピタリと止まった。
「……あ、これダメなヤツか」
「ふふふ〜、コッチは相性いいのね〜」
その鉄パイプは手錠のように白髪幼女を拘束する。そしてソレは、床を舐めている長髪幼女。そしてアムネシアをも巻き取る。
「ふふふ〜、仕方ないわね〜」
そして、鉄パイプで拘束された三人の幼女が転がった。
「ちょちょちょ! 体痺れたんだけど、捕まったー! あ、鉄パイプヒンヤリして冷てぇ!」
「……つかまるのは慣れたもんよ」
「なんでこの子たち余裕あるの!?」
マミィ〜は右手にアムネシア、左手に白髪長髪コンビと担ぎ上げると部屋を出て階段を降りる。
「困ったわ〜困ったわ〜」
今晩の献立が決まらない主婦のような呟きで、キッチンまで移動する。
腕の中で長髪幼女は、隣の白髪幼女に声をかける。
「うぇ〜い幼女ちゃんよぉ……キミの能力でこれ外れないの?」
「……むり、干渉できない」
「力負け?」
「……いや、そういうんじゃないよ」
マミィ〜はキッチンの床に三人を置いて、床下収納を開く。
「あれ? 収納されちゃう!?」
「長髪ちゃん。安心して〜」
マミィ〜は床下収納の下底に鍵を差し込むと、その下から金属の階段が現れる。
「ち、地下室かな〜?」
「私の知らない地下室が自宅にあるんだけど!? 何コレ?」
鉄パイプ拘束された三人をマミィ〜が連れて降りていく。そしてその光景に白髪幼女と長髪幼女が納得したような声を出した。
「……やっぱりか……解けないわけだ……」
「あーね、そういや……真下だもんね。気づくべきだったわ」
床に三人を置いたマミィ〜は、両手を広げて歓迎するような仕草をとる。
「ようこそ〜、よく来たわね〜……私の人工ダンジョンに……」




