よき親とは、気づかない事
「ねぇ、本当に来ないの?」
「そうッスねぇ。おねぇちゃんには悪いッスけど、今回は家で大人しくしときますわ」
部屋で三つ編みちゃんが眉根を下げて気まずそうに語りかけてくる。
どーも私です。
今日は三つ編みちゃんのお友達がお泊まりにやってくる日らしいです。
「そう……分かったよ」
「ういうい、タッパ持ちました? 残り物、楽しみにしてますんで、そっちも楽しんできてくだされ」
不自然に増えてしまった妹について、お友達ちゃんに説明できないからね。それにほとぼりは冷めた頃だろうとはいえ、無駄に外出する気はない。
渋々納得した三つ編みちゃんにそう言って私はクローゼットに引っ込んだ。監視カメラで三つ編みちゃんの様子を窺ってみれば、チラチラとクローゼットを気にしているようだ。
う〜む、この子……本当にいい子なんだろうね。
スキマの中でグデっとしていた幼女ちゃんが、モニターの三つ編みちゃんを見て、鼻で笑う。
「……あつかいやすい甘ちゃんだぜ」
そしてキミは素晴らしく悪い子だね……。
なんだコイツ……地獄でできてんのか?
いやまぁ、幼女ちゃんの言いたい事もわかるよ。
突如として家に侵入してきた私達に対して、三つ編みちゃんは警戒しながらも、どこか受け入れてしまった。
頭では要警戒対象なのは変わらないんだろう。
それでも、彼女は私達という異物を見た目で判断してしまった。『妹』じゃないのに、いつの間にか家族の一員としてカウントしてしまったんだろうね。
だから『家族でのお出かけ』というイベントに私達が参加しない事に引っ掛かりを覚えているんだ。
ホントにいい子……。
「……この家に子供がいたことは想定外だったが、あながち悪いことばかりじゃない。サンキュー世間知らず……」
そしてソレをバッサリ切り捨てる悪い子幼女ちゃん……。
キミの言う『甘ちゃん』や『世間知らず』……間違ってはねぇわな。
だから利用されんだよって言いたいんでしょ?
でも子供として好ましいのは三つ編みちゃんだからね。
まぁ、こんな考えだから幼女ちゃんは今までの障害を乗り越えてこれたんだろうからねぇ……。彼女の中ではやっぱり『甘ちゃん』なんだろうよ。
ところで……。
「悪い事ばかりじゃないってどういうこと?」
私達にとっては三つ編みちゃんの存在はイレギュラーだったワケで、なにか幼女ちゃん的には利点があったんかね?
幼女ちゃんは私の疑問に「ん……」とやる気のなさそうな顔で顔を向けて、町長から失敬した催眠装置である指輪を見せてくる。
「……もともと、この家には子供が居るという状況……いちから子供をでっち上げるより、子供が増えるほうが違和感は少ない」
ん〜……ちょっと分かるかな?
例えば、家に子供のいない夫婦だったとしよう。
そんな家に子供として私達は入り込むワケだ。
そうなると……色々な齟齬が生まれる。
子供部屋なんてないだろう。
なにより、両親は子供なんて育てた事ないのに、いきなりベテランの親を求められるのだ。
とんでもない違和感だ。
そこんとこ上手く催眠に掛けてナァナァで済ませるんだろうけど……。
「……もともと、この家には子供がいた」
この家の夫婦は、もともと『親』だったんだよ。
だから『居なかった子供』をでっち上げるより『子供が増えた』ほうが違和感は少ないんだ。
「……おかげで指輪の魔力の消費が少なくて済んでる」
その分長く潜伏してられるってことか、本来ならもう時間切れだったかもね。
欲を言うならもうちょっと、時間を稼ぎたかったし丁度よかったわな。
「……アレらが親として優秀だということもある」
アレって……パピィ〜とマミィ〜に酷い言い方だこと。まぁ幼女ちゃんには本当の親がいるからね。
「……アレらは自分が親という役割を自覚している。
だから不自然に増えたわたし達を……子供として違和感なく親という役割をとる」
馬鹿みてぇにと言わない所は、まだ好感が持てるね。
子供は親が守る物……そう言った性根がパピィ〜とマミィ〜にあるから、存在しない子供にも『親』として違和感のない行動を取れるんだ。
親としてシッカリしてるから、増えた子供にもちゃんとおねぇちゃんと同じように接してくれんのね。
いい家族だわ。罪悪感すら湧くね。
そして賞賛しよう。間違いなく二人は理想の親だよ。
もし、しょうもない親で、親としての自覚のない人間だったら、幼女ちゃんはこうは言ってない。
もっと催眠術に魔力を取られるか、私達に冷たい親だったろうよ。
その分三つ編みちゃんには余計な心労を掛けちまったけど……。
『お、おじゃましま〜す……』
『あ、ティミットちゃん。いらっしゃい』
しばらくして、部屋にお友達であろう、メガネを掛けた女の子がやってきた。
どこかオドオドしたような女の子は、嬉しそうに三つ編みちゃんと会話すると、荷物のリュックサックを部屋に置く。
お泊まりセットみたいなもんだろうね。これから公園にピクニックに行くから、荷物だけ部屋に置きに来たようだ。そして二人で部屋を出ていく。
はいは〜い、いってらっしゃい。
私達は大人しく、メガネちゃんが帰るまで引っ込んでるよ。
ところでそろそろ、幼女ちゃんと話し合わにゃならん事があるね。それは……
「地下のダンジョン広がってね?」
「……ひろがってる」
これだよ……。
私達が前に侵入した人工ダンジョン……アレから放っておいたけど、なんか範囲が広がってるっぽいんだよね。
幼女ちゃんも、首を捻って地下に黒い霧を沈ませる。
どうやら幼女ちゃんも預かり知らぬことらしい。
「これって普通の事なんかね?」
「……わからぬ。けど、前に人工ダンジョンの事について調べた時にはこんな事書いてなかった。持ち主が居ないなら勝手に消滅するはず……」
「つまり……誰かダンジョンの持ち主がいるって事?」
「……いや、そうともかぎらない。本来なら放っておけば消滅するはずだったダンジョン……だけどあり得ない刺激があった」
あ、なんか嫌な予感する……。
「そ、それは何かな〜?」
「…………気づいてるでしょ……わたしたちが侵入したからだよ」
あ〜……当たったわ……。
「そのせいでダンジョンが活性化したとか?」
私の疑問に幼女ちゃんは、顎に手を当てて首を捻る。
「……わからぬ。わたしは人工ダンジョンのせんもん家じゃない」
そりゃそうか……。そもそも、チラっと調べただけで情報が出てくる程のモンじゃなさそうだしね。
「……でも……ひとつ言えることがある」
「それは何かな?」
悪い情報じゃありませんように……。
「……この広がり方はあんまりよくない。……まぁわたし達に関係ないけど……」
良くないらしいよ……そして関係もないらしい。
それ本当〜?
私の胡乱気な目に、幼女ちゃんは言葉を続ける。
「……わたし達以外にも……そんなに影響ないとおもう」
「このまま広がったらどーなんの?」
「……うーん……、人工ダンジョンが無理矢理広がる。
本来は違和感なく合致するはずだった。……でも地下のダンジョンはイレギュラー」
「よー分からん!」
「……だから、クロックシティーに馴染んでない」
「馴染まねぇとどうなんのよ」
というか何でそんな事分かんの?
「……大した事じゃないよ。私達はもっと酷い所を見たことがある。……アレの小規模なものが発生するかも」
あ〜知ってるっていうか……分かるんだね。
……これ、幼女ちゃんの専門分野っぽいわ。
「……オクトー区域にあったゴーストタウン。……壊れた街」
元私のダンジョン……ドリームランド。
あそこって……
「……アレになりかけてる。だからわたしたちに関係ないよ」
悪霊跋扈してたよね……。
負け犬が乗っ取られたヤツ……。
――――――――――――――――――――――
「楽しかった〜! お弁当美味しかったね〜ティミットちゃん」
「う、うん。湖のボートも楽しかったねアムネシアちゃん」
ピクニックから帰ってきて、ティミットちゃんとお風呂に入って、私の部屋に帰ってきた。
「アムネシアちゃんのお母さん。お料理上手だね」
「んふふ〜でしょ〜。得意料理はシチューだよ。こんど作ってもらおうね〜」
母さんの用意したたくさんのお弁当。豪華で美味しかった。なぜか自宅で作れそうにない料理とかあったけど、どれも美味しかったよ!
途中でお父さんがバーベキューグリルを取り出して、肉も焼き始めたよ。それもう日帰りじゃなかったらピクニックじゃなくてキャンプだよお父さん……。
「アムネシアちゃんクローゼット開けてどうしたの?」
「んーん、何でもないよ」
ちょっとの後ろめたさを感じながら、私はクローゼットに食べ物を詰め込んだタッパを置く。
そしてゆっくりと閉めた。
当たり前の日常からちょっと離れたピクニック。
楽しかった。
自称妹の二人はやはり来なかった。
両親は当たり前に気にしてなかった……。
それが……少し気になった。
まるであの二人は最初から居なかったかのようだ……。
本当にあの二人の妖怪はいたのだろうか?
閉めたクローゼットをもう一度、軽く開いてみるが、タッパは変わらず置いた時のままだった……。
本当に……あの妖怪は……いたのだろうか?
自分の妄想だったんじゃないか?
もう、二度と現れないんじゃないか?
「……アムネシアちゃん?」
「んーん、ごめん。すぐ行くよ」
いけない。ティミットちゃんを放ったらかしにしちゃってた。
言ってたじゃない。ティミットちゃんが帰るまでは姿を現さないって……。
どうせ明日になれば、『当たり前』のように居るよ。
「ねえねえ何する!? モニター見ようよ!」
「あ、アムネシアちゃん。あんまり大声出すと、お父さんとお母さんに迷惑だよぉ〜」
ティミットちゃんは焦ったように床を見る。一階の両親に遠慮しているようだ。
「大丈夫だよ! 聞こえないから!」
「そ、そうなの?」
振動や防音なんて新しい家はシッカリしている事が多い。この部屋だって大声で叫んでも一階には聞こえないよ。
……だってあの二人と対決して暴れた時も何もいわれなかったし。
思い出した。やっぱ居るね妖怪!
「ねねね。モニターで映画みよ! 借りてるヤツあるんだ!」
「う、うん!」
ともかく……今日は夜更かしだ!
――――――――――――――――――――――
『――――! ――――!』
『――! ――――――!』
二人で映画を観る。
いつでも寝ちゃってもいいように部屋を少し暗くして……。
『――――――』
そして、やがて映画はエンディングを迎えた。
「……終わったね。次の映画見ようか?」
私は横に座るティミットちゃんに、顔を向ける。
「………………」
「……ティミットちゃん?」
ティミットちゃんは無言でモニターを見続ける……。
「……どうしたの? 眠くなっちゃった?」
「………………」
ティミットちゃんのメガネに、モニターの光が反射して目は見えない。眠くなってしまったのだろうか?
「……どうしたの? ティミットちゃん!」
「…………あ……ぅん……」
様子がおかしい事に気づいて、私はティミットちゃんの肩を揺する。
ティミットちゃんは虚な目で私を見て、わずかに頷いた。
そして私の手を持って立ち上がり、部屋の扉に歩き出す。
「どうしたのティミットちゃん!?」
「……コ……っち」
ティミットちゃんは私を何処かへ連れて行きたいらしい……。私は抵抗する。
ティミットちゃんの様子がおかしいのは明らかだからだ。
抵抗する私に、ティミットちゃんはゆっくりと振り返る。
「……ひッ!」
ティミットちゃんのメガネの下から覗く目は、白目が黒く染まっていた……。その恐怖に一歩後ずさる。
しかし、ティミットちゃんは凄い力でソレを止めた。
「ティミットちゃん! どうしちゃったの!?」
「……コ……ッチ」
普段のティミットちゃんの力じゃない。
只事じゃない……。
そう察した私は、袖を引く彼女の両手を握って押さえつける。
ティミットちゃんの顔が、睨みつけるように私を見据えた。
「ぁぁあぁアアアア!!!!」
急に暴れ出したティミットちゃんの両手を、壁に押し付けて抑えようとする。
良かった! 凄い力だけど、私の方がまだ強いみたい! 抑えられる。
でもどうしちゃったのティミットちゃん!
まるで悪霊に取り憑かれちゃったみたいに!
やがて暴れていたティミットちゃんは力が抜け、座り込んだ。
「ティミットちゃん! しっかりして!」
そして、座り込む彼女の口から……黒い靄のような物が出てきた気がした……。
「……あ……あぁ」
やがてその霧は不恰好な人型へと集まり……巨人のような姿をとる。
「……あぁ」
ヘタリと私はその異形の黒い巨人を見て、座り込んでしまった。
圧倒的な恐怖……。
黒い巨人は……怯える私を感情のないような、空っぽの目で見てきた。
「…………ッ!!」
拳をギュっと握りしめる。
巨人の足元で虚に座り込むティミットちゃんを見据える。
ダメだ。ティミットちゃんを助けなきゃ!
私は意を決して殴りかかろうとした……。
「もぐもぐ、ほら〜、やっぱ影響あるじゃん」
その声は、巨人の横から聞こえた。
「ち、長髪ちゃん!?」
長い髪の少女が、口をモゴモゴさせながら立っていた。口の端からエビフライのシッポが飛び出ている。
「危ないよ!? コッチに来て!!」
「ん〜はいはい。おねぇちゃんはいい子だね〜。そして強い子だね」
長髪ちゃんは手をヒラヒラさせて巨人を見上げ、「ふむ……」と呟いた。
「ピッチャー『私』に変わりまして……」
そう言って長髪ちゃんは横にトコトコ歩き、クローゼットに手をかける。
そして……バッと開いた。
「……もっちゃもっちゃ……わたしです」
そこには仁王立ちで口の端からエビフライのシッポが飛び出してる白髪ちゃんの姿があった……。




