うしろ の おはなし
~ 5 ~
さて、おまわりさんが頑張ったおかげで、話題のマッチが危険である事は街中の人が知る事になりました。
やっぱり、何人か幻覚を見ている人が居たみたいです。
少女がおまわりさんの所へ駆け込んでから、3日経ちましたが、いまだに街は大騒ぎです。
「あの憎きマッチ工場に制裁を!」
「「制裁を!」」
「裁きの鉄槌を!!」
「「鉄槌をぉぉぉ!!」」
大騒ぎの中心は、街の広場です。
街中の人がマッチ売りの少女を囲んで、何やら少女の言葉を復唱しています。
騒がしいったらありません。
「皆様!御安心ください!このマッチ売りが、必ずや彼奴等に裁きを下してみせましょう!」
もしもマッチ売りの少女が『人心掌握術の達人だったら』。
少女が高らかに宣言すると、人々はそれに合わせて、うおおお!と拳を振り上げます。
「さぁさぁ、皆さま!此方に著名をお願い致します!!」
一体全体、少女はどうして広場でお話ししているのでしょうか?
そうですね…おまわりさん達が慌てて駐在所を出て行った後。
そこまで遡ってみましょう。
~ 6 ~
「御免仕りますわっ!」
少女は、とある家の扉を勢いよく開けました。
中に居た人々の目が、少女に集まります。
「…年の瀬に、珍しいお客さんが来たもんだ」
サングラスをかけた、怖い顔のお爺さんが言いました。
此処は、街を裏で取り仕切っているお爺さんの秘密基地です。
概ね少女に全く所縁の無い場所です。
「いいえ、いずれは会う運命だったと思いますわ、お爺様」
少女はお爺さんに歩み寄り、お爺さんの目の前にあのマッチを置きました。
「これを御存知かしら?」
お爺さんは目の前で、堂々と喋る少女に面食らいました。
お爺さん以上に、お爺さんの子分達も面食らっていますが。
「…マッチだろう?」
「えぇ、マッチです。最近流行りの匂い付きマッチですわ」
「けったいなモンが流行るなァ…」
「全くもって同感です」
少女はわざとらしく溜め息をついて、マッチを1本取り出しました。
「このマッチに火を点けると、幻覚が見えるのです」
「…」
お爺さんの眉間にシワが寄りました。
いいえ、もともと寄っていたのだから、シワが深くなりました。の方が適切です。
「心当たりがありまして?」
「…お嬢さん…まさかウチで提供してる物だ、とでも…?」
子分達が少女を睨みました。
お爺さんは確かに、悪い事も沢山しています。
危ない薬だって、売ることがあります。
それを一般の少女に知られているのは、マズいのです。
「いいえ、だとしたら、いっそ問題ありません」
もしもマッチ売りの少女の『肝が人一倍座っていたら』。
「むしろ『そうじゃない方が問題』では…?」
少女は冷静に、なおかつ、挑発的に言いました。
「…!」
子分達が『ぴすとる』を構えますが、お爺さんが止めました。
確かに、少女の言う通りです。
『お爺さんに心当たりが無い危ない物』が、『お爺さんの街で売られている』方が、ずっと、ずーっと問題です。
「『もう一度』伺いますが…『心当たりがありまして』?」
もしもマッチ売りの少女が『何故か裏社会事情に詳しかったら』。
お爺さんに心当たりが無い危ない物が売られていて、お爺さんが黙っている筈がないのを、少女はわかっているのです。
「…ある、と言ったら?」
少女は、これまた挑発的に、にこりと笑いました。
「私が『大々的にマッチ工場を潰すための手伝い』を、お願いしたいのです」
~ 7 ~
「ほう?」
「えぇ、だって私はしがないマッチ売り…私が動いた所で、この大工場はビクともしませんもの」
あの匂い付きマッチを製造、販売しているのは、有名なマッチブランドなのです。
『マッチと言えば!』と言われていたブランドなのです。
少女が1人で動いてどうにかなる規模のブランドではないのです。
「そんじゃ、『しがないマッチ売り』のお嬢さんよ…工場潰して、その後はどうするんだ?」
「その後?」
「このブランド、そこいらじゅうで売ってるモンだろう?街のほとんどの小売店がこのブランドのマッチを売ってた筈だ」
そうです。街中の小売店は、このブランドのマッチを販売しているのです。
流行りの匂い付きマッチ以外にも、普通のマッチも製造しているのですから。
匂い付きマッチが危ないものだとわかったら、誰もこのブランドのマッチを使わなくなるでしょう。
「小売店の奴らは、一気に大混乱だろうな…とんでもない量のマッチが廃棄になる」
「そうでしょうねぇ…」
「損失額は馬鹿にならねぇと思うが…お嬢さん、責任は取れるのかい?」
お爺さんは、決して『良い人』ではないのです。
要するに、お爺さんがこのマッチを『知っていれば』何も問題は無いのです。
もう少し詳しく言うと、お爺さんに『お金が入って来るようになれば』問題無いのです。
お爺さんは…マッチ工場と、工場に危ない薬を売っている(と思われる)組織を、乗っ取ってしまえば良いのでは?と考えていました。
「責任…責任ですか」
少女は何かを考える素振りをしました。
『素振り』です。
だって、本当は、全て考え終わっているのですから。
「私が、安全なマッチを街中の小売店に卸しましょうか?」
「…」
「あら?お爺様…『小娘に何ができるんだ』と、お思いで?それとも『責任』は、これじゃ足りないかしら」
少女は、ふふん、と笑いました。
「だって、私は普段、別のブランドのマッチを売ってるですもの。アテはあるのです」
「ほう…」
少女は普段売っているのは、もっと、安物のマッチです。
安過ぎてみんな使わないマッチです。
「そうだわ、『私が』制裁を加えたいのは『マッチ工場』だけなので…『それ以外』はお爺様のお好きにしていただければ、幸いですわ」
「…何処の奴らが、薬売ってんのかは調べなけりゃわからんが…」
「お爺様、私ね、夢があるのです」
もしもマッチ売りの少女が
「街中の人が、私からマッチを買ってくれますように!っていう、夢です!」
『捉えた獲物は逃がさない性質だったら』。
「ねぇ、お爺様?『ただのマッチ売りの少女』と…」
『チャンスを何が何でも掴み取る人間だったら』。
「『危険なマッチを見つけ、そのマッチを作って売っていた工場に制裁を与え、安全なマッチを手に入れて来た、マッチ売りの少女』なら…どちらから、マッチをお買いになる?」
どちらからマッチを買うか。
100人が100人、同じ答えでしょう。
少女は、『名前』が欲しいのです。
『悪い奴を懲らしめたマッチ売り』という、名前が。
「お爺様!薬はね、『欲しい人』に売るのが、やっぱり1番お金が稼げると思うの!」
「…アテは、あるのかい?」
少女は、にたりと、笑いました。
「ある、と言ったら?」
「…」
お爺さんも、にたりと、笑いました。
そして、数日後。
お爺さんは、少女に、広場で人々とお話しできる機会を作ってくれました。
~ 8 ~
「皆さま!皆さまのおかげで、あの憎きマッチ工場に制裁を加えることができました!」
少女が広場で、街中の人々の前でお話をしてから、さらに1週間が経ちました。
少女はマッチがいっぱいに入ったバスケットを抱えていました。
「皆さまにもう1つお願いがありますの。このマッチをお試し頂けないかしら!?」
少女がみんなの前で掲げたのは、いつも少女が売っていた安物のマッチです。
「このマッチが皆さまのお気に召しましたら、頑張ってもっと沢山仕入れて来ます!
今は、1家庭に1つずつお配りすることしかできませんが…」
少女が申し訳無さそうな顔をします。
でも、少女はタダでマッチを配ると言っているのです。
どの家でもあのブランドのマッチを使っていて、それは全部回収してしまっています。
マッチ不足なのですから、人々からしたらありがたい話です。
「お気に召さなかったら…別のマッチを探して来ますね!皆さま、まずはこのマッチの感想を教えてくださいな!」
人々は、一気に少女に群がりました。
「皆さま、押さないで!急がないでください!1家庭に、お1つですからね!」
少女はニコニコとしながら、人々にマッチを配りました。
今は、寒い冬の時期です。
1箱のマッチなんて、すぐに使い切ってしまうでしょう。
すぐに人々は、少女からマッチを買うことになるのです。
それを見た小売店も、少女からマッチを買うことになるでしょう。
もしも、少女が我に返った後の展開が『少女の筋書き通りだったら』。
おまわりさん達も、怖いお爺さんも、街の人々も。
少女の筋書き通りに、動いていたとしたら。
~ 9 ~
「皆さま!大変お久しぶりですー!」
ここは、とある街の広場です。
広場では1人の少女が、屋台を開いていました。
屋台の前には、人がたくさん集まっています。
「今日はですね、ちょっと珍しいマッチを仕入れて来ちゃいましたよー!マニアさん向けかしら?」
少女はマッチ箱片手に、大きな声でお話をします。
「見てください!外箱!可愛いでしょー!これね、○○国で人気の画家さんがデザインしてるんですって!」
この街では、以前、危ないマッチが流通してしまったのです。
それを回収して、危ないマッチを作っていた工場を成敗して、街のみんなに安全なマッチを売ったのが、この少女です。
「これ、何と!全部で15種類もあるの!人気のデザインは売り切れ続出!」
少女は今でも、マッチを売っています。
「今日はねー、頑張りました!15種類全部仕入れて来ちゃいましたよー!」
少女は街のヒーローです。
「15種類セットで買ってくれる人には特別価格で提供しちゃいますよー!」
少女は流通の要です。
マッチは勿論、それ以外の物も。
危ない物だって、少女の手にかかれば仕入れられない物はありません。
「さて、お値段は!何とー!?」
もしもマッチ売りの少女が『途中で我に返ったら』。
街の名物の、『マッチ売りの少女』になりました。