プロローグ
正装したディーラーがルーレットを回し、からからと白いボールが転がりまわる。
シャンデリアの煌めくゴージャスなカジノで、俺はそれを見つめる。ディーラーの奴がイカサマしてないかぬかりなく注視しながら。ころりとボールが動きを止め、テーブルに詰めかけた客たちからわっと悲喜交々の歓声が上がる。俺の勝ちだ。七勝三敗、まあまあ悪くねえ勝負だった。
カジノの片隅にあるピアノからはさっきからメランコリックな旋律が流れている。曲名は知らねえ。チップをかき集め、ピアニストにふと目を遣ると、ちょっとお目にかかれないくらいの上玉だった。シャンデリアの灯りに麦穂のようなブロンドが映え、滑らかな白い肌にキュッと締まった細い腰に長い脚、均整がとれた体つきは若干華奢すぎるきらいがあるが、その儚げな美貌が天使めいていて目を奪われる。
惜しいのは、そいつが男だってことだけだ。
まあ、美術品のような鑑賞物だと思えば、性別なんかどうでもいいっちゃいいんだが。
俺はその美貌を鑑賞しながらグラスを傾け、ぞんぶんに美酒に溺れた。
翌日のカジノにもそのピアニストは現れた。
ただし、今度は演奏者としてじゃなく、カジノの客としてだ。
じゃらじゃらと大量のチップをすべて賭けるという無茶な賭け方をするピアニストに、他の客が圧倒されたようなため息を吐く。
隣の席で賭けていた俺は愉快な気持ちになってピアニストの横顔を眺める。
見たところそいつは人形のような無表情で、特に感慨もないようで、スリルを楽しむギャンブル中毒ってわけでもなさそうだ。
ビギナーズラックなのかなんなのか、3回続けて勝利してチップを増やしたそいつは、4回目の勝負にも全額賭けて、そしてものの見事にスッた。
「君、昨日広間でピアノを弾いていたろう。ピアニストなのか?」
カジノ併設のバーでグラスを傾ける彼の隣に座る。
胡散臭そうに俺を見た彼は、だらりとカウンターに頬杖ついて頷く。
「あっちが僕の本業さ。ギャンブルはただの趣味」
「趣味にしては、ずいぶん無茶な賭け方をしていたようだな」
「まあね、面白いだろう、そのほうが」
「見てる分には面白いが。君は全額スッちまったろ。あれだけの大金を一晩で…マトモなやつならおかしくなっても仕方ねえと思うんだけど?」
「僕はまともじゃないからねえ」
酔いが回っているのか、ピアニストはけらけらと軽やかに笑う。心地よい声だ、少年と青年の間にいるみたいな…。
「不思議な子だな、浮世離れしてるっていうか…」
「それよく言われる。つまり変人ってことだろ」
「そうじゃない。むしろ惹かれる。あんまりいないタイプだから…」
「僕を口説こうっていうの? やめといたほうがいいと思うな」
「君は誰かとここに来てるのか?」
「まあね。ひとりじゃないよ。じゃなけりゃあんな賭け方はできない」
「そりゃそうか」
ぐらりと揺れる足元を踏みしめてグラスを抑える。大海に障害物でもあったのだろうか。一瞬だけ大きく揺れた会場はまた元の通りの微かな振動に戻る。ここは客船の上だ。マルセイユの港を出てから4日、リスボン、タラゴナと来て次はカタニアに停泊する、優雅なクルーズだ。彼は富裕層のいる一等客室から来たのか、それとも狭苦しい三等客室か。ちなみに俺は二等の一人部屋だが、彼の姿は食堂でも廊下でも見かけなかった。あのむちゃな賭け方とこの人目を惹く美貌とくれば、富裕層の囲われ者か、もしくはスタッフのどっちかってところだろうか。
「あんな賭け方をしていて、君の連れに叱られないか? それとも君の連れは、君のすることは何でも許してしまうような人なのか…」
カマをかけるとピアニストは曖昧に頷いて、苦いみたいな笑いを見せる。
「衣食住に不自由はしてないし、その上で、ピアニストとしての報酬ももらってる。だけど、地獄に金は持っていけないだろ、」
「それってどういう…」
「リーヴェ、来い!」
俺の言葉を遮るように荒々しい声が掛かり、びくりと震えた君は「それじゃあ」と席を立つ。
カジノの入り口には、トレンチコートを着た堂々たる図体の男がひとり、葉巻を咥えて、立っていた。




