プロローグ
幌馬車の後ろで、フランは仰向けになって寝転んでいた。
馬車が揺れるたびに、背中の下で板がきしむ。乾いた音が、一定の間隔で続いている。耳を澄ませば、車輪が砂利を噛む音と、馬の蹄のリズムが重なっていた。
「ねぇ、父さんまだぁー?」
状態を起こしたフランは、木箱に顎を乗せたまま前の方へ声を投げた。
「まだだ」
返ってきた言葉はそれだけだった。
御者台に座る父さんは、手綱を握ったまま振り返りもしない。背中だけが見える。日に焼けた首筋に、じんわり汗が浮いていた。
このやり取りも、もう五回目だ。
フランはため息をついて、顔の向きを変えた。
道はまっすぐ続いている。踏み固められた土の道の両側には、背の低い草が広がっていて、ところどころに木が立っているだけだった。
風が吹くと、草が一斉に揺れる。ざあっと音がして、それからまた静かになる。
「つまんない」
フランの不満いっぱいの声に、父さんは「そうか」と小さく返すだけだった。
その態度にむくれつつ、フランは口を開く。
「父さんは、なんで旅商人やってるの?」
「さあな。気づいたらやってた。父さんの父さんも、じいちゃんも、ひいじいちゃんも、みんなそうだったからな」
「ふーん……」
フランは納得したような、していないような顔でカバーの穴から空を見た。
気づいたらやっていた、なんて。
そんな適当な理由でいいのだろうか。
……僕も、そうなるのかなぁ。それで自分の子供にも同じことを言うのかな。
「父さんは嫌だって思ったことないの?ずっと同じことしてるじゃん」
「ないな。俺にはこの生活があってる」
「へー」
荷馬車がごとごと揺れる。木箱がぶつかって、小さく音を立てる。その単調な揺れが、だんだん眠気みたいなものを連れてくる。
でも、眠るほど退屈でもなかった。
中途半端で、落ち着かないそんな感じだ。
フランは体を起こして、荷台の中を見回した。
木箱や袋がいくつも積まれている。布に包まれたもの、縄で縛られたもの、形も大きさもばらばら。
全部、売り物だ。
村から村へ移動して、品物を売る。同じ場所に長くはいない。売るものがなくなれば、また次の村へ行く。
それが旅商人。
それが、フランにとっての普通だ。
けれど、最近になって思う。
普通って、なんだろう。
さっきの村の子どもたちは、同じ場所にずっと住んでいた。家があって、畑があって、毎日同じ顔ぶれで遊んでいる。
フランには、それが少しだけ不思議に見えた。
でも、羨ましいかと聞かれたら——よく分からない。きっとそんな自分を想像できないからだ。
フランは首を振って考えるのをやめて、近くにあった袋を引き寄せる。
口を開けて中を覗くと、塩気の強い匂いがフランの鼻をくすぐる。
「父さんこれ――」
「干し肉だ。売り物だから食うなよ」
全部言い切る前に遮られて、フランは口を尖らせる。
「一個ぐらいならいいじゃん」
「ダメだ」
「ケチ」
フランの言葉に父さんは「ふんっ」と鼻を鳴らす。
「商人だからな」
素直に袋の口を閉じたフランは、膝を抱えて荷台の隅に座る。
少し強めの風が吹いて、幌の穴がパタパタと暴れる。
「ねぇ、父さん。カバーそろそろ変えた方がいいんじゃない?」
頭上に穴が空いてから、かれこれ二ヶ月経つ。一体いつまで、このままにしておくつもりなのだろう。
……雨入って来るから早く新しいの買ってほしい。
「金が溜まって、大きい町に出たときだな」
なるほど。つまりあと半年から一年は、このままということか。
フランはがくりと深い深いため息をついた。
それでも諦めきれずに、フランは揺れに気をつけつつ、御者席にいる父さんの横に腰を下ろした。
「ねぇ……それっていつになるの?」
フランは分かりきっていることをあえて聞いた。
「そうだな……一年か二年か、そんぐらいだろうな」
まさかの一年以上だった。
仮に二年だとしたら、その間に大きい町に四回は出るだろう。
「…………」
金銭事情が深く関わっていそうな問題に、フランはそれ以上何も言えなかった。父さんが、あと二年ぐらいは大丈夫だろう、と軽い気持ちで言ったことをフランは知らない。
フランは足をぶらぶらさせながら、ぼんやりと外を眺めた。
道は相変わらず同じ景色が続いている。草が揺れて、風が通り過ぎて、それだけだ。
さっきの村から、もうずいぶん遠くに来てしまった。
ふと、フランは村人の顔を思い出す。
少し汚れた服を着ていて、何度も頭を下げていた人。
「父さん。さっきの人困ってたよね?」
「……ん?」
全く思い出せないと言わんばかりの父さんの表情を見て、フランは村長の名前を出してみる。
「さっきのメイジーおばさんのとこの村の人」
「あーー」
「なんで売らなかったの?」
父さんはすぐには答えずに、黙ったまま手網を握って視線を前に向けている。
馬の蹄の音だけが、一定のリズムを刻んでいく。
「……さあな」
「さあな、って!」
フランは父さんの適当な言葉に顔をしかめる。
あの人は困っていたのに。
「売ればよかったのに」
車輪の音にかき消されそうな声で、呟いた。
……あの人はお金も持ってたし、売ればよかった。そうすれば父さんも得をしたはずだ。売ればよかったんだ。商人なんだから。
なのに父さんは――
「別に珍しくもない」
「そうなの?」
「たまにある」
フランは眉をひそめる。
たまにある、と言われても納得なんてできない。商人なのに。
あの人は困るし、父さんは損をしてるじゃないか。
「……どうやって決めてるの?」
「なんとなく、だな」
「なんとなくって……。それでいいの?」
「いいんじゃないか」
やっぱり、適当だった。
フランは口をへに曲げたまま、また足をぷらぷらさせる。
「……変なの」
「そうかもな。旅商人ってのはそんなもんだ」
なんだか、分からないまま置いてかれる感じがする。
「ねぇ……父さんまだ?」
「まだだ」
フランの幼少期でしたーー。
小学校低学年ぐらいのイメージで書きました。
次回、第一話のフランは二十歳。可愛さは消えて……大人です。
なんやかんや社会に揉まれて、たっっっくましい旅商人になっています。




