第103話 生まれた意味③
死から再生できる回数には限度がある。
無限に生き返られるほど、便利な能力じゃない。
限度は十一回。厳密に言えば、十一回目で空間が解ける。
不死性は、『黒牢翳』で支配された空間内限定で付与された能力。
――つまり、十二回目の死を迎えれば、絶命する。
「命のストックは残り九回。……でしょ? メリメリ」
目が覚めたと同時に浴びせられたのは、ソフィアの正論。
彼女は同じ被検体。実験の内容を知っていてもおかしくない。
「数え終わる頃には負けてるっすよ。『異常』頼りのお姉ちゃん!」
精神攻撃を継続しつつ、メリッサは両手を地面に置く。
ソフィアの足元が蠢くと、生じたのは影が入り混じる糸。
強度が劣っていたなら引き剥がせないよう補強すればいい。
そんなシンプルな考えを元に改善し、異能の掛け算を試みた。
被ダメによる能力向上のバフ込みで、数十トン級はいけるはず。
「――ちょっ!!?」
しかし、両手をグンと引っ張られ、体は宙に浮く。
恐らく、縛られた足を動かして、力任せに引き寄せた。
――並外れた脚力と意思の力。
片方だけでは成立しない、圧倒的なフィジカル。
逆らえない引力の先にいたのは、拳を上下に構えるソフィア。
「残り……八回!」
勢いは止まらず、不動の両拳に胸を貫かれ、三度目の死を迎えた。
◇◇◇
両手には、血液と人肉と脳漿がこびりつく。
カッとなったのは最初だけ。心は至って冷静だった。
執拗に、容赦なく、念入りに、効率的に命のストックを削る。
(……まだ、本調子には程遠いな)
意思の力の勘は取り戻しつつあった。
身体の一部と感じるぐらいには馴染んだ。
だけど、精密性に欠ける。繊細な操作は無理。
全盛期を十とすると、今は一ぐらいの感覚だった。
「手が止まってるっすよ。自分を普通だと思いたい異常者!」
減らず口を叩くのは、メリッサ。
額から血を流しつつも、修復は完了。
性懲りもなく、両手を地面に置いている。
(悪口も戦術もワンパターン。素材はいいんだけどなぁ……)
話を聞き流し、哀れみの目線を向ける。
改善を重ねてるつもりだろうけど、無駄な努力。
少なくとも、限られた回数の中で勝つ見込みは見えない。
(やっぱり必要なのは、教育的指導。……いや、分からせ、だね)
緋色のセンスを両脚に纏い、待ち構える。
メリッサが固執するのは、異能による綱引き。
死ぬごとに強度は増してるけど、全く意味がない。
押し引きのタイミングさえ見極めれば、体勢は崩せる。
相手が引こうとした瞬間に、引っ張るだけの簡単なお仕事。
「何度やっても無駄だよ。異能の押し付けだけじゃ勝てない」
ソフィアは達観した態度で妹に忠告する。
彼女が行使する能力は、意思の力とは異なる。
聖遺物の生体情報を取り込んだことによる、バグ。
意思の力という電源を必要としない完全自律型の家電。
――明らかに、異常なんだ。
普通なら能力も魔術も意思の力が不可欠。
エネルギーの供給源がないと、発動できない。
本元の聖遺物も、主人の意思の力により起動する。
そんな既存の常識では説明がつかないのが、彼女の力。
――だから、異能って呼んでる。
それを誇りに思ってるみたいだけど、見てられない。
行き着く先は、魔物か悪魔か吸血鬼か、想像もつかない。
確かなのは、力を使えば使うほど、人から外れていくって点。
現に、彼女が有する不死性は、意思の力の常識から逸脱している。
条件次第では疑似的に再現可能だろうけど、かなりきつい縛りが必須。
それなのに、彼女には大した縛りがない。影の空間内にいるだけで、可能。
――きっと、いつか破綻する。
そのための予防策が、意思の力を覚えさせること。
自分が理解できて、コントロールできる領域に置きたい。
普通の押し付けかもしれないけど、きっと彼女のためになるはず。
「やってみなきゃ、分かんないっすよ」
そんな胸中が伝わるわけもなく、メリッサは異能に頼る。
ニヤリと笑みを浮かべて、楽しみながら、我が道を進んでる。
(はぁ……。ギリギリまで追い込まないと分かってくれないかぁ……)
足元が蠢くのを感じながら、ソフィアは待ち構える。
異能の自信を折り砕くために、あえて真っ向から受けに回る。
「残り……」
影を纏った糸が両足を這い寄る。
きゅっと結びついた瞬間が引く合図。
もはや、安心感すら覚えるワンパターン。
今か今かと何の捻りもない瞬間を待ちわびる。
(…………え?)
でも、その時はやってこなかった。
影は全身に纏わりつき、体の型を取る。
その上を無数の糸が通り、縫いつけ、至る。
「――変身物語【モード『アイアンメイデン』】」
人の型に沿って作られた、白黒の棺桶。
強度が増した影と糸による拷問器具の完成。
バタンと蓋が閉じると、無数の針が体に迫った。




