第101話 生まれた意味①
強くなりたい。そう思ったことは一度もない。
生まれた時から強かった。能力に恵まれていた。
遺伝子の恩恵。ゲノム編集の成果。聖遺物の継承。
教育の省略。生育過程の簡略。偏りある知識の共有。
強くなるべくして生まれた。強いのが当たり前だった。
だから強さに興味がなかった。強くなる必要がなかった。
――でも。
強くならないと勝てない相手がいた。
共有された知識の中でも、最強格の存在。
被検体001。名前はソフィア・ヴァレンタイン。
同じ実験から生まれた、血の繋がらないお姉ちゃん。
「――――」
メリッサは白手袋を振るい、五本の糸を飛ばす。
『白鋼絲』と呼ばれる、異能で編まれた特殊繊維。
伸縮自在で切断性が高く、太さも強度も思うがまま。
現在の太さは約0.1ミリメートル程度。強度は数トン級。
そんな便利で強靭な糸が、影の空間を縦横無尽に駆け巡る。
「ほっ、よっ、とっ」
軽快な声とステップで糸を躱すのは、ソフィア。
ギリギリまで引き付けた上で回避し、前進を続ける。
魔眼を使う気はなく、接近戦でケリをつける腹積もり。
敵との距離は約三メートル。この間にも距離は縮まった。
(ま、これで勝てるなら、苦労しないっすよね)
猛進するソフィアを観察しつつ、メリッサは思考する。
普通の異能は通用しない。だとすれば、何に頼るべきなのか。
体術に切り替えるか、知略を巡らせるか、意思の力を取り入れるか。
――どれもやりたくない。
正しかったとしても、やりたいと思えない。
我がままだとしても、どうしても貫きたいことがあった。
「死んでも、異能でぶち倒してやるっす」
心意気を新たに、メリッサは左手を地面に置く。
すると、ソフィアが駆けようとする地面が蠢いた。
生じたのは影の手。彼女の足を掴むように絡みつく。
『黒牢翳』と呼ばれ、異能から編み出された特殊概念。
元の影の濃さと被ダメージで強度が増し、自在に操れる。
加え、外部からの干渉を受けない、不可侵空間を構築する。
空間内は独創世界に近く、主人には有利な能力が付与される。
「どうして、そこまで異能にこだわるの?」
影の手に動きを封じられながら、ソフィアは尋ねる。
その間にも、彼女の両側から白い糸が襲い掛かっている。
何も抵抗しなければ、答えるまでもなく決着がついてしまう。
それは少し味気ない。聞かれた以上は、答えてやる義務があった。
「普通の枠組みから外れた異常を、心の底から愛しているからっすよ」
メリッサは本音を語り、白い糸が空を薙いだ。
彼女が縛り付けられていた空間を切り裂いていく。
どうせ、決着はつかない。諦観しながら警戒を続ける。
「あっそ」
すると、案の定、響いたのはソフィアの声。
方向は後ろ。至近距離と言える場所から聞こえる。
(読んでないと思ってんすか!)
振り返り、メリッサは迎撃態勢に入る。
だけど、体が思った通りに動いてくれない。
(あれ……? おかしいっすね……)
不自然に感じていると、グチャという音がした。
気持ちのいい音じゃない。奇妙で不可解な音だった。
何が起きたか理解が追いつかない。いや、認識したくない。
「頭を吹っ飛ばされて、死んでいく気分はどう?」
そこで現実を突きつけてくるのは、ソフィアだった。
短い言葉で適切に、起きてしまった現象を説明している。
負けた。殺された。頭を手でちぎって、ポイっと捨てられた。
「…………くそ、くらえ」
下らない結末を受け入れ、メリッサは悪態をつく。
すると、目の前が真っ暗になり、意識は強制終了した。




