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海の魔物

 まだ朝日も昇りきっておらず、海から沸き上がる霧が辺りを包み込む中、カイルたちは運航協会の前で真紅の眼の男を待っていた。


「少し早く着きすぎちゃったわね」


「だから早いって言ったのに……」


 開ききっていない瞼を擦りながらメグの後を付いてきたカイルが呟く。


「だって、ちゃんと時間決めてなかったし、置いてかれたらおしまいじゃない」


「それはそうだけど……」


 メグが言っていることはもっともである。唯一の手掛かりである真紅の眼をした男に会うためには先に待っている他ないのである。


 数時間後、日もすっかり昇り町は朝の賑わいを見せていた。


「そろそろ来る頃ね」


 やる気に満ちたメグは仁王立ちし、男を探すが姿は見えなかった。


 それから更に数時間後、日もすっかり頂点にたどり着いた頃、未だ現れぬ男にメグは苛立ちを覚えていた。


「遅い! 遅過ぎる!」


「もしかしてからかわれただけだったのかな?」


 カイルの心配をよそに、真紅の眼の男が真紅の髪を手でかき、大きな欠伸をしながらカイルたちの元へと近づいてきた。


「遅いわよ! もうお昼よ!」


 現れた男に対する第一声は待たされたことによる怒りであった。


「うるせぇな、ピーピー騒ぐな。頭に響くじゃねぇか」


 メグの大声に頭を抑える真紅の眼の男。


「まさかアナタ魔物討伐前夜にお酒飲んでたの!?」


「あぁ? それがどうした?」


 どうやら男は昨日町の酒場で大量の酒を飲んでいたようで、二日酔いから来る体の怠さと頭痛に悩まされていた。


「信じられない! そんな状態で戦えるの!?」


「うるさい嬢ちゃんだな。仕事はきっちりこなす。それで文句ねぇだろ」


 真面目すぎるメグと男の性格は相反するものであり、話をすればする程それは顕著に現れた。


「まぁまぁ、メグ。その辺にしときなよ。今から一緒に戦うのに、そんなんじゃあ勝てるものも勝てないよ」


「それはそうかもしれないけど……」


「そっちの坊主の方が少しは利口そうじゃねぇか、それじゃあ行くぞ」


 いちいち癇に障る男の言葉に、ぐっと我慢するメグと隣で呆れた表現を浮かべるカイルは男の後に続き運航協会の中へと入る。


「なんだ、あんたたち来たのか」


 期待など全くしていない様子の運航協会の男は扉の前に立つ三人に目を向ける。


「昨日来るって言っただろうが」


「来るってあんた、私は朝船を用意すると言っておいただろ? 今、何時だと思っているんだ?」


「固いこと言うなよ、別に何時って決めたわけでもねぇだろ? それよりも船は用意できてるんだろうな?」


 待ちぼうけをくらっていた運航協会の男は少し不機嫌気味な声色で目の前まで来た真紅の眼の男に話す。しかし、悪びれる様子もない男は謝ることとなく話を進める。


「……裏手に用意してある」


 何かを諦めたのか運航協会の男は親指を自身の後ろを指す。


「この人凄いな……」


 二人のやり取りを少し離れて見ていたカイルたちは呆然と立ち尽くしていた。


 裏手に用意してあったのはこの辺りの漁師たちが使っているであろう二十人ぐらいは搭乗できそうな中型の木造の船が一隻だけ紐で木杭にくくられていた。


 船の側で待機していた二人の男と軽い挨拶を済ませ、船は海へと進んでいく。


 何十分か船を漕ぎ進め、元いた停留所がだいぶ小さく見えるようになった頃。


「目撃情報があったのはこの辺だね」


 運航協会で聞いた通り、船を進めた先は一面海のなんの変哲もない場所であった。


「こんな所に本当にいるの?」


 穏やかな水の流れを見てメグは疑問を抱く。それは他の二人も同じよう感じているようであった。


「間違いないですよ、ここで何人もの漁師が見てるんですから」


 船を漕いでいた男がメグたちの後ろの方から声をあげる。


「じゃあ、どっかの誰かさんが遅くまで寝てたせいで出てこないんじゃない?」


「いつまでもねちっこい嬢ちゃんだな、そんなんじゃ男にモテねぇぞ。それにここにいるなら問題ねぇ」


 そう言うと、真紅の眼の男は腰に差していた刀を抜く。その刀は柄、刀身すらも漆黒。刀身の根元の方に縦に並んだ七つの紅い宝玉が埋め込まれている。


 その刀を水面に浸けると、男は言葉を紡ぐ。


「我に集いし、内なる炎よ、燃え盛りて、業火の炎を現せ」


「詠唱!?」


 男の言葉に一番最初に反応を示したのはメグであった。詠唱とは魔力を持った者がその力を発揮する際に必要な言霊である。


 しかし、カイルたちコヴァターはパートナーと魔力を共有しているため、詠唱なしで魔法を使用することができる。そのため、詠唱を使う者と言えば、パートナーを失ったシングルとカイルたちは認識していたのである。


紅蓮刀(ぐれんとう)!」


 男が声を発すると同時にてに持っていた黒刀はまるで炎の釜の中にでも入れたかのごとくみるみる赤くなり、強い光を放つ。


 見るからに熱そうな刀は周囲の水面の温度を上げ、ブクフグと音をたて始めた。


「ちょっちょっと、大丈夫なの? この船だって熱せられてるのよ」


「大丈夫だ、後もう少し」


 何か根拠があるのだろうか。心配そうなメグに男は自信満々に答えた。


「何かわかるんですか?」


「いいや、俺の勘だ」


 男の言葉に一度安堵の表情を浮かべた二人であったが、一瞬にして不安そうな表情に逆戻りした。


 そんな二人の不安に応えるように船はミシミシと音を立てる。どうやら熱せられた木が形状を変えようとしているようだ。


「ちょっと、本当に危ないって!」


「うるせぇな! 黙って見とけ!」


「あぁー、もうダメー!!」


 メグの言葉に耳を貸す気が全くない男は叫ぶメグをよそに刀を水面に浸け続ける。


 すると、水中から大きな泡がいくつも現れ始めた。その勢いは強まっていく一方で、黒い影がだんだんと近づいて来る。


「かかった!」


 次の瞬間、物凄い勢いで浮上する巨大な生物は聞いていた話とは少し違い、透明な体の中を青い血液が巡る巨大な魔物であった。


 魔物にはいく本かの触手が生えており、カイルとメグはその姿形に覚えがあった。


「これってまさか……」


「えっえぇ、間違いないわ。だって、昨日見たばかりだもの……」


 そう、その姿はここヴェーネでは当たり前のように食卓に並び、名産物としても名高いバルムイカそのものであった。


「こんな巨大な魔物とどうやって戦ったらいいのよ……」


 予想を遥かに越える巨大な魔物を目の前に、冷や汗を流すメグは震えた声で呟く。


(なっなんとかしないと……どうする? どうすればいい? まずはテナを召喚して……してどうする? 召喚した所であんな化物とどうやって戦うんだ……無理だ……なんなのに勝てるわけがない……)


 腰が抜けて立ち上がることすらできないカイルは現状を打破しようと思考を巡らすが、彼の思考はすぐに勝てないと結果がでてしまう。


「カイル、なにをやっておる! 早く私を呼び出さんか!」


 カイルの腰に取り付けたカードケースからテナの必死の叫びはカイルの耳に届いてはいたが、カイルの体を包む恐怖がカイルの行動を邪魔する。


 海水を熱せられたことに酷くご立腹なバルムイカは今にも暴れだしそうな様子である。だが、カイルたちはその巨大な魔物をただただ見上げることしか出来ないでいた。


 たった一人を除いては……


「なんだ、海の化物って言うからヒュドラやリヴァイサアンかと期待してたのにただのイカかよ……」


 水面から刀を引き上げた男は見るからに落胆する。全長百メートルはあろうこの巨体を見て、ただのイカと言えるのはこの場で真紅の眼を持つ男ただ一人であった。


「これなら一個で十分か」


 真紅の眼の男は真っ赤な刀を大きく振りかぶり、攻撃の構えをとる。


炎技(えんぎ)炎竜迅(えんりゅうじん)!」


 刀の根本にあった宝玉の一つが赤い光を放つと同時にまるで一匹の竜のごとく、炎の竜巻が真っ直ぐにバルムイカ目掛けて放たれた。


 その竜巻の速度にバルムイカは逃げることは叶わず、 炎の竜巻がバルムイカに直撃する。


 竜巻が通りすぎた後には真ん中に大きな穴を開け、全身を真っ黒に焦がしたバルムイカの姿だけが残っていた。


「まぁ、こんなもんだろ」


 咄嗟の出来事に何が起こったか理解が追い付いていないカイルたちであったが、反射的にメグは尋ねた。


「あっあんた一体何者なの……?」


「あぁ? そう言えばまだ名乗ってなかったな。俺はキルホストル王国炎帝部隊(えんていぶたい)副隊長、グルナ・ハーディアスだ」


炎帝部隊(えんていぶたい)!?」

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