非常なる現実
炎帝部隊、それはキルホストル王国を守護する何万人もの兵士の中から秀でた才能を有する五人の兵士を中心に結成された少数精鋭の選ばれし集団の一つである。
五人の兵士はそれぞれ、炎帝、水帝、雷帝、風帝、土帝と呼ばれ、各帝がそれぞれに部隊を率いている。
帝たちの実力は測りきれず、噂では帝一人で一連隊ほどの力だとも言われている。
そんな隊の副隊長であると言うグルナはキルホストル王国でも十本の指に入るほどの実力者と言うことになる。
「あんたが炎帝部隊の副隊長って……」
以前として疑いの目で見つめるメグであるが、その実力は先程その目で見たばかりだ。
「疑り深いお嬢ちゃんだな。それならこれでどうだ?」
「これは!」
グルナは自身の懐に忍ばせていた炎の形を模したエンブレムを見せ付ける。それは炎帝部隊所属の何よりもの証明になるものであった。
「副隊長がどうして一人でこんな所に?」
「ちょっと調査を頼まれてな。秘密裏に行動してたんだよ」
「秘密裏ってそんなこと私たちに言っていいの?」
目的を果たしたカイルたちは運航協会に報告するため、一度ヴェーネに戻る最中、船の上でカイルたちはグルナの素性について尋ねる。
「いいわけねぇだろ。ただ、お前らの返答次第では協力してもらうことになるからな」
グルナの意味深な言葉に疑問しか浮かばないカイルたちはグルナの話を黙って聞く。
「お前ら、ホールズで起きた二年前の事件について何か知っていることはねぇか?」
予想していなかった質問にカイルたちは驚きを隠せないでいた。彼らにとってこれ程望ましい展開があるであろうか。国王に会う前に例の事件の話が聞ける機会が到来してきたのだ。
「僕たちはその二年前の事件につい……」
途中まで言いかけて、カイルの口は隣にいる人物の手によって塞がれてしまった。
「待つのよ、カイル。これは向こうから情報を引き出す絶好のチャンスよ。バカ正直に素直に話すことはないわ」
小声で話すメグの言葉にカイルは黙って頷く。
(それに相手は副隊長と言えど、酒を飲んで寝坊してくるような人物。こっちの聞きたいことを全部話してもらうわよ)
「私たちは二年前の事件の際その場にいたわ」
「ほぅ……」
メグの一言でグルナの表情は真剣身を帯びた。その事にはメグも気が付いたようで、次の言葉を選んでいるようだ。
「だけど、私たちがあなたに話すメリットは何かしら?」
「なるほど、食えねぇ嬢ちゃんだ。そうだな、なんでもと言ってやりてぇ所だが、俺にはそこまでの権限は与えられちゃあいねぇ。そこでだ、お前らは何を望む?」
(来た! ここが勝負の分かれ道……。なんて答えるか……)
メグが数秒間沈黙状態になる。その際メグの思考は思い付く限りのありとあらゆる可能性を考えていた。そんなメグをグルナは真っ直ぐに見つめる。
「私たちを事件の調査メンバーに加えて下さい!」
「えっ!?」
グルナよりも先に言葉を漏らしたのはカイルであった。まさかのメグの申し出に思わず声を出してしまったのである。
「メグ、一体何を言って……」
メグが言ったことを素直に受けとるなら炎帝部隊と行動を共にしたいと言うことだ。エリート中のエリート集団である炎帝部隊に村を出たばかりのひよっこが着いていけるわけがない。
もちろん通常ならそんな申し出を受けるはずがないことはメグも理解していた。しかし、炎帝部隊の副隊長からお願いされる機会などこの先を考えてもまずありえないだろう。
ならばと、メグは無理な提案を押し通すには今しかないと判断したのである。
「ハハハ、なるほど、そうきたか」
先程までの緊張感は一瞬にして崩壊し、グルナの大きな笑い声に二人はキョトンとした表情になる。
「いやいや、すまねぇ。実はお前らのことはホールズに寄った時にジダバルの爺さんから全部聞いてたんだ」
「えぇ!! じゃじゃあ、運航協会で会ったのは……」
「あぁ、お前らを待ってたんだ。都合よく怪物騒ぎで船も止まってたしな」
結局、カイルたちはグルナの手のひらで踊らされていたと言うことである。もちろん、事件についてはジダバルから聞いていたため、カイルたちがそれ以上の情報を持っていないことも理解していたと言う。
「それでだ。お前らあの戦いはなんだ? とてもじゃねぇが俺らと一緒に調査する資格がある奴の戦いじゃねぇな」
笑っていた表情が再度真剣な面持ちになる。先の戦いで敵に脅え、戦闘体勢すら取らず船に座ったままの二人を見れば当然の反応である。
それはカイルたちも十分に理解していた。この旅には危険が伴うことなどホールズを出る時にわかっていたことである。その上で村を後にした二人であったが、実際に恐怖を感じれば先の通りであった。
「お前ら、戦いに負けるやつの一番の原因がなんだかわかるか?」
「負ける原因? そんなの力が弱いからじゃないの?」
「ほぅ、坊主はなんだと思う?」
「敵の情報が不足してることですかね? 事前にわかっていれば戦わないって言う選択もできますし」
それぞれの意見を聞くと、数秒の間を置きグルナが口を開く。
「お前らは戦いの本質がわかっちゃいねぇ。一番の原因は勝つことを諦めることだ。どんなに力がなくても戦い方次第じゃあひっくり返ることもある。敵の情報なんてぇのはいつも万全にあるわけじゃねぇ。どんな困難な状況だろうが、勝つために足掻き続けるんだよ」
グルナの言葉にカイルたちは何も反論することができなかった。あの巨大な魔物を見た際に二人は「勝てない」そう瞬時に思ってしまったのだ。そのため、勝利するための手立てを何一つ行わなかった。
「そうですね……」
少し俯き加減の二人は自身の考えの甘さに反省の色を見せる。先程のメグの申し出はもちろん、調査の情報を貰うことすら諦めかけていたその時、グルナは更に言葉を続ける。
「それでだ、俺がお前らを鍛え直してやる」
「え?」
これまた思いもよらない言葉に二人は思わず顔を上げ、グルナの顔を見つめる。
「今なんて……」
「だから、俺がお前らを鍛えてやるって言ってんだよ」
「それってつまり炎帝部隊と一緒に調査していいってこと?」
「甘ったれんな。一緒に調査に出るのはお前らがある程度使えるようになってからだ。それまでは王城で訓練と軽い任務をこなしてもらう」
それでもカイルたちにとっては首の皮一枚が繋がったと言うところであろう。少しでも早くシンを探索したい気持ちは変わってはいないが、力を伴わない今のカイルたちには無謀過ぎることは今回の件で十分に理解した。
「いいんですか? そこまでして頂いて……」
「その様子じゃジダバルの爺さんから本当に何にも聞いてねぇようだな。お前ら何か渡すように言われてるものはねぇか?」
「え? はい、国王に渡すようにと紹介状を」
「そん中には、お前らのことを鍛えてやってくれって書いてあんだよ」
「えっ!!」
二人はジダバルが事件についての情報を提供してもらうように紹介状を書いてくれていると思い込んでいたため、意表を突かれた二人はまた驚きの声を上げる。
「なんでグルナさんが紹介状の中身をご存じなんですか?」
「あぁ? それはジダバルの爺さんがお前らのこと心配で心配で仕方ねぇって話してたから俺がそうするように言ったんだよ」
「じゃあ、私たちが村を出て、こうなることも始めから」
「だから言ってんだろ、全部聞いてたって。あの爺さんにはガキの頃に世話になってるからなぁ。無下には出来ねぇのさ」
驚かされっぱなしの二人は思考が着いていってなかったが、つまりはカイルたちは大人たちが作ったらシナリオ通りに行動したと言うことなのだ。
「そんじゃあ、ちゃっちゃと運航協会に報告して、王城に向かうぞ」
それからカイルたちはヴェーネに戻り、運航協会に今回のことの顛末を話した。運航協会の方々は大喜びし、口々に感謝の言葉をのべる。
そして、王都パルクシア行きの旅客船に搭乗する。
「それにしても本当、驚かされたわよね」
船の甲板で話すカイルとメグ。潮の香りがする風が二人の頬を撫でる。二人は改めて今日の出来事を振り返った。
「まさか、ジダバルさんも一枚噛んでいたとわね」
初めての実戦、初めての恐怖にそれぞれ思うことがあったようで、海を見ながら暫しの沈黙が続く。
「カイル! 私を召喚しろ!」
そんな沈黙を破ったのは怒りの感情を露にした声を発するテナであった。カイルは腰につけたカードケースからテナのカードを取り出す。
「えっあぁ、サモン、テナ」
「一体どういうつもりだ!」
姿を表したテナは発した声と同じく険しい面持ちでカイルを睨み付ける。パートナーが露にした感情にたじろぐカイルは甲板の端にある手すりまで追い詰められる。
「なぜあの時私を召喚しなかった! 今回は無事で良かったものの、あの男がいなければどうなっていたと思っているのだ!」
「いや、それは……」
もちろんカイルもテナを召喚して戦うことを考えなかったわけではない。しかし、彼の恐怖に支配された体がそれを拒んだのである。
「お主の身に何かあったらどうするつもりだ! 私は、私は……」
興奮するテナの声は次第に小さくなり、その瞳からは涙が溢れる。
「私は何もできないまま、カイルに何かあったらと思うと、怖くて、辛くてどうにかなりそうだ……。頼むからそんな思いを味わわせないでくれ……」
「テナ……、ごめん…… 」
「次したら許さんからな」
そう言うと身長の小さいテナはカイルの腹部に抱き付く。そんなテナの頭を「あぁ」と呟きながら優しく撫でる。
「それからメグ、お主もだぞ。 私の大事な友が勝手にいなくなるなんて許さんからな」
「えぇ、えぇ……ごめんねテナ、ギュウタスもごめんね……」
隣で二人のやり取りを聞いていたメグはテナの言葉にグルナの言葉とはまた違った意味で胸に突き刺さったようで、うっすら涙を浮かべ、自身のパートナーであるギュウタスのカードを取り出し謝罪する。
そうして、カイルとメグは今回のような失態は二度と繰り返すまいと心に誓うのであった。
次の日の朝、船は朝日に照らされた建物の中一際大きな建造物がある島に到着する。
「あれが王都パルクシア」
船のから眺める目的地に夢と希望を胸に上陸する。




