第8話
「疲れた」
正直に言って、私は疲れていた。
能力を使うとやはり疲れるのだと、その日は大人しくホテルに戻ることにした。
手芸の本はしっかりと私の手に握られている。
ところがホテルの近くで、良い匂いがしてきた。
焼き鳥の看板があり、入り口近くで焼く匂いが、私の足を強引に引きとめた。
「いらっしゃい」
元気な声が店内に響き渡った。カウンターのみの店だが、おいしいのだろう。
店内はサラリーマンやカップルで混み合っていた。
中央付近に椅子が二つほど空いていたので、私はそこに座った。
「ご注文は?」
元気な声で、気分がよかった。
「とりあえず、ビールを」
随分と走ったので、喉は渇ききっていた。
「ビンですか?生ですか?」
「じゃあ、生で」
私の喉は既に鳴っていた。一分もしない内に生ビールが運ばれてきた。中ジョッキだ。
心配りの効いた店に感謝した。待たせず出されるビール。ジョッキは中。
私の好みと一致した。大ジョッキは飲む間に温まってしまう。
少ジョッキだと早くなくなり注文の面倒さが残る。
やっぱり、中ジョッキだなと、つくづく思った。
メニュー自体はシンプルに焼き鳥の種類と、常備されたおつまみとご飯ものだけだが、
大きな黒板には、今日のおすすめメニューとして、沢山の商品名が並んでいた。
しかも手ごろな値段で、私の好みにこれまたマッチした。
一口飲んだところで、店員が私の前に現れた。
「つまみはなんにします?」
「おすすめの、マグロ刺し、つくねと手羽先、梅ささみと銀杏。
つくねはたれで、手羽は塩でね」
最高の取り合わせに、自分でも満足した。店員は伝票に書き込むと、各担当に大声で伝えた。
「カウンター六番さん、マグロ刺し、つくねたれ、手羽塩、梅ささみと銀杏」
「はーい」
各担当の返事も、私の気分を害すことなく、店の雰囲気に合っていた。
一杯目が終わる頃、マグロの刺身がカウンター越しに差し出された。
「おまち」
「ありがとう、生、もう一杯」
私が言うと、にこやかに頷いた。
そこで店員の目線が、私の手芸の本に注がれていることに気が付いた。
あちゃー、と思ったが、店員の反応は予想外だった。
「手作りの洋服ですか?難しいですよね」
何か懐かしいものを見るような目つきだった。
「君は……」
「昔はデザイナーになりたくて、服飾学園に通っていました。
才能がなくて今はこの通りですけど」
一見、ごつそうだが、繊細な神経の持ち主だと思った。
「デザイナー志望だったの?あの世界も厳しいからね……」
そこまで言った私の頭に、素晴らしいアイデアが浮かんだ。
この若者に手伝ってもらえれば……。
しかし、突然言っても可笑しなおっさん程度に思われる。
しばらくは、この店に通って仲良くなってからだ。
今日はとりあえず布石だけは打っておこうと思い、本を広げて尋ねた。
「私は素人だから、言葉の意味さえ分からないよ。この縫いしろってなんだい?」
「ダメだなあ。基本中の基本ですよ」
笑顔がこぼれた。順調だ。
「教えてもらえればあり難いけどな」
「仕事中だから、またいつか」
こんな話で、きっかけ作りは出来たはずだ。おそらく教えたくてうずうずしているだろう。
人間は、自分の得意分野に興味を持ってもらうと、知っていることを話したくなるものだ。
この分だと、来月あたりにはヒーローとして活躍できそうだ。
早いところ、仕事と住処を探さなくてはと、改めて気を引き締める思いだった。




