第7話
「すいません。他のお客が来まして、一時間待ってください」
私は仕返しされたことに気が付いた。しかも、一時間後に来た男は、
今のお客が目当ての物件と契約したと、私に伝えた。
ほかで良ければ見せますよ、とは言ったものの、その眼は私を馬鹿にしたように見えた。
私は何も言わずにその場を立ち去った。
また電車に揺られながら、もとの街へと舞い戻ったが、口惜しい思いは拭い去れなかった。
何も出来ないうちに、日は傾き始めていた。せめてマスクでもと気を取り直し、
私はデパートに向かったが、売り場案内に聞いても、変装用のマスクは売っていなかった。
パーティ用品ならあるかも、との情報をもらい見当をつけた店に行ってみた。
しかし、ろくなものが無かった。
口ひげの付いた眼がね、女王様が付けるような派手なアイマスク、
フランケンシュタインや吸血鬼の被り物、蛍光塗料で描かれた骸骨のマスク。
どれもぴったりなものは無かった。
もちろんこのぴったりとは、ヒーローとして可笑しくない、という意味だ。
ヒーローのネーミングは、その殆どがマスコミに付けられたものだ。
マスコミは、コスチュームやヒーローの能力でネーミングを考える。
スー○ーマンならば、胸の“S”のローマ字と、驚異的なパワーから付けられ、
スパ○ダーマンは、これまた胸に付いた蜘蛛のマークと、
自在に操る糸からネーミングを考えられた……っけ?バッ○マンは……、見たとおりだ。
これらの事からも、いかに見た目が重要か問題になってくる。
仮に、フランケンのマスクを被り、地上五十センチに浮かんでいたとしよう。
付けられるネーミングは、ゾンビマン、もしくはゴーストマン。そんな所だろう。最悪だ。
奇抜なコスチュームでも構わない。それだけの能力があり、
悪人逮捕を軽々とやってのければ。しかし、私の場合その能力に乏しい。
やはり見た目から入るのが好ましく思える。ところが売っているものだと……。
自分で作るのが妥当だと思った。私はコスチュームとマスクを作ることにした。
次に向かったところは、本屋。手芸の本を買うためだ。能力はないが、頭は良い筈だ。
良い案が浮かんでも作れなければ仕方ない。その為の下準備と言っておこう。
本屋は直ぐに見つかったが、男一人で手芸コーナーに行くのは、
多少なりとも恥ずかしかった。
どうにか私でも理解できそうな本を見つけ、私はレジに並んだ。
型紙から服を作る過程が細かく書かれている(趣味の手芸)という本だった。
レジの女の子は、私の本を受け取るなり、小さく笑った。
いや、笑ったように見えた。バーコードを読み取り、金額を告げるときにも笑った。
今度は確かに笑った。営業スマイルなのか、それとも……。
理由は分からないが、私は顔から火が出る思いだった。
そう思った瞬間、私の口から出た炎が、女の子の髪の毛をチリチリに焦がした。
私は千円札を投げ捨て、本を奪うようにして、店から逃げ出した。
店内には女の子の叫び声が響いていた。
自分の能力を管理することを覚えなくては、と思いながら走った。
気が付くと、またもや隣の県まで走っていた。
どうやらカレーによる、能力低下は終わったらしい。
昼間の公園まで行き、ベンチに腰を下ろし、本を開いた。
これならば、どうにか作れそうだ。しかし、よく見るとミシンが必要だった。
もちろんミシンなど持ってはいない。これも買わなくてはいけなくなった。
うーん、出費がかさむ。まだ仕事も新居も決まってない。
ミシンを買っても今は置き場も無い。困った。非常に困った。
一日も無駄にしたくは無いのに……。
色々考えたが、今日はもう何もすることが無くなった。いや、ある。
能力の自己管理をしなくてはいけない。
自由にコントロールできて、初めてヒーローと呼ばれる。
先ほどみたいに、自分の意志とは裏腹に、危害を加えてしまう危険性があるからだ。
口から炎を出す訓練は、ちっとも進行しないため、かなり前に止めてしまった。
別段無くてもいいような能力とも思えたからだ。
しかし、実際に使用できるとなれば、話は別だ。ちゃんと管理しなくてはいけない。
まあ、出来るようになったということは、進歩しているのだろうと思った。
頭の片隅に追いやられた訓練方法を引っ張り出し、周りに人がいないのを確かめてから、
口を尖らせた。喉の奥に集中して、胸の中に火を灯すとイメージ描き、ゆっくりと息を吐く。訓練方法を順に思い出し、その通りに実行してみた。
すると、口から小さな火の塊が飛び出した。自分には熱くはない。成功だ。
喜び勇んでいると、ふと、視線を感じ振り返った。
またも、昼間の中学生が唖然とした顔で立っていた。
「やあ」
口から炎を出しながら、やはり、ありきたりの言葉を言ってしまった。
「うあー」
二人が逃げるのも、慣れっこになってきた。
ともかく、ここにいては二人が誰を連れてくるか分かったものではない。
早々に立ち去る必要がありそうだ。
本当に逃げてばかりだ、と思いながらも、もと居た街まで戻ってきた。




