第3話
それから二年が過ぎようとした頃、変化が起き始めた。
まず、視力が極端に回復しだした。はるか遠くまで見渡せるようになってきた。
それだけでは、ブッシュマンと変わりはしない。
身体も不思議なほど軽く、今にも空を飛びそうだった。
が、その時点では、単なるジャンプしか出来なかった。
厳密に言えば、バスケットボール選手にも追いつけない程度だった。
この時ほど二人?の母親を恨んだことは無かった。地球に送るほどの技術を持ちながら、
何故、思春期に手紙を見る段取りをつけなかったのか?何故、お袋は渡しそびれたのか?
考えれば考えるほどむかついてきた。そんな時、苦しい時はあのコインをそっと胸に抱いた。
しかし間もなく四十になろうとした頃、劇的な変化が私に訪れた。
空を飛べるようになったのだ。
これで、アメリカンコミックのスー○ーマンになれると確信した。
ところが、その後どう頑張っても空高く飛べるようにはなれなかった。
せいぜい地上五十センチがよいとこで、スピードときたら歩くほうがはるかに早かった。
『始めるのが遅すぎた』 またも二人?の母を恨んだ。とてもヒーローにはなれそうも無い。
スー○ーマンの夢がもろくもくずれさった。気持ちは湖のどん底で苦しみもがいていた。
子供の頃は、存在しないウ○トラマンに失望し、今はなりそこないの自分に失望した。
異星人だからといって、スー○ーマンのようなヒーローになる必要はまったくない。
しかし、特殊な能力を身に付ければ、使わないのはおかしい。
特殊であればあるほど使うはずだ。
しかし、走るのが速いといって、陸上選手にはならないし、空を飛べるからといって、
パラシュートも無しに、スカイダイビングはしないだろう。
要は、皆から不審がられ、注目を集めすぎてしまうからだ。
しかも、使い方は、膳と悪とにはっきりと分かれる。私は悪人ではない。
善の考え、ヒーローの考えしか浮かばなかったのである。
それでも、力だけは少しずつ付いてきた様に思えた。
そんな私を、試すような出来事があったのは、ついさっきの話である。
よりによって私が行った銀行が、これまたよりによって私がいるときに、
強盗に襲われたのだ。犯人は三人組。そして拳銃で武装していた。
正規の銃か、改造銃かは分からない。
しかし、撃たれた時、死ぬほど痛かったのは、紛れもない事実だった。
その時の私は、これも訓練の一部だと思い、犯人の前に躍り出た。
今では後悔しているが、ヒーローになれるかの瀬戸際に思えた。
見てみぬ振りをすれば、一生ヒーローにはなれないと思い込んだのだ。
もちろん犯人は驚いた。
銃を持った男に、素手で立ち向かう馬鹿いるのかと、面食らった様子だった。
犯人の一人は銃を向けたが、私のほうが早かった。
左の手刀で銃を叩き落し、右手で喉輪を決め、左足で蹴り上げた。
しかし、その足蹴りは、腹に入れるつもりが、股間へと命中した。
もう使い物にはならないだろう。刑務所では女役に決定だな。
そんな悠長な考えをしている自分に驚いた。
これで一人は見事やっつけた。ところが、異変に気づいた一人に、背後から撃たれた。
焼け付くような衝撃が胸を貫通し、暖かい液体が流れるのを感じた。
だが、私は倒れなかった。そして、その犯人も見事やっつけた。
信じられない速さでその男に近づき、顔面パンチ一発で倒した。
金庫室に行っていた最後の犯人が戻ってきたとき、今度は右腹を撃たれた。
これも、激痛が走ったが、またも倒れずに済んだ。
しかも、私の右パンチは怒りのせいもあり、犯人を十メートルも吹き飛ばす威力を発揮した。
犯人が起き上がらないのを確認した後、気が付いたのは病院のベッドだった。
そして今、看護士が点滴を代えているが、意識の取り戻した私に、笑顔で頷いた。
「気が付きましたね」
「どうしてここに?」
私には記憶が無かった。
「銀行の人が連れてきたのよ。素晴らしい活躍だったって。みんなに言ってこなくちゃ」
看護士は病室を足早に出て行った。数分後、医師やら、看護士やらが何人も訪れてきた。
「奇跡的ですね」
担当医が言うには、銃弾は巧みに内臓を避けて、貫通したため無事だったと。
見せられたレントゲン写真には、銃弾の貫通路が映し出されていたが、
内出血も無い元気な内臓も写していた。
「銀行の方と警察官が来ていますが、会いますか?」
先ほどの看護士が私に尋ねた。
「私は捕まるのですか?」
警察と聞いて私は驚いた。暴行罪、そんな言葉が頭を横切った。
「とんでもない。貴方はヒーローよ。お礼が言いたいみたい」
看護士は何故か潤んだような眼で、私を見ていた。
しかし、そんな視線よりも、私は「ヒーロー」という言葉が耳から離れなかった。
「構いません」
私はそう答えた。
やがて、私服の警官、銀行の支店長、マスコミの取材陣などが、病室になだれ込んできた。
「とにかくお礼を言わせてください」
最初に口火を切ったのは、銀行の支店長だった。支店長は握手を求め、私はそれに応えた。
その場面で一斉にカメラのフラッシュがたかれた。その後は、マスコミの取材攻めにあった。
お怪我は?から始まり、何故、銀行にいたのかまで。
何故、銀行にいたかって?貯金を下ろしたり、預けたり、公共料金を払ったり、
普通の人と同じ事をしにいっただけだ。そんな質問が馬鹿らしく思えた。
警察は元気になったら事情聴取を行いたいと申し出た。顔は笑っていたが、容疑者並みだ。
私は思った。ヒーローと、スーパーヒーローの違いはここだと。
ウル○ラマンなど、取材も受けたことは無い。
建物を壊し、街を破壊してもお咎めは無い。直ぐに飛び去ってしまうからだと。
スー○ーマンも、スパイ○ーマンも同じだ。直ぐに居なくなる。
警察にも居場所は分からない。
普段の生活では本性を隠しているからだと私は思った。
これからは病院に運び込まれるようなドジは踏まないよう、硬く自分に誓った。
怪我は不思議とあっという間に完治した。医師の驚きを無視して、私は半ば強行に退院した。
細かく調べられるのも問題だったからだ。私の星の母?が言っていたのは、
外見では変わらないとだけで、詳しく調べられたら何が出てくるのか
分かったものではなかった。
しかし、問題は残った。帰りのタクシー運転手にも握手を求められ、
帰り着いたアパートは報道陣で溢れ返っていた。しっかりと調べはついているのだ。
私は仕方無しにそのまま都内のホテルに向かった。
運転手は、他言しませんと、気の毒がっていたが、裏切る可能性は十分に残っていた。
タクシーが居なくなるのを確認してから、私は徒歩で別のホテルを探し始めた。
なるべく顔を見られないようにと気をつけていたが、妙に視線を感じた。
そう感じただけかも知れないが……。




