第2話
「あ、お袋?昨日はご馳走さん」簡単な挨拶だ。
「どうしたの」
お袋の返事。これもいたって簡単だった。
「おかしな質問するけど、ちゃんと答えて」
私の質問に対するお袋の答えは、ある意味不思議な答えだった。
私は私の生まれた状況を聞いたのだ。
「あんたは七ヶ月でうまれたの。でも未熟児ではなかったわ。三千六百グラムあったもの。
お腹にいるときはよく動く赤ちゃんだった。でも六ヶ月を過ぎた頃に、急に大きくなったの。
医者も驚いていたけど、結局は私の計算間違いだと言っていたわ」
お袋は何度も計算間違いはしなかった、と繰り返していた。
しかし、計算間違いではないとしたら、六ヶ月の胎児の私に、何かが起こったことになる。
そう思わずにはいられなかった。しかし、お袋が腹を痛めたことは紛れもない事実だった。
では、この手紙の主は?その内容は?私はコインを手に持った。
その情報カプセルとは、これ以外に考えつかない。
同封されていたのは、このコイン?のほかには何もなかったのだ。
試しに、真っ暗なテレビ画面に近づけてみた。しかし、何の反応もなかった。
そのコインをじっくり観察してみたが、何も見つからなかった。
のっぺりとした銀色の表面には、スイッチらしき突起もないし、
丸い側面にも切れ目一つなかった。そして、見たこともないような金属にも思えた。
だが、こうやって持っているだけでも、幸福感は失われなかった。
単なる悪戯なのか、事実なのか、それさえ分からなくなっていた。
もう一度紙面を読み返したが、内容に変化はなかった。そこで一つの疑問が持ち上がった。
何故、急に読めたのか?このコインが原因なのか?
だとしたなら、コインを持たずに読めるのか?
幸福感を投げ捨てることに躊躇しながらも、コインをテーブルに置いてから、
紙面に眼を向けた。
「……」
思ったとおり、以前の意味不明な文字に戻っていた。
その時、これが情報カプセルだと、私は確信を持った。
ならば、どうしても内容を知らなければと思ったのだ。
もう一度、そのコインをテレビに近づけた。やはりなんの反応もない。
今度は電源を入れてから近づけた。画面は無情にもニュースキャスターを写し続けていた。
落胆しながらも必死に考え、今度は空きチャンネルにあわせてから、コインを近づけてみた。
すると、画面の砂嵐が徐々に収まり、若い女性の姿が映り始めた。
「これを見ているということは、そろそろ大人の仲間入りね」
女性は優しく語り始めたが、そんな時代は当の昔に過ぎてしまったと、私は内心思った。
「貴方も自分の変化に気が付いていると思うわ」
どんな変化があったのか、今では何一つ覚えていなかった。
変化と呼べる唯一の記憶は声変わり程度であったが、その過程は既に記憶から失われていた。
急に変化したのか?徐々になのか……。
もしかすると、友達より腕力はあったかもしれないが、はっきりとは覚えていなかった。
「それは、貴方が地球人では無いからよ」
私は目の玉が飛び出る思いだった。
「私たちの星は、破滅の一途をたどっているの、消滅までもう時間が無いの。
そこで貴方だけでも助かるように、はるか遠くの地球に送ったの。
何故かは、私たちと地球人は、外見上では、見分けがつかないからよ」
確かに画面の女性は魅力的な人間の女性に見える。
彼女の言うとおりならば、画面の女性は異星人であり、私も異星人ということになる。
不謹慎だが、私は笑ってしまった。どう見ても、普通の地球人と変わりはしなかった。
まるでどこかの映画そっくりな話だ。いや、案外その映画は、的を得ていたのかも知れない。
笑いを必死に抑え、私は画面の続きに見入った。
「でも、地球とは大きな違いがあるの。まず重力が地球のほうが軽いわ。パワーも人間よりも優れているの。もちろん知能もよ。でも、これには訓練が必要なのも忘れないで。
人間同様に身体を鍛えることが必要よ。そのためにも、思春期には始めなくてはいけないの」
ちょっと待てよ。私は思わず叫びそうになった。もう三十を超えているよ、と。
その後の映像では、いかにして空を飛ぶか、力の出し方はどのようにするのか、
あらゆる能力について、事細かに説明され、その習得方法が収録されていた。
全てを見終わったのは、三十六時間後だった。
不思議と疲れてはいないし、内容も全て頭に入っていた。
今は画面も砂嵐に戻っていたが、私は動きもせずにじっと、自分の手を見つめた。
やがて、思い切りテーブルに手刀割を振り下ろした。が、テーブルは無傷で私を笑っていた。
手は非常に痛かった。
痺れる手を摩りながら、習得方法を思い出していたが、なにぶんにももう三十を越えている。
どれだけ習得できるのか、自分でははかり知れなかった。
しかし、本当なのか?
半信半疑ではあるが、読めない文字が読めたり、空きチャンネルが映ったりと、
嘘や冗談、ましてや悪戯とも思えず、能力の一つ一つの習得に向け、必死の訓練が始まった。
しかし、もう三十を……。
そんなことは言っていられない。何度、途中で投げ出そうと思ったか知れない。
しかし、不思議と気持ちは充実していたのだ。
そして、無理だと思っても、訓練を止めることは無かった。




