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遅い目覚め  作者: 勝目博
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第1話

今の暮らしは間違っている。何かが足りない。そう思う人間は星の数ほどいるはずだ。

充実感も幸福感も味わえず、無駄な日々を送っているのでは、と思っているだろう。

私もその一人だった。満ち足りた気持ちになれずにいたのだ。

楽しいことをしているつもりでも、その後には虚しい世界が待ち構えていた。

どんな職業も長続きせず、転職の繰り返しだった。

それを結婚生活に失敗した理由にするつもりはないが、常に何かを求めていた。

それが何かは当時の私には、見当も付かないことだったのはまぎれもない事実。

そうあの日まで……。


 あれは、私が結婚に失敗して、実家に帰省した日の夜だった。

お袋が一通の手紙?らしきものを渡してくれた。長い間忘れていたらしい。

封は切られていなかったが、宛名は明らかに私だった。

古ぼけた封筒を開いたが、紙面の文字は解読不可能だった。

ローマ字でもなければハングル文字でもない。

ましてや漢字ともひらがなとも、かなりかけ離れていた。要は、読めなかったのだ。

「お前が生まれた日に、送られてきたのよ。なぜか知らないけど捨てられなくて……」

お袋は不思議なものを見るように、その手紙を見つめていた。

封筒の消印は、私が生まれた日だった。

しかも、生まれた日に私の宛名が既に書かれているとは、それだけでも不思議なことだった。

お袋は渡し忘れていた事を、弁解にも近い言葉で繕っていた。

なぜか、渡すのが怖かったらしい。私でも不気味に思うだろう。

封筒は気にはなったが、正直に言えば今の私にはどうでもよかった。

読めない手紙よりも、明日からの自分の事で頭はいっぱいだったのだ。


翌日、自分のアパートに戻ったが、仕事はどうでもよかった。

寒いアパートには自分ひとり。自分の食いぶちだけならば、あくせく働く必要もなかった。

自慢ではないが、こんな時に相談できる友人さえいなかった。

冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、明るい時間から飲み始めた。

ベッドに腰を掛けて足を放り出し、真っ黒なテレビ画面を見ていると、

ふと、昨夜の封筒を思い出した。バッグをまさぐり、封筒を開いてみた。

逆さにしてもひっくり返しても、差出人さえ分からない。

封筒の裏面を見たが、ここにも何も記されてはいない。だが、何かがちがうように感じた。

封筒とは違う重量感が感じられたのだ。

静かに振ってみると、微かな重みが手に伝わってきたのだ。

丹念に調べてみると、小さなコイン?らしきものが封筒から滑り落ちた。

床に落ちたコインらしきものを拾い上げたとき、いきなり私の頭に稲妻が駆け巡った。

私は慌ててコインらしきものを投げ捨てたが、台所まで転がったコインらしきものは、

なぜか私を呼んでいるように思えて仕方なかった。

恐る恐るコインらしきものを拾い上げたが、今度は先ほどのようなショックは受けなかった。

その代わりにすごく懐かしいものを感じた。

それは暖かく、私を包み込むような愛さえ感じられた。

心が幸せに満たされた高揚感を抱き、コインらしきものを胸にベッドに腰を下ろした。

ベッドに腰を掛けても、時計の針が一周しても、それでも幸福感は消えなかった。

私の両親も私が幼い頃に離婚していた。

お袋は早々に再婚し、私は義父との生活を余儀なくされた。

お袋とて女である。愛情は子供よりも新しい旦那に注がれ、私は我慢を強要させられた。

私が早くに結婚したのもそれが理由だったかも知れない。

自分の居場所がほしかったのかも……。今、その母の愛情に近いものが私を包み込んでいた。

その時何故、手紙に手を伸ばしたのかは分からない。

しかし、手紙を手にした時、更なる衝撃が私を襲ってきた。

読める。ついさっきまで、意味不明だった手紙の文字が、はっきりと意味を成した形で、

私の目に飛び込んできた。そこにはこう書かれていた。

「息子よ。お前がどんな暮らしをしているのか、今は知る由もない。

願わくは、思春期ごろにはこの手紙を見てほしい。

おまえにはやらなくてはいけないことが山とある。

詳しくはその情報カプセルに保存しておく。何か映せるものを利用すればよい。

これだけは言っておく、私たちはお前を愛している。一緒に居られないのが残念だ」

正直私は戸惑った。

手紙の差出人は本当の両親なのか?文面からはそう読み取れる。

では、昨夜会ったお袋は、母ではない?

なぜ急に意味不明だった文字が読めたのか?情報カプセルとはどれか?

私の頭は完全に混乱していた。

その時は、何時間も意識もうろうとしていた。

次から次へと考えが浮かぶのだが、何一つ答えを見出せないのだ。

辺りが暗くなった頃に、私は我に返った。

暗がりの中、手探りでベッド脇のサイドランプのスイッチを入れた。

壁の時計は八時を回ったところだった。

携帯からお袋に電話を掛けてみた。問いただすつもりは毛頭ない。

義父は既に亡くなっている。遠慮はいらない。



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