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遅い目覚め  作者: 勝目博
12/18

第12話

 二社目は、関東周辺でファミリーレストランを展開する、一応は名の通った会社だった。

受付の女性は愛想も対応も申し分ない。面接の内容説明も分かりやすかった。

全てマニュアル化されているようだ。

「今回の募集は、皿洗いと厨房補助のパートタイマーですが、問題ありませんか?」

おそらく、いい親父が何でこんなパートに、と思ったに違いない。私は気にしない。

仮の姿なのだから。

本職はヒーローだ。しかし、職業と呼べるのだろうか。

給与が出るわけでも、出来高報酬をもらうわけでもない。

あくまでもボランティアにすぎないかも……。すると、本職は、皿洗いのパートさん。

と言うことになりそうだ。

どうでもいい事だ。パートと言っても、法の改正により、パートの待遇は向上している。

中でも一番嬉しかったのは、午前十一時から働けば昼食の賄いが食べられ、

夜八時まで働けば夕食の賄いが出る。

それぞれ一食百五十円だが、表で食べるよりは、断然お得だ。

私は希望勤務時間を、迷わず午前十一時から午後八時にした。

ヒーローの活動時間をずらせば問題ない。

午前十一時からの勤務ならば、深夜も人助けが出来る。午後九時から深夜二時。

ヒーローの時間はこれでいいだろう。

しかも採用決定されれば、都内数箇所の店舗から選ぶことが可能で、

勤務場所としても最高だった。給与もそれなりだった。

九時間の拘束時間だが、昼と夜の休憩で一時間引かれ、実働八時間。

時給八百二十円で一日六千五百六十円。月に二十日勤務で、十三万千二百円。

家賃を払い、公共料金を払っても、十分やっていけそうだ。

しかも、勤務場所が複数から選べることによって、

アパートの選択場所が多いに増えたことにも感謝したい。

面接官とも円滑に話が進んだ。しかも、面接官は、あの銀行強盗のニュースを見ていた。

「貴方がいれば心強い」

そう言って面接官は握手を求めた。商売柄、客を装い難癖をつける人間がいる。

と面接官は話してくれた。

意外なところで神様は手を差し伸べてくれた。待てよ。

私の故郷には、神とかいるのかな?仏様は?

第一に、宗教があるのかさえ分からなかった。

後日、採用結果を連絡します、と面接官が言ったので、ホテルの電話番号を伝えた。

どちらにしろ、採用は決定しただろうと思った。店舗のリストはもらって来た。

これで不動産屋も探しやすくなった。

面接でいささか緊張したのか、喉が渇いた。

近くのコンビニで、賃貸情報誌を購入して、喫茶店に飛び込んだ。

昼食も取っていないので、野菜サンドと、アイスミルクを注文した。

健康的な注文だと思った。

そして店舗リストと照らし合わせ、良さそうな不動産屋をリストアップした。

勿論この、良さそうとは、賃貸料がマッチすると言った意味合いだ。

都内では、人気のある街とない街では、賃貸料も極端に違っていた。

私としては、人気があろうがなかろうが、一切気にしない。

めぼしい物件が揃っているところに電話を入れたが、

近くだとの事で店舗まで行くことにした。

「どんな物件をお探しですか?」

対応に出た若い男に、私は雑誌の一ページを見せた。

「このアパートの詳細はありませんか」

男は雑誌を覗き込み、残念そうに答えた。

「その物件は、決まりました」

「では、これは」

違う物件を見せたが、返事は同じだった。

更に、三件目も同様の返事がかえり、客寄せのさくら物件だと分かった。

若い男は、机の上に数々の物件を並べ、しきりに勧め始めた。

しかも、こちらの予算などお構い無しだ。適当に返事をして、その店舗から逃げ出した。

しつこさも然る事ながら、客の意見は完全に無視していた。付き合わされてはいられない。

他の不動産屋に行ってみたが、どこも同じだった。

昨日の不動産屋がまともに思え、行ってみる事にした。

しかも、今日は場所などの制限が、昨日より有利だ。

きっといい部件を探してくれるような気がした。

「やあ、いらっしゃい。昨日は駄目だったみたいだね」

その親父は私を覚えていた。昨日の今日だから忘れもしないと思うが……。

しかし二度目の来店とあって、かなり親身に探してくれた。

そして、いい部件を見つけ出してくれた。

家賃は四万三千円。敷金、礼金一。バス、トイレつきのワンルーム。

しかも作りはかなリ広そうだった。申し分ない。

場所も決して遠くはなく、人気の街までも近かった。

直ぐに見られると言うので、私は同行することにした。自社物件らしい。

親父は留守を奥さん?だろうか、年配の女性に頼み車を持ってきた。

しかし、親父はどこか落ち着きなく見えた。

「四十分ほどです」

そう言うと、アクセルを噴かした。

かなりガタがきている車だったが、走行には支障がなかった。

ただ、排気ガスは真っ黒だ。不完全燃焼を起こしているのは、紛れもない。

その手の車に乗っていると、私などは周囲の目を気にしてしまうが、

親父は気にも留めてないようだった。

しばらく走り、車は国道から脇道に入り、狭い路地をゆっくりと進んでいった。

商店住宅地とでも言うのか、自宅兼商店の店が並んでいた。

電気店から床屋、駄菓子屋もある。どことなく子供の頃に戻ったような気になった。

その商店を抜け、坂道を登ったところにそのアパートはあった。

蔓で覆われた建物は、それ自体が巨大な植物に見えた。

その中にも、西洋文化の香りが漂っていた。

壁の所々から顔を覗かす女神の?彫刻や、ライオンか何かの獣の顔の彫刻。

どっしりと構えた石柱が確認できた。

「昔は、どこかの国の、軍人宿舎だったそうです。作りはお洒落ですが、古い建物です。

内装は綺麗に直してあります」

その部屋は、二階の隅にあった。外見とは異なる内装で、畳が敷かれ風呂も今風だった。

嬉しいことに追い炊き式で、光熱費の節約になりそうだった。

日当たりは西向きのため、あまりよくないが、私は気に入った。

契約したいと申し出たとき、親父の顔つきが変わった。

「一ついいですか」

なんだ、何か問題でもあるのか?実は敷金が二つです。なんて……。

「気に入っていただけたから、話しますが、昔ここで、若い女性が自殺しました」

おいおい、何をいまさらと、思ったが。別段気にすることはなかった。

自殺者がいても、幽霊が出るわけではない。出たとしても、私はヒーローだ。

ちょいちょいとやっつけてやる。

「話では、出るみたいです」

「本当ですか」

驚いた振りをした。

「中には気にしない人もいるので、たまに連れて来ます。気に入って入居しても、

一週間と持ちません。貴方はどうですか?」

「どうですかって、言われても、実際見た訳でもないし……」

私は困った。幽霊など信じなかったが、いざ自分がエイリアンだと分かった時、

何でも信じられるようになったのも事実だ。しかし、自分には特別な能力が備わっている。

幽霊の一人や二人どうって事はない。

第一に、人間の幽霊が、エイリアンを脅かすなど、聞いた試しもなかった。

しかも、親父は礼金も要らないと言い出した。これはもう、借りるしかない。

店舗に戻り、私は契約を交わした。それから急いで引越しの準備に取り掛かった。

前のアパートには報道陣もいなくなり、レンタルしたトラックに、

手当たり次第に詰め込んで、翌日には引越しは終わっていた。

電気会社にガス会社、電話会社など全て連絡し、滞りなく転居は終了した。

ホテル住まいとも、これでおさらばだ。電話の転居も予想以上に早く済んだ。

今では携帯に押され、固定電話の普及率が極端に下がり、

電話会社ではサービス向上に躍起になっていた。

面接した会社にも新しい連絡先を届けた。

後は……。あっ、焼鳥店……。忘れていた。

あの青年から教えてもらうつもりだったが、引っ越したことによって、

店まで遠くなってしまった。私には問題ないないが、彼のほうには問題が残りそうだ。

仕方なく別の手段を考えることにした。あの商店街で何か知恵が浮かびそうに思え、

買い物がてら私は商店街へと足を向けた。

子供の頃、駄菓子屋の軒先で悪戯の知恵が浮かんだように、なにかが浮かぶ気がした……。



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