#1歴史の始まり
粘着質な狂気が腹と背筋を這いながら豹変する。
地面から、空から、そして細胞の内包する小さな憎悪からやってくる。
男のカーキ色のジャンパーのダブルポケットには、冷たい銀の弾丸が入っている。
腰には、装甲板の薄い装飾銃が装着されている。その色は実用的な銃の色にはない種類の藍と紺を混ぜたような艶やかな色彩が施されている。
まるで模型や、何かの美術品のようなその銃は、なるほど男の細身の体や、軍隊特有の作り出した筋肉質ではない、自然に身についた筋肉によく馴染んでいた。
そして、まだ幼さの残る顔付きや、恐れをしらない子供特有の無表情も似合っていた。
まるで、銃がその持ち主に合わせたようにもみえる。
男は口に含んでいた、パンと微量の唾液の混じった唾を吐いた。
「このパンは堅すぎる。」
無表情というよりは、感情を押し殺しているといったほうがより正しい。
「固くないパンなんて、もう何年も見てないぜ相棒。」
もう一人の男は、黒いフード付きのコートを着ており、宗教に関するタトゥーを額に彫っている。
同様に右腕にもタトゥーが彫られていて、こちらの方が若干新しい。
タトゥーの男は、もう一人の男とは対照的に、体も大きく、よりがっちりとした体型をしている。
黒いコートから出ている腕も太く、力も強そうだ。
「もう少しマシなパンはある。これじゃ石と変わらない。」
溜め息と一緒に今度はパンを飲み込む。
「せめて、水くらいあればな。」
タトゥーの男も顔をしかめる。
「あと、どれくらいで辿りつける?」
「歩いて三日、走れば明日の昼ぐらいには街に着ける。」
タトゥーの男が答える。
「いつも思うんだけど、地図もないのにナズナはどうやって位置が分かるんだ?」
不思議そうに少年が聞く。
「太陽の高さ、星の位置、あとは看板かな。」
「へぇ〜。」
少年は気のなさそうな返事を返す。
ナズナと呼ばれた方の男の目の前には、巨大な立て看板があった。
「ジン。読めるか?」
少し意地悪そうな顔でナズナが聞く。
「馬鹿にすんなよ。これくらい読めるさ。『あと3でいでりのぐらーべん』だろ」
得意そうにジンが言う。
「漢名語を飛ばして読むなよ。『あと3dayで穴掘り猫の街グラーベン』が正しい読み方だ。」
「穴掘り猫?穴掘りは分かるけど、猫って何だよ?」
「さぁな、確か敏捷性が高くて鋭い爪を持った犬じゃなかったかなぁ。」
「へぇ、犬かぁ。久しぶりだなぁ。」
ナズナは、看板の位置と太陽の位置を見て、方角を決めた。
「どうする?走れるかジン。」
「いつまでもガキ扱いすんなよ。走るのだけは得意だ。」
「へぃへぃ。じゃあ少し歩いたら日が暮れるまで走るか。」
ナズナは荷物を担ぎ直し、看板からちょうど平行になる位置に向かって歩き始めた。




