81 直せるから切った
待つ時間って長く感じるよね。やる事がなくて暇な時は勿論だけど、やる事があっても捗らない時の待ち時間は非常に長く感じる。そう感じてしまう程に長い時間をかけて、漸くネロが帰ってきた。
手には持って出たバスケットでも、レオさんの服でもない、別のモノを抱えていた。ネロが丁寧に抱えているのは、大きなガラスのケースと、それの上に置かれた俺のマントと服。マントと服はレオさんの家に寄ったって分かる。でも、その大きなガラスのケースは一体なんだ。
ネロは自分にかけてあった〈シール〉を解除して、俺の近くに移動してきた。手に持っていた物をそっと床に下ろしてくれて、マントと服を退かしてくれる。
ソファから移動して、ネロが床の上に置いたケースを覗き込んでみた。綺麗な装飾の付いた大きなガラスのケースの中には、光沢のある純白のクッションのような布が敷かれている。そして、その純白の上に綺麗に並べて収納されているのは、紅い薙刀と紅い大太刀。
今までの個別の無機質なガラスのケースとは全く違う。美しいガラスの棺の中に二振が寝かされている錯覚に陥ってしまった。しゃがみ込んでその綺麗なガラスのケースを撫でてしまう。
ガラスのケースは少し特殊な形状だ。上部が上に行く程、少し窄まった台形になっている。可愛いデザインのガラスのケースは、あの可愛い二人に良く似合っている。
天板には目を瞠る程の美しい細工が施されている。左上には、日輪を模した感じの放射線上の線をもつ円に、被るように舞う小さな無数の雪の結晶。右下には、欠けた月に止まる蝶。二つの細工は美しい白銀色でキラキラと輝いている。
「遅くなった。」
小さく呟かれて、ネロを見上げる。涙が出てくる。思わずネロに抱き着いて、お礼の言葉が止まらなくなってしまった。ネロは何も言わずにそっと抱き締めてくれる。
胡蝶、白雪。帰ってくるまで綺麗に保管しておくから。ネロが綺麗なケースを作ってくれたから。安心して旅してきてね。ネロも、胡蝶も、白雪も、ありがとう。
ネロは無言だけど優しく俺を抱き締めてくれていた。俺が手を緩めると、ネロは俺の背中に回していた腕を離してくれた。ネロが屈んで顔を覗き込んでくる。そして、俺の目元を手で覆って、低く言葉を紡いでくれた。
冷たい水の感触で目を閉じて、暖かい風が止んで目を開ける。ネロはまた俺を覗き込んで、頷いてくれた。笑顔でお礼を伝えると、ネロは目を細めて頭を撫でてくれた。ガラスケースの前に座り込んで、目の前の綺麗なケースに収まる赤い薙刀と大太刀を眺める。
「武器の収納を増やさないと、だな。」
余りに綺麗なケースと、それを上回る綺麗さの二振に見入ってしまう。ホントに綺麗な子達だ。少しして、ネロが呟いた声が聞こえて顔を上げてみた。武器の収納って、もうあるじゃん。
「どこに置くの?」
武器の保管庫の前で思案した様子にネロに聞いてみる。俺に答えて、ネロが指差す先には既に設置されている結構大きな武器の保管庫。
「新しく追加するの?それを大きくするの?」
「追加する。」
「置ける?」
「置く。」
なんだ、その置けるか置けないかではなく、置くのだよって決定事項みたいな言い方は。
「どれくらい大きいのを置くの?」
「それが入るくらい。」
ネロが指で示すのは胡蝶と白雪が入ったガラスのケース。
「成る程。立てて置けるように、背が高いのを追加するって事か。」
「いや、横に置く。」
「無理でしょ。」
「無理ではない。」
無言でネロの傍に近付いて、武器の保管庫の前で横になってみる。奥の壁側に設置してある武器の保管庫の横には確かにスペースはある。同じくらいの大きさの箪笥なら入るかもしれないよ。
「胡蝶と白雪のケースはこれくらいなの。ってか、これ以上大きいの。全然大きいの。」
横になったままで、つま先を伸ばして両手を頭の上に伸ばす。俺の行動を眺めているネロを少し睨みながら、あの子達のケースの大きさを伝える。
ネロが運んできたガラスのケースは、ネロの背の高さくらいはあると思う。壁を足に付けて測ると、武器の保管庫の横の隙間は俺の肩くらいまでなんですよ。
要するに、横向きであの子達が入る大きさの箪笥を置けるスペースはここにはないんだよ。空いてるスペースはそこそこあるけど、追加でネロの望む大きさの武器の保管庫なんて置ける訳がない。
「だから大きいのを追加は無理でしょ。」
「そうか。」
そうかじゃねえ、見れば分かるだろ。冷静にちゃんと考えれば、俺の体を使って計測しなくても分かる事だと思うんですよ。でも、ネロは時々抜けた感じになってしまうんだよね。
「だから、これを処分して新しいの用意するか、胡蝶と白雪は寝室に連れて行くかどっちかです。」
「仕方がない。これを捨てる。」
えらくあっさり言い切ったな。即決したネロに少し驚いて、床に寝転んだままでネロを見上げてしまう。ネロは前屈みになって、寝転がったままの俺を苦もなくひょいっと抱き上げてきた。そして、ソファに運んで座らせてくれる。
その後で、武器の保管庫の前に戻ったネロは、何やら考え込んでしまった。ネロを見守っていると、扉を開けて武器を次々と取り出し始める。丁寧に出してるけど、中に入ってた武器で床が埋まっていく。
引き出しの中もぎっしり入っていたみたいで、武器の数はメチャクチャ多い。床を埋めつくす武器の数々で、レオさんの家を彷彿とさせる光景になっていく。
背もたれに寄りかかりながら、小さく溜息を漏らしてしまった。俺の溜息に反応したネロが振り返って疑問を伝えてくる。首を振って何でもないって伝えると、ネロはまた武器を排出する作業に戻ってしまった。
ネロは最後に水色の如雨露を取り出している。見守っていると、一応って感じで、床ではなく無造作にテーブルの上に置いてくれた。
武器を全て出し終えて扉を閉めると、武器の保管庫を持ち上げたネロが低く言葉を紡ぎ始めた。その箪笥を軽々と持ち上げらるとか凄いな。触った感じでは重厚な箪笥だったよ。重くないのかな。ネロは色々と規格外だな。
ぼんやりと眺めていると、ネロが魔法で壁に切れ込みを入れていく。その光景に驚き過ぎて、言葉を挟む事もできなかった。箪笥を持ち上げているネロより、後ろの壁が気になり過ぎて、身を乗り出して見てしまう。全てが驚きで、ネロをぽかんと眺めてしまった。
「出てくる。直ぐ戻る。」
〈シール〉をかけたネロが俺を振り返って、短く外出の旨を告げて出て行ってしまった。ひらひらと揺れる壁から外に出て行ったネロを呆然と目で追ってしまった。ネロがいなくなって布の揺れがなくなったトコロで、はっとなる。
ソファから下りて、床の武器達に気を付けながら壁に近付いてみる。壁を指で触ってみると弾力のある重い布だ。でも、破れてる。切断された断面からテントの壁の構造が見える。厚めの布が3層になっていて、それぞれの間に極厚の綿の塊が挟まれている。でもね、天井近くまで綺麗に一直線に切れ目が入ってるんですよ。
家を破壊してまで武器の保管庫って重要なのかな。そもそも、今直ぐじゃなきゃ駄目だったのか。ネロの行動の全てが考えの範疇の外過ぎて、座り込んで壁を捲ったり閉じたりしてしまった。
しゃがみ込んで裂けた壁を確認していたら、ぬっと脚が入ってきた。驚いて見上げるとネロがでっかい箪笥を抱えている。えっと、発泡スチロールで出来た箪笥かな?
「琥珀、少し向こうで座っていろ。」
ポカンと見上げていたら、ネロに注意されてしまったでゴザル。ネロに従って、大人しく移動を開始した。武器を避けながらソファに辿り着いて、座り込む。膝を抱えながら背もたれに寄りかかって、ネロの行動を観察してみる事にした。
ネロは〈シール〉を解除した後で、でっかい箪笥を床に下ろした。そして、壁に向かって手をかざしながら長い詠唱を始める。ネロの体越しだから見えないけど、修復をしてるのかな。気になり過ぎて、ネロの所まで移動して覗き込んでみた。
覗いてびっくりしてしまった。壁の切れ目が塞がっていってる。ネロがゆっくりなぞるように動かす手と詠唱の言葉に沿って、裂け目が跡形も消え去っていく。ネロの足元にしゃがみ込んでネロの魔法を間近で見させて貰った。
完全に裂け目がなくなってから、壁を押してみたり、切れ込みがあったと思われる部分を触ったりしてみる。普通に張りのある壁で、さっきまで破れていた感じは全くしない。凄い、さっきまであんな厚い布の生地が上の方まで切り裂かれていたのに。その痕跡が全く残ってない。
「琥珀?そこにいると置けない。」
「あ、ごめん。」
ペタペタ触りながら夢中で壁を確かめていると、少し笑いを含んだ低い声が聞こえた。慌てて移動しようとして武器に躓いて転びそうになってしまう。片手で支えてくれたネロを見上げてみた。
ネロは片手と足で、でっかい箪笥を支えている。やっぱり、発泡スチロールでできた箪笥の可能性があるね。ネロの手を掴んで体勢を立て直して、ネロの持っている箪笥を触ってみた。
木製で重厚な手触りの普通の箪笥だ。普通にメチャクチャ重そうなんだけど、どんな筋肉だよ。見た目は普通の細マッチョなのにどうなってんの。
ネロを見上げると、ネロは困ったように頬を緩ませて苦笑してるっぽい。困らせてしまった事に気が付いて、離れてソファに座ってネロの作業を眺める事にした。
ネロは箪笥の向きを合わせて、一旦床に下ろしている。そして、手前に回り込んで、箪笥を持ち上げて慎重に位置を決めながら収めていった。ほぼ壁から壁まで一杯いっぱいの大きさの箪笥を、両脇に少しずつだけ隙間を作って設置は完了らしい。
ネロは箪笥に巻き付けていた紐をしゅるっと解いて、纏めた後でズボンの中に仕舞っている。そして、新しい武器の保管庫の両開きの扉を開けた。新しい武器の保管庫は、今までの保管庫の倍くらいの容量がありそうな程にでかい箪笥だ。
足元に散乱している武器を飛び越えたネロが、胡蝶と白雪の眠るガラスのケースを丁寧に持ち上げた。丁寧に、大事そうにガラスのケースを運んで、一番上の棚にそっと収めている。
ネロの頭より少し下くらいの位置にある棚で、俺は届かないじゃん。またソファから下りて、ネロの傍に近付く。背伸びして胡蝶と白雪のケースに手を伸ばす。やっぱりつま先立ちしても指先がギリ届くくらいだ。
「これだとすぐ見れないね。」
「見たければ言え。直ぐに下ろす。」
しょぼんとなった俺の頭をネロがぽんぽんと撫でてくれた。ネロはガラスケースに収められた武器から収納を始めていく。それが終わったら、足元の武器を一本一本鞘を抜いて刃や状態を丁寧に確認し始めた。丁寧に確認してから収納をするらしい。
ネロの武器を扱うのを隣で見守らせて貰う。途中で飽きてつま先立ちで胡蝶と白雪の収められたガラスに触ってみた。やっぱり、ギリ届くくらいだ。はーっと息を吐き出して、ソファに戻る。
丁寧に一本ずつの確認をしている為か、ネロが武器を片付ける作業は凄く時間がかかっている。もう一度ネロに近付いて足元に落ちている武器を拾ってみた。小さな短剣なのに結構重い。鞘を抜こうとしたら、大きな手がそれを遮ってきた。見上げるとネロが首を振っている。
「何か手伝える事はない?」
「座っていろ。武器は危険。」
じっと見上げていると、困った顔のネロが俺の手から短剣を排除してしまった。ネロは俺の手を引いてソファに連れてきてくれる。大人しくソファに腰を下ろしてネロを見上げてみた。ネロはお茶を淹れてくれるみたいだ。お茶を持って戻ってきたネロが、思い出したように懐から薬の包みを取り出して俺に手渡してきた。
「族長に渡された。忘れていた。」
「そっか、ありがと。」
薬を口に含んで、苦みに耐えてお茶で流し込む。はーっと息を吐いて背もたれに寄りかかると、ネロがブランケットをかけてくれた。
「直ぐ済ます。少しの間大人しく待っていてくれ。」
そう言って離れていったネロは、床の上の武器達を大まかに分類して適当に保管庫に収めていく。全部仕舞い終わったらしく、扉を閉じて戻ってきたネロが隣に腰を下ろした。
「保管庫は凄く大きくなったね。ってか、あんな重たそうで大きいのをよく運べたね。」
「少し重かった。」
どう見ても少し重い程度の箪笥じゃないよね。超重厚な木製の箪笥だよ?どんな筋肉をしてるんだよ。そりゃ俺なんて軽々と運べる筈だよね。凄いな。驚きしかない。
「あと、さっきの壁を切ったの、めっちゃ驚いた。そして直したのもびっくりした。」
「直せるから切った。」
「凄い魔法だね。なんの切れ目もなかったよ。最初から切れてないみたいな。」
「そういう魔法。」
「そういうってどういう事?」
「時の魔法〈時間回帰〉。元の状態に戻す。」
時間回帰、言葉で聞いただけでも意味が分かる。ってか、そんな奇跡みたいな魔法も存在してるんだ。時の魔法か、凄い魔法だな。元の状態に戻す、か。
「凄いじゃん。じゃあ、ネロのこの顔の傷も戻るかな。
「生物には作用しない。極めると話は別だが。」
「そうなんだ。」
ネロの頬の傷を撫でて聞いてみたら駄目らしい。まぁそうだよね、そんなのができるなら、とっくに治してるか。でも、極めたら治せるのかもしれないね。顔の傷も痛々しいけど、もっと重症っぽい首の切り傷も気になる。顔の傷から手を首に移動させて撫でてみた。
「こっちは相当深い傷に見えるけど、大丈夫なの?」
「少し深い程度。問題無い。」
「こっちも傷痕が残らないといいね。でも、深い傷だから残っちゃいそうかな。」
「肉を食ってればその内癒える。」
思わず淡々と答えるネロの目を見てしまう。何の感情もなく俺に視線を向けるネロの目をじっと見つめる。
「冗談だ。」
少しの間をおいて目を逸らしたネロが付け加えてきた。ふふっと笑ってしまう。そうだよね、お肉を食べても傷は流石に治らないよね。俺をちらっと見たネロが頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「族長の所で少し仕事の続きをしてくる。そんなに遅くはならない。」
「了解。アルさんにお薬ありがとうって伝えて。」
「分かった。辛かったら寝ていろ。」
「うん、行ってらっしゃい。」
立ち上がったネロが屈んで覗き込んでくる。ネロは気遣うような優しい口調で話し掛けてくれた。仕事か、直ぐそこに行くだけだし平気だよね。アルさんにもお礼を直に伝えたい。でも、お仕事なら今回はネロに伝言を頼めばいいよね。笑顔で小さく手を振ると、ネロは目を細めてもう一度頭を撫でてくれた。そして、サッと出て行ってしまった。




