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80 私もお肉で治りますよ

 今日の食事場は人がいる。そこまで大勢ではないけど、食事をしている人達が存在してる。雨の中なのになんでって一瞬思ってしまった。でも、目の前に見えるのは食事場全体を覆う巨大な〈シール〉だ。凄く大きな風の膜のテントが張られている。


 出入りをする人達が大きな〈シール〉の側面を、小さく切り取って解除しながら出入りしてる。人が通って少しすると、自動的に風の膜は塞がっていく。凄い光景に目が丸くなって、口も開いてしまった。立ち止まった俺を覗き込んだネロがクスッと笑った。ネロが笑ったのを視界に捉えてネロに視線を移す。


「ネロ。風の大きなテントがある。」


「マスターは〈シール〉を極めている。これくらいは可能。」


「マスターさんが〈シール〉をM(マスター)?」


 ふふっと笑ってしまった。冗談で思い浮かんだダジャレがホントの事だったなんて。でも、凄いな。魔法ってこんな事もできるんだね。ネロに軽く手を引かれて、風の膜を眺めながら調理場に向かう。調理場に入っても、入り口から後ろを振り返って大きな風のテントを眺めてしまった。


「琥珀さん、おはようございます。マスターは凄いですよね。私はこんな凄い〈シール〉は初めて見ました。」


 元気な声に振り返ると、ユリアさんがにっこりと笑顔で迎えてくれている。俺も笑顔で挨拶を返す。


「あの〈シール〉は凄いね。あんな大きく包めるんだね。」


「はい。うちのマスターは凄いんです。」


 フン、とどや顔をするユリアさんは今日も平常運転で可愛いです。今日の薄緑色のエプロンドレスもとても似合っていて可愛いです。見惚れる程可愛い笑顔のユリアさんは文句なしに可愛いです。俺もその笑顔につられてニコニコとなってしまう。


「今日はレオさんと一緒じゃなかったんですね。琥珀さん用の食事をレオさんに渡そうと思ったけど、もう大丈夫そうですね。良かった。」


「レオさんがお肉だけ持って帰ってきた時はびっくりした。体調が悪くてもお肉を食えば治るって言ってたから。」


「う~ん。私もお肉で治りますよ。」


「え、そんな、事が。」


「あるんです。ガトは胃腸が丈夫なんです。だからレオさんを許してあげて下さいね。悪気はないんです。無知なだけなんです。頭に筋肉が詰まってるんです。頭の中が色事で占められてるだけなんです。」


 ユリアさんはマジいい子。ちょっとだけ毒舌っぽいけど。ホントにいい子。


「そっか。じゃあ、仕方ないよね。でも、レオさんにはマジで感謝してる。許すとかじゃなくて感謝してる。俺の行動を許して欲しいくらいです。」


「良かったです。」


 にっこり笑顔のユリアさんに癒されていると、奥からマスターさんがバスケットを持ってきてくれた。ネロが受け取ったから、ユリアさんに、バイバイと手を振る。ユリアさんは笑顔で手を振り返してくれて、マスターさんも手を振って送り出してくれた。


「ガトってお肉で治るの?」


「そうだな。」


 帰り道、ネロに抱き上げられて家に帰る途中でにネロを見上げて聞いてみた。ネロは俺に視線を向けて少し考えた後で、静かに同意をしている。ホントなのか、冗談なのか、どっちなんだ。


「ネロもお肉で治る?」


 そう言いながらネロの顔の傷を撫でてみた。ネロはくすぐったそうにネロ目を細めてしまう。


「治るかもな。」


「そっか。じゃあ、沢山食べて直そうね。」


 静かに同意したネロに、俺の名案を伝えてみた。俺の提案を受け入れてくれたのか、ネロは目を細めて頷いてくれた。前を向いてしまったネロの頬をもう一度撫でてみる。


 ガトの体って凄い。お肉で治るとか、俺もその恩恵を受けたいものですな。体力がないと体調を戻すのも時間がかかる気がするからね、お肉で治せるのは普通に羨ましい。まぁ、冗談の可能性が高いけどね。


 家に到着して、ネロが食事を並べてくれる横で、自分の椅子を元の位置に移動させておく。視線を感じて目を向けると、寂しそうな表情のネロが、食事を並べる手を止めて俺を眺めていた。


 首を傾げて疑問を伝えると、ネロは首を振って目を逸らしてしまった。ネロは引き続き黙々と料理を並べていってくれる。椅子をいつもの場所に置いて、腰をおろしてネロをの食事の準備を眺める。


 今日の食事は、ベーグルのような輪になったパンを真ん中で切って、具材を挟み込んだサンドイッチのようだ。はみ出た緑の葉っぱと中に挟まれた薄いスライスのお肉が美味しそう。他にも、卵とハムのシンプルなサンドと、厚切りのお肉のみの豪快なサンドがある。


 俺の前にはクリーム色のポタージュスープが置かれて、ネロが小さな取り皿を1つ俺の前に置いてくれた。今日のも美味しそう。いただきます、と手を合わせる前でネロも静かに祈りを始めた。


 ネロが目を開けたら食事の始まりだ。スープのカップを手にして、スプーンで掬い、息を吹きかけて口に入れてみる。甘くてちょっとしょっぱくて美味しい。


 美味しさをネロに伝えたくて、顔を上げてネロを見つめてみた。美味し過ぎて笑顔になってる自覚はある。俺を眺めていたらしいネロと目が合って、口にベーグルサンドを咥えたままでネロの動きが止まった。


 珍しいショットを頂きました。顔を上げた俺が笑顔過ぎて、驚かせてしまったのかもしれない。そのまま、動きを止めているネロを眺めさせて貰う。間抜けな顔も美しくてかっこいいとか、どんだけだよ。


 瞬きを数回する間、ネロは動きを止めていたけど、何事もなかったように食べるのを再開した。レアな光景を見てしまったから、スープの感動が薄れてしまった。もう伝えなくてもいいかってなっちゃった。


 スープを飲みながら、ネロの食事風景を眺める。ネロはレオさんと同じくらい食べるのが早いけど、全然零さないし口の端にソースも付かない。綺麗に食べ進めていく。


 見るのに飽きて、俺もベーグルサンドに手を伸ばしてみた。何種類かあるけど、食べきるのを考えると1種だよな。考えながら迷ってしまう。向こう側から手が伸びてきて、ネロが全種類を1つずつ四等分に切ってくれた。ネロが手に握るナイフはどこから取り出したのか。不思議である。


 ネロは完全な真顔のままで凄く優しい行動をしてくれる。今回も俺が食べるのを悩んでいたから、すすっとスマートに切り分けてくれた。目を細めるとちょっと優しい雰囲気になるんだけどね。にこりともしないのが凄いよな。


 お礼を言ってお肉のスライスと緑の葉っぱが挟んであるサンドを選んでみた。齧り付いて、舌に味が到達した途端に目を見開いてしまった。


 パンは見た目通りのもっちりと詰まったベーグルっぽい感じだ。薄く切ったお肉としゃきしゃきの葉っぱは文句なく美味しい。そして、その食材全てを引き上げるソースが挟まれている。このソースはっ。急いで口の中のモノを咀嚼して飲み込んでネロを見つめる。


「ネロ。これ食べた?」


 ネロと目が合った瞬間に、間髪を入れず質問をしてみる。俺の勢いに全く動じる気配もなく、ネロが頷いてくれた。


「これ、めっちゃ美味しくない?このソースはヤバいよね。超好き。レオさんトコで食べたご飯でこのソースのお肉があってね。これならパクパク食べれた。でも、最後にソースがなくなって悲しかった。体調悪かったからか、お肉を食べて胸焼けしちゃったんだけど、これなら食べられた。この味が超好き。」


「成る程。」


「ネロにもこの味を食べて欲しいって思ってたんだよ。忘れてたけど、今食べられた。嬉しい。」


「そうか。」


 目を細めたネロに勢いよく今の俺の気持ちを伝えきった。そして、静かに相槌を打ってくれたネロを見てはっとなる。この、情熱をネロは分らないのではと。何事にも興味なさそうだし。


 急に意気消沈してしょんぼりとなってしまった。俺の態度の変化で、ネロが疑問の表情を浮かべている。首を横に振って何でもないって伝えてみる。そして、そのままもそもそとベーグルサンドを食べていたら、隣に気配がした。


 横を見ると、ネロがいつの間にか椅子を持って移動してきていた。ネロは俺の隣に座って、目を細めてくれる。俺の目線まで顔を下げたネロが、小さく口を開けてくれた。


 疑問を浮かべながら食べているベーグルサンドをネロに見せてみる。ネロはコクっと頷いて答えてくれる。食べかけのサンドをネロの口元に近付けてみた。


 ネロは大きく齧り付いて、口をもぐもぐと動かしている。大きく咥えたからか、少し長い間咀嚼していたネロがコクンと飲み込んだ。そして、ゆっくりと俺に視線を向けてくれた。


「確かに、あっさりしていて美味い。」


「でしょ。ホント美味しかった。今日のも美味しいね。」


 味わった後で感想を伝えてくれるネロの対応が嬉しい。ネロはずっと無表情のままだったけど、優しい感じがした。多分、俺に気を使って、改めて食べて感想を言ってくれたんだと思う。


 そのまま隣り合って食事を再開する。途中ちらっとネロを見てみた。ネロはテーブルに目を向けてつまらなさそうに食事をしている。さっきのユリアさんの言葉や、レオさんを思い出してしまった。ネロはお肉だけでもいい人なのかもしれない。そういえば、俺が体調を崩した時もお肉メインだった。


「ネロはホントはお肉だけでもいい人なの?俺がいるから色々な料理を用意してくれてる?」


「肉だけでもいいが、色々食べるのも悪くはない。」


「そっか。じゃあ、もし、俺がいなかったら毎日何を食べてるの?」


 疑問に思って聞いてみたら、どうやら思い過ごしだったらしい。それなら一人の時はどうなんだろうって疑問を口に出してみる。ちらっと俺を見たネロが考え込んでしまった。もう一切れ、と手を伸ばして取った卵とハムのベーグルサンドを食べながら、ネロが熟考する様子を眺める。


「肉か魚、かな。」


 視線を俺から外して考え込んでいるネロを眺めながら、もそもそと食べていると、俺に視線を戻したネロが呟いた。口の中の物を飲み込んで、クスッと笑ってしまう。やっぱり、お肉だけでもいい人なんだ。


「飽きない?」


「飽きない。かな?」


「なんで疑問形?」


 自身なさげに答えてくるネロの感じが面白くて、クスクスと笑いながら聞いてみる。


「琥珀と食事をする時間に癒される。琥珀が食事を楽しむのを見ながらの食事は美味く感じる。一人の時は面倒だからさっさと終わらせる。」


「だからお肉だけ?」


 質問に静かに頷いたネロだったけど、言葉を返せば俺と一緒の時は食事を楽しんでるって事だよね。そっか、俺と一緒なら面倒に感じずに食事を楽しめるって事かな。少し嬉しい。


「俺と一緒に食べる時は食事するの楽しい?」


「そうだな。」


「そっか、良かった。」


 安堵する俺を見て疑問の顔をするネロに続ける。


「だって、超つまらなさそうに食べてたから。」


「つまらなくはない。」


「だって、無表情でぼーっと食べてたよ?」


「これが俺の通常。」


「そだね。知ってた。」


 ネロとの会話が楽しくて、ふふっと笑って食事に戻る。食べ途中の卵とハムのサンドを食べ終わったら、もうお腹いっぱい。もう1種類の厚切りお肉のは食べれないや。


 満腹感から、ふーっと息を吐き出して背もたれに寄りかかる。もういいのか?と聞かれて頷く。スープの残りを背もたれに寄りかかりながら、ちびちび飲んでいく。苦笑されて顔を横に向けてみた。


「残り1種類はまた用意させる。あと、先程のソースが絡んだモノもな。」


 ネロが穏やかに笑いを含ませた感じで提案してくれた。なんで、俺の考えてる事が分かったのか。でも、嬉しい。うん、と笑顔で答えると、ネロも頬と目元を緩ませて微かに笑顔っぽくなってくれた。


 真顔じゃないネロはこんなに優しそうなのにね。なんでいつも無表情なんだろ。俺がスープを飲み終わった時には、お皿の上のベーグルサンドも全部片付いていた。


 ご馳走様をする俺に、ネロがお茶を淹れて運んできてくれた。俺がお茶でまったりしてる間に、ネロがテキパキと片付けていってくれる。ネロがバスケットを持ったのを見て、俺も立ち上がった。ネロが首を小さく横に振って制してくる。


「返しながら少し出てくる。直ぐ戻る。」


 一人にされるのが不満でネロを見上げると、ネロは宥めるように優しく髪を撫でてくれた。渋々と頷くと、ネロは目を細めてくれる。ネロは寝室に移動してレオさんの服を手にして戻ってきた。そして、ササッと外に出て行ってしまった。


 余りに素早い行動に、ネロを見送る事もできずに立ち尽くしてしまった。まぁ、直ぐに戻るって言ったてし、まったりと待ってようかな。お茶を持ってソファに移動して、久しぶりの読書の時間を楽しむ事にした。


 魔法の本は本当に難解で、読んでいると意味は理解できるのに本質が理解できない感じだ、頭の中がごちゃごちゃしてくる。もう嫌だ、この本は難し過ぎる。ネロが帰ってきたら聞いた方が早い。うん、そうしよう。でも暇だからな、もうちょっと読んでるか。

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