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35 俺はいらない

 入り口で待機しているレオさんに会釈して、アルさんの元へ向かう。相変わらず書き物をしていたアルさんは、俺が入っていくと手を止めて筆を置いてくれた。ん~っと伸びをするアルさんはめっちゃ可愛い。


 ありがとうございました、と手早く如雨露をテーブルの上に置かせて貰った。貴重な物と分かっていたから、早く手元から離してしまいたい気持ちが先行していたらしい。


 俺の手に残っている赤い果実に視線を固定させて、首を傾げるアルさんは凄く可愛いです。可愛過ぎて可愛い以外の語彙が出てこない。ボキャ貧な自分が恨めしい。時々不思議に思う程に若々しく見えるアルさんだ。今が正にそう。


 帰りにネロの仔猿のカイムに貰ったと説明してみると、この果実はアルさんの大好物だという事が分かった。ルブルムという名前のこの果実はとてもとても甘くて美味しいらしい。


 一緒に食べませんか、と聞いてみたら、アルさんの耳が狙いを定めたみたいに、俺の方を向いてぴんと立ってしまった。瞳をキラキラと輝かせて満面の笑みのアルさんがネロに合図をする。


 俺にだけ聞こえるくらいの凄く短い溜息を吐いたネロが、俺の持っていた果実を受け取った。ズボンからナイフを取り出したネロは果実の皮を器用に剥いていく。皮を剥いて屑籠に捨てる度に、甘い香りが漂ってくる。


 目を輝かせてネロの手元を見つめているアルさんの様子から、滅茶苦茶ワクワクしているのが分かる。そんなに好きなんだね。皮を剥き終ったネロが、種はないらしく、実を半分に切り分けてくれた。片方を俺に手渡してくれて、もう片方をアルさんに向かって適当に放り投げたネロを見てびっくりしてしまう。


「ちょ、ネロ。」


 短く発した俺の声で、ネロはちらっと俺を見てくれた。アルさんは何事もなかったように果実をキャッチして、腕に滴った汁を舐めとっている。めっちゃ蠱惑的。アルさんの輝く瞳の中の瞳孔が少し開いていて興奮が伝わってくる。いただきますっと口を付ける前にネロを見る。


「ネロの分は?半分食べる?」


「俺はいらない。」 


 あ、甘いのは苦手だったね。思い出した。そっかと頷いて改めて果実を頬張らせて貰った。確かに甘い、そして、甘い。美味いけど、甘い。ねっとりとした肉質の実に、砂糖でも詰まっているのかという程の甘さ。


 甘味など、蜂蜜くらいしか味わってなかった舌にダイレクトに伝わってくる甘さ。貰った実の半分を食べてもうきつくなってしまった。ネロを見ても首を横に振るだけで助けてくれない。アルさんを見ると、もう既に食べ終わって、俺の手の上を物欲しげに見つめていた。


「口を付けちゃったけど、残り食べます?」


 アルさんに近付いて果実の乗った手を差し出してみる。ぱーっと表情が輝いたアルさんが俺の手を掴んだ。自分で持たずに、俺の手から直接はむはむと果実を啄むアルさんは、ホントに餌付けされてる猫のようだ。


 思わず頭を撫でたくなる衝動を抑えていると、ぬめっと温かい感触がした。慌てて視線を手に向けてみる。アルさんが俺の手に付いた果実の汁を舐め取っていた。ちろちろと出し入れされる舌が煽情的で、舌の感触のくすぐったさに思わず息を止めて見入ってしまう。


「族長。」


 深い溜息が後ろで聞こえた後で低い声が響いてきた。たった一言だったけど、びくりと肩を震わせたアルさんが止まってしまう。余りに煽情的な光景と感触に、罪悪感を感じてしまっていた俺も同じく体を硬直させてしまった。


 ネロが何事か呟くと俺とアルさんの周りに水が集結していく。水が霧散するのに合わせて違う詠唱の声と共に温風が吹き荒れた。風が止んで、行くぞ、と小さく呟いたネロが部屋を出て行ってしまう。アルさんまたね、と手を振って俺もネロの後を追いかけた。


 入り口のレオさんには目もくれず外に出て行ったネロの後を追いかける。外に出る前にレオさんにぺこりとお辞儀をしてみた。レオさんは何の表情の変化もなく頷いてくれた。ネロは外で待っていてくれたけど、外に出てきた俺を見て歩き始めてしまう。


「アルさんはあの果物がホント好きなんだね、ちょっとびっくりした。そしてめっちゃ甘かった。」


「ルブルムは希少な果実。この森でも数年に一度でも得る事ができればいい程希少。族長の好物だから、久しぶりのルブルムに興奮した、多分。」


 ネロの家に到着して、俺をソファに座らせたネロがお茶を用意してくれる間に先程の事を話してみた。お茶を運びながら俺に答えてくれるネロがカップを差し出してくれる。お礼を言いながら受け取って一口飲んでみる。やっぱり、いい香りのする美味しいお茶だ。ルブルムという果物で甘くなった口もすっきりした。


「そういえば、俺はこの家に居候させて貰ってから一回もカイム見てない。ネロのペットじゃないの?」


「飼っている訳ではない。普段は森の中で自由に行動している。偵察を任せているから、異常があればこの家に来る事もある。なければ普段は森にいる。」


「使役してるってこと?」


「使役とは少し違う。似たようなモノではあるが。」


「似たようなモノ、か。」


 ネロの返事に頷いてから考え込んでしまった。似たようなモノってなんだ?使役以外にも操れる事ってあるのかな。


(あります。操るという定義の場合は、使役以外には魅了、催眠などが御座います。広義では、眷属化、力もしくは魔力での屈服、個体の特性による従属化もしくは隷属化、そして、対象の意思により付き従う、などが御座います。)


「カイムは自分の意思で行動してるの?使役とかじゃなくて、ネロの為に自分で行動してるって事?」


 多分この場合はスツィの説明の一番最後かな、と当たりをつけて聞いてみる。


「そうだ。」


「カイムはめっちゃ頭いいじゃん。」


「そうだな。」


 少し頬を緩めて答えたネロはカイムが褒められて嬉しいのだろう。分かるわ。俺も雪丸を褒められたらニマニマしてしまう自信がある。


「そうだ。今度、果物のお礼を言わないとだね。珍しい果実を貰っちゃったし。アルさんも喜んでくれて良かった。また会えるかな?」


「森に出れば会える。」


「じゃぁ、毎日じゃなくてもいいから、時々神樹に水やりしに行っていい?ってか連れてって欲しい。迷惑じゃなければだけど。神樹に凄く世話になったんだよね。」


 俺の頼みに頷いてくれたネロにありがと、と笑いかけると無表情ながらも頷いてくれた。


「琥珀、今夜は仕事に出ても問題無いのか?不安なら今夜も共にいる。」


「大丈夫。昨日はごめんね、心配掛けちゃった。」


 気遣わし気に問い掛けてくるネロに安心して貰おうと笑顔で答えてみた。そうか、と答えたネロだったけど、視線は心配するように俺を捉えている。再度、大丈夫、と頷いてみると納得してくれたらしい。


 ふーっと息を吐いてテーブルに突っ伏してしまった俺に、少し寝るか?と問い掛けてくるネロの優しい声。また心配させちゃってるらしい。顔を上げて少し寝るっと一言で答えたら、ネロが頷いてソファから立ち上がった。


 マントを脱いで軽く畳んでサイドテーブルに置いておく。ネロがいなくなったソファに体を横たえてコロンと転がってみた。ベッドに行け、と言うネロの声を聞いてぱたぱたと手を振って答える。


 小さな溜息が聞こえた後で静かになった。ちらっとネロの方を見たら、寝室に入っていたみたいで戻ってきたネロの手にはブランケットが運ばれている。ネロによってブランケットが掛けられて寝る態勢が整った。


 ・・・眠れそうなのに眠れない。ソファの上で寝る体勢を整えるべくゴロゴロと移動してみる。このソファは背の高いネロに合わせているのか、座面が広くてゆったりしてるから転がっても落ちる心配はない。


 寝る姿勢を模索しながらネロを眺めると、テーブルに書類を広げて難しい顔をしていた。眉の間に皺が寄ってるネロの顔なんて初めて見た、珍しい顔だな。俺の視線に気が付いたのかネロが書類から顔を上げた。


 俺と目が合ったネロに腹が減ったのかと聞かれる。俺が何か行動すると、寝るか食べるか聞くのって俺がそれしかないって思ってるのか。むっとして口を開く前にお腹が鳴った。申し開きができない。腹が減るか、寝るかしかないらしい。めっちゃ恥ずかしい。


 ブランケットで顔を隠してしまった俺が面白かったのか、少しだけ笑いを零した声が聞こえた。書類を纏める音がする。ブランケットから顔を出して覗いてみると、ネロの食事に行く準備はできているようだ。


 椅子に座って背もたれに寄り掛りながら、長い足を組んで俺の方を見ているネロと視線がぶつかった。どう見ても俺待ちだね、行くしかあるまい。意を決して立ち上がる。でも、まだ眠気が残る。欠伸をして伸びをする俺を見てネロも立ち上がった。

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