198 うん、それでいい
少しだけ思考が寄り道したトコロを軌道修正して、ネロの言葉を頭の中で反芻してみる。ニル君作の装備品で、最高級の宝石、か。聞いただけでも眉を顰めちゃいそうな程、お高そうですね。でも、なんでも買ってくれるって言ったよね。
ニッコリ笑顔でレオさんを見つめると、呆気に取られた様子だったレオさんの表情が変化していく。最終的に、超嬉しそうな笑顔に落ち着いちゃったんだけど、何でなの。ここは驚愕するトコロだった筈でしょ。
「おぉ、それいいね。それで決定。」
疑問を口に出す前に、レオさんの笑顔の理由は直ぐに判明しちゃった。何故か満面の笑みで快諾してくるレオさんの態度で、今度は俺の方が呆気に取られる番だ。
えっと、俺の行為はただの嫌がらせだったんですけど。なんで快諾されちゃったんだろう。しかも、なんでそんな嬉しそうなの。そして、なんで買う気満々なの。
「因みに幾らなの。」
「十億は軽く超える筈。」
レオさんをじっと見つめて、慎重に質問をしてみる。答えはネロから提供された。普通にサラッと答えてきたんだけど、凄い金額だった気がする。
ゆっくりとネロに視線を移してみる。ネロは真っ直ぐに俺を見ていて、冗談やノリの要素はない。純然たる真実のみがそこにある。
十億って言ったね。それも、確定じゃなくて、軽く超えるって言ってた。それは十億以上って意味で正しいんだよね。あ、違うかも。この世界では軽く超えるって言葉の意味合いが違う可能性もある。もしかすると、もっと安いって意味なのかもしれない。
(いえ、『軽く超える』とは、琥珀様が認識している通りの意味合いで間違い御座いません。十億を『軽く超える』、とは、十億を下回る事はなく、大幅に上回る事が予想されます。)
ですよね、現実逃避は良くなかった。スツィ、ありがと。ってか、十億超えとかヤバくない?聞くまでもなくヤバいよね。あ、でも、レオさんは金額を聞いて以降、言葉を発してない。流石にドン引きな可能性がある。そう思うよね、スツィ。お願いだから、そう言って。
(いえ。恐らくは、)
「そんなもんか、それでいいの?折角だし、指輪にしようか。琥珀が気に入りそうな、いいのがあるといいね。」
答えてくれようとしたスツィの声と被るように、レオさんの嬉しそうな声が聞こえてきた。キラッキラの綺麗な緑の猫目が嬉しさを伝えてくる。ってか、そんなもん、って何。十億だよ。スゴイ価格なんですけど。レオさんはアホなのだろうか。
というか、レオさんが黙り込んでたのは、装備品の種類を選んでいたからだったのか。だって、指輪に決定して言葉を出したって感じがするもん。金額の恐ろしさから黙り込んじゃったのかと思ったのに、騙された。
今気が付いたけど、折角だからって何。折角とかいう変な理由で十億とかありえないでしょ。もうヤダ。お金持ちなネロもレオさんも怖い。冗談も嫌がらせもオチオチ言えないこの環境。怖過ぎる。
何でもいいって言われたから、困らせる為に一番高い品物を聞いただけなのに。結局は俺が困っちゃった。しかも、精神的ダメージが計り知れない。金額に驚いてるのが自分だけって事実がもう怖い。
恐怖がじわじわ押し寄せてくる感じ。自分だけが異世界に迷い込んじゃった感じ。あ、普通に迷い込んでたんだった。あの時も、怖かった、のかな。いや、あの時は能天気だった気がする。まぁ、でも、絶望しかけてるって意味では同じなのかも。
「聞いただけなのに。レオさんの意地悪。」
「なんで意地悪になるんだよ。琥珀との初デートのプレゼントなんだから、幾らでも払うよ。可愛い琥珀が喜んでくれるなら、金なんて幾ら積んでも惜しくない。」
暫く現実逃避をした後で、涙目でレオさんに文句を言っちゃった。レオさんはちょっと困った顔で優しく言い返してきたんだけど、ホントの本気で言葉通りに思ってそうだから怖い。
ってかね、新情報というか。知ってしまった現実があるんです。最高級の宝石が高いのは分かる。でもね、ネロが敢えてニル君が作ったって言葉を入れてきた。要するに、ニル君の紋様の価値は超高価って事だよね。
流石、十指に入る程の凄い職人さんだ。これは確実に、ニル君が作ってくれてる腕輪は貰えない。借りるだけにしておこう。そして、壊さないように気を付けなきゃ。
涙目をのままで見上げていたら、レオさんが優しく髪を撫でてくれた。ゆっくりと髪に滑らしてくる指はネロっぽい優しい撫で方だ。ちょっとだけ心配そうな光を湛える深い緑の瞳を見ていたら、ちょっと落ち着いてきた。
「何もいらないです。ただ、聞いただけなの。金額を聞いただけで超怖くなっちゃった。レオさんはホントにお金持ちなの?十億を超えるって言ってたよ?」
「まぁ、それくらいなら平気な程は普通に持ってる。」
改めて、いらないからね、って強調してみる。そして、ヤバい額だったのに全く動じてないレオさんに、ホントのホントで十億でも平気なのかを確認しちゃった。そうしたら、レオさんはサラッとお金持ちな事実を認めてきた。
「そんなに持ってたら、確かにあの本は安く感じちゃうよね。凄いな、ホントにお金持ちなんだね。」
「だろ?全然気にしなくていい金額だからね、大丈夫なんだよ。」
嘘でも冗談でもなく、事実らしい。そりゃ、高価とはいえ、あの本くらいの金額はポンと出せるよね。溜息交じりに思ったままを呟いちゃうと、レオさんは優しい笑顔と軽い口調で同調してくれた。でもね、レオさんが普通に出せるからといって、気にしなくていいって金額じゃないんだよ。
一つ分かったのは、やっぱり、ネロやレオさんとはお金に対する価値観が違うって事だ。まぁ、俺は所持金0の貧乏を通り越した、正真正銘の身一つ。対するネロとレオさんは億って単位にすら動じない大金持ち。そりゃ違っても当然か。違って当然な事実を突きつけられたら、恐怖の感情が芽生えちゃっても仕方ないよね。
「あのね、俺は金銭感覚が合わない人は無理なんです。ごめんなさい、デートもなしの方向でお願いします。えっと、スゴク怖くなってきちゃったから、家に籠る事にする。」
おずおずと、明日のお出かけはやめようってお願いしてみる。レオさんは押しが強いし、明日はネロは来ない。止めてくれる存在がいない状況で、超高価なモノを貰ったら怖い。
まぁ、ネロは、ニル君の装備品を貰う、貰わない、の時には助けてくれなかったけどね。でも、俺が本気で嫌がってたら、助けてくれると思うんだよ。レオさんだと、本気で嫌がる気持ちをジリジリ変えられて、欲しいって気持ちにさせられそうで怖いんです。
「マジかよ。じゃぁ、何も買わないからデートだけしよ。それだけが楽しみだったんだよ。デートがなくなったら、どうやって明日の仕事を乗り切ればいいんだよ。」
俺の本気が伝わったのか、レオさんが必死にデート続行を訴えてくる。ってか、レオさんが超落ち込んじゃったんだけど。しかも、そこまでかよ、って思う程、シュンっとなっちゃってる。
面会を拒絶されて、10年間子供に会えなくて、久しぶりに会う直前で拒否られちゃったお父さんかなって程の落ち込み様なんですけど。レオさんの中で、デートがそんな重いウェイトを占めていたのか。知らなかった。
そして、レオさんの猫耳が伏せられちゃってめっちゃ可愛いんですけど。更には、俯いちゃってるから、猫耳が見放題なんですけど。サービスシーンかな。主に俺向けの。
「ホントに何も買わない?」
「うん、買わない。ブックエンド以外は我慢する。」
レオさんの猫耳を堪能した後で、結局絆されちゃった。一応、確認の為に、しっかりと聞いてみる。レオさんは顔を上げて、真っ直ぐに俺の目を見ながら買わない宣言をしてくれた。耳は伏せられたままだけど、ちょっとだけ希望が見えたって感じで、緑の猫目がキラキラしてる。
「ブックエンドは高くないの?」
「高くない。」
ブックエンドだけは買ってくれるみたいだけど、ついでだから金額も聞いておこう。だってね、お詫びで超高い本を買ってくるレオさんだよ。お駄賃で買ってくれるものも超高価な可能性もあるじゃん。レオさんの耳がソロソロっと立ち上がって、高くないって断定してきた。
「ネロ、レオさんが言ってるのはホントかな。」
「知らない。」
レオさんをじーっと見つめながらネロに確認を取ってみる。返ってきたネロの言葉を聞いて納得してしまった。そりゃそうだ。ネロがブックエンドの金額を知っている筈がない。
元々は殺風景で、最低限のモノしかなかったこの部屋を思い出して、大いに納得できちゃう。そもそも、本棚すらなかったし、ブックエンドとは全く縁がなさそう。従って、ネロがブックエンドを買いに行く事はないし、金額を知ってる訳もない。
それはそうとして、何故レオさんはブックエンドの値段を知っているのか。レオさんもネロと同じくらい、ブックエンドとは接点がなさそうだし、適当に言ってる系なのかな。だってね、レオさんは本棚に本を収納してなかったタイプの人だったんだもん。
「レオさんはなんでブックエンドの金額を知ってるの。」
「・・・女の買い物に付き合った。」
ブックエンドは高価じゃないって言い切ったレオさんだけど、適当な可能性がある。その事実に気が付いて、静かに問い質してみた。少しの間を置いて、そっぽを向いたレオさんが小さな声でボソッと呟いた。
「ん?」
「前に女の買い物に付き合った事があるから知ってる。」
レオさんの声が聞き取りにくくて、低い声でもう一度答えてって促してみる。レオさんは諦めた感じで、目を逸らしたまま普通の声で淡々と答えてくれた。レオさんのその態度で理解した。やってしまったと。
ネロの聞いている横で、浮気デートの話をさせちゃうとか。俺は何をやってるんだ。ネロは黙認しているとはいえ。寝取られ系で興奮してるっぽいとはいえ。それは二人きりの時のお楽しみ的な要素で、子供のいるお茶の間で話す事じゃなかった。
立ち上がって、レオさんの太腿に乗り掛かる形でソファの上で膝立ちになり、レオさんの頭を抱き締めちゃう。ネロが驚いた顔をしているのが見えたけど、無言で頷いて、レオさんの頭を撫でてあげる。
「レオさん、ごめんね。言いたくないのに無理遣り言わせちゃったね。ネロもごめん。」
「気にするな。」
レオさんの頭を抱えたままで謝ると、腕の中でレオさんがコクっと頷いてくれて、ネロは言葉で答えてくれる。修羅場一歩手前の可能性があった。危なかった。一触即発の危機は脱した感がある。
「レオさん、明日は楽しみだね。魔法を覚えるトコロを生で見られるとか、ワクワクが止まらない。楽しいデートになるといいね。」
レオさんの頭を抱えたままで、明日のお出掛けの事を話してみる。レオさんはお駄賃以外は買わないって約束してくれた。それに、レオさんも俺が本気で嫌がったら、無理強いはしてこない気がしてきた。
更には、魔法を覚えるトコロを見学するっていうビッグイベントは絶対に外せない。そして、俺もお出掛けは楽しみなんです。あとは、レオさんが本当に楽しみにしてたって分かって凄く嬉しい。だから、俺も出かけたいんです。
「琥珀。無理してる?」
静かに問いかけてくるレオさんの声が聞こえた。腕の中でレオさんが頭を動かしたから、抱き締めていた腕を開放してみる。レオさんはじっと見上げてきたと思ったら、俺の両脇に手を差し入れてきた。そして、予想通りにひょいっと持ち上げられちゃった。レオさんの膝の上に置かれたちゃったけど、抵抗はやめておく。
「無理してない。」
「ホントに?」
心配そうに覗き込んでくるレオさんに安心して貰おうと、ニコっと笑顔で答える。レオさんはほっとしたように笑顔になって、念押しで確認をしてきた。そんなに不安にさせちゃったのか、ってくらい、レオさんは俺の反応を窺っているみたいだ。
「俺が嫌なのは、俺にお金を沢山使う事なの。一緒にお出掛けとか、一緒に過ごすのは全然問題ない。寧ろ、嬉しい。だって、レオさんと一緒に過ごす時間は凄く楽しいもん。」
改めて、俺が本当に嫌な事をしっかりと言葉で伝えてみる。レオさんは、うんうんって頷いて聞いてくれているから、レオさんと過ごす時間は楽しいとも付け加えておいた。ホントのホント、俺の本心だから知って欲しかったんだもん。
「そっか、悪かった。」
「俺もごめんね。俺はホントに何も返せないから貰う訳にいかない。お金も力も何もない、何も持ってない。だから、二人の傍にいるだけでいい。今まで知らなかった体験や経験ができるだけでいいの。」
レオさんは嬉しそうに目を細めた後で、真剣な顔で謝ってくれた。レオさんが悪い訳じゃない。だから、俺も謝り返してしまう。俺が本当に何も持ってないって事を、ネロは知っているけど、レオさんは本当の意味では分かってない。だから、全部は言えない。でも、言える部分の事実だけをちゃんと伝えておきたかった。
レオさんは何故か辛そうに眉を寄せてしまった。どしたの、って疑問に思う間もなく、ギュッと抱き締められちゃった。レオさんは片腕で強く抱き締めながら、片手は俺の髪を優しく撫でてくれる。
「琥珀は色々返してくれてるよ?ネロとの仲が深くなったのも琥珀のおかげ、感謝してる。」
髪をゆっくりと撫でながら、レオさんは俺の言葉を優しく否定してくれる。元からラブラブだったのは二人も俺も知ってる事実だ。それなのに、俺がいる事で、二人の仲が深くなったって言ってくれる。気遣ってくれる心が凄く嬉しい。
レオさんの言葉も行動も全てが嬉しい。レオさんに抱き着いてコクっと頷くと、レオさんが髪にキスをしてくれた。ゆっくりと優しく髪を撫でてくれる熱い手と、背中をギュッとホールドしてくる熱い腕。こうやって普通に抱き締めて、サラッと慰める事ができるレオさんは凄いなって思っちゃう。
嬉しさから、抵抗しないで抱き締められる時間がちょっとの間続いて、レオさんの体温で熱くなってきちゃった。もう離してって、レオさんの頭を撫でてみたら、レオさんの腕がキュッと締まっちゃった。
腕を離してくれる気配のないレオさんに困って、ネロに顔を向けて助けを求めちゃう。ネロは無言でレオさんの頭を乱暴に撫でて、その後で、レオさんの腕を掴んで強引に広げて開放してくれた。更には、俺を抱き上げて床に立たせてくれる。
ネロの淡々とした行動に少し困惑していたら、ネロが詠唱を始めた。風の薄い膜が俺を覆っていく。なんでいきなり〈シール〉なの。首を傾げちゃったけど、ネロはニコっと笑顔で答える事なく、ネロはレオさんにも〈シール〉を唱え始めた。
「飯の注文の時間。琥珀との仲を深めるなら、夜にしろ。」
「そっか、ネロは夜から仕事だったね。」
詠唱が終わって、ネロが静かな声で答えてくれた。もうご飯の時間なのかと気が付いたのと同時に、夜はネロがいない事も思い出しちゃった。ちょっとだけ淋しくなって呟いたら、ネロが髪を撫でてくれる。ネロの指がゆっくりと優しく髪の間を滑っていって、金色の瞳も優しい。多分だけど、宥めてくれてるっぽい。
「急いでご飯だね。レオさん、行こ?」
ネロに頷いて、レオさんに振り返って声を掛けてみた。レオさんは無言で片手を差し出してきた。この手は何なの。レオさんの手を見た後で、顔を上げて首を傾げちゃった。レオさんは頬を緩めて、俺の手首を掴んで立ち上がった。そして、無理遣り、自分の手のひらを俺の手のひらに合わせて指を絡ませてくる。
「手を繋いでくれたら行く。」
勝手に手を繋いだ上に、拗ねた口調のレオさんに困惑しちゃう。さっきまで親ばか系のお父さんモード全開だったじゃん。なんでイキナリ駄々っ子にモードチェンジしちゃったの。まぁ、でも。ネロに甘えられない分、俺に甘えてくるって感じなのかな。
「ネロに繋いで貰えばいいじゃん。」
「ネロは恥ずかしい。」
溜息交じりに、ネロの手を掴んでレオさんの手のひらに誘導してみた。そうしたら、嫌だって感じで、レオさんは俺の体を片手で抱き寄せてネロから遠ざかってしまう。そして、小さく呟く声が聞こえた。恥ずかしいって、何。恥ずかしくないでしょ、手を繋ぐだけなのになんで恥ずかしいんだよ。
「俺だと恥ずかしくないの?」
「うん。」
レオさんの複雑な心理が今一分からない。俺だと平気かを聞いてみたら、あっさりと肯定してくるレオさんを見上げてしまう。真っ直ぐに見つめ返してくるレオさんの視線が、強すぎて眩しい。光ってないのに眩しいって何なの。
「じゃあ、家を出るまでね。それでいい?」
「うん、それでいい。」
レオさんが複雑な子なのは理解できた。もういいよ、レオさんの要望に折れて、家を出るまでって限定で手を繋いだままにしておく。レオさんは嬉しそうに目を細めて、抱き寄せていた腕を離してくれた。
ネロは俺達が会話している間に先に外に出てしまったらしく、もういない。という事で、急いで移動する事にした。でも、レオさんはゆったり動いてくる。急いで、って手を引っ張っても、ゆったりのままで超嬉しそうな笑顔で見つめてくる。
途中から諦めて、レオさんの歩調に合わせる事にした。ってか、俺より遅いって何なの。入り口までレオさんの手を引いて、レオさんの片手で手伝って貰いながら、何とか片手でサンダルを履く。ってかね、サンダルを履く間くらい離してくれたらいいのに。何はともあれ、支度は整って外に出る。
入り口を開けると、ネロは外で待っていてくれた。ネロの視線が俺とレオさんの繋がれた手に向いて、目を逸らしてしまった。ほら、微妙な空気になっちゃったじゃん。恥ずかしいから、とか言ってないで素直にネロに手を繋いでって言ってみれば良かったのに。
家を出たトコロでレオさんが手を離してくれた。レオさんはネロの隣に並んで歩き始める。二人にしてあげたくて、俺は二人の後ろを付いていく事にした。
外は薄ぼんやりと暗くなり始めていて、時間の経過を感じる。途端にお腹が空腹をお知らせし始めた。二人が同時に振り返ってきた。レオさんは苦笑して、ネロはクスッと笑ってきたから、軽く睨んじゃう。
二人は直ぐに前に向き直っちゃったけど、二人が一瞬視線を交わらせたのは見えた。目を合わせて、口元を緩める二人は超いい雰囲気。二人のお散歩デートを覗き見てる感じだ。
「ネロもレオさんもお腹が鳴らないよね。」
「そうだな~、鳴らないね。」
そういえば、俺のお腹はいつも鳴って恥ずかしい思いをしてるのに、二人のお腹が鳴ってるのを聞いた事がない。ぽつりと呟いた声を拾ってくれたレオさんが、のんびりとした口調で答えてくれた。
「筋肉で胃がぴったり包まれてるからかな。」
軽口で話を続けると、レオさんが苦笑した感じがある。ネロも何気に苦笑してるっぽい。ホント、二人がいい雰囲気になってる。ネロの尻尾が上機嫌で楽しそうに揺れてるから、レオさんと並んでのお散歩が楽しいって分かるもん。
「普通に欲しい時に食べればいいからだよ。」
「欲しい時ってお腹は空かないの?」
ネロの尻尾を眺めていたら、レオさんが静かに答えてくれた。レオさんの尻尾に目を移して、質問を続けてみる。レオさんの尻尾はあんまり揺れてない。レオさんは尻尾に感情はあんまりでないタイプの人なのかな。ん~、でも、時々嬉しそうにパタパタ動く時もあるよな。
「護衛をやってるとな、まぁ、基本的に時間通りに食えない事が多い。だから、体が自然と慣れた。」
「成る程?」
レオさんの尻尾について考えている間に、レオさんが質問に答えていってくれる。自然と慣れるってどういう意味だ。相槌に疑問を混ぜ込んで、もっと教えてって主張してみる。
「要するに、食える時に食えれば問題なくなった。」
「そんな事あるの?俺も我慢してたら、お腹が鳴らなくなるかな?」
レオさんが端的に要約して教えてくれて、ちょっとだけ驚いちゃった。だって、慣れでお腹が空かなくなるって事でしょ。俺も慣れたら、お腹が鳴らなくなるかもしれない。淡い期待を胸に質問しちゃう。
二人の後ろをついていく形で歩いていたんだけど、レオさんが振り返ってきた。薄暗い中でもかろうじて判別できるレオさんの表情はメチャクチャ心配そう。
「琥珀は我慢をするな。欲しい時に食えばいい。ただでさえ細くて軽いんだから、体がもたないだろ。」
そして、言葉でも心配されてしまった。ネロやレオさんに比べたら貧弱な体だけど、そこまで細くはないと思うんですよ。でもね、二人がヒョイヒョイ抱き上げてくるから、最近では自分の体重がないのではって錯覚に陥っちゃうんだよね。
「琥珀が我慢を覚える必要はない。」
ネロは前を向いたままだけど、上機嫌な尻尾の揺れがなくなってしまった。更には、少しだけ強い口調でレオさんに完全同意をしている。絶対に我慢なんかさせないって意思しか見えない。
二人は凄く心配性って事は分かります。で、二人は凄くそっくりだ。今みたいに心配する要素とタイミングがばっちり重なって同じ気分を共有してそうな気がするんだもん。
今までの感じを見ていて思う。ネロとレオさんはフィーリングとかテンポとか、色々な要素が似てるんだろうなって。だって、嬉しそうな顔とか、楽しそうな顔、驚いた顔とか、同じ時に同じ感じで発動する事が結構あったもん。
二人の気持ちは分かりました、って頷いてみる。レオさんはほっとした様子で前を向いてくれた。ネロがレオさんをじっと見つめている。ネロの視線を受けて、レオさんがチラッと視線を交わして、ネロは納得したのか前を向いてしまった。
「あ、今日は運動をしてなかった。」
「一日くらい休みを入れた方が体が育つ。」
ぼんやりと二人の後ろ姿を眺めていて思い出した。唐突な呟きだったけど、ネロは慰めるように優しくフォローしてくれる。ネロは優しいけど、なんかショックだ。普通に忘れてた。
あの果樹の広場がとっても懐かしかったんだよ。で、ネロとゆっくり話すのが楽し過ぎてまったりしちゃってた。まったりのんびりして、全然動いてないのにお腹は空くんだね。
「じゃぁ、後で一緒に少し動くか?それか散歩でもする?散歩でも足の筋肉は付くでしょ。」
「お~、レオさん。いい提案だね。お散歩の案は採用します。何気に夜のレオさんとの夜のお散歩は楽しいよね。」
レオさんまでフォローしてくれた。そんなに落ち込んだ感じに見えたのかな。でも、お散歩か。いいね。レオさんとのお散歩は楽しいからね。採用ですよ。レオさんと楽しくお喋りをしながら歩いて、脚の筋肉まで強化できるとか最高じゃないか。
「そうだな、楽しい。琥珀と散歩をすると、鍛えられる上に癒される。いい事尽くめで得にしかならない最高の鍛錬。」
更にはレオさんの強化にも繋がるらしい。嬉しそうに話すレオさんの声で俺も嬉しくなっちゃう。そして、ふと気が付いてしまった。
「思ったんだけど、それで考えると。」
「うん。」
気が付いちゃった事実を話しかけて、ちょっと勿体ぶって言葉を止めてみちゃう。レオさんがちらっと振り返ってきた。相槌で先を促してくるレオさんは興味津々みたいですね。ワクテカなレオさんが可愛くて、ニコっとしてみたら、レオさんはスッと前を向いちゃった。
「レオさんと俺の初デートはお散歩なのではないでしょうか。ネロの提案の最初の回が正真正銘の初デートだった。」
楽しくお喋りをしながらゆっくり歩くのってデートっぽい気がするもん。って事は、お散歩もそうだよね。そこから導き出されるのは、明日は初デートじゃなかった。初デートは一番最初のお散歩だった、で確定ですよ。既に初デートが終わっていたという衝撃の事実だった。
「そう言われると、そうとも言えるかもな。でも、お出かけデートは初だから初デートでいいだろ。」
レオさんも衝撃を受けるかと思ったのに、全然冷静だった。しかも、お出かけデートは初めてだから初デートって認定しちゃってる。衝撃の事実だったのに、レオさんは共感してくれなかった。悲しい。
「成る程。じゃぁそれでいいよ。明日の初デートはネロ公認って事でいいのかな。」
もう明日が初デートでいいよ。折角気が付いた衝撃の事実を流されちゃって、いじけながら確認を取ってみると、二人がぶわっと振り返ってきた。立ち止まっちゃってるけど、どうしたの。
俺も立ち止まって二人を観察してみる。こっちを見つめてくる二人の姿がシンクロしていて可愛い。そして、ぶんぶんと緊張気味に揺れてる二人の尻尾も可愛い。表情は二人とも驚いてる系ですね。
「ネロ公認の保護者なの?」
二人の表情から言える事は、言いたい事が伝わってないっぽい。なので、言い直す事にした。驚いた顔の二人が戸惑いの表情に変わっていく。ぶんぶんと勢いよく揺れてた尻尾も大人しくなっていく。
レオさんとの夜のお散歩はネロの要請の元に行われてたんだよ。あの時は、レオさんがネロの恋人って知らずにお散歩してた。でもね、ネロはレオさんだからこそ安心して俺を預けたんだと思うんだよ。
で、今回は、ネロはレオさんのお願いに屈して許可してくれたんだけど、不満そうだった。ネロ的には、ホントはレオさんに俺を預ける事に不安があるんじゃないかなって思っちゃった。
夜のお散歩と違って、デートは時間も長いし、買い物とか色々出歩く事になるから心配なのかなって。だから、ネロがちゃんと安心してレオさんに俺を預けますよって確信が欲しかったんだもん。
ネロが歩き出すのに合わせて、レオさんも歩き始めた。ただし、二人は振り返ったまま、というか、後ろを向いたまま進んでいる。めっちゃ器用に後ろ歩きで進んでくんだけど、凄いな。二人を眺めながら、俺も歩くのを再開する。
「なんで保護者になるんだよ。」
たっぷりの間をあけて、レオさんが静かに問い質してきた。非常に不満そうな響きである。表情は淡々としてる、というか真顔だ。ネロはちょっとだけ口元を緩めて、嬉しそうな顔に見える。そして、ネロはくるっと前を向いてしまった。レオさんと俺の会話、と判断して、ネロは口を挟まない事にしたっぽい。
「だって、レオさんは保護する義務があるって言ってくれたじゃん。」
「えっ、ああ。確かに言った。でも、なんでそれで保護者になるんだよ。」
レオさんの不満そうな口調に困惑しながら、レオさんが言ってくれたでしょって伝えてみる。レオさんはちょっと言葉に詰まった感じで同意しながらも、聞き返してきた。レオさん的には、なんでそれが繋がるのかが分からないっぽいけど、俺的には、何でレオさんが疑問に思うのかが分からない。
「保護する者イコール保護者。」
「あ、うん。まぁ、そう言われるとそうだな。」
レオさんの疑問に答えるべく、そのままの説明をしてみた。レオさんは戸惑った様子で納得してくれたっぽい。この会話から分かった事は、レオさんは保護者になるのを不満に思ってるって事だ。
ネロが苦笑してレオさんの頭を撫でてあげてるのが見える。レオさんはちらっとネロに目を向けて、深い溜息を吐いて、前を向いてしまった。ネロはレオさんを見た後で振り返ってきた。何かを言いたげな視線だけど何を伝えたいのかな。




