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191 響きが凄く綺麗

 俺は行きたい。レオさんも乗り気。でも、ネロは渋ってる。って事で、レオさんにネロを説得して貰うしかないよね。レオさん頑張れ。俺の魔法見学の為にネロを口説き落としてくれ。


「レオさんは強引だね。試練其の一、その調子でお父様を説得してみて下さい。」


「其の一ってなんだよ、二とか三とかもあるのか?」


 軽口でレオさんへの試練を課してみると、レオさんが楽しそうで面白そうな顔になっていった。さっきまでネロを睨みつけてたのに、優しい目になっている。軽く突っ込んでくるけど、レオさんがノリノリなのは一目瞭然だ。だって、尻尾が楽しそうに揺れてるもん。


「未定です。便宜上、其の一に設定しました。」


「お前はマジで可愛いな。俺のトコに来いよ。俺がネロよりも可愛がってやる。な、ネロとは別れて俺のトコに来ない?」


 ニコっとしながらレオさんの質問に答えてあげた。俺の軽口にも乗ってくれるレオさんとの会話は楽しい。でも、唐突にチャラくなるのはやめて欲しい。冗談でも、ネロの前で口説いてくるとかはダメだと思います。


「強引且つ、甘さを含ませたいい台詞です。少し揺れる台詞回しですね。しかし、今回の試練の内容にそぐわない為、ポイントとしては加算致しません。残念。」


「ポイント制なの?いつからポイント制になった?」


 ジト目になってレオさんにダメ出しをしておく。軽口でのダメ出しだから、ノリは軽いけど伝わってくれたかな。レオさんは楽しそうにノリノリなんだけど、ホントに伝わってくれてるのだろうか。


「今。」


 少しキツメに睨んで冷たく突き放す感じで答えてみたら、レオさんがスッと息を吸い込んだ。深い緑の瞳のキラキラな輝きが増してきてる、気がする。この反応は何を意味しているのだろうか。レオさんの目を見つめながら、少しだけ困惑してしまう。


 レオさんがすっと真剣な顔付きになった。目のキラキラはなくなって、少しだけ冷たく感じる眼差しに置き換わっている。ぞくっとする程綺麗な色だ。レオさんの表情の変化は見ていて楽しい。猫耳もその時々で凄くいい仕事をしてるんだよ。でも、一番惹かれるのは澄んだ深い緑の綺麗な猫目なんだよね。


「分かった。ネロを説得すればいいんだな?」


 低く呟いたレオさんがネロに顔を向けた。見つめ合う二人の間には甘い空気は一切ない。見つめ合う、というより、二人ともお互いを見据えている。お互いに冷たい視線を相手に注いでいるからか、部屋の温度が下がった感覚すらある。


「許可を出す事は無い。諦めろ。」


 ネロはレオさんが口を開く前に冷たく淡々と拒否を突き付けた。まぁ、ですよね。よくよく考えると、俺の事が心配っての以外にも、恋人が他の子とデートってのは気分が良くない。許可は出ませんよね。分かってはいたけど、ちょっとだけ悲しい気分になっちゃう。魔法を覚えるトコ、見たかったな。


「そう言うなって。あのケープ、どこで買ったかを知りたいだろ?琥珀の時間をほんの3~4時間くれるだけで、お前の望んだ情報をくれてやる。どうせ、夜は俺と二人だ。それが少し増えるだけ。問題はないだろ?」


「成る程。」


 完全拒否の姿勢を崩さないネロに対して、レオさんが取ったのは情報と引き換えという手段だった。そして、ネロはあっさりとレオさんの口車に乗ってしまったみたいだ。表情でも言葉でも、めっちゃ納得しちゃってる。


 レオさんがどんな方法で試練を乗り越えるかが楽しみだったんだよ。あんな真剣な目をしたから、ネロに愛でも囁いて安心させる手法だと思ったのに。それなのに、その手段はズルい。そうやって情報で釣るっていう即物的な事は良くないと思います。


「あ~、レオさんがズルしてる。そういう手段は良くないと思うんです。」


「いいから黙ってろ。この際、手段なんか選んでられないんだよ。どうだ?悪い話じゃないだろ。ついでに琥珀が着るパーカーをもう数着つけてやるよ。緑は俺の色。俺に包まれた琥珀。少し妬けるだろ?違う色のも用意できるぞ?」


 ヤジを飛ばしてみたけど、あっさりと流されてしまった。ん~、手段を選ばないって言い回しはちょっとカッコいいかもしれない。そして、流し目で見てきたレオさんもカッコ良かった。でもね、その後の台詞回しが詐欺師っぽい。流石に冷静なネロはそれじゃ落ちないでしょ。レオさんもまだまだですね。


「仕方がない、許可する。」


「はい、交渉成立。」


 あらら、ネロがあっさりと落とされちゃった。レオさんの口車であっさりと陥落しちゃったでゴザル。カッコいいキリっと顔から嬉しそうな笑みに変わったレオさんが勝利宣言をしてる。


 まぁ、俺としては魔法が見られるからちょっと嬉しい展開ではある。でも、ネロがあんなにあっさりと意見を翻すとか意外だった。あ、でも、ネロは実はレオさんに甘いのかもしれない。


 ツンツンな冷たい態度を貫いてるけど、レオさんにベタ惚れだもん。そりゃ、可愛い恋人レオさんにお願いされたら聞いちゃいますよねそう考えると、この展開も納得だ。


 レオさんもネロの弱いポイントを把握していて、ネロがキュンキュン来るところを刺激してるんだ。ある意味、この遣り取りがいちゃつきだった訳ですよ。ラブラブな二人を見られて大満足でした。更には、スクロールの魔法見学の特典付きだ。


「レオさんは汚い手を使った為、ポイントがマイナスになりました。」


 満足だからニコニコにはなっちゃったけど、それはそれ。一応、軽口での設定は継続しておこうかな。二人の視線が俺に向いた。レオさんはにっこにこだ。そして、ネロは少しだけ悲しそうな顔をしている。


「はいはい、じゃあ。明日はお昼に迎えにくるからね、お洒落して待っててね。あ、服屋にも行こうかな。それもいい。俺好みの琥珀に改造してしまおう。って事で、普通の格好でいいよ。」


 上機嫌なレオさんが軽口でのプレイの設定をあっさりと流しちゃった。もうちょっと乗ってくれたらいいのに。悲しい。レオさんはマジでデートモードになってるらしく、メッチャ楽しそう。ウキウキで何か言い出したけど、聞き流しておこう。


「レオさんは強引だね。」


「強引で間違いない。でも仕方が無かった。」


 レオさんはもういい。悲しそうなネロを慰めるべく、言葉を掛けてみた。ネロは悪くない、レオさんが強引だったのが原因だからねって。ネロはちょっとだけ耳を倒して、しゅんとした様子で力なく答えてくれた。


 ネロ的には、まだ交流の少ない恋人レオさん子供()を二人だけにするのが不安なんだと思う。俺は迷惑を掛けずに、大人しく魔法見学をしてくるからね。一人でも平気だよ。ニコっとしてみたら、ネロが眉を寄せてしまった。やっぱり心配はなくならないらしい。


 でもね、ネロの言葉は納得です。恋人レオさんの可愛いお願いを聞いちゃうのは仕方ない。しかも、レオさんの口の回る感じが最早、詐欺師レベルだし。恋人のお願い+詐欺師レベルの説得、ネロが陥落しても仕方なかったんです。


 マフィンを齧りながらレオさんに目を向けてみた。レオさんは目尻が下がったデレデレな顔で上機嫌になってる。視線は俺に注がれていて、耳もピンと立ってこっちに向けられてる。尻尾も上機嫌らしくゆらゆら揺れ動いていて可愛い。


 レオさんはなんでこんなに楽しそうなんだろう。恋人の子供を連れ出すのがそんなに嬉しいのかな。ちょっと考えを巡らせて、分かっちゃった。成る程ね、そういう意味合いだったのね。


 レオさん的には、恋人ネロ子供()と親交を深めたいって気持ちが大きいのかも。でも、それより重要なのが、ある意味、懐柔作戦ってトコかな。お父さん(ネロ)とお付き合いしてるけど、悪い人じゃないんだよってアピールをしたいんだと思う。


 やっぱり、恋人ネロ家族()には納得して貰いたいって気持ちが強いんだろうな。分かります。そんな事をしなくても、俺はレオさんで良かったって思ってるのに。それに、恋人ネロの心証を良くする為にも、子供()と仲良くしておきたいって気持ちもありそう。


「本気で可愛いな。」


「可愛い。」


 レオさんの思惑を考えていたら、愛を囁く声が聞こえたでゴザル。いつの間にかテーブルに向かっちゃってた視線を上げると、二人が見つめ合っている。ヤバいです、見つめ合って愛を囁きました。この耳で聞いてしまいましたよ。今、幸せのお裾分けが束になって俺の上に降り注いでいます。


 溜息を吐いたレオさんが立ち上がって、俺の傍に近付いてきた。手を差し出してきたレオさんの手をじっと見てみる。この手はなんだ、と見上げると、レオさんは屈んで俺の手を握ってきた。


 レオさんに手を引かれて、ソファに移動する段階で理解した。ネロの片付けの邪魔になるから、席から強制的に移動させられたみたいですね。無言だけど有無を言わせぬ感じの笑顔のレオさんに黙って従っていた。


 ソファに腰を下ろして、隣に座ったレオさんと並んで、ネロが片付ける作業を見守る。レオさんはネロみたいに俺の髪に指を絡ませてきた。隣にネロがいる錯覚に陥っちゃう感覚だけど、視線の先にはちゃんとネロがいる。


 顔を横に向けると、レオさんがニッコリしてくれた。メッチャ上機嫌だ。髪を摘まんで弄ぶ感じもネロっぽいんだけど。まぁいいか。ネロに視線を戻してみる。ネロはちらっと俺達を見て、詠唱を開始した。


「魔法の詠唱の言葉って、話してる言葉とは違う気がする。ネロの詠唱を聞いてると神聖で厳かな言葉って気がしちゃう。」


「古代語とか、精霊語とか、あとは『理』の外の言葉って説もあったかな。琥珀の言う通り、話してる言葉とは全く違う言葉な事は確かだね。」


 ネロの詠唱の響きはいつ聞いても綺麗だ。ネロの低い声が紡ぐ言葉は詠ってるみたいに聞こえる。思ったままをレオさんに話してみると、レオさんの髪を撫でる手が止まった。そして、ゆっくりと優しい口調で説明をしてくれた。


「響きが凄く綺麗。」


「そうだな、綺麗と言えば綺麗かもしれない。当たり前過ぎて、あんまり意識してなかったけど、そう言われるとそんな感じだな。」


 ネロを眺めながらまったり気分でレオさんと会話を続ける。穏やかなレオさんの声が落ち着く。隣に目を向けると、優しい眼差しの深い緑の瞳があって、更に落ち着く。魔法が当たり前の世界だから、意識してないと特に何の感慨もないんだね。


 言葉が違うとしたら、凄く疑問に思う事がある。ある意味、外国語を覚えるのと同じって事でしょ。魔法を覚えた時点で、その外国語っぽい言葉がスッと口から言葉として出せるようになるのだろうか。


「魔法を覚えると自然にその言葉を使えるようになるの?」


「ん~、どう言えばいいのかな。難しい魔法はそれだけ詠唱が長い。だから、師の元で修練を積んで段々覚えていく。言葉を紡いでもうまく合わないと発動はしないって聞いた。スクロールは自然にって感じで合ってるかも。理解して、詠唱の言葉と旋律が頭に入ってくる。説明が難しいけど、そんな感じ。」


 疑問に思ってしまったから、そのままを聞いてみる事にする。レオさんは少し考えてから、優しい口調でゆっくりと説明をしてくれた。ふむふむ、と頷きながら聞いていて、なんとなくは理解できた。でも、また新たな疑問が生まれてしまった。


「うまく合わないってどういう事なんだろう。」


「詠唱や動作と精霊の意思が合わない状態。」


 質問を続けてみると、ネロの声が答えてくれる。顔を声の方向に向けてみると、ネロは片付けが終わったらしく、こっちに向かってきていた。レオさんとは反対隣りに座って、ネロが優しく微笑んでくれる。


 ネロはレオさんの手首を掴んで俺の頭から外して、代わりに自分の指を俺の髪に絡めてくる。レオさんは大人しく俺の頭をネロに明け渡す事にしたらしく、肘掛けに凭れ掛かり、足を組んで俺達を眺め始めた。レオさんはもう回答する意思はないっぽく見える。質問があるならネロに聞けって事なのかな。


「成る程?」


「言葉は一言一句間違っていない、動作も完璧。その状態でも、構築が失敗する事がある。これは、魔法に対する理解が及ばず、精霊が魔法の発動を認めていないと見做される。発動に至るまでの動作、詠唱、旋律、理解、全てが一致した状態で初めて魔法が構築される。構築される事で魔法は始めて発動に至る。」


 ネロに顔を向けて、更に説明を促してみた。ネロは嬉しそうに目を細めて、俺の髪を撫でてくれる。ある程度撫でる事で、満足したのか説明を始めてくれた。


 分かり易い言葉で説明をしてくれたから、うまく合わない状態っていうのがどういう事なのかは分かった。動作、詠唱、旋律は分かるよ、でも、理解ってなんだ。魔法を使う上で、特別に理解する必要がある項目があるって事なのだろうか。


「理解ってなんだろ。」


「発動させる魔法の理解。原理、組成、構築、全てを理解する事。」


 また出た疑問は即聞いちゃいますよ。そして、直ぐにネロが答えてくれる。ホントにネロは凄い。聞いたら全部答えてくれそうな勢いがある。スツィといい勝負な気がする。


 それはそうとして、ネロの説明を聞いても全くイメージが沸かない件について。魔法の理解は複雑だって事だけは理解できた。こんなに複雑だったら、確かに、知力の値が高くないと理解はできないだろうなって事も分かった。


「ん~、魔法を完全に理解して。しかも完璧な詠唱と旋律で唱えて、完璧な動作をしないと魔法は発動しないって事で正しい?」


「その認識で間違いない。付け加えると、魔法によって、魔力、気力、精神力など、様々な要素が噛み合った状態を保つ事も求められる。基本的には、必要な要素を一つでも欠くと発動には至らない。」


 完璧には分かってないけど、分かった事実を纏めて、あっているかの確認を取ってみた。ネロは頷いてくれた後で、追加情報も付け加えてくれる。


 俺の認識があっているのであれば、更なる疑問もでてくる。アルさん、ネロ、レオさん、と魔法を使っている姿を見てきた。でも、三人は同じ魔法を使っていても、モーションや詠唱が少しずつ違った気がしたんだよ。しっかりと意識して見ていた訳じゃないから、気のせいかもだけど。


「詠唱が短かったり、無詠唱だったりする事もあるじゃん。手をかざしたり、かざさなかったりもあるよね。」


「修練を積むと、その魔法に対して精霊の加護が与えられる。結果、省略や変更が可能となる事もある。」


 疑問を続けてみると、静かに聞いていたネロは直ぐに答えをくれた。成る程ね。使い続ける事で精霊の加護っていうのが魔法に対して付与されるんだ。結果、マスターをした魔法じゃなくても、少しずつ魔法の使い勝手が良くなるって事なんだろうな


 それにしても、魔法は簡単じゃないんだ。凄く難しいプロセスを踏んでるって事が理解できた。そりゃ、知力に依存する事になりますよね。納得しかできない。


 魔法と剣のあるファンタジーな世界だから、魔法なんて普通にバンバン使えるんだと思ってた。知らなかった。ってか、ネロはスツィ並みに凄くないか?聞いた事にはほぼ確実に淀みなく答えてくれる。


(ネロ様の知識量と理解力は一般を遥かに凌駕しています。私と同等か、と言われますと、違うという回答にはなりますが。)


 へぇ、凄いな。スツィにも認められるネロは確実に凄い。ちょっとだけ嬉しくなっちゃう。


「そんなに凄いのをネロもレオさんも普通に使ってるんだ。凄いね。」


「簡単な魔法は簡単だから。そこまで複雑じゃないし、普通に使える程度だよ。でも、ネロが凄いのは認める。」


 溜息交じりに、ネロもレオさんも凄いなって感想を漏らしちゃう。レオさんが苦笑しながら謙遜を言ってくるけど、普通に凄いから。あと、何気にネロを褒めてるレオさんの言葉が嬉しい。


「レオさんもメチャクチャ凄いよ。魔法を使ってる姿がヤバい。超カッコいい。」


「そうか?」


 レオさんを見つめて、レオさんだって凄いんだよって力説してしまう。レオさんは嬉しそうな顔で疑問符の付く相槌を返してきた。そうなんですよ。レオさんが魔法を使う度にテンションが上がっちゃうもん。レオさんが魔法を唱えてる、ヤバい、カッコいいって、なるんですよ。


 それはそうとして、魔法について教わった事で、アルさんが本当に凄い人って事が改めて良く分かった。だって、レオさんが驚くような難しい魔法を使えるし、無詠唱での魔法も使える。魔法のエキスパートな感じがして、凄く遠い存在に思えてきちゃった。


 気安く話しかけていい存在ではなかったのかもしれない。いや、かもしれない、じゃない。確実にそうだ。魔法だけの問題じゃない。アルさんはガト族の族長様なんだから、敬って当然の立場の人だった。


 アルさんって気軽に読んでたけど、族長様って呼ばなきゃいけない気がしてきた。俺は今まで馴れ馴れしい態度だった。今までの自分が怖い。無知って怖いですね。


「じゃぁ、そろそろ支度をするか~。ってか、離れたくない。琥珀、ハグして。」


 アルさんの事を考えていたら、もうレオさんが出る時間になっちゃったらしい。それは分かったし、ハグを求めてくるのも、まぁいいよ。でもね、なんでレオさんは急にチャラさ全開になったんだ。


 レオさんの顔に浮かぶ軽薄な笑みがチャラい感じを加速してる気がする。普通にカッコよく見えるのが怖い。イケメンって、どんな顔をしてもイケメンなんだよな。ちょい悪チャラ男のレオさんがこんな顔で口説いてきたら、気の弱い子だとふらふらってなっちゃうのかもね。


「なんで俺なの。ネロに頼めばいいじゃん。」


「ネロにして貰うのは恥ずかしいでしょ。」


 ネロの横で口説くような台詞を言ってきたレオさんにむっとなってしまう。ちょっとだけ強い口調で対象をネロに誘導してみると、レオさんが困った感じで言い返してきた。レオさんの言い方も態度も、表情も急に可愛くなっちゃった。


 チャラい態度は鳴りを潜めて、恥じらいが前面に出てる。猫耳はちょっとだけ倒されて、眉がちょっと寄ってる。伏し目っぽくなって困った顔だ。なんでここで恥じらうの。恋人ネロとのハグくらい、恥ずかしがらなくていいでしょ。


「俺とするのは恥ずかしくないの?。」


「琥珀は恥ずかしくない。いいから、いいから。さあ、来い。」


 渾身の突込みに対して、笑顔で断定したレオさんが満面の笑みで両手を広げてきた。恥じらいが消え去って、チャラさとも違う、でれでれな顔になってる。これは知ってる。可愛い子供を前にしたパパさん的な表情だ。


 成る程ね。恋人とのハグと、子供へのハグは違って正解だ。レオさんの心理が少し理解できた気がした。しょうがないから、膝立ちになって身を乗り出し、レオさんの上にちょっとだけ圧し掛かってみる。


 レオさんが背中に手を添えて支えてくれたから、レオさんの背中に腕を回してギュっとして離れる。離れる直前で体がフワッと浮いた感覚があった。もういいよ、この展開。って、思っちゃう程、何度も経験した感覚。


 思った通り、気が付いたらレオさんの太腿の上に座っていた。膝立ちだったとはいえ、隣にいた筈なのに、気が付いたら向かい合わせになっている事実に驚愕してしまう。レオさんの膝乗せの技術が凄い勢いで進化している。抱き着いた体勢だったとはいえ、どうやって移動したのか分からないってヤバいでしょ。


「あのね、一つ言いたい。」


 慌てず騒がず、冷静にレオさんの目を見つめて、静かに口を開いてみた。レオさんは小首を傾げて見つめ返してくる。柔らかな表情の中にある、揶揄うような楽しんでる感情は見抜いてるんだからね。


「ん?行ってらっしゃいのキスをしてくれるの?」


 レオさんが嬉しそうに優しい声で的外れな事を言い出した。レオさんの中で俺という存在がどういうものかを理解できた瞬間である。もうね、ネロの子供じゃなくて、自分レオさんの子供って感覚になってる気がする。


 だって、揶揄い交じりなのに、でれでれな顔なんだもん。超嬉しそうな顔だもん。キツイ感じのイケメンなのに、でれでれに表情を崩してるんだよ。キリッとしてたらシャープでカッコいいのに、目尻が下がって、頬が緩んで口元も嬉しそうに緩みまくってる。


 まだ若いレオさんなのに、俺が子供っぽい言動を繰り返したから。父性が刺激されて急に大きな子供ができちゃったらしい。こんなに大きな子持ちのパパさんになっちゃったレオさんは可哀想。ネロへ抱いた思いと全く同じ事を思ってしまう。


「そんな事を改まって言う訳ないでしょ。全く違う。こうやっていきなり膝に乗せるのはびっくりするの。」


 俺を子ども扱いしてるからこその抱っこなのは理解できた。でもね、一応、突っ込んでしまう。もう、レオさんへ突っ込むのは、ある意味、形式美になりつつある気がしてきた。レオさんも突っ込み待ちで変な事を言ってる感覚すらある。それはいいとして、レオさんにはちゃんと文句も言っておこう。


「そうか、そうか。いきなりじゃなきゃいいんだね。琥珀は可愛いな。」


「う~、やだ。止めて。」


 文句を言ったのに、レオさんが嬉しそうに目を輝かせた。瞳がキラキラで眩しい。目を細めてしまうと、レオさんは嬉しそうに自己解釈を披露して、俺の頬にキスしてきた。しかも、何回もしてくる。拒否の言葉と一緒に、レオさんの顔を両手で挟んで止めてしまう。


 完璧に子供にでれでれなパパさんになってる気がする。しかも、小さい子供のパパさんだ。レオさんの中で俺は一体何歳の設定になってるんだ。くそぉ、俺は16歳のいい歳をした男なのに。


「レオ、行くぞ。」


「へぃへぃ。琥珀、淋しいだろうけど、ネロと一緒に大人しく待っててね。仕事が終わったら直ぐ帰ってくるから、我慢して・・・、あぁ、マジで可愛い。キスしてあげるね。」


 冷静なネロの一言で、でれでれに目尻を下げたレオさんの表情がスッと引き締まった。メッチャ、きりっとなった。そして、名残惜しそうに優しい口調で別れの挨拶らしきものをしてくる。っと思ったら、後半でまたでれでれになっちゃった。


 俺が抑えてる手に顔を摺り寄せて、キスをしてくるレオさんから手を離してしまう。途端に、また頬にキスを振らせてくるレオさんはどうすればいいんでしょうか。


 困ってしまったら、びりッと空気が震えた気がした。レオさんがスッと顔を離して、ニコっとしてくれる。優しい笑顔だけどでれでれではなくなっている。


「俺も一緒に行くでしょ?いいから離して。」


 子供に言って聞かせる口調のレオさんだったけどね、俺も行くんだよ。アルさんに会いたいんです。解放を要求してみると、レオさんは渋々って感じで、俺を閉じ込めていた腕を離してくれた。


 レオさんの膝から下りて、入り口で待っているネロの傍に近付く。すかさず、ネロが詠唱を始めて、俺の周りを風が覆っていく。サンダルを履いている間に、ネロはバスケットを持って先に外に出て行ってしまった。


 サンダルを履き終えて立ち上がると、レオさんが何故か俺の手を握ってきた。そして、俺の手を引いて外に向かおうとしている。あのね、俺は流石に手を繋いでなきゃ迷子になる程子供ではないんですよ。


 外に出る直前で、レオさんの手の中から自分の手をそっと抜き取っておく。レオさんは残念そうな顔をしたけど、外で手を繋いでるとか恥ずかしいから。雨で誰も見てないって分かってても恥ずかしいんです。


「ネロとレオさんはあそこまでダッシュ。一着には何かご褒美があるかもしれません。」


 外は小雨になっていた。そして、二人が〈シール〉をしてない事に気が付いてしまった。俺と並んで歩く気満々な二人に一つ提案をしてみた。ご褒美付きの提案だ。


 言葉が終わるのと同時に、二人が駆け出した。一気に駆け抜けて行く二人をゆっくりと追いかける。距離的に近かったから、二人は同着だったように見えた、かな。ってか、張り合ってくれる二人だから、乗せるのが楽で助かる。


「見てた感じでは、同着だったので無効試合になりました。残念。」


「それはズルい。流石にズルい、無効試合とかは認められない。」


 二人の元に辿り着いて、ニコっと笑顔で無効試合を言い渡してみた。同着だからご褒美は無しに決定したのに、レオさんが文句を言ってきた。認めても認めなくても結果は変わらないんですよ。


 背伸びをして、レオさんの頭に手を伸ばすとレオさんが屈んでくれた。レオさんの頭をぽんぽんと撫でて、ニコっとしてみる。レオさんは不満な顔をやめないけど、もう決まったんです。


「ズルくありません。審判に従いましょう。」


 ちょっとだけ低い声で審判の言う事は絶対ですよって教えてあげる。至近距離で、レオさんの瞳孔が一瞬だけ広がったのが見えた。しかも、少しだけ気圧された感じで耳を伏せちゃった。そんなに怖い感じは出してないでしょ、レオさんは演技が上手いですね。

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