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189 なんで勝負にならないの?

 空を見上げていたら、ネロが背中に手を添えて一緒に外を覗いてくれる。ちらっと見ると、二人の支度はもう整っていた。外に出てもう一度空を見上げている間に、二人はもう歩き始めていた。


 二人の後ろを追いつかない程度の速度で追いかける。ちらっと振り返ったレオさんだけど、直ぐに前を向いて耳だけを後ろに向けてきた。ネロは最初から耳だけをこっちに向けている。


 高性能な可愛い猫耳だ。いいな、俺も欲しいな。無いモノ強請りをしながら、歩くのを少しゆっくりにしてみた。ネロは直ぐに対応して速度を落としている。対するレオさんはネロに気が付いて速度を変えたっぽい。残念、頑張りましょう。


 普通の速度に戻してみると、ネロは普通に速度を上げている。そして、レオさんも今回は反応できたっぽく見えた。ぼんやりと二人の後ろ姿を眺めながら、速度を少しずつ変えて進んでいく。この遊びは中々に楽しいんだよ。ネロの反応を見てるとヤバい。どんなに急に速度を変えても、ぴったり合わせてくるから面白い。


 レオさんは最初のうちはネロの反応を見ながら対応してるっぽかった。でも、少し遊んでいたら、普通にぴったりになってきた気がする。ゆっくり歩くのも直ぐに順応したし、レオさんは結構凄いのかも。流石、エリート護衛さんの一員って感じだ。


 そして、二人が並んでいる後ろ姿を眺めていて、気が付いた。二人の背の高さは同じだと思ってたんだけど、レオさんの方がほんの少しだけ小さいっぽい。レオさんは細いから、ネロより小柄に見えてるのかと思ってた。


「琥珀は後ろで歩く事にしたのか。こっちに来ないの?」


 レオさんが振り返って何か言いたげに視線を送ってきた。首を傾げて、なぁにって促してみると、レオさんは前を向いてしまった。そして、前を向いたままでレオさんが問いかけてきた。


「ん~、試験中。」


「マジかよ。嫌な言葉。」


 ぼんやりとレオさんの後ろ姿を眺めながら、まったりと答えてみた。レオさんがちらっと振り返って、嫌そうな顔をしている。表情だけじゃなくて、声も嫌そうだ。そうだね、試験とか嫌な響きな気がする。正しい。でも、これは二人への試験じゃないんだよ。


「俺の試験中。」


「お前の?何の試験をしてんの。」


 レオさんの反応が可愛くてふふっとなりながら、言い直しておく。レオさんが不思議そうな顔で聞き返してきた。レオさんなら聞き返してくると思ってました。これは、俺の中の孤独を試す試験なんですよ。だってね、俺はかなりの淋しがり屋だって事に気が付いちゃったから。


「二人と離れてても大丈夫かの試験。」


「今すぐ止めてこっちに来い。」


 レオさんの質問にのんびりと答えてみたら、レオさんが完璧に振り返ってきた。真っ直ぐに見つめてくるレオさんの目は心配そうだ。表情も心配そう。そして、試験の中止を言い渡されてしまった。


「なんでよ。」


「俺達が淋しくなるだろ?そんな試験は誰も得をしない。」


 素直に移動しても良かったけど、一応理由を聞き返してみる。レオさんが真剣な表情で誰も得をしないって言ってきた。二人が淋しくなるって、どういう事なんだろう。ネロもレオさんもしっかりした大人だ。心配する事はあっても、淋しくはならないでしょ。


「そうなの?」


「そうなの。だからこっちに来い。」


 疑問が浮かんだから聞き返してみたけど、レオさんは大きく頷いて呼び寄せてきた。ネロは沈黙を保って黙々と歩き続けているから、レオさん一人が熱くなってるみたいだ。


「でも、二人がいない時だってあるじゃん。だから、耐性を付けとかないと、って思うんだよ。」


 熱くなった感のあるレオさんに落ち着いて貰おうと、のんびりと答えてみる。今はネロだけじゃなくてレオさんもいて、賑やかで安心できて居心地がいい。でも、一人になる時もある筈。ある筈、というか、何れは確実に一人になる。俺はそれに耐えなきゃいけない。


「そうだな、それはそうかもしれない。でもな、今じゃなくてもいいだろ?」


 レオさんは困った顔をして、同意してくれた。でも、今じゃないとも言ってくれる。その言葉が嬉しい。自分の嬉しい心を自覚して、今のこの時間は二人の傍にいたいって思ってしまった。この時間が長く続いて欲しいなって思っちゃう。


「レオさんは俺がいないと駄目なんだね。仕方ないから傍に行ってあげる。ネロは一人でも平気なのに、レオさんときたら、ホントにしょうがないな。」


 自分の気持ちは二人の傍に行きたい。淋しかった。でも、素直に言う事ができなくて、強がりの形でレオさんに軽口を叩いていた。レオさんがネロに顔を向けて複雑な顔をした。


 もう一度振り返って、レオさんが首を横に振ってる。レオさんの反応が気になって早足でネロに並んでみた。ネロを覗いてみると、ネロは真顔だ。全然普通のネロだった。


「レオさん、そうやって騙すのは良くない。ネロがどうしたのかって心配になっちゃうじゃん。」


「そうだな、今回は俺が悪かった。反省します。」


 レオさんに向かって勢いよく文句を言うと、レオさんが素直に謝ってくれた。やけに簡単に引き下がった感がある。いつものレオさんらしくない。と思ったけど、気付いた。レオさんはネロの横顔を見て急に淋しくなっちゃったんだ。


 そうだよね。今日のお昼ご飯後はレオさんがお仕事。で、ネロは夜からお仕事。ネロと離れなきゃなのを自覚して、淋しくなっちゃったんだよね。分かります。夕ご飯は一緒に食べるけど、ほぼ半日くらいネロとは会えないのは確定だもん。


 レオさんと同じようにネロも淋しいのかな。ネロを見上げてみても、ネロは真顔で真っ直ぐ前を見ていて、こっちを見てくれない。この反応は、ネロも淋しいで正解だ。


「雨が止んだら。ゆっくりできるのかな。」


「そうだな、ゆっくりしたいところだね。俺の仕事に変動はないけど、ネロと族長はかなりきつそうだからな。終わったらゆっくりして貰いたいかな。」


「休みをもぎ取る。」


 空を見上げながらぽつりと呟いてみた。レオさんが答えてくれる声が聞こえる。ネロを気遣う優しい言葉が嬉しい。レオさんに顔を向けてみると、ニコっと笑顔をくれた。ネロも静かに淡々と、でも決意のこもる声で答えてくれる。


「お~、レオさんもお休みが貰えるかな。また三人でゆっくりできる?」


「俺は無理だよ。ネロとお前でゆっくりすればいい。」


 ネロはゆっくりできそうだから、レオさんもお休みが貰えれば二人が一緒に過ごせる。ついでに、二人の時間の合間に俺も一緒に過ごせる。俺の理想は直ぐにダメそうって理解できて、ちょっとだけ悲しい。でも、ネロと二人でゆっくり過ごすのも楽しみだ。


「そっか、残念。二日間はスゴク楽しかったね。」


「そうだな。楽しかった。」


 家出後の二日間は本当に楽しかった。レオさんとも距離が近くなったし、ネロの思いが理解できた。素直に心からの気持ちを口に出してみると、ネロも嬉しそうに目を細めて同意してくれる。


 ネロの穏やかな微笑みを貰える時間が嬉しい。レオさんは感激と驚きの混ざった目でネロを見つめている。なんでそんな表情になったんだろう。


「マジで、ネロも楽しいって思ってくれてたのか。ちょっと嬉しい。俺も全てが新鮮で良かった。楽しい時間だった。」


 ネロに熱い視線を注いだままでレオさんが思いを語り始めた。レオさんの声は静かだけど喜びに満ちている。ネロもレオさんに目を向けて静かに頷いている。二人の雰囲気は穏やかで幸せそう。


 食事場に到着して、ネロにくっついて調理場に移動する。ユリアさんが笑顔で出迎えてくれるのが見えた。昨日の夜の軽食のお礼を伝えて、マスターさんにもお礼をって言ってみる。ユリアさんは直ぐにマスターさんを呼びに行ってくれた。


 奥から出てきたふわふわのマスターさんもやっぱり可愛い。マスターさんに癒されながら、お礼を伝えてみた。マスターさんは頷いて奥に引っ込んでしまった。無口な猫ちゃんだけど可愛過ぎる。おじいちゃん猫だけど超可愛い。猫ちゃんは老若男女問わず全部可愛い事が証明されてしまった。


「いつ見ても綺麗だよね、あのおっきな〈シール〉。」


「え、あ。そうだな。凄い〈シール〉だよな。」


 注文が終わったネロと一緒に外に出ると、レオさんが食事場を眺めていた。レオさんの隣に並んで感動を共有してみる。ぼんやり眺めていたらしいレオさんは一瞬慌てた感じで答えてくれた。


 レオさんは何を眺めてたのかな。ちらっと食事場を注視してみる。見た事のある、綺麗なお姉さんが一人で食事をしているのが見えた。前にレオさんの家の前で会った事のあるクロエさんだ。


 クロエさんはこっちに顔を向けてる。確実にレオさんを見てる気がする。ぽわっと夢中になってる表情だ。非常に気まずい。見なかった事にしておこう。目を逸らして家に向かって歩き始めると、ネロが腕を掴んで止めてきた。


「仕上がるのを待つ。先にレオと帰るか?」


「ん~、どうしよ。一緒に待ってもいいかな?」


「そうだな、待とう。」


 口を開く前に、ネロが止めてきた理由を話してくれた。成る程ね、そういう理由でしたか。レオさんに顔を向けて、待つ方向での確認を取ってみた。レオさんは二つ返事で了承してくれる。


 ネロは調理場に戻っていき、俺とレオさんは並んで食事場を眺めて待つ事になった。凄く気まずいんですけど、どうしたらいいんでしょうか。食事場には浮気相手のクロエさん、調理場には恋人のネロだよ。


 どうするの、修羅場になっちゃったりするのかな。ちらっとレオさんを見上げたら、真剣に見つめてくるレオさんと目が合ってしまった。目が合うとは思わなくて、ちょっとびっくりしてしまう。レオさんがふっと笑ったのが見えて、首を傾げてしまった。


「まぁ、クロエがいるけど気にするな。変な事にはならない、多分だけど。」


 レオさんは俺の心を見透かしたかのように、クロエさんの名前を出してきた。変な事にならないのは、まぁいいよ。でも、なんで敢えてクロエさんの話題を出したの。俺がクロエさんの事を考えてたのが分かったのかな。じっと見つめてみると、レオさんは困った顔になってしまった。


「なんで分かったの。」


「見てれば分かる。」


 静かに疑問を伝えると、困った感じで微笑みながら静かに答えてくれた。成る程ね、観察していたから理解できたって事か。俺が食事場に視線を向けたのも見ていて、視線の先にクロエさんがいる事実も分かっている。俺の思考的にクロエさんの事を考える、的な結論からのこの回答ですね。


 レオさんの落ち着き方がスゴク大人に思える。態度や仕草、言葉遣いも大人に見える。だって、浮気して遊んでる子があそこにいるのにメッチャ落ち着いてるんだよ。超冷静な態度だし、遊び慣れた大人って感じがする。


「レオさんは時々大人っぽくなるよね。落ち着いた大人に見える。」


「落ち着いた大人だろ?」


 思ったままをそのまま伝えてみたら、レオさんが楽しそうに目を細めた。冷静に淡々と答えてくるレオさんの雰囲気が超大人っぽい。雰囲気だけはネロっぽい。


「ん~、レオさんは落ち着いてないチャラい大人な感じがしないでもない。」


「お前は時々ストレートに貶してくるトコロがあるよな。」


 少し考えた風を装って、レオさんは落ち着いた大人じゃないんだよって教えてあげる。レオさんが苦笑交じりに淡々と言い返してきた。この言い方すらも大人に見えてしまう。今のレオさんは何かが違うらしい。


 レオさんがちらっと食事場に目を向けた。つられて俺も食事場を見てみる。クロエさんが食事を終えて帰るトコロだったらしく、席から立ってこっちを見ていた。


 クロエさんはレオさんに向かって嬉しそうな可愛い笑顔になってる。そして、俺にも目を向けて会釈をしてくれた。俺も会釈を返してみると、ニコっとしてくれて帰り支度を始めるみたいだ。


 レオさんに抱き着いて話をしていたクロエさんは凄く可愛い女の子に見えた。そして、今もレオさんに向けた笑顔は凄く可愛かった。でも、初見の時とか、俺に対する態度とかは、シャープでクールな大人の女性って感じだ。会釈をしてくれた時もクールで綺麗な女の人って感じだった。


「レオさんと一緒にいる時のクロエさんはめっちゃ可愛かったね。今もレオさんに向かって可愛い笑顔だった。」


「まぁ、可愛いは可愛い。」


 クロエさんに目を向けたままでレオさんに話し掛けてみる。返ってきたレオさんの言葉はスゴク適当だ。聞き流してるというか、言い流してるというか。一応、返事を返してくれたって感じ。


「でも、普段は落ち着いた大人のお姉さんだね。カッコいい綺麗なお姉さんだった。」


 レオさんと一緒にいる時と普段は違うよね、って感想も付け加えてみた。レオさんからは何も言葉が返ってこない。言葉の代わりに視線を感じて見上げてみる。


 レオさんは静かに俺を見下ろしていた。感情は読み取れない。真顔に近い表情だ。感情の浮かばない緑の瞳にぞくっとなってしまう。レオさんはいつも感情を瞳に出しているイメージだから、凄くゾクゾクする。怖い顔ではないけど、怒ってるのかもしれない。なんか変な事を言っちゃったかな。


「お前はああいうのが好みなのか?」


「可愛いとは思う。凄く好きな人への大好きって態度が、普段の大人っぽさと全然違うってのがいい。大人っぽいのに可愛らしいってギャップがヤバいかな。年上の女の人に使う言葉じゃないかもだけど、可愛らしいって思った。」


 レオさんが静かに聞いてきた。感情の浮かばない表情と抑揚のない話し方で淡々としている。静か過ぎるレオさんに気圧される形で、クロエさんの印象を語ってみた。


 クロエさんに対して最初に感じた印象はクールで理知的な印象の大人の女性だった。レオさんと相対してるクロエさんは可愛らしい女の子だ。印象がガラッと変わって、大人の女性感がなくなって、可愛らしい女の子に変身してた。


 好きな人の前では可愛らしく変化していたクロエさんは普通に可愛いと思う。好みかって聞かれると、それはまた別の話ではある。でも、そんな風に想える相手がいるのはいいなって思っちゃう。恋愛を楽しんでるって感じがしてちょっとだけ羨ましい。


「へぇ。迫られたらどうする?」

 

 ぞくっとする程の強い視線に変わったレオさんの瞳が凄く綺麗。真顔のままなのに緑の猫目だけが強調されてる感じ。静かに低い声で問い掛けてくるレオさんの声もぞくっとなる響きだ。


 これは、浮気相手に手を出すんじゃねぇって警告なのだろうか。そんな心配しなくても、クロエさんが俺を相手にする訳ないし、俺もそんな事してる余裕はないんです。レオさんはやっぱり独占欲が強いんだろうな。


「迫ってなんかこないでしょ。クロエさんにはレオさんがいるし、ネロの事も気になるって言ってたもん。」


 レオさんの心の内が理解できて、呆れた口調で答えてあげる。レオさんは少しだけ笑ってくれた。優しい顔付きに変わってくれて安心した。この反応で分かった。手を出すんじゃねぇって警告じゃなかった。


 ネロの子供の俺を変な事に巻き込みたくないって親心っぽい気がする。だから感情を消して本音を引き出してきたのか。レオさんは色々な話術のテクニックを持ってますね。凄いな。


「ってか、気が付いちゃった。レオさんとネロとクロエさん。凄い複雑な三角関係になってるじゃん。」


 レオさんとネロとクロエさんは何気に三角関係な事に気が付いてしまった。レオさんとクロエさんは遊んでる関係。ネロとレオさんは恋人同士。クロエさんはネロを狙ってる。そして、重要なのは、ネロとレオさんは寝取られの性癖持ちって事だ。更には、二人で張り合ってるっていう関係でもある。


 要するに、レオさんとクロエさんの浮気に対しては、ネロは嫉妬で興奮する。クロエさんがネロを狙ってるって状況では、レオさんは嫉妬+ライバル心で興奮する。ヤバい形での変な三角関係になってる。


「まぁ、三角関係ってのは当たってる。問題は、ネロと俺とじゃ勝負にならないって所だ。」


 口に出した言葉に対してなのか、考えを読んだのか、レオさんが面白そうに目を細めた。表情は楽しんでる感じなんだけど、レオさんは苦笑交じりに諦めを含んだ口調になっちゃった。レオさんの諦めは伝わったんだけど、なんで勝負にならないんだろう。


「なんで勝負にならないの?」


 疑問をそのまま伝えると、レオさんが驚いた顔になってしまった。なんでそんな顔になったんだ。首を傾げると、レオさんは屈んで顔を近付けてきた。スゴク近い距離で凝視してくる深い緑の瞳を見つめる。そして、もう一度首を傾げて、応えてって催促してみる。


「なんでって、見てれば分かるだろ。」


「ん~、分かんない。」


 たっぷりの間を置いて、絞り出すようなレオさんの声が聞こえた。見てればってどういう事なんだろう。チャラいレオさんと真面目なネロって事なのかな。でも、クロエさんはチャラいレオさんが好きなんでしょ。全然分からなくて困ってしまって、素直に分からないと答えてみる。


 レオさんは絶句してしまったらしい。至近距離の驚いたレオさんと見つめ合ったまま時が流れていく。黙り込んだレオさんが真意を探るように凝視してくるから困ってしまう。


「それは真面目に言ってるの?俺に気を遣ってるの?」


 恐る恐る、という感じでレオさんが質問をしてきた。質問の意図が分からない。意味も分からない。何に対して気を遣うって言ってるんだろう。全く分からないですよ。


「気を遣うってどういう事?」


 どういう意味なのかを問いかけてみると、レオさんが息を飲んでしまった。レオさんはまた黙り込んで、真剣な目でじっと見つめてくる。スゴク居心地が悪いんですけど、なんでそんなに見てくるの。


「琥珀だったら、俺とネロ。どっちがいい?」


 どうしていいか分からず困っていたら、レオさんがまた質問をしてきた。この場にはいないクロエさんに代わって俺に聞いてみる事にしたらしい。ネロとレオさん、どっちかを選べって言われても困っちゃう。


 レオさんの事を深く知る前だったら、勿論ネロって即答してたと思う。でも、今はレオさんの良さが分かるから選べない。レオさんがただのチャラくて、エロくて、雑で、乱暴な、怖い人じゃないって知ってるから。


「レオさんもネロもどっちもいい所があり過ぎて、甲乙つけがたい。差があるとすれば、レオさんとネロの匂いの差かな。多分。」


 ニコっと笑顔で思った通りをそのまま伝えてみる。レオさんは唖然となってしまったらしい。レオさんの唖然顔はちょっと可愛い。口が半開きで、目も丸くなってる、耳もピンと立ってる。


 レオさんは体勢を戻して、空を見上げた。そして、深呼吸を何回か繰り返している。どうやら、ネロを選ぶと思ってたっぽい。ん~、レオさんはそんなに自信がないのか。


 まぁ、ネロは超絶綺麗だし、欠点は何もないし、優しいしマメだし、完璧だからね。でも、レオさんはそれを凌駕する程の色々があるんだよ。レオさんはネロと方向性が違う良さがあるから、選べなくて当然なんです。


 そもそもの話、レオさんを取り巻く三角関係の矢印の方向性が複雑なんだよ。ネロとは恋人なのは確定で矢印が相互に向いてるのはいいんですよ。ネロは面識がないからクロエさんへの矢印はない。


 でもね、クロエさんの矢印がヤバいの。クロエさんは太い矢印をレオさんに向けていて、細い矢印をネロに向けてる。更にはレオさんも問題なんだよ。ネロへの矢印がありながら、クロエさんへも点線の矢印を向けてる。


 レオさん的には、遊び相手のクロエさんの気持ちの一部がネロに向いてる事で、ネロと取り合ってる心理になっちゃってる状況、なのかもしれない。ネロに対抗意識があるレオさんだからこその複雑な心理なのかも。


 実際問題、ネロとクロエさんには面識はないから取り合いにすらなってないんだけどね。レオさんの心理の複雑さは倒錯した性癖の産物で、大人の世界なんだろうな。俺にはまだ分からない世界だった。


 ネロのレオさんへの思いはベタ惚れに近いと思うんだよ。ネロが他の子に目を向ける事は絶対ない気がする。だから、レオさんの気がかりは杞憂な気もする。結局のところ、ネロがレオさん以外には目を向けないなら、クロエさんはネロとどうこうなる事はない。


「ネロとクロエさんは面識ないんでしょ。だったら、レオさんの一人勝ちじゃん。」


 ネロとクロエさんを繋ぐ線はない。そして、ネロもクロエさんも矢印はレオさんに向かっている。結果、レオさんは二人の寵愛を受ける事になる。これぞ一人勝ちである。ニコっと笑顔で最終結論を言い渡してみた。


 レオさんの視線が戻ってきて、じーっと見つめられてしまう。探るような視線を受けて、何か間違った事を言ちゃったかなって小首を傾げちゃう。レオさんの頬が緩んでくれたと思ったら、切なそうな顔になっていく。


 なんでそんな顔になったの。心配で見上げていたら、レオさんが一瞬だけ頬を撫でてくれた。風の膜が融合してレオさんの手の熱さを頬に感じる。気持ちよくて目を細めたら、レオさんは直ぐに手を離してしまった。


「そうだな。一人勝ちになりたかった。」


 レオさんがぽつりと呟いた。静かで元気のない声だ。それに、表情はちょっとだけ悲しそう。なんでそんな顔になっちゃったんだろう。レオさんの心理が全く読めない。


 いつもは表情を沢山出してくれるのに、今は少しの悲しさは見えるけど真顔に近いんだもん。綺麗な緑の猫目も感情を出してくれない。それに、いつもは表情豊かに動かしている耳も全く感情を見せてくれない。


「ん~、どういう事なの?」


「何でもない。」


 普通に聞き返してみたんだけど、レオさんは答えてはくれなかった。そして、淋しそうな笑顔になっちゃった。なんでそんな顔なの。ホントに心配で眉を寄せちゃったら、レオさんは頭をポンポンと撫でてくれて、顔を動かした。


「あ、ネロお帰り。」


 レオさんの視線を追って俺も顔を向けてみる。ネロがこっちに向かってくる姿が見えて、声を掛けながら手を振っちゃう。ネロが頬を緩めて頷いてくれた。もう一度レオさんを見上げると、レオさんはニコっとしてくれた。淋しさの消えた笑顔だけど、無理してる気もする。


「食事と琥珀。どっちにする。」


「じゃあ、琥珀で。」


 俺達の傍に来たネロはレオさんに目を向けて、短い会話を終わらせた。二人の会話の意図が分からない。俺か食事って、なんの選択肢だよ。疑問に思った瞬間に、レオさんにひょいっと抱き上げられていた。


 無言で走り出したレオさんの腕の中はやっぱり振動が凄い。驚きと振動で少しだけ体を固くしてしまった。レオさんがちらっと視線をくれた。直後に振動が少しだけ少なくなった気がする。スピードは変わってない。って事は、走り方を変えたのかも。多分だけど、ネロを真似て滑らかに走ってくれてるっぽい。


「今、走り方を変えたの?」


「うん、何となく変えた。振動が凄いだろ、ごめんな。」


 レオさんを見上げて、確認を取ってみた。レオさんは優しい笑顔で頷いて、謝ってくれる。レオさんの気遣いがメッチャ嬉しい。それに、瞬時に走り方を変える事ができるレオさんの器用さに感心してしまった。


「走り方で振動が少なくなるんだ。レオさんは凄いね。」


 ちょっとだけテンションが上がって話を続けてみる。だって、走り方を変えたら、振動が目に見えて減ったんだもん。振動係数が10から5に減ったくらいの変化があったんだもん。


「ネロは全く揺れないんだろ?そっちの方が凄い。」


 レオさんが返してくれた言葉はちょっとだけ卑屈っぽい。諦めというか、達観というか。表情からもそんな感じが見て取れる。ネロを褒めてるんだけど、自分を貶してる感じが満載だ。


「ネロは万能型だから凄いけど、おお~、くらいの驚き。レオさんは不器用そうだからメッチャ凄く感じる。」


「褒めてるのか、貶してるのか。」


 そんな卑屈にならなくても、レオさんは凄いよ。ニコっとしながらレオさんを褒めてみたけど、レオさんは複雑そうな顔になってしまった。そして、苦笑交じりにぽつりと呟いた。


「勿論褒めてる。ね、ネロ。レオさんは凄いね。いきなり走り方を変えたんだよ?」


「そうだな。」


 褒めてるに決まってるじゃん。レオさんの隣を並走するネロに目を向けて、ネロにも同意を求めてみた。ネロは真顔だけど、小さく頷いて同意してくれる。ネロはレオさんにちらっと視線を送って、前を向いてしまった。


 レオさんはネロの隣に並べる程になりたいんだろうな。追いつこうと頑張った結果、張り合っちゃう事態になっているのかもしれない。レオさん曰く、ネロはレオさんの10倍くらい強いって事だから、追いつくのは色々と大変なんだと思う。


「レオさんにはネロとは違ういい所がいっぱいあるよ。そんなに頑張らなくても大丈夫。そのままのレオさんがいいと思うんですよ。」


 レオさんが少しだけ気落ちしてる感じがして、俺の考えを伝えてみる。慰めになるかは分からないけど、レオさんにはいいトコロが沢山ある。ネロとは全然違うけど、レオさんはスゴク魅力的だと思う。そんな思いを込めてみた。


 レオさんが顔を前に向けたままで頷いてくれた。俺の思いがちゃんと届いてくれたらしい。恋人が超絶すぎるってのも、悩みが大きいんだろうな。困ったもんだ。

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