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160 髪に隠れて見えない

 ハッピーエンドっていいよね。ほんわかして幸せになる。レオさんが失恋から立ち直って、暫しの間、ほんわかした気分を楽しむ。ソファに座って寛いでいると、ネロが髪を撫でてくれる。まったりが加速していく感じが心地いい。


「あのな、琥珀。お前は女に甘いけどな、あいつらはそんな可愛いもんじゃないぞ?」


「可愛いじゃん。」


 足元で俺の脚を抱えているレオさんが溜息交じりに俺を見上げてきた。何か言いたいのかなっと、レオさんが話し出すのを待ってみる。疲れた声で話すレオさんの言ってる事は良く分からない。普通にみんな可愛いもん。


「外面は可愛いかもしれん。そして、実際に可愛いのは事実だよ。でもな、そういう事じゃないんだよ。どう言えば良いんだ。ネロ、お前もなんか言えよ。」


「少し面倒な奴ら。」


 困った口調で言い淀んだレオさんがネロにヘルプを求めた。そして、それを受けたネロの表情と口調がヤバい。めっちゃ冷たい。眉を寄せてるし。ネロはそんなに嫌な事でもされたのかな。女の子を避けてるくらいだからそうなのかもしれない。

 

 でも、その言い方は流石に可哀想な気がしないでもない。女の子達だって、ネロが好きでアピールしただけでしょ。ちょっと過激な手法になっちゃった子がいるかもだけど、基本は可愛い筈。一部の尖った子のせいで、全員が面倒って言われるのは可哀想な気がする。


「そんな酷い事を言ったら可哀想。面倒じゃないでしょ?可愛いじゃん。」


「言い過ぎた。面倒ではない、かもしれない。」


 ネロと目を合わせて軽く諫めてみる。ネロは寄っていた眉を解除して、一応は言い直してくれた。言い過ぎたって事は認めてくれたからいいか。


 俺はネロの過去を知らないから、ネロがここまで言う理由も知らない。ネロの事だから、それなりの理由があるとは思う。でも、俺に免じて引いてくれた。ネロはいい子ですね。


「ほら、レオさん。ネロもこう言ってるよ?」


「ネロは直ぐ折れるなよ。そして、琥珀、お前は甘過ぎなんだよ。いいか、女ってのは本音と外面を使い分けるのが上手いんだよ。お前なんて直ぐに騙されるから気を付けろよ?」

 

 って事で、ネロにそんな話を振ったレオさんですよ。レオさんを見下ろして、ネロの言を伝える。聞こえてただろうけどね、念押しですよ。レオさんはネロに呆れた視線を向けて小さく溜息を吐いてしまった。そして、俺に目を戻して言葉を続けていく。言い聞かせっぽい感じだけど、子供向けではない模様。


「女の子の嘘は可愛いじゃん。」


「可愛いけど、可愛くないのもあるの。あとな、ガトの女は基本は肉食系だから気を付けろ。」


 レオさんの言う事は分かるよ。でも、何となく反発したくなって、言い返してみた。レオさんは目を細めて優しい顔になった。そして、実体験に基づいた意見って感じで言い聞かせてくれる。肉食系って。流石レオさん、生々しい表現を使いますね。


「あ~、ユリアさんもお肉が好きって言ってたよね。」


「そういう意味じゃねぇよ。」


 敢えてのボケに的確な突っ込みを入れてくるレオさんは流石である。ってか、そこで放置してよ。ちょっと恥ずかしいじゃん。ちょっと顔を赤くして目を逸らしたら、ネロが頭を撫でてくれた。ネロのリラクゼーションで落ち着きましたよ、っと。


「知ってた。敢えて分からないフリしたのに。レオさんの話だもん、言葉通りじゃないよね。アレ系って事ですよね。分かります。」


「そう、アレ系で肉食なの。気を付けろ。お前なんてペロッとお持ち帰りされるからな。」


 レオさんに顔を戻して、分かってましたよって話を続けてみた。レオさんは少し真剣な表情で、注意を促してくる。そんな顔で注意されても、俺をお持ち帰りする人なんていないよ。


 心配し過ぎなんだよな。ってか、ガトの子達はみんな可愛いから、お持ち帰りをしてくれるなら嬉しい気分になりそうじゃん。


「でも、ガトの子達は可愛いから許されるでしょ。レオさんだってお持ち帰りされてるんでしょ。ってか『レオさんが』お持ち帰りの間違いか。」


「琥珀。それは駄目だ。」


 俺はお持ち帰りされなくても、レオさんは日常茶飯事でしょ。軽口交じりで喋っていたら、急にネロが低い声で警告を出してきた。ネロの真剣な瞳にゾクっとなってしまう。冷たくはないけど鋭くて真剣な金色の瞳だ。


 一瞬、レオさんの女の子関係で嫉妬をしての発言かと思ってしまった。でも、違う事が分かる。ネロの視線はあくまで俺に向いている。そして、その瞳には真剣さしかない。保護者目線で俺を見てるみたいだ。保護者的には、お持ち帰り云々はNGって事ですね。


 まぁ、心配されてもそんな事態にはならないと思うんだけどな。二人はモテモテだから、男はみんなモテると思ってるのかもだけど。俺は背も小さいし、貧弱なんだよ。誰が相手にするんだよ。ホント、二人は心配性で困りますね。


「なるべく気を付ける。ってか、レオさんもネロも気にし過ぎ。そんな事にはならないよ。」


「そうか?心配過ぎて仕事に集中できなくなりそうだよ。何があるか分からないんだからな。特に、お前に関してはホント、気を付けろよ。」


 一応は心配してるネロの手前、気を付けるっていったけど。追加で気にし過ぎとも付け加えておいた。楽観的な態度の俺が心配なのか、レオさんがくどくど注意を促してくる。仕事に集中できないって、親かよ。あ、ネロの保護者っぽいのがレオさんにも移ったのかもしれない。


「俺に関して?あ、確かに、この村では珍しい人族だからね。でも、大丈夫。絶対にそんな事にはならないから。」


 それにしても、特に、俺ってなんだ。少し考えて理解した。確かに、俺はこの村で珍しい人族だ。でもね、珍しさで誘われるなんて事、ある訳ないじゃん。困ったもんだ。楽観的だけど確信を持って話してみる。


 それにね、変な強要をされた場合、俺はいざとなったら死んで逃げられる。そこだけが救いだよな。だから、二人の心配には及ばないんだよ。全部は話せないけど、絶対にそんな事にはならないって確信は持てる。


「そうか?後、男にも気を付けろ。女よりもっと肉食だからな。」


 レオさんは尚も注意を促してきた。今回のターゲットは男の人か。まぁ、そうだね。ここに同性同士の恋人がいる以上、恋愛対象が同性に向くパターンもあるよね。


「レオさん、この村の人達はね、ネロとかニル君とか。正真正銘の美の塊みたいな人を見慣れてるんだよ。あとね、レオさんみたいに、色々と残念なトコロもあるけど優しいイケメンが存在してるんだよ。俺なんか相手にされないでしょ。それに、ただでさえみんな美形なのに、俺を相手になんかする訳ないじゃん。心配し過ぎ。」


 でも、そっちこそ、俺は対象外で確定でしょ。レオさんの子供に言い聞かせモードを真似して、ゆっくり穏やかに言い聞かせてみた。


「琥珀は十分可愛い。心配し過ぎて困る事はない。な、ネロもそう思うだろ?」


「ああ。琥珀を攫ってしまう程の想いを持つ者は多い筈。」


「いいの。イケメンに慰められる事程悲しい事はないんです。気を使わなくていいよ。それにね、絶対そんな事にはならないから。」


 レオさんは可愛いと断言してくれた。でも、それは心配に裏打ちされた言葉だ。同意を求めたネロも、大袈裟に俺を褒めてくれてるみたいだ。心配なのは分かるけど、お世辞は悲しい。


 それに、男の人に攫われるなら、尚更、死んでリセットする可能性しかない。一時の痛みで直ぐ神殿ですし。頬を気合いで叩いても死ねますし。


 ネロは何一つ欠点のない完璧な人で、レオさんは黙って真面目な顔をしていればかなりのイケメンだ。しかも、二人は族長の専属の護衛という立派なお仕事についている。二人共、理想を超える高い身長とムキムキの体で容姿が抜群。


 そんな二人に、容姿の劣る俺を慰めるようなお世辞言われても、悲しいだけだ。自分で分かってるから問題はない。でも、ちょっと悲しい。二人が心配し過ぎて色々と言ってるのは分かるけど、悲しいです。俺も筋肉が欲しい。


 ちょっと落ち着こうと、お茶に手を伸ばす。レオさんが取って渡してくれて、一口飲んで、レオさんに返す。レオさんも一口飲んで、ローテーブルに戻してくれた。お茶は美味しいね。ちょっと落ち着いてきた。


「絶対なんてないんだぞ。なし崩しとか、色仕掛けとか、他の強引な手とか色々あるんだからな。ガトは強引な奴らが多い。力も強いんだから、」


「ないよ。」


 お茶で落ち着いたのに。レオさんが心配してくれてるのは分かるのに。レオさんは適当にあしらうと何時も一旦は引いてくれるのに。珍しくしつこく心配を続けるレオさんから目を逸らしてしまった。そして、レオさんの話を遮って低く小さく呟いてしまう。


「なんで分かるんだよ。」


「だって、俺は弱いから。」


 静かな声でレオさんが問い質してくる。目を逸らしたまま、ネロもレオさんも見る事ができない。俯いて、力なく呟く事しかできない。冗談や軽口で言ってた真実。でも、こういう話し方だと、自分の胸に突き刺さってしまう。


「どういう事?」


「レオさんも知ってるでしょ。俺は肩に担ぎあげられても死ぬくらい弱いの。手を強く掴まれても、押し倒されても、強い力で抱き締められても、死ぬ可能性があるの。ネロとかレオさんみたいに分かってて優しくだったら大丈夫だけどね、俺には無理なの。だから大丈夫。ね。絶対ないでしょ?」


 レオさんがまた低い声で問い質してくる。さっきの自分の言葉に動揺したのか、言葉がブワッと出てきてしまった。話し切って、はっとした。やっちゃった。思わず本心が出ちゃった。


 顔を上げて、安心させるようと微笑んでみる。大丈夫だよ、って微笑んでみた。それなのに、二人の顔は強張ってる。俺は空気を読んでなかったと今更後悔してしまう。もうちょっと我慢して適当にあしらっておけば良かった。


 でも、二人は、ってか特にレオさんが本気で心配してくれてた。隠し続けて嘘で塗り固められなかった。本気で心配してくれるレオさんの言葉で、本音が出ちゃった。でも、この事態はマズい。更に心配させちゃったかもしれない、困った。


「あれだよ、この前のレオさんみたいに、首とかお腹とかにキスマークを沢山つけられたりとか、歯型が付くまで噛みつかれるとか、背中に爪痕とか、俺は無理って事なの。それが正常な行為かは知らないけどね。」


 強張った二人に笑顔になって欲しくて、レオさんの乱れた生活を引用してみた。話し切ってニコっとしてみる。でも、やっぱり駄目だった。二人は硬直したみたいに固まってる。


「だからね、俺は恋愛とかできないし、もちろん遊ぶのも無理なんだよね。まぁ、俺は真面目だからね、レオさんみたいに遊び人にはなれない。だから、遊ぶってのは選択肢にはないけどね。」


 どうしていいか分からなくて、必死に言い繕う。もう飛び出た言葉は回収できない。だから、ちゃんとこういう事なんですよって説明する事しかできない。ちょっとだけレオさんをディスって突っ込んで貰おうと思ったけど、強張った二人はピクリとも動かない。


「好きになっちゃた人には本気で抱き締めて欲しい。でも、力加減して貰わなきゃじゃん?それだとあれでしょ、盛り上がってる時とかは無理だと思わない?経験ないから分らないけど、多分そうだよね。だから、二人が一緒に過ごしてて幸せなのを見てたいの。見てるだけで俺も幸せになれるんだよ。ありがとね。」


 そんな重い話じゃないんだよ。幸せのお裾分けで嬉しいし、精一杯明るく話してみる。レオさんの好きそうな話題も詰め込んでみたんだよ。それでも二人は強張ったままだ。


「悲観的になってるとかじゃないから。ホントに大丈夫だからね。以上の理由から、肉食系の人から仮に、万が一の確立で迫られても何もされないし、何も起こらない。だから、安心してくれて大丈夫。」


 レオさんが乗ってきそうな話題は無理だった。だから、今度は、さっきのレオさんの心配をなくしてみる。レオさんが心配するような事は何も起こらない。俺はちゃんと逃げれるから。でも、二人の表情は変わらない。


「俺の居場所がここって思えるだけで十分幸せなんだよ。二人が俺の居場所を作ってくれて幸せ。あとね、二人と話してると凄く楽しい。」


 えっと、他に話す事は。悲観的じゃないって理由も話そう。だって、今俺は幸せだし。二人に挟まれてメッチャ幸せだもん。居場所があるっていいよね、俺だけの居場所だよ。最高じゃん。ニコってしてみたけど、金色の瞳も、深い緑の瞳も変わってくれない。優しく微笑んでくれない。


「レオさんは俺の事を心配してくれていい人だね。ネロはいい人を捕まえた。偉い。ネロはレオさんに冷たいけど大切にしてあげて。あと、レオさんもネロの事を大切にしてあげてね。肉食系のお姉さん達ばっかり相手にしてちゃ駄目だよ。ネロだって寂しいんだから。」


 強がりに見えちゃうかもだけど、一生懸命笑顔を作って話してみた。不意にフワッと抱き上げられて、ネロの膝に乗っていた。正面から向かい合う形だ。隣に座っていた筈なのに、どうやって移動させられたんだろ。疑問に思う前にネロが抱き締めてくれる。


 少し強いくらいの力加減。死ぬ程じゃないけど、いつもみたいに優しくではない。ぽんぽん、とネロの背中をタップしてみる。離してって意思表示は伝わってると思うけど、ネロは離してくれない。


「ネロ、どうした?」


「手加減して抱き締めてなどない。琥珀が相手なら琥珀に合わせた力加減に自然になる。」


 ネロはしっかりと抱き締めたままで離してくれないから、無言のネロの表情を見る事ができない。ネロの顔が見たくて、恐る恐る聞いてみた。辛そうな声で囁いたネロの言葉を聞いて嬉しくなる。


 俺の言葉の重みをネロは真剣に受け止めてくれたみたいだ。もう一回、ネロの背中をぽんぽんとしてみた。ネロが腕を解放してくれたから、膝から下りてネロの隣に座り直す。


 ネロから離れたのと同時に、ふわっと抱き上げられていた。レオさんの片腕に座る形の抱っこだ。背中にレオさんの腕が回される。レオさんも抱き締めてくれた。ネロよりは優しく。でもちゃんと圧を感じる少し強い力。抱き締めてくれるレオさんの気持ちも伝わってきた。


「レオさん、ありがとね。」


「ネロに先越された。ネロの後じゃ締まらないよな。俺は力加減しないと無理だったわ。そこらへんに関しては結構不器用なんだよ。ごめんね。」


 素直にレオさんに対するお礼の言葉が出てきた。俺の耳元でレオさんの声が響く。すまなそうな響きに、心が温かくなる。不器用なレオさんの不器用さが嬉しい。


 レオさんの背中もぽんぽんとしてみた。レオさんが少し腕を緩めてくれる。レオさんの腕の上で、ありがとって意味でニコっとしてみる。


 黒い前髪が視界をかすめた。俺の耳元に髪が触れる感覚がある。と、同時に耳の後ろあたりに感じる微かな刺激。レオさんの腕の中でびくっとしてしまった。顔を横に向けると、悪戯っぽく笑うネロが目に映る。そして、呆然としているレオさんも視界に入っている。


「今何したの。」


「死んでないだろ?」


 恐る恐る、ネロに質問をしてみる。ネロは悪戯っぽい笑みのままで、はぐらかすように答えてくる。瞬きをして、耳の後ろに手を触れてみる。何の違和感もない。さっきの刺激は何なの。


「ネロ、答えて。何をしたの。」


「痕を付けた。」


「あ、ネロ。ズルい。」


 静かにもう一回同じ質問を繰り返してみる。ネロはサラッと答えてきた。ネロの言葉を聞いて理解しようと動きが止まってしまう。そして、レオさんが呟く声が聞こえた。


 レオさんが反対側の耳の後ろに顔を近付けてくるのを、反射的に両手で挟んで阻止していた。レオさんは無理強いせずに俺を覗き込んでニコっとしてくれる。レオさんの笑顔と行動で、止まってしまった時が動きだした気がする。


「ネロ、なんて事をするの。」


 レオさんの腕に抱かれた状態で、勢いよくネロに文句を言っていた。だって、痕を付けたって言ったよ。キスマークだよ。何て事をしてるんだ。


「髪に隠れて見えない。問題無い。」


 ってか、レオさんの前でよくそんな事ができたな。目の前でしょ。心の中では文句は大量発生してしまう。でも、口からは言葉が続かなくて、たった一言の文句しか言えなかった。ネロは嬉しそうに目を細めて、見当違いの返答を返してきた。


「そういう事じゃない。なんでそんな事をしたの?」


「痕を付けても問題は無かった。死んでない。」


 ネロを睨んで、理由を話せと言い募ってしまう。少し冷静になって考えたら、ネロが考えなしにそんな事をする訳がない。レオさんじゃあるまいし、ちゃんとした理由がある筈なんだよ。ネロは俺の頬をサラッと撫でて、あっさりと理由を話してくれた。


 さっきは硬直状態だったのに、ネロはその状態でも俺の話をしっかりと聞いてたみたいだ。レオさん向けの話だったのに、ネロが釣れてしまったらしい。キスマークを付けられても俺が死なないって分からせる為だけに、付けたのか。 


「証明する為に付けたの?」


「そうだ。」


 静かに冷静に、ネロの行為の意味の確認をしてみた。スッと真顔に戻ったネロが一言で淡々と肯定してくる。さっきは悪戯っぽく笑ってたのに、今は全くの無表情になっちゃった。今更ながら恥ずかしくなって顔を覆ってしまう。


「琥珀、俺も付けてやる。なんか興奮してきた。」


「ちょ、やめて。」


 レオさんの揶揄う声が聞こえて、拒否の言葉と共に顔の覆いを外してしまった。にこにこと笑顔のレオさんが至近距離にいる。顔を上げさせる為の言葉だけの揶揄いだったらしい。


「琥珀、幸せが逃げるぞ。」


「俺には逃げる程の幸せなんて、もうないからいいの。」


 小さく溜息を吐いてしまったら、すかさずレオさんが駄目出しをしてくる。幸せか、逃げる程ないよ。物悲しさから、ポツリと呟いてしまう。レオさんが俺の背中から手を離してしまった。バランスを崩しそうになってレオさんの肩に掴まってみる。


「そんな事を言うなよ。俺達を見て幸せって言ってたじゃん。」


 レオさんが優しく髪を掻き上げてくれた。深い緑の瞳が優しく細められて、レオさんの体温以上に、心がぽかぽかになる。レオさんは優しい口調で俺を咎めてくる。


 二人の幸せで俺の幸せも発生してるんでしょって。その幸せがないっていうなら、二人の幸せもなかったのかって。深読みし過ぎかもだけど、そんな風に聞こえた。レオさんの話し方が好きだ。逆説で俺の幸せもあるって断言するみたいな感じ。


「そうだけど。」


「その幸せが逃げてったら俺は悲しい。多分ネロも同じだよ。」


 レオさんには何故か甘えちゃうんだよ。瞳が優しいからかな、話が上手いからかな。どっちにしても、今回もそうだ。レオさんの肩に寄り掛かって、拗ねた口調で甘えて認めてしまった。俺の頭を撫でてくれるレオさんが柔らかな口調で言い聞かせてくれる。


 体を離してレオさんを見る。レオさんは柔らかな笑顔で俺を真っ直ぐに見てくれる。深い緑の瞳が優しい光を湛えている。ネロに顔を向けてみた。ネロは真顔を止めて優しく微笑んでくれる。


「レオさん、俺もね。あの時にレオさんが偶々護衛をしてくれてて良かったと思ってる。レオさんだったから。俺の些細な言葉も拾ってくれるから。本当の気持ちが出せる気がする。でも、重くなっちゃってごめんね。ホントに大丈夫だから。」


 ゆっくりと本心からの言葉が口から零れていく。本当にレオさんで良かった。レオさんだから良かった。ネロの恋人がレオさんで良かった。レオさんだと、幸せが山盛りで貰える。そして、二人を固まらせる程の衝撃発言は謝らなきゃね。


「まぁ、あれだ。歩く練習と同じで、毎日琥珀を抱き締めてたら、手加減無しで自然にできるようになるって。だから毎日抱き締めさせて貰うわ。」


 優しい瞳のレオさんは優しく頷いた後で、変な事を言い出した。そんな訓練はいらないでしょ。レオさんの胸に腕を突っ張って離れようとしたら、バランスを崩して落ちそうになってしまった。


「どさくさに紛れて何言ってるの。ってか、ネロで練習しなよ。」


 ネロが背中からきゅっと抱き締めてくれる。そうだよ、レオさんが練習するならネロでいいじゃん。じと目でレオさんに駄目出しと進言をしてみた。


「ネロ相手じゃ、力いっぱい抱き締めても呻きもしないし、優しく抱き締めても同じ反応だ。練習にならん。お前の体をよこせ。」


「エロい事を言わないで。自重して下さい。」


 レオさんはフルフルっと首を振って、ネロがいかに無反応かを力説していく。そして、俺の体を要求するとか。いや、意味合いは分かるよ。でもね、レオさんの口から出た言葉だよ。もう、アウトでしょ。むっとしながら駄目出しをするとレオさんがニヤっとしてしまった。


 レオさんのイヤらしい笑顔はまずい。今から反撃がくる。って事で離れなきゃね。まずは背中から抱き締めてるネロの腕をぽんぽんとして離れて貰った。そして、レオさんの腕もぽんぽんして下ろして貰う。


 二人からちょっと距離を取ってレオさんを見つめてみた。レオさんは優しい笑顔に変わっていて、俺に近付いてくる。レオさんを目で追っていたら、俺の前で屈み込んで目線の高さを合わせてくれた。


「琥珀はいい匂いだし、ふにふにして気持ちいい。あとは、冷たくて気持ちいい。お前を毎日抱き締める事は決定事項だよ。」


「ネロ、レオさんが変な事を言い出したよ。止めないと。」


 子供に言い聞かせるような優しい口調で、レオさんが決定事項を言い渡してくる。優しい口調とは裏腹に、全然優しくない内容だった。レオさんはもう駄目だ、ネロに助けを求めよう。レオさんを止めてって訴えに、ネロが傍に近付いてくれた。


「俺もそれ以上長く抱き締める。問題無い。」


「ちょ、ネロまで何言ってるの。もういいよ。」


 助けてくれる筈のネロは、レオさんに同調しちゃったでゴザル。目を丸くした後で、拗ねた口調で呟いてしまった。でも、二人の気持ちは嬉しい。隠しきれなくて笑みが零れてしまう。


 二人が同時に俺の頭に手を伸ばしてきた。慌てて後ろに下がって避けてみる。手の置き場に困った二人が顔を見合わせてしまった。二人の間に流れる空気は只管優しい。ネロの優しさに救われた。レオさんにの優しさにも助けられた。


 俺はもうちょっと抑えられるようにならないとダメだ。感情を爆発させてたら、二人に迷惑をかけるだけ。子供じゃないんだから、ちゃんと抑えよう。俯いて決意を胸に刻み込んでみる。


「琥珀。」


 ネロの優しく呼ぶ声が聞こえた。顔を上げると、ネロが優しく微笑んでいた。レオさんも同じだ。二人の眼差しは子供を見守る親のソレに近い。慈愛を湛えた、金色と、深い緑の、優しい瞳だ。


「抑える必要はない。想いは言葉に出せ。俺はどんな事でも受け止める。」


「ネロ、怖いから考えを読まないで。」


 優しい声が俺の決意を言い当ててくる。全く言葉に出してないのに、的確に言い当ててくるネロは凄い。凄いけどね、読まれると恥ずかしいから止めて。軽く睨んで文句を言ってしまった。ネロは優しく目を細めてくれたけど、頷いてはくれない。


「琥珀、ネロの前で秘密は通用しないんだよ。観念しとけ。ついでに俺も少しは読めるからな?」


「なにそれ、怖い。やっぱ魔法で読んでるんだ。」


 レオさんがネロを後押しするように言葉を続けていく。そして、レオさんも読める発言を繰り出した。マジで、もうね、そんな的確に読めるなんて。やっぱり魔法じゃん。魔法を使ってるんだ。レオさんには疑いの眼差しを向けてしまった。


「魔法じゃない。本当に大切な人の事は分かるもんなの。琥珀もいつかは分かるよ。」


「レオさんは時々大人な発言するよね。」


 口元を緩めたレオさんは、優しく言い聞かせてくる。なんか、凄くいい言葉だね。レオさんの口から出ても、一切のエロさも卑猥さもない、純粋にいい言葉。ちょっとだけ感動して、でも、口では憎まれ口を叩いてしまった。


 その結果は分かりますよね。レオさんがニヤっとしたのが見える。イヤらしい顔ですね。とても、今の凄くいい発言をした人と同一人物とは思えませんね。後退ろうとする俺の首の後ろに手を置いたレオさんがズイっと顔を寄せてきた。


「俺は大人だよ。琥珀より全然大人だし、琥珀はまだ知らない体験も沢山してる。でな、その視点から言うとな。華奢な子を丁寧にゆっくりと時間をかけて、トロトロに蕩けさせるってのもいいもんなんだよ。力なんか込めなくても全然できるんだよ。分かるか?」


「いや、全然分からないし、何言ってるの。」


 イヤらしい顔なんだよ。それなのに、口調は凄く優しい。子供に言い聞かせる優しさ。ホント、どう聞いても、卑猥でしょ。聞きたくないのに、レオさんは俺の手首を握って、首の後ろに手を置いて、顔を近付けてゆっくり優しく言い聞かせてくる。マジでこのギャップ感は何なんだ。もうね、真顔で反撃するしかない。真顔で淡々と答えてあげますよ。


「何ってエロい事を教えてやろうと思って。」


「もういい。分かった。レオさんはレオさんだった。」


 首の後と手首からぱっと手を離したレオさんは、爽やかな笑顔でサラッと答えてくれた。さっきまで重い空気だったのに、もう全然普通に変わってる。レオさんは凄い。そして、レオさんだった。軽く睨んで、拗ねてみる。優しく頭をぽんぽんとしてくれたレオさんは優しい笑顔を浮かべてくれた。

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