100 そういう事じゃねえだろ
レオさんの家に到着して家の灯りを確認する。昨日は暗かったけど、今日はちゃんと灯りが点いている。多分だけど、ちゃんと家にいそうかな。抜き打ちってする側も怖いよね。留守の可能性もあるんだもん。
「こんばんは、レオさん。いますか?」
声を掛けて少し待ってみた。すっと入り口が開いて、出迎えてくれたレオさんは驚いたような、焦ったような顔をしている。ちゃんとレオさんがいたコトにほっとした。
「琥珀、ネロは。」
「お仕事。」
少し焦ったように聞いてくるレオさんに、定型文のようにスッと答えてみる。レオさんの眉が一瞬だけ寄った感じがした。レオさんは困ったような顔をして少し考え込んでしまう。
「そうか、ちょっと入れ。で、ソファに座って少し目を閉じとけ。いいか。」
「え、うん。」
凄く冷静に俺に指示を出したレオさんはサッと寝室に駆け込んでいった。よく分からないながらも頷いて家の中に入り、サンダルを脱ぐ。
目に入ってきたのは、ヒールの高いサンダルだ。あぁ、マジか。そういう事だったのか。俺は何も見ていない。
ローテーブルにバスケットを置いてソファに腰を下ろし、言われたとおりに大人しく目を閉じる。でも、目を閉じても音は聞こえるんだよね。
女の子の、まだ帰りたくないって甘えた声と、レオさんの、いいから今日は帰れって説得している声。最初に説明してくれたら、邪魔を悟って俺は帰ったのに。レオさんは何故、俺を家に入れちゃったんだ。
状況が分かり過ぎて小さく溜息を吐いてしまう。少しの後で、女の子が小さく驚いた声を出したのが聞こえた。俺は何も聞いていません。見てもいません。ごめんなさい。衣擦れの音とヒールを履く音が聞こえた後に少し風を感じた。
多分だけど、もう女の子は出て行ったと思われるのに、いつまで経っても何も言わないレオさんに焦れて目を開けてみる。目の前で屈んだレオさんが俺を眺めていた。
至近距離にレオさんの顔があって、近過ぎてびっくりした。驚いて背もたれに寄りかかって距離を取ってしまう。レオさんが楽しそうに目を細めたのが見える。
「ごめんなさい。お愉しみ中だとは思わなかったです。ホントにごめん。言ってくれれば帰ったのに。」
「いや、今がオタノシミ中だから問題ない。」
「ん?」
マジ謝りする俺に対して、レオさんは意味の分からない返しをしてきた。首を傾げてレオさんの言ってる意味が分からないって伝えてみる。レオさんが口の端を悪戯っぽく上げてにこっとしてくれる。
「こっちの話。で、どうした。またネロが仕事だから寂しくなって泊まりに来たのか?」
俺の隣に座ったレオさんは明るく俺が来た理由を聞いてくれる。レオさんはマジ大人。邪魔した俺を非難する事もないらしい、マジで申し訳ないです。
「えっと。ちょっと違うけど、そんなトコかも。」
そして、レオさんの推理でほぼ正解です。泊まりに来たってトコ以外は大正解です。えへっと愛想笑いを浮かべながら、レオさんの推理はほぼ的中な事を伝えてみた。
「成る程?」
「デザートを一緒に食べよ。で、ネロの家まで一緒に散歩しよ。」
疑問の相槌を打つレオさんに、可愛く言ってにっこり笑顔を浮かべてみた。せめて、さっきの女の子が帰っちゃった分の寂しさをこの笑顔で分散してくれたらいい。
ってか、邪魔しちゃった。はー。レオさんの邪魔をしてしまった事実がなくなる訳でもなく、溜息を吐いてしまう。
ニッコリ笑顔でテンションを上げて、からの、溜息で落ち込んでしまった。レオさんはその変化を驚いたらしい。そして、直後に下を向いたレオさんは長い息を吐き出してしまった。
あぁぁぁ、やっぱ、お愉しみを邪魔しちゃったで間違いないよね、俺の笑顔で代わりになる訳がない。レオさんがメッチャ落ち込んでる。テンションも下がりますよね。
俺はどうすればいいんだ。そりゃ、上司の家の子を邪険には扱えないよね。顔を上げたレオさんは流しに移動していった。カップに水を入れて戻り、お湯を沸かして俺の前に置いてくれた。
ありがとう、と受け取って飲もうと思ったら、熱々だった。これは飲めない。ローテーブルの上に戻してみた。レオさんは俺の隣にどかっと座り込んでくる。
俺に用意してくれた筈のカップを手にしたレオさんは、冷ましもせずにごくりと飲んで、カップをローテーブルに戻し上を見上げてしまった。
やっぱり、こんな空気になっちゃいますよね。次からは、ちゃんと聞いてからにしよう。こんな邪魔をする気はなかったんです。
「えっと、レオさん。ホントにごめんなさい。相手の子にも謝っておいて下さい。俺は返るから、もう一度呼んでやり直してくれたらいいかも。俺はもう来ないから。ホントにごめんなさい。」
「ちょ、違う。それは問題ない。」
再度ちゃんと謝って頭を下げる。それに対してレオさんが焦ったように俺を留めてきた。問題ないって、どう見ても俺が愉しい時間を邪魔しちゃって、レオさんは落ち込んでるじゃん。
「ん?」
それはってどういう事だ?それ以外に問題になる事はないでしょ。首を傾げて疑問を伝えると、レオさんがじっと見てくる。
ってか、レオさんはまた裸だ。レオさんの体に視線を向けて初めて気が付いた。今日は上半身裸どころか、下着は着てるけどズボンも穿いてなかった。
さっきの状況と謝らなきゃって思いで焦りすぎていて、今気が付いた。というか、もう裸でいる事がレオさんの通常っぽくて気が付かなかった。それどころか、状況が状況だし、裸でも当たり前なのか。
少しだけ汗っぽいレオさんに気が付いて、距離を取ってみた。俺が離れたのに対して、レオさんが不審な顔になってしまう。誤魔化すようにニコっと笑顔を浮かべてみた。
俺をじっと見ていたレオさんが目を逸らしてしまう。気まず過ぎて、もう帰ろうと立ち上がってバスケットを片手で抱えたら、レオさんに手首を掴まれた。
「琥珀、問題ないから。ちょっと焦っただけで、全く問題ない。」
「いや、本当に申し訳ないです。」
レオさんが言葉の上でだけでも問題ないって言ってくれてる。でも、俺は凄く反省してるんです。もう涙目になってしまう。
いたたまれない空気の中から逃れたい俺と、多分だけど、上司の家の子を送り届けなきゃってレオさんの意見の相違で更に空気が微妙になっていく。
更に涙目になってレオさんを見つめていたら、俺の手首を掴んだままのレオさんが片手で顔を覆って下を向いてしまった。
今のうちに帰ろうとしてみたけど、俺の手首を掴んだレオさんは離してくれない。軽く手首を掴まれてるだけなのに、引っ張ってもびくともしない。
更に言うと、俺が引っ張っても、俺に負担をかける事なく全く外れないレオさんの手はどうなってるんだ。力いっぱい引っ張ってみたけどダメだった。
そりゃこんだけ力があったら短剣なんて振り回し放題だよね。羨ましい。体温の高いレオさんの大きな手が熱く感じてきた。
「えっとね、取り敢えず。汗を拭いて服を着ようか。」
震える声でなんとか言葉を絞り出してみる。レオさんは顔を覆っていた手を外してゆっくりと顔を上げてくれた。
レオさんの目がなんか怖く感じる。〈照明〉の光が反射しているからだと思うんだよ。でも、ギラギラと自ら光を放っているみたいに、深い緑色の瞳が輝いているように見える。
バスケットを抱えながらぶるっと震えてしまった。はっとしたように瞬きをしたレオさんが笑顔になってくれた。威圧するような視線が緩んで、角度が変わったからか光を反射していた目の輝きがなくなった気がする。
威圧って最初は気が付かなかった。レオさんの視線が緩んだ事で、威圧されてたって気が付いてしまった。レオさんは威圧する程に怒っているらしい。もう帰りたい。
レオさんが俺の手首から手を離して立ち上がった。バスケットを抱えたままで固まってしまっている俺の腕の中から、バスケットを抜き取ってローテーブルに置いてくれた。レオさんに肩を抱えられてソファに座らせられる。
「服を着てくるから、座っとけ。いいか。一人で帰るなよ?」
屈んだレオさんが視線を合わせて言い聞かせてくる。コクコクと頷いた事に納得したのか、レオさんは寝室に移動していった。
レオさんの姿が見えなくなった途端に長い溜息を吐いてしまった。ずっと息が止まっていたらしい。心臓がバクバクになってる。
鍛錬場でレオさんに短剣を首に突き付けられた時より怖かった。レオさんはあんな気迫を出せるんだ。怖かった。少しだけ落ち着いてきた頃にレオさんが寝室から出てきた。
ちゃんと上下を着ている。笑顔を浮かべているレオさんの雰囲気は全然怒ってなさそうだ。俺とは少し距離を少し開けてソファに座ってくれたレオさんを見つめる。
「えっと、本当に怒ってない?」
「怒ってはない。」
怒ってはなさそうにみえる。でも、一応確認の為に聞いてみたら、レオさんは笑顔で答えてくれた。今回は何とかセーフか、レオさんが大人な対応をしてくれて助かった。でも、次に同じ失敗をする訳にはいかないと思うから気を付けよう。
「今度からは、ちゃんと事前に確認を取って来るね。えっと、もし、また遊びに来ていいならだけど。」
「いつでも来い。ってか、次からは琥珀も混じるか?それもいいな。そうしろよ。」
ぼそぼそと、また遊びに来てもいいかな風を匂わせて呟いてみる。レオさんが目を輝かせて、また来ていいって言ってくれたのは嬉しい。でもね、その後ろが問題だ。
「えっと、そういう趣味はないので。」
「じゃあ、どんな趣味なんだよ。」
少し引き気味になってしまったら、レオさんが前のめりになって顔を寄せてくる。レオさんから更に距離を取ると、レオさんが疑問の表情で聞いてきた。
「ん~。見てるだけでいい。」
「は?」
趣味って、言われちゃうと難しいよね。ガトの子なら見てるだけで充分な気がするかな。ちょっと考えて答えてみる。レオさんが目を丸くして止まってしまった。少し時間を置いて、レオさんの疑問の声が聞こえてきた。
「耳とか尻尾を見てるだけで幸せな気分になる。」
「琥珀。」
一応、思ってる事を飾らずそのままの言葉で披露してみた。そうしたら、レオさんが俺の両肩に手を置いて向かい合って真剣な顔をした。
真剣な瞳のレオさんの空気に飲まれて、レオさんの目を見つめる。俺と目を合わせたレオさんの喉ぼとけが動いたのが視界の端で見えた。
「お前、変わってるな。」
真剣過ぎるレオさんが大事な事でも言うのかと、じっと見つめていたら、レオさんが目を逸らして小さく呟いた。今から重要な事を言いますよ風の雰囲気バリバリだったのに、違ったらしい。
俺が変わり者って言いたかっただけなのか。ってか、ガトの人達と比べたら変わってるだけだと思うんだ。だって、俺は一応人族っぽいし、ガト族とは違うんだよ。
「そう?あ、人族とガト族じゃ違うのかもね。」
「そういう事じゃねえだろ。」
俺なりの推理を披露したら、レオさんに突っ込まれてしまったでゴザル。でも、いつものレオさんでほっとした。大人な対応をしてくれているレオさんだけど、心の中でどう思っているかは分らない。マヌさんみたいに嫌われたくないな。
カップに手を伸ばすレオさんからいい匂いがする。レオさんの近くに顔を寄せてくんくんと嗅いでみた。フローラルないい匂いがする。視線を感じて顔を上げると、レオさんが疑問の表情で見下ろしていた。
「レオさん。今日はいい匂いだね。合格。」
「あ?俺の匂いじゃねぇよ。」
「じゃあ、誰の。」
疑問を示すように片眉を上げたレオさんにニコっと笑顔で伝えてみた。即行突っ込まれて、じゃあ誰のって言葉に出してみる。
答えないレオさんが目を逸らしてしまった。あ、そうか。そうだよね。あの子の匂いじゃん、フローラルな香りがレオさんからする訳ないじゃん。
俺のバカ、なんで掘り返すような事を行ってしまったんだ。自己嫌悪で背もたれに寄り掛かって溜息を吐いてしまった。レオさんがは俺の頭をぽんぽんと撫でてくれた。気にするなって事らしい。マジで俺は軽率過ぎだ。
「琥珀は匂いに敏感なのか?」
「ん~。どうだろ。敏感なのかな?」
「ネロと族長の匂いは好きなんだろ?」
俺を慰めてくれているらしいレオさんは、女の子の話題には触れずに匂いに的を絞って話を進めてくれる。臭いに敏感かどうかは分からないけど、いい匂いと臭い匂いは嗅ぎ分けられるよ。
そして、ネロとアルさんの香りが好きなのは確かだ、正解。アルさんのは凄く高級な香水っぽい香りで華やかな香りだけど、アルさんの匂いってところがポイント高いのかも。ネロの香りは普通にリラックスできる香り。
「うん、アルさんはいい匂い。ネロは落ち着く匂い。二人はいい匂いがする。」
「で、俺の匂いは駄目なんだろ?」
「ん~、ダメじゃない。」
「臭いって言ってたじゃねぇか。」
笑顔でネロとアルさんの香りについて同意したらレオさんが頷いてくれた。そして、続くレオさんの質問で首を傾げてしまう。レオさんの匂いは根本的なところが違うんだよ。部屋が汗臭かったんだよ。
「汗臭いのが嫌って言ったの。レオさんの匂いは分からない。」
「成る程ね。じゃあ、〈浄化〉した後で嗅いでみたら分かるかな。」
「おぉ、それは名案ですね。」
眉を寄せて、傷つかないように言葉を選んで静かに冷静に伝えてみる。頷いたレオさんも冷静に提案をしてきてくれた。内容的に多分、冗談だけど。ニッコリ笑顔で提案を飲んでみたら、レオさんも笑顔になってくれた。
「あのね、ネロがレオさんと食べなって渡してくれた。」
「ネロが?」
ローテーブルの上に置かれたミニバスケットに視線を向けて、レオさんに持ってきた理由を伝えてみた。俺の言葉を理解できなかったのか、少し止まったレオさんが驚いた顔で聞き返してくる。
「うん。俺が一人で淋しがってるって思ったらしい。レオさんと少しの間、一緒にいれば淋しくないだろって気を使ってくれたみたい。」
「まじか、あのネロが?」
レオさんが驚いた理由が全く分からないままに、ネロが気遣って持たせてくれたんだよって伝える。驚いた顔のままのレオさんは少し言葉を変えて同じ言葉を繰り返してきた。あのネロってなんだ。
「どのネロ?」
聞き返してみたけど、レオさんは本気で戸惑っているらしい。レオさんは俺をじっと見つめて真意を探っているみたいだ。ネロはどんなイメージを持たれているんだろ。
俺も考え込んでしまう。ネロといえば、基本は余り感情も出さないし何事にも興味なさそうな感じかな。でも、結構面倒見がいいし優しい人だと思う。
「まぁいいや。そういう事もあるんだなってちょっと驚いただけ。」
レオさんが平常心な感じで納得したらしい事を伝えてくれた。まぁ、そうだよね。仕事とプライベートじゃ、ネロの顔も違いますよね。お仕事中のネロはいつも感情を押さえてキリっとしてるんでしょう。何となく想像できる。
「そう?えっとね、レオさんの家で食べてもいいし、ネロの家で食べてもいいって。ネロの家で食べるなら、今日はお茶飲めるよ。お茶の場所が分らなかったって愚痴ったら、ネロがお茶のセットを用意してくれたんだ。お湯を沸かしてくれるだけで大丈夫になってる。」
レオさんが納得できたなら良かった。という事で、今日のご予定のプランをっと話してみた。ネロが持たせてくれたデザートをどっちの家で食べるかの選択肢だ。
「琥珀は食ったら眠くなりそうだし、ネロの家で食うか?」
「あ~、確かに。食べてまったりしたら眠くなりそうな気しかしない。」
「俺の家に泊まっていってもいいけどな。一緒に寝てやるから淋しくないだろ。」
プランの中でネロの家をチョイスしてくれたレオさんに感謝です。確かに俺はまったりして眠くなる可能性しかない。レオさんに完全同意してみると、ニヤッと笑ったレオさんは更なるプランを提案してくる。それには大きく首を横に振って拒否を伝えてみた。
「なんでうちに泊まるのは嫌なんだ?」
「だって、明日にはいい匂いじゃなくなってそうだもん。」
レオさんが拒否の理由を問い質してくる。それを聞いちゃいますか、って思ったけど素直に答えてみた。がくっと項垂れたレオさんのつんつんした後頭部を、慰める為に軽く撫でてあげる。
予定外のハプニングで長居してしまったような気がする。移動開始、と、立ち上がってバスケットに手を伸ばしてみた。
レオさんの手が俺より先にバスケットに到達して、ひょいっと持ち上げてしまった。身にバスケットを片手に入り口に移動していくレオさんが目に映る。
靴を履きながら〈シール〉をかけるレオさんに近付いて見上げてみた。詠唱をしながら、レオさんは疑問の顔をしてくる。ニコっと笑顔で頷いて、俺もサンダルを履く。
「言われなくても自分からするなんて偉いね。」
「なんだ、それは褒めてるのか?」
「うん。盛大に褒めてる。」
にっこり笑顔でレオさんを褒めてますよっと伝えてみた。レオさんが微妙な顔をして俺を見つめてくる。




