99 え、モンスターなの?
椅子に腰を下ろしてテーブルの上を眺める。今日は魚料理の日らしい。大きな赤身の魚のステーキとサーモンぽい魚のムニエルはこんがりと焼き色がついて美味しそう。イカとエビと貝と白身魚の切り身の入った具沢山の魚介スープはいい香りがする。
クリーム色のドレッシングのかかった温野菜、カリッと焼かれたバゲットと小鉢に可愛く盛られたフルーツで彩も完璧だ。ネロの食事は俺の料理の量が多めプラス魚の香草蒸しで、フルーツは無し。
いただきます、手を合わせるとネロも静かに祈りを始めた。顔を上げたネロが優しく目を細めてくれた。
では、まずスープを食べてみようかな。もうね、香りから魚介のエキスが染み出ているのが分かる美味しいスープだ。ふーっと息を吹きかけて冷ます間にも、スパイスの香りが美味しそう。
口に入れると、色々な魚介の風味が凄く豪華な味わいだ。スープの器を置いてオレンジ色の温野菜を1つ口に入れる。ドレッシングが甘酸っぱくて野菜が甘い、幸せな味だ。
次は、メインのお魚料理を食べてみよう。赤身魚のステーキは少しだけ生臭い、かな。焼き具合は超レアで中は生だ、ほぼタタキといっていいでしょう。
シンプルに岩塩のようなガリっとした粒子の粗い塩だけで味付けしてあって赤身魚の味が引き立つお味だ。要するに、魚の風味がダイレクトにくる。俺は少し苦手かな。
赤身魚は置いといて、ムニエルを味わう事にしよう。こっちは好きな味だ。魚の脂の風味の感じとか、身の味とかはサーモンっぽい感じがする。
衣にチーズが少し入っているらしくて、香ばしくて間違いなく美味しい。バゲットを1つ貰って、ムニエルを少し切り取って乗せて齧ってみた。
目線が自然とネロに向いてしまった。ネロの食べ方は凄く綺麗だ。高速で食べ進めているのに綺麗な所作と綺麗な姿勢のネロは上品で優雅に見える。
ついでに、ネロの食べている顔は表情が一切なくぼんやり食べてるけど普通に綺麗。静かに音もなく食べるネロの姿はいつも通り冷静沈着。
ネロの食事スタイルは一品ずつ片付けていくタイプらしい。スープは食べ終わっていて、温野菜も食べ終わっている。今は俺と同じムニエルを食べている最中だ。
俺をちらっと見たネロは少し目を細めたけど、何事もなかったように食事に目を戻して食べ進めていく。俺もまた食事に集中する事にした。
口直しに今日のフルーツ、葡萄のような赤紫色の粒を摘まんでみる。口に広がるのは、ほんのりとした甘さ。酸味はない。極甘ではないけど、やっぱ適度な酸味は必要な気がする。
凄く柔らかい皮に包まれた柔らかい果肉もちょっとイメージと違った。見た目は葡萄だったけど全然違った、残念。でも、甘くて美味しい事は美味しい。
口直しが済んだところで、またスープに戻ってみる。スープの器を持って中の具材を食べていく。歯応えのあるイカとエビ、少し柔らかい貝、ほろほろと崩れる白身魚、ゆっくり食べると満足感が半端ない。
温野菜を食べつつ、スープを完食して、ムニエルをに戻ってきた。ちらっとネロを見ると、ネロはもう食べ終わっていた。足を組んでリラックスした様子のネロは、俺の食事する姿を眺めている。
「ネロはこの赤身魚のステーキ、好きだった?」
「美味かった。」
「俺の食べる?ちょっと齧っちゃったけど。」
「分かった。貰う。」
ちょっと苦手だった赤身魚をネロに食べて貰う作戦は成功した。ネロの方にお皿を近付けると、ネロは自分のお皿に移してくれた。
残っていたムニエルを完食して、最後にフルーツを摘まむ。種が無くて皮まで食べられる甘くて美味しい実。でもね、敢えて言えばだけど、葡萄みたいに少し酸味が欲しかった。
フルーツを食べていると、食事を終わらせたネロが席を立った。当然のようにお茶の支度を始めて、スッと横にお茶を置いてくれる。
向かいに座ったネロはお茶を飲みながら、フルーツを摘まむ俺をぼんやりと眺め始める。美味しそうなお茶の香りにつられてお茶を一口飲んでみた。
ほわっとお茶の香りが口に広がる。完璧な温度と渋みや苦み、そして甘味が絶妙で凄く美味しい。ネロは食後のお茶をリラックスした感じで楽しんでるみたいだ。
視線をネロに向けると、俺を眺めているネロと目が合って、その度にネロが優しく目を細めてくれる。程なくフルーツも食べ終わってご馳走様。
俺が食べ終わったのと同時にネロが片付けを始めてくれた。手際よく机の上全体を〈浄化〉して、直ぐに短く〈乾燥〉をしている。
綺麗になったお皿を重ねてどんどんバスケットに詰めていくネロをお茶を飲みながら眺める。魚の香草蒸しの残った骨が乗っているお皿は食器の一番上に置いて片付け終了。
片付けを終わらせたネロは俺がお茶を飲み終わるのを見守ってくれている。俺の飲み終わったカップを受け取ったネロは手早く〈浄化〉と〈乾燥〉をしてくれる。
俺のカップはテーブルに残して、自分のカップだけを棚に収めているネロを目で追いかけてみる。 ネロは流しの上の戸棚からお茶の葉っぱの瓶、棚からティーストレーナと小皿を出してきてカップの横に並べて置いてくれた。
「茶の場所が分からなかったと言っていた。」
「あぁ、そっか。ありがと。」
ネロの行動を目で追いかけていたのに気が付いていたのか、ネロがお茶セットを用意してくれた理由を話してくれた。しっかり覚えててくれたネロに感謝。
でも、今日はお散歩はするかもだけど、レオさんはこの家に寄らないかもしれない。昨日みたいにデザートがある訳でもないし、引き留めるのも凄く気が引ける。レオさんも用事があるかもだからね。
「でも、今日はレオさん家に寄らないかもしれないし。一人じゃ淹れられないよ。」
「レオが家に寄るなら淹れさせればいい。」
「了解。ありがと。」
今日は一人かもだからお茶は飲めないかもって思ったけど、レオさんが寄るならお湯を沸かして貰えばいいのか。そうだね、引き留める事はしない。
でも、お客さんになってくれるならお茶を用意しておいた方がいいのは確実だ。ネロはちゃんとお客さん対応の何たるかまでを考えていてくれたらしい。レオさんが家に寄ってくれた時の準備はネロのおかげでばっちりだ。
マントを羽織ってネロに近付くと魔法を唱えてくれた。ネロの支度が整う前に先に外に出る事にする。もう暗くなっている外は濃い霧で、先が見えなくて怖くなる程だ。一瞬たじろいだ俺の背中にネロが手を添えてくれた。振り返ってネロがちゃんといる事を確認して足を踏み出す。
横に並んで歩いてくれるネロの姿が視界の端でちらちらと見えるのが安心できる。でも、俺の足音だけが静かに響いていて、ネロの足音は全く聞こえない。
視界の端のチラチラしたのはちゃんとネロだよね。ちょっと不安になってちらっと横を見ると、ちゃんとネロだった。ホラー的展開じゃなくて良かった。
「赤身の魚は余り好みではなかったか?」
「う~ん。ちょっと苦手かも。赤身の魚特有の生臭いのが生だと引き立つ感じがして苦手だった。薄くスライスされて、ちゃんと味付けされてたのは美味しかったんだけどね。」
ぼんやりとしながら歩いていたら、唐突にネロに尋ねられて、少し驚いてしまった。顔をネロに向けてみる。前を向いたまま器用に耳だけをこちらに向けたネロの横顔が、どこかの家の明かりでうっすらと見えた。視線を戻して前を向きながら答える。
「成る程。」
「ネロは赤身の魚も好き?」
「俺は美味く感じた。」
納得してくれたらしいネロに逆に質問してみる。ネロは赤身の魚も美味しく頂ける派なのか。じゃあ、俺が食べられなくても何の問題もなさそうだね。
ってか、ネロの苦手なのは甘いのしかなさそう。これからも苦手なのはネロにお願いしてもいいかな。そうすれば味見はできるし、口をつけちゃってもちゃんと消費はできる。
「そっか。じゃあ、俺が苦手なのはネロに食べて貰えばいいね。で、ネロが苦手なのは、俺が食べてあげる。」
暗くなってネロの表情がよく見えなくなったけど、にっこり笑顔で提案をしてみる。ネロが頷いてくれたのが微かにみえて交渉成立、やった。
「琥珀が好みだった食材。カナロアと言うモンスターらしい。」
「え、モンスターなの?」
「ああ。」
「カナロアの幼生は食材になる、との事。」
「どんなモンスターなの?」
「海のモンスターは余り戦った事が無いから分らない。」
「そうなんだ。でも、美味しかったよね。」
「美味かった。」
へぇ。モンスターが食材の料理だったんだ。本では知識としてモンスターの料理が載ってたけど、実際に自分で味わえるとは思わなかった。しかも、味も食感もタコだった。タコっぽいモンスターなのかもね。
「魚もモンスターだったのかな。」
「魚は魚。魚の種類は確かめていないが、聞いておくか?」
「えっと。そこまで詳しく聞いても分からないだろうから、大丈夫。食べたのが全部モンスターだったのかと思っちゃっただけ。」
「モンスターが食材になっている料理も少なくない。」
「そうなんだ。」
話していたら食事場に到着した。外で立ち止まった俺を置いて、ネロは調理場に食器を返しに行ってしまった。ネロを待つ間、ぼんやりと食事場の風景を眺める。
外はもう真っ暗で、食事場の上部には明るい〈照明〉の玉が輝いている。時間が少し遅い事もあるのか、風の大きなテントの中で食事をしているのは大人だけだ。
食事と言うよりは、飲んでいるって感じかな。軽食を摘みながらのお酒を楽しんでる感じが、居酒屋さんというか、外国のパブっぽい雰囲気になってる。
ちょっと大人な雰囲気の食事場は昼間とは雰囲気が少し違う気がする。そういえば、村に来たての頃にシリアさんが飲んでたっぽかったな。
ぼーっと、楽しそうな食事場の雰囲気を外から眺める。いつもより時間がかかっているネロが気になって調理場に向かってみようかなっと思い始めた頃に、ネロが出てきた。
ネロは小さなバスケットを持っている。首を傾げて疑問を伝えてみたけど、頷いたネロが横を素通りして進んでいってしまった。ネロの後を追いかけて、隣に並びながらネロの手元をじっと見つめる。
「ネロの夜食?」
「琥珀の菓子。」
俺のデザート、って一瞬嬉しくなってネロを見上げてしまう。けど、俺一人じゃんって思い出して下を向いてしまった。
「俺の?でも、一人だよ?」
「少しの間、レオにいて貰え。もしくは、レオの家で一緒に食べればいい。」
一人で淋しく食べるのは嫌だって拗ねたように呟いてみると、ネロに頭をぽんと撫でられた。顔を上げると、ネロが優しく提案をしてくれた。
「でも。」
「一人だと淋しいのだろう?」
それでも、って話を続けようとする俺を遮って、ネロが静かに俺の気持ちを代弁してくれた。暗い中で、ネロの瞳が少しだけ光ってるのが見える。
「淋しくないけど、ネロが言うならしょうがない。レオさんに頼んでみる。」
「そうだな。」
俺の気持ちはばれていたらしい、目を逸らして拗ねたように同意してみた。ネロは優しく相槌を打ってくれる。
レオさんの家にもうすぐ到着って所で、またネロが立ち止まった。ネロの視線は遠くに向けけられている。どうしたんだろうと、俺もネロの視線を辿ってみたけど何も見えない。真っ暗な空と靄のような霧だけが俺の見ている先に広がっていた。
「琥珀、すまないがレオの家に一人で行けるか?」
「うん。多分大丈夫。」
「では、ここで。」
小さなバスケットを俺に手渡してくれたネロが走り出してしまった。見通しの悪い霧の中で、ネロの姿が消えるのは直ぐだった。ネロが見えなくなるまで、走り去った方向を眺めてみた。
一人で霧の中にポツンといるのが嫌で、レオさんの家に向かう事にする。ネロはまた時間が押していたのかもしれない。さっきも書類を読んで怖い顔してたし、護衛以外のアルさんに頼まれた仕事系がきついのかもしれない。




