10 もういい、何も言うまい
苦労して持って帰った記念すべき初ダンジョンクリアの記念品、臭い布。外套のような形から装備品である可能性は否定できないけど、この非常に看過できない臭気のせいで、絶対に装備などできない。
外の池で洗わせて貰おう。神殿の扉を出て、まず古木にお礼を言おうと近寄ってみた。しかし、根っこが隆起して古木に近寄れなかった。樹すらも避けるこの臭気、マジで臭いよね。さっさと洗ってしまうか。ついでに俺も手と体を洗おう。
半眼になって神殿を挟んで古木と反対側の池に向かい水に布を曝す。水の中で少し揺らすように動かしていると、薄汚れた布きれの表面が少しずつ綺麗になっていった。ある程度水気を吸い込んだ外套を今度はジャブジャブと力を込めて洗う。もうね、形なんか少しくらい崩れてもいいよね、臭さが取れればいい。
それにしても手に触る布の感触が凄く気持ちいい。濡らした状態でも、この手触りって事は凄い上質な生地なのかな。洗って、絞って、確認してを何回か繰り返していたら綺麗な布の塊になってくれた。
分厚い外套をギュッと絞って、広げてみる。少しだけ光沢のある濃い紺色の生地に、銀糸と黒糸で紋章と模様みたいなモノが刺繍してある、シックな外套だった。相変わらず少し臭いけど、見た目だけは一級品になった事で大満足だ。
綺麗になった外套を神殿正面の扉に引っ掛けて乾かす事にして、俺も水浴びをする事にする。服を脱ぎ、体が浮かないように注意しながら頭まで水に浸かり、直ぐ飛び出た。石鹸はないけど、体を擦り、体にこびり付いた臭気をなんとか落とす。
水から上がり、タオルがないのに気付いて、髪の水は絞り、体を震わせて水気を飛ばした。服を着ようとしたけど、服もメッチャ臭くなってる。しょうがない、洗うか。下着だけは穿いて、ブレザーとスラックス、シャツを水の中でじゃぶじゃぶ洗った。
下着だけの半裸で、あ、どこに干そうかな、と頭を悩ませる。俺の悩みに呼応するように目の前に木の枝が差し出された。枝の元を辿ると、神殿上部の古木の方から延びてきている。こんな事までしてくれるとか、古木さんまじ有能、ありがとう。遠慮なく枝に干させて貰う事にした。
神殿正面に回り、古木の方に向かってみると根の隆起はなくなっている。古木に近寄って、幹に手を添えて、ありがとう、と呟いてみた。さわさわと葉っぱが擦れる音が聞こえる。古木が返事をくれたような気がした。
ぽかぽかと温かい陽気で、上空の葉っぱがいい具合に木漏れ日を落としてくれている。まったりとした気分になってきた。服が渇くまでここで一寝入りさせて貰おうと、古木の根元で横になる。
夢を見た。いや、これは俺の記憶なのか。いつものように姉に女装させられ、母に化粧されて、母と姉と三人でショッピングをしていた。俺の女装については、近所では美人三姉妹に見えると評判だったのに気を良くした母が俺に軽く化粧をしたのが始まりだったらしい。
偶にの事だし、姉も母も楽しそうだから俺的にはあんまり抵抗はなかった。一応は建前上、嫌だって言ってたけどね。本気で抵抗してたらそこまで強要してくる母と姉ではないから、その時も普通に受け入れてたんだろう。
偶々入った喫茶店で接客してくれたのは同じクラスの友達の友達、まぁ只の知り合いともいう遠い関係の見た事ある人。女装していた俺には全く気付いてないようで普通に接客してくれたんだけど、後日、そいつが告白してきた。
いや、俺、男の割には母さんに似て女顔だし、背も低めかもしれない。男から好意を寄せられた事も何度もあったよ。同性愛に偏見もないよ。でも、女装の俺を見て女として俺が好きっておかしいだろ。駄目なら同じ顔の母親を紹介しろっておかしいだろ。
夢にキレて起きると、空が茜色に染まっていた。起き上がって、何かにキレてたのは覚えてるのに夢の内容が思い出せない。夢って理不尽だよね。感情だけ残していくとか、何を見てたんだよって気分になってくるじゃん。
俺の目の前には、さっき反対側で服を干したはずの枝が差し出されていた。枝を動かしてこっちに持って来てくれた古木さん、マジいい人。少し肌寒く感じて急いで枝から服を回収して着込む。匂いは大丈夫、お日様の香りになってる。
古木に再度お礼を伝えて、神殿の正面に回り、扉に干した外套を確認してみた。完璧に乾いていて手大丈夫そうだ。匂いは臭いというより、独特のハーブのような何とも言えない香りがする。
改めて外套を広げて見てみると、暗めの重厚な光沢のある紺色に銀糸で紋章のようなもの、黒糸でなにか模様が描かれている。マントのように羽織れる形状のようだ。このマントは着ても大丈夫な装備かな。
(月の民の外套:月の民の紋を模った紋章を編み込んである外套。遥か昔の時代にイシュケの原初の神殿に奉納されたと伝えられる一級品。黒い糸で永続の紋様を編み込む事で、長い期間壊れる事なく形が保たれる。ステータス魅力に+30の効果を付与し、耐寒を+10し耐暑を+10する。判別不可の効果も複数付与されている。不思議な香りを発し、弱い敵などを寄せ付けない。)
・・・また魅力か。もういい、何も言うまい。少し寒いし、羽織ろう。独特な匂いがするけど、まぁ気にならない程度だ。慣れるとリラックスする気もしてきた。さて、どうするかな。夜になりそうだしなぁ。よし、明日にしよう、暗い中で動き回っても何もいい事はないよね。
ってか、このマント軽いのに超暖かい。ダンジョン攻略した甲斐があったわ。ふかふかしてるし寝心地も良さそう。この味気ない殺風景な朽ちた硬い床の神殿内部でも、何も気にする事なく確実に安眠できる一品ですね。
どっかの通販番組で紹介したら注文殺到の品物ですよ。限定1着、売り切れごめん。扉の内部に逆戻りし、復活していたなけなしのMP1を消費して〈照明〉を発動させる。
朝に少し残しておいた果実を頬張り、やっぱお肉が食いたいよなと独り言をいいながら横になる。さっきまで寝ていたというのに、ダンジョンクリアの疲れからか、直ぐに眠りに落ちていった。夢も見ない深い眠りだった。




