9 初心に戻るって重要だよな
気を改めて、扉の外に滑り出る。羊雲が浮かぶ綺麗な青空の遥か遠くに何やら鳥が飛び、池の水は陽の光を反射してきらきらと煌めいていた。俺は無言のまま徐に池に近づき、服を着た。
いや、だって裸でスツィさんとシリアス展開しちゃったからさ、服を着たいんですって言いだす隙がなかったんだもん。裸の俺が神殿で一人、ぶつぶつと独り言を呟いてる姿を想像する。俺はもしかしてもうおかしくなってるのかな?
(琥珀様の精神状態は正常です。)
はいはい。正常でした。ありがとうございます。昨日脱いだままの状態で服が残ってて良かったよ。服を着終えた後で、ついでに池に近寄って顔を洗う。大きな古木を見上げてお礼の言葉を呟いてから、扉の前にまた用意されていた大きな木の葉に乗った果実を食して一息ついた。
やっぱり、瑞々しくて甘くて美味しい。取れたて新鮮って感じの美味しい果実だ。ほんと、在り難い。まぁ、復活の直後って、お腹はあんまり空いてない事に気付いたんだけどね。気分的に朝御飯って感じになるし。食事をするって行為が生きてるって実感できる。
「さぁ、行きますか。っと、その前に。スツィ、神殿地下のダンジョンて何か意味あるものなの?どこかに繋がってるとか、何かお宝が眠ってるとか。」
(踏破してからのお楽しみで御座います。)
おぉ、煽ってくるねぇ。扉も開いたし食べ物もある、そして不本意ながらも何回でも死ねる体。やってやろうじゃないか。扉を抜けて神殿内部に逆戻り、祭壇裏に設置された階段に向かった。
やっぱね、ちゃんと踏破したいじゃん。完全主義じゃないけどさ、途中まで攻略したんだよ?そりゃ最後まで見てみたくなるよね。暗闇の一歩手前、深呼吸を一回して〈照明〉の魔法を使う。
「初心に戻るって重要だよな。」
誰にともなく声を掛けてから勝手知ったるダンジョンの入り口を通りすぎる。何度も通った通路、分岐を只管進んで行った。出たければいつでも直ぐ外に出れるという安心感からか、一部以外ほぼ変化のないステータスにも関わらずどんどん進んでいける。通ってきたすべての分岐を攻略し、あとはこの道の先に広がってる空間だけだ。
「めっちゃ楽勝だった。なんで9回も死んだんだ。」
(HPが0になったからです。)
いや、分かってるって。皆まで言うな。道を抜けると大空洞が広がっていた。〈照明〉の光では完全には見通せないけど、微かにどこからか光が入ってくるらしく薄ぼんやりと空間内部が見渡せる。
奥の方には微かに宝箱が見える。まじで宝があった。お宝が眠ってるダンジョンだったんだね。宝箱にドキドキしながら近づく俺の上部から黒い影が差す。ちらりと上を見てから、まぁ定番だよね。と思ってしまった。
「やっぱいるよね。お宝を守るボス。」
溜息を吐いて死を覚悟する。だってさ、戦う手段を持ち合わせてない訳だし?何も対処できないよね。覚悟した後、相手の行動を取り敢えず見守っていた俺に攻撃をしてくる事も無く、黒い影は赤い目を光らせて俺を睨んでいるだけだ。近付いてこない。少しの間睨みあい、息を止めて動向を警戒していたけど、敵は全く動かない。
光の届く範囲からも遠く、ってか、光の範囲が狭まってる。時間切れかよ。あぁ。取り敢えず宝箱を確認だけでもしたかった、と思っている間にも〈照明〉は無慈悲に光を弱めていく。そして、訪れる完全な暗闇。
って事は、光がどこからか漏れてた訳じゃなくて俺の〈照明〉の光がどっかに反射しまくって薄ぼんやり明るかったって事かな?まぁ、地下だし、確かにそんな光が入って来る所なんてなさそうだよね。でも、まぁ、暗くなっちゃったね。暗闇の中でステータスを確認してみた。
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一神 琥珀 【使役士】
〖プラントイド〗
HP:1/1 MP:0/1 DC:11/∞
力:1 体力:1 素早さ:1 知力:1
器用:1 精神力:60 魅力:110
オートスキル:翻訳R.1
スキル:ステータス可視化R.1
魔法:水属性〈浄化〉R.1
光属性〈照明〉R.1
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「やっぱ、MPは回復してないか。しょうがない。次はまっすぐここにくれば時間は間に合いそうだよな。今回は分岐の寄り道が多かったし。問題は、さっきのお宝を守るモンスターか、でも今の状態でも襲ってこないってのはどういう訳なんだろ。襲ってこないただの張りぼてとかかな。もう死んでるけど目だけ光ってるのかな?ん~、さっぱり分からないね。」
もう、真っ暗で何も見えない空間が怖すぎて、独り言を呟きながら取り敢えず前進するか、っとふらふらと歩き、宝箱に躓いてしまった。
(死んでしまうとは情けない。)
そんな声と共に眼を開けると、其処は石壁の朽ちかけた神殿のような建物の中だった。
(デスボーナスの獲得 前回デスポイントを使用したためデスボーナスの内容が良質になっている可能性があります。デスボーナスの獲得:アイテム【エンゲージリング】 獲得しますか?)
「・・・は?」
(アイテム【エンゲージリング】 獲得しますか?)
「・・・え?」
(アイテム【エンゲージリング】 獲得しますか?)
いや、説明してよ。絶対揶揄ってるでしょ、この子。
(アイテム【エンゲージリング】:婚約指輪とも言われる指の装備品。婚約したい相手に差し出し、相手が受け取る事で婚約を確立する指輪。主に人族の男性から女性に贈ることが多いが、稀に同性に向けて贈る事もある。ステータス魅力に+50の効果を付与する。)
「・・・いらねぇよ。相手もいないのに。確かに魅力+50は超魅力的だけど。自分でつけてたらおかしくないか?」
(デスボーナスの獲得はランダムな為、以降獲得できるかは分かりませんが大丈夫ですか?尚、エンゲージリングはご自分でも装備可能です。お相手を確立後お渡しすることも可能です。)
マジか、限定品みたいな謳い文句付けてきた。相当悩ませてくるよな。
「ちなみに、売っぱらうとかできるの?あと見た目は?大人しい感じ?」
(売却する事は可能です。但し、指輪の内側に彫られた文字は複数の紋様からなっており同意した相手に装着された時点で正式に婚約が成立いたします。売却を選択した場合は、売却後は本人以外の何れかの人物に装着された時点で婚約が成立となってしまいます。性別、種族は問われません。ご注意下さい。指輪に装飾などはなく、非常にシンプルな白金素材でできており金剛石が1つ付与されています。)
「要するに実質売れないって事ですね。物理的にはともかく精神的に。俺がつけても問題ない感じ?」
(問題ないかどうかは判断しかねますが、シンプルで飽きのこないデザインとなっております。)
めっちゃ店員さんぽくなってるじゃん。おすすめ商品の紹介的なニュアンスじゃん。まぁ、自分で装備できるならそれでもいいか。一応、魅力とはいえステータス補正がつくみたいだしね。ないよりは、あった方がいいよね。
「じゃぁ。一応、獲得お願いします。」
(了解致しました。)
白い光が俺の左手の薬指に集結していく。その光を見ていたら、光が収束して消え去った後に薬指に銀色の指輪が嵌められていた。説明通りの完全にシンプルな細い指輪だ。多分、白金でできた銀色のリングに1つだけ五本爪の透明なキラキラとした宝石が取り付けられている。宝石の他は全く何のデザイン性もないシンプルな指輪だ。
思わず惚れ惚れとその細い指輪を眺めてしまう。この世界で初めて入手した装備品に一頻りの感動をしてしまっても仕方ないよね。それが例え、婚約指輪(相手無し)だとしても、しょうがない事だよね。
じゃぁ、改めてさっきの宝箱さくっと開けますか。取り敢えずモンスターは攻撃してこなかったし多分行けるでしょ。その前にっと、神殿の扉から外に出てみた。やっぱり用意されていた果実で腹を満たしてから階段下のダンジョンへと向かう事にする。
〈照明〉を唱え、足早に先程の大空洞に辿り着いた俺はボスらしき存在を見上げた。今回は消えかけの〈照明〉ではない光の中で見えたのは、大空洞の中空に赤く光る複数の眼、鋭く尖った8本の脚、四方八方に張り巡らされた半透明の糸。
うん、完全に大きな蜘蛛ですね。キモイ。全体像を把握できたのと同時に、状況も把握できた。こちらを見つめるだけでピクリとも動かないと思ったら成る程、細い木の根が大蜘蛛を雁字搦めに閉じ込めていた。そりゃ、攻撃も何もしてこれないよね。
「まさか、あの古木がやってくれてるとかじゃないよね。」
問い掛けた訳ではないのだが心の声が口から飛び出てしまっていたようで、すかさずスツィが答えてくれる。
(ダンジョンを踏破したいという琥珀様の意思により、古木が呼応してくれたものと考えられます。宝箱を守る個体、トワルを脅威とみなして捕縛したようです。)
マジでありがとう。古木さん。後でお水を沢山掛けてあげるからね。ありったけの感謝を今は見えない古木に伝えて宝箱に向かい、深呼吸して慎重に宝箱を開ける事にした。
モンスターの心配はなくなったけど、絶対に罠とかある筈、それが定番でしょ?と、警戒しながら恐る恐る宝箱を開けていく。俺の考えとは裏腹に、驚く程あっさりするっと開いた宝箱の内部には、襤褸切れのような黒く薄汚れた外套が一着だけ入っていた。
収められていた外套を手に取ってみる。宝箱を開けた時点で分かっていたけど、臭い。めっちゃ臭い。ありえないくらい臭い。スツィさん、臭いよ。これ、腐ってる。こんな臭い物の為にこんなに苦労して、古木さんに手伝って貰ってここまで来たのかよ。っと思わず投げ捨てそうになる。
手放す直前で思い直し、取り敢えず持って帰る事にした。きっと臭いだけで由緒あるお宝なんだよ。ただ、臭いだけ。宝箱に入ってるくらいだから、お宝なんだよね。ってかマジくせぇ。手も臭くなってるよな、絶対。帰り道に見かけたエキュルの群れもこの匂いがダメらしく近寄ってもこなかった。
そして帰還後に気付いたのだが、最初に〈照明〉が消えた時点で無暗に動かず待機していれば、MP自動回復からの死なずに踏破が可能だったのでは。と。まぁ「たられば」ですよね。結果論ですよね。装備品が手に入ったし、それが例え意味のないエンゲージリングだったとしても、結果おーらい?




