まずは一冠
同日、15時21分、ロンドン飛行場。
「零、大丈夫?」
気が付くと、そこはすでに滑走路だった。
「吹雪……?」
辺りを見渡すと、『トランザール』や『一式陸攻』から、物資の荷下ろしが始まっていた。
滑走路の脇には、被弾した数機の『零戦五二型』や『BF』が英の整備課に検査されており、無事な機体は誘導路で待機している。
「着陸したのに、全然動かないからこうして見に来たんだけど……」
どうやら私は着陸してその場から動かなかったらしく、滑走路を占領してしまっていたらしい。
「ごめん、今機体どかすね」
そう言うと吹雪は羽から降り、機体から離れる。
それを確認したら、僅かにエンジンを動かし、誘導路の手前まで機体を直進させ再びエンジンを止める。
そうすると、誘導路で待機していたイギリス人らしき整備士二人が、私の機体を手押しで誘導路に持っていく。
「ありがとうございます」
私がそう言うと、男二人は笑顔で敬礼した。
「どうやら、私の姿が見えるみたいだですね……」
としたら、ps2と同等のものを身に着けているようだ。
それを確認して私は機体を降りた。
「物資の荷下ろしが終ったら、すぐに帰るのかな……」
吹雪に聞いてくるか……。
「うん、物資の輸送は完了した、全護衛対象は無事だよ、護衛の無人機は何機か落ちちゃったみたいだけど、幸いジェットは出てこなかったしね」
吹雪の姿を探して、滑走路脇の管制塔の側まで行くと、通信機を耳に当てる吹雪姿があった。
「ふーん、アメリカの艦隊がようやく到着したんだ……で、今『B52』が組み立てられていると……それで? その『B52』は何に使うの?」
どうやら、声色などから有馬さんと話しているようだ。
吹雪は自覚がないようだけど、有馬さんと話す時、左手で自身の頭を触る癖がある、そこから見るに、少なくとも有馬さんのことを友達以上には好いている。
それは仲間としての好意なのか、男女仲の好意なのか……。
「は⁉ ボーンマスから爆撃させる⁉」
おやおや、どうやらまた有馬さんが突拍子もないことを、思いついたようですね。
「うん、うん、まあ確かに言いたいことは分かるけどさあ……場所はどこを狙うのよ? はぁ⁉ 衛星をハッキングしたぁ⁉」
うん、いつもより凄いことやったみたいですね……。
しばらく待つと、吹雪は通信を切って一息つく。
「全く、私には独断専行するなって言うくせに、作戦の立案は好き勝手やるんだから……」
言葉とは裏腹に、吹雪の顔は、とても穏やかな顔をしていた。
「ん? 零、どうかしたの? にやついて」
「いーや、吹雪が随分楽しそうな顔をしていたからさ、で、有馬さんの新しい作戦の詳細、教えてくれる?」
そう言うと、吹雪は「うん」と、笑顔でうなずいた。
現在、16時50分、ロンドン飛行場。
「滑走路オールクリア、『一式陸攻』『トランザール』『零戦』『BF』『M0』、この順番で離陸させる」
私の無線機に管制塔の声が入る。
少し経つと滑走路から『トランザール』五機が飛び立ち、『一式陸攻』四機が誘導路から滑走路へ向かっていく。
その後ろでは、数機の『零戦五二型』と『BF』が誘導路へ並べられていく。
撃墜された機体、修復不可能な機体、ロンドン基地の防空用に残す機体を除いて、合計11機とジェット四機で基地へ帰る。
「ちょっと心許ない気もするけど、さすがに積み荷の無い輸送機なんて狙わないよね……」
そんなことを呟いている内に、私の機体が誘導路から滑走路に運ばれた。
「滑走路が開いた、『零戦』シリーズ、離陸を許可する」
「了解」
私がエンジンを回すと、もう一度通信機から声が聞えた。
「貴官がこの飛行隊の隊長機か?」
ん? 管制塔の人ではない声だ。
「そうですけど」
「ロイヤルの代表、ブリッシュ・ハートマンだ」
……イギリスの首相じゃん⁉
「こ、これは代表、一体どのようなご用件でしょうか」
あまりの大物に私は恐縮し、やたら硬い言葉になってしまった。
「なに、之だけの補給物資を無傷で届けてもらったことへの感謝を伝えに来たのだ」
「私は作戦を遂行しただけです」
簡潔にそう答える。
「そうか……それでも、私は君たちサムライに感謝する、貴官の指揮官にも、感謝の言葉を伝えておいてくれ」
「了解しました」
そこで、通信機からの声は切れた。
「何だったんだろ」
私は気を取り直して、機体を空へと持ち上げた。
現在、同日、16時48分、ヤーデ湾飛行場。
「って、ことがあったの」
「そうか、ハートマン代表がそんなことを……」
滑走路の『B52』を眺めながら、俺は通信機から流れてくる吹雪の声に耳を傾けていた。
「で、コンドル隊の『B52』とホーク隊の『F47』はどんな調子? もう出れる?」
「今俺の前で、離陸許可を待ってるよ」
吹雪たちが滑走路を開けて待っていてもらわないと、超大型戦略爆撃機である『B52』は、着陸できない。
「おっけー、ならこっちに呼んでいいよ、滑走路は大きくしてあるし、『B52』を数機駐機できるだけのスペースも確保したしね」
「分かった、じゃあしばらくしたらそっちに向かわせるが爆撃決行は明日な」
「分かってるよ、じゃあ切るね」
「おう」
そう言って、通信機からの声は途切れた。
「出撃命令か?」
俺の後ろから歩いてきたのは、ホーク隊のリーダーで在り、ユニオン連合トップ3パイロットの内の一人、『ホーク1』、本名モビー・アース大尉、38歳だ。
「はい、向こうの準備が完了したそうなので、移動してもらいます」
「分かった」
それだけ言うと、静かにその場を立ち去り、港に錨を下ろす空母『イントレピッド』に向かって歩いていく。
「ほんとに無口な人だなぁ」
アメリカトップ3の中でも、ダントツで物静からしく、彼は作戦中ですらほとんど言葉を発しない、しかし仕事はしっかり果たすので、誰も何も言わないんだと。
「こちらコンドル1、離陸許可を」
おっと、こっちはもう飛べるみたいだな。
「了解、コンドル隊、管制塔の指示に従って離陸せよ」
「コピー」
そう言って通信は切れる。
「いんやそれにしても、ほんとにでけえなぁ」
俺は腕を組みながら、滑走路の並ぶ黒い機体を見つめる。
「『B52ストラスフォートレス』、成層圏の要塞、ベトナム戦争では死の鳥として恐れられた元世界最大の戦略爆撃機か……」
隣に待機している、白い空中管制機と並ぶと、その大きさが良くわかる。
現在はWASが保有する『Ⅴ33シヴァ』が最大サイズだが、それでも冷戦期、猛威を振るった機体で在り、日本が嫌悪する存在でもある。
ちょっと前までは、少しずつ数を減らしていたが、10年ほど前に近代化改修を行った新型の、『B52Ⅼ』が再び量産された。
変更点としては、防護機銃の付与と、防御力の増加、速度上昇で、簡単な上位互換の機体になった訳だ。
「お、行くのか……」
大きなエンジン音を立てながら『B52』5機は、空へと舞い上がって行った。
見た目に反して、動きは意外と機敏で、鈍重さを感じさせない。
それに続いて、空母からは『F47プテラ』が17機、再び陸から空中管制機が、空へと昇っていく。
「さて、俺も後二つ、やらなくちゃいけないことが残ってるんだよな」
俺の視線の先は車庫、『ティーガー』が格納されている場所だ。
「何やら改装を受けた的なことを言っていたが、どんな風になってるのか……」
俺は期待を込めつつ、新たな『ティーガー』に会いに行った。