サツキ作戦
現在、2月11日、14時17分、ボーンマス海岸臨時飛行場。
「本部より入電、ゲートは開かれた、精一杯走り切ってくれ、です!」
きた……。
「こちらに向かっている、ハインケル長官にも伝えて」
「了解」
私は大きく息を吸い込み、吐き出す。
頬を叩いた後、滑走路で暖機運転を行っていた『零戦七二型』に乗り込む。
「これより、サツキ作戦を開始する、全機出撃!」
通信機から、ハインケル長官の声が聞えた。
「了解、之より作戦を開始します! 全機、離陸始め!」
長官からの命令が下ったことを確認し、滑走路に並ぶ機体を次々に出撃させる。
「零、行くよ」
私が声をかける。
「うん、行こうか」
そうすると、優しい声が返ってきた。
私は、エンジンスロットルを最大まで上げて、機体を空へと持ち上げる。
「それじゃあ、ロンドンまで高度2200で、速度400キロ台を保ちつつ、約40分の飛行路だね、全機、周囲の警戒は怠らないように、『M0』は、無理に速度を合わせなくていいけど、すぐにこちらに向えるあたりを飛行しててね」
正直、ジェット、レシプロ戦闘機、レシプロ大型機が混ざった編成なので、速度差がやや問題になってしまうが、仕方がない。
本来『一式陸攻』は、輸送には参加するはずではなかったが、銃弾や火薬関連のものを輸送機の中に積んで、敵の攻撃で誘爆したら、食料品などもお陀仏なので、敵の目標をばらけさせるためにも、三機参加させることになった。
「こちら『トランザール』、もっと速度を上げることはできないか?」
無線機で声が聞える。
「無理だね、『一式陸攻』やレシプロの巡行速度に限界があるから、これでもだいぶ早くしてるんだよ?」
無線機の先で、ため息のような音が聞こえた後、「分かった」と、返ってきた。
悪いけど、戦力の分散は悪手だから、部隊の分離は行わないよ。
「もしかして吹雪、有馬に言われてること気にしてる?」
零がそう私に聞いてきた。
「な、何のことかな?」
私は心あたりがあったため、言葉に詰まった。
そうすると、零が小さく笑い、言った。
「指揮官の秘書と呼ばれる、私が知らないとでも?」
どうやら、零は分かり切ったうえで聞いているようだ。
「零に隠し事は無理か……そうだよ、有馬にこの前怒られたんだよ……」
私は、ため息をつきながら口を開く。
「有馬にね、「お前は個人行動や独断先行が多すぎる、もっと上司としての自覚と、一軍人としての自覚をもてバカ!」って言われちゃったからさ……」
零は、大きく笑い声を上げる。
「はははっ! ついに吹雪も、上官から直々に指導貰っちゃたんだ」
笑い事じゃないんだけどな……。
そんな他愛もない会話をしながら、ロンドンを目指した。
同日、午後三時一分、ロンドン臨時飛行場まで50キロ地点。
「そろそろロンドンにつくかな……」
「後50キロほどですね」
『Ⅿ0』に乗っている尾田少尉が、無線機越しに教えてくれる。
「ありがとう尾田さん、レーダーには、何か映ってる?」
「いや、今のところは、通常レーダーには反応が無いな、ステルスレーダーも起動してみるか?」
ステルスレーダー?
「ステルスレーダーなんて、『Ⅿ0』に積んでたっけ?」
そもそも、ステルスレーダーなんて『55号ステルスレーダー』ぐらいしか存在しないはずだ。
『三笠』『大和』『瑞鶴』の三隻にしか搭載されていない、それを航空用にした覚えもなければ、聞いたこともない。
「ああ、俺の機体にだけ、ドイツの試作装備がつけられたんだ」
えー聞いてない……。
「まあともかく、今の俺の『Ⅿ0』には、ドイツ製のステルスレーダーが装着されている訳だ、こんな風にレーダースイッチを切り替えると……」
軽い声で話していたはずが、言葉が止まった。
「どうかしましたか?」
「左後方、距離5キロ、機数27、レシプロ!」
敵機⁉
「全機、エンゲージ! 4機の『BF』と『零戦五二型』、『Ⅿ0』を残して、敵機へ向かうぞ!」
私が、無線機で叫ぶと、AI操縦の機体が一斉に回頭させ、増槽を落とした。
「敵機視認! 『S型戦闘機』20機、『Z2ノトス』6機!」
……ん?
「尾田さん、敵の数、27って言ってましたよね?」
「ああ、レーダーには、レシプロ級の小型機が27機映ったのだが」
今私が数えた機数は、26機、じゃあ後1機は?
「まさか!」
私の頭に、一機の航空機が過る。
味方にステルス性を持たせ、レシプロと同程度のサイズの機体と言えば!
「吹雪、真下!」
私は、零の声で操縦桿を倒し、下からの機銃掃射を躱す。
「黒く、プロペラの無いマスタング、間違いない『Ⅰ―932鋼ノ翼』!」
あの時取り逃がした、WASの幹部が乗るWSだ。
まさかこんなところで、再び会うことになるとは……。
「零!」
「分かってる!」
私の声に応じて、一機の『零戦七二型』がこちらに向かう。
私が操る一機と、零の操る一機、合計二機で挟むようにして戦う。
「他の機体は『S型』を狙って!」
私が通信機で言うと、『BF』と『五二型』は、こちらに向かって来る『S型』に機首方向を向けた。
最初の射撃は、零だった。
正面反抗に近い形で、零は機首の13ミリ機銃を放った。
「私が引き付けるから、吹雪が墜として!」
「解った!」
零は私に告げた後、あえて相手の射線上に飛び出し、『鋼ノ翼』のタゲを引き受ける。
「やっぱり、こいつ強い」
零は、後方にいる『鋼ノ翼』の機銃を避けながら、そう呟く。
速度的には、『鋼ノ翼』の方が圧倒的に早いはずだが、かなりエンジンを絞っているのか、しっかり零の後方をキープしている。
私も追いかけながら、照準器内に敵機を収めようと機体を制御するが、上手く30ミリを発射するタイミングが無い、13ミリで牽制的な攻撃は数発当たっているはずだが……。
「ごめん零、もうちょっと我慢して」
私は必中を期すため、やや機首を下に向け、降下の加速を使って、距離を500mまで詰める。
「当たれ!」
私は思い切って、30ミリの引き金を引く。
だが『鋼ノ翼』は、羽下のフラップを展開し急上昇、弾を躱したかと思えば、そのまま急反転し、こちらに両翼の12、7ミリ四丁の機銃を発射した。
「こんっの!」
私は右フットレバーを踏込み、操縦桿を290度方向に倒し、右降下の体制に移る。
おかげで何とか弾を躱す。
「吹雪⁉」
「大丈夫生きてる!」
零の機体が翻り、『鋼ノ翼』に機銃掃射をかける。
その弾は数発が羽を掠めたが、目だった損傷は見えなかった。
「こいつ、『零戦』の特性をよくわかってる……」
強力な打撃力をもつ『零戦』の機銃を、滑らかで薄い羽を使って受け流す。
ロケット機だから加速性が良く、一撃離脱に向いている。
だが、強力な大型フラップにより、低速域では十分な機動力を得られる。
「ソ連がどれだけ『零戦』が嫌いだったか分かるね……」
私は再び『鋼ノ翼』に照準器を合わせようとするが……。
「しまっ!」
思ったより速度が出ていたようで、『鋼ノ翼』を追い越してしまった。
「吹雪!」
零の声が聞えるのと、後方から30ミリ弾の発射音が聞こえるのは同時だった。
「っつ!」
しかし、機体を30ミリの弾丸が襲うことは無かった。
「え?」
私は状況が分からないまま機体を翻し、状況を確認する。
「『スピット』⁉」
私と『鋼ノ翼』の間に、ボロボロになった『スピットファイア』が飛行していた。
しかし、30ミリ弾に耐えられるわけがなく、数秒後には爆発した。
「吹雪、見て!」
私は、コックピットからあたりを見渡す。
「ロンドンが見える……」
そして同時に、ロンドンからこちらに向かって来る。数機のレシプロ機が見えた。
「こちらロンドン飛行場、輸送機はすでに滑走路に足を下ろしている、貴機らも、航空基地へ迎え」
そんなに長い間ドッグファイトをしていたのか……。
「分かった、ありがとう」
私と零は、適当に機銃弾をばらまき、急降下しながら離脱する。
あの『スピット』たちは、ロイヤル側が援軍として出してくれた、無人のレシプロ機かな?
だとしたら、後で離陸の指示をしてくれた指揮官には感謝しなくちゃだね。
「吹雪、振り返っちゃだめだよ」
「零……? なんで、泣いてるの?」
「気にしないで……でも、絶対振り返っちゃだめだよ」
私の無線機には、偶然なのか、『スピット』のWSの声が入っていた。
WSの私は、時折他のWSの感情が共鳴して、流れ込んで来る時がある、それが同種の戦闘機なら、より強く。
「ごめん……なさい……」
『スピット』に乗る、エリートパイロットの皆さん、『スピットファイア』の皆……本当に、ごめんなさい。
「っ!」
後方で、何度か爆発音が聞こえたかと思えば。
擦れる声が、無線機に届いた。
「イギ……スの……空を……ぞ、日……の、サムライ……」
その瞬間、私の頭の中に、誰かの記憶が流れてきた。
「まさか……スピットなの?」
私の声に応える者はおらず、そのまま視界が暗転した。