老いぼれ傭兵
言葉の最後に行くにつれて、ファントムの声が引きつった。
俺は首を回し、向かって来る三機の敵機に、ヘッドギアの照準を合わせ、敵機の正体を探る。
「っつ! 『フェニックス』、『サンダーバード』に『ブリザード』だと!」
それぞれ赤、黄、青の迷彩をつけた、WASのジェット戦闘機。
名付きの機体で、『Z4』よりも練度が高いうえに、機体も高性能だ、果たして『ファントム』と『F1』で太刀打ちできるのだろうか。
「おい大堀、そっちの対空兵装は?」
『F1』に乗る佐藤が聞いてくる。
「ハルパーが二本と、04式が一本、後機関砲が121発だ」
「こっちは04式二本と、30式が二本だ、機関砲は200発ある、墜とせなくてもいいから、三機に損傷を与えて逃げるぞ」
どうやら、まともにやりあっても勝てないことは、向こうも分かっているようだ。
「解った」
俺は短く返事し、機体の状態をチェックする。
「よし……やるか、ファントム」
「腕が鳴るのお、久しぶりの大物じゃ」
敵機と俺たちは高速ですれ違い、互いに反転上昇、相手の背後を取るべく機体を動かす。
『ファントム』と『F1』は機動力で敵機に劣り、格闘戦をしてはまず勝てない。
「分かってはいるが……クッソ! さっきからチラつくロックオンの警告が怖い!」
相手をオーバーシュートさせようと機体を動かすと、すぐさま敵機の照準に収まる、之では回避機動を止められず、じり貧だ。
「イチかバチか、あれやってみるか……」
後方に追ってきているのは『サンダーバード』、WASが保有するジェット機の中で最速の機体だが、運動性はその代わりかなり低くなっている。
「ファントム、ちょっと痛いぞ!」
「好きにせい! 落とされるよりはましじゃ!」
俺は、整備課に無理言ってつけさせた、大型エアブレーキを全力展開し、右フラップを着陸まで下ろす。
「うがぁ!」
そうすると、速度に耐えきれなくなったフラップが豪快にはじけ飛び、機体のバランスが大きく崩れる。
「ここで!」
残った左フラップも展開し、無理くり機体を90度傾けエンジンカット、機体を地面に対して垂直に回転させる。
傍から見たら、ただ機体制御ができなくなった航空機だが、之でもまだ動ける!
機首が完全に下を向いた時、エンジンを再び稼働し、ハイGターンで宙返り機動に入る、そして、一連の動きに合わせて、右降下する体制を取った敵機の上部背後に機体を持ってくる。
「当たれ! FOX2! FOX2!」
チャンスを確実にものにするため、二本のハルパーを発射する。
敵機は、回避機動を取ろうにも、機首は下を向いているため引き起こすことができないのか、フレアをまき散らす。
「この距離でフレアは意味ないぞ!」
一定距離に近づかれたミサイルに対して、フレアは仕事をしないのだが、『サンダーバード』の高速性も相まってか、ミサイルの機動が一瞬ずれた隙に、敵機はアフターバーナーを全開にし、ミサイルの追跡を振り切った。
「クッソ!」
俺は慌てて『サンダーバード』を追う、一瞬、『F1』の姿が見えたが、向こうも苦戦しているようだ。
「大堀! 目を離すな!」
ファントムが怒鳴り、視線を正面に戻すと、旋回し、こちらに機首を向ける敵機が見えた。
「しまった!」
その瞬間、機首に二門つく20ミリバルカン砲がうねりを上げて、『ファントム』に殺到する。
「アガァ!」
機体が一瞬で反転急降下し、何とか致命傷を避けたが、主翼に四発、尾翼に三発食らった。
主翼の一発は燃料タンクを抜いたのか、操縦席のモニターに、燃料漏れを知らせる合図、左翼燃料タンクが赤く点滅し、警報が響いた。
「こやつめ!」
ファントムの悲鳴じみた叫び声が聞こえると、操縦桿が勝手に動きだした。
「ファントム⁉」
「少し黙ってみておれ!」
これはキレた時のファントムの声だ……おとなしく従っておこう。
「さすがに……Gが……」
先ほどからハイGターンを繰り返し、ファントムの機体は悲鳴を上げ、モニターにもハイGの警告が流れるが、そんなことは一切気にせず、ファントムは機体を動かし続ける。
ファントムが、エアブレーキを展開し、エンジンをカットしたかと思えば、機首を75度まで上げ、尾翼の向きを下で固定した。
主翼は上へ向かうための揚力を生み出すが、それを尾翼が抑え機体が一瞬、その場で直立、急減速が起こる、俗に言うコブラ機動に似た動きだ。
「『ファントム』でコブラ機動できたのか……」
俺が呟くと同時に、急減速したファントムを、敵機が一瞬追い越す。
そこを逃さず、俺はターゲットリングを敵機に合わせ、機首の向きを合わせる。
「「墜ちろ!」」
ファントムと俺の声が重なって響き、機銃のトリガーを引く。
高レートで弾は発射され、一瞬で残弾はゼロになったが、綺麗に敵の左翼端から機首にかけて20ミリ弾が突き刺さり、羽から火を噴きだす。
だがしかし、よろめきながらも体制を立て直し、火災を消化する。
「まだ落ちないか……でも、これでもう満足に空戦なんてできないだろう」
俺が言ったことは間違っていなかったようで、『サンダーバード』は、よろめきながら高度を下げ、離脱を開始した。
だが、それを追えるだけの余裕はこちらも無いので、すぐに反転し、『F1』の方へ向かおうとするが、ミサイル発射の警報が鳴り響く。
「ファントム! ブレイク! ブレイク!」
佐藤が叫ぶ声が聞え、俺はフレアをまき散らしながら、機体を捻る。
「また来るぞ!」
続けて佐藤が叫ぶが、機首を上に向けてしまったため、それ以上の回避機動ができない。
当たる、そう思った一瞬、後方で爆発が起き、同時にミサイルの警告が消えた。
「間に合ったか!」
「『F3心神』、之より戦闘を開始する! 全機エンゲージ!」
どうやら、『りゅうおう』に乗っていた、『F3』四機が援軍に駆けつけてくれたらしい。
ということは、さっきの爆発は、ニ号空中迎撃用誘導墳芯弾か……助かった。
「大堀、佐藤、ここは俺らに任せて、お前らは母艦に帰れ!」
「すまない!」
その言葉に甘え、俺と佐藤は急降下、低空飛行で、母艦目指して帰っていく。
背後では、『F3』が凄まじい空中機動を行いながら、敵機二機と渡り合っていた。
「あークッソ、結局『フェニックス』にミサイル当てられんかった」
そんな佐藤のため息で、俺は苦笑いする。
「あいつって確か、レーダージャミング持ってたよな?」
「そのせいで、全然シーカーが起動しないから、なかなかロックできなかったんだよ」
「逆に、ずっと敵機を攻撃できる位置に居られたのか?」
「まあ、だいたいは?」
末恐ろしいな、こいつらが乗ってる機体、本当に第三世代だよな?
俺はそんなことを思いながら、母艦を目指していた。
燃料漏れの点滅は収まらないが、母艦に帰る分ぐらいは在りそうだった。