海峡の夜
現在、20時47分、イギリス海峡西部。
「ほー流石日本艦隊、なかなかの腕だな」
一人の男が、ドローンを操縦しながらそう呟く。
その男は、日本艦隊の西、約40キロの位置にある艦隊に居た。
その艦隊は、駆逐艦一、戦艦一、護衛駆逐艦二、コルベット艦二、輸送艦三で構築された艦隊だったが、どの間のマストにも、旗ははためいていなかった。
「艦長、そろそろ艦を動かさないと、敵潜に見つかります」
「同志ベートン、そう慌てるな、敵の潜水艦たちは、私達より日本艦隊の方が優先目標だと認識している、そうそう襲ってはこない」
副艦長の言葉をスルーし、その男はドローンで日本艦隊の動きを観察する。
「本当に、之から君たちと会うのが楽しみだよ」
その男は、艦隊に転舵の指示を出し、ドローンに帰還信号を送った。
その後、振り返り、大きな声で叫んだ。
「同志諸君、戦の時は近いぞ!」
「ypaaaaaaaaa!」
そんな言葉に、他の乗員たちは声を上げた、辺りの空気がびりびりと振動するほどに。
同時刻、日本艦隊。
「うへ……」
私は何か寒気を感じて、兵員輸送船の舷側で、背筋を震わせていた。
「どうした、雨衣少佐」
そうしていると、後ろから野太い声が聞えた。
「あ、これはどうも、松本大佐」
松本宗喜大佐、陸上自衛隊欧州派遣軍隊長、年齢は48で、防衛大上がりの現場指揮官だ。
個人的な戦闘力も高いが、統率力も優れていて、隊長としての素質が十二分にあると、上層部からは見られている。
「どうも空気がビリビリと振動したように感じて、嫌な感じがしただけです」
私がそう言うと、松本大佐は左手に持っていたコーヒー缶を開け、口に流し込む。
「嫌な感じ、か、君のような猛者が言うからには、何かあるのかもしれないな」
皮肉ってるような、嘲るような声でそう言った。
「嫌味ですか?」
反射的にそう聞いてしまった。
「そういうわけでは無い、ただ、君たちのような人間の感は、よく当たると言うだけだ」
それを聞いて、私は薄く微笑む。
「じゃあ、もう一つ感を言ってみましょうか?」
私の挑戦的な口ぶりに興味を持ったのか、コーヒー缶をくちに当てながら、松本大佐は耳を立てる。
「イギリスの上陸には、ドイツと日本の旗以外にもう一つ、赤い旗が翻ることになると思いますよ」
その言葉に、松本大佐は怪訝そうな顔をして、首を捻ったが、空になったコーヒー缶をポッケに詰めて、「明日、期待してるよ」そう言葉を残していった。
言われなくとも……大好きな人のお願いだからね。
「よーし、めっちゃ頑張るぞー!」
そう拳を突き上げ、気合を入れる。
有馬がしっかり海戦に集中できるよう、私がしっかり陸を攻略しきる。
「そうすればきっと上手くいくはず、きっと上手く……いや、いかせないと、だめ」
胸元のペンダントを握りしめながら、そう考えていると、艦全体に警報が鳴った。
「あーもう、幸先悪いなぁ」
「零、何かあった? 警報が艦内に響いてたけど」
眠そうな目を擦りながら、吹雪が甲板に出てきた。
「航路上に機雷が浮かんでるんだって」
私は、海面に目を凝らしながらそう教える。
「じゃあ艦隊の航路変わるのかな?」
「かもね」
吹雪と私でそう言い合っている間にも、艦隊は取り舵を取り、進行方向を変える。
やはり迂回して進むようだ。
「にしても、いつのまにこの機雷群用意したんだろうね? 資料には、イギリス海峡全体に、敵の罠らしきものは存在しないって言ってたのに」
「まあ、そうゆうこともあるよ、どうする? 軽く機雷群がどこまであるか、空から見てくる?」
私の提案に、それいいねと言わんばかりの顔で、吹雪はにやける。
「長官には哨戒に出たって言っとけばいいよね、着替えてくるー」
吹雪はそう言って駆け出して行った。
「吹雪……本当に、『Ⅴ11』を先に落としておいて正解だったかもね」
私は、誰が聞いているわけでも無いのに、そう呟いた。
海面には、確かにジュラルミンの破片が散らばり、月光を受けてキラキラと反射していた。