表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/340

お前は誰だ

「空⁉」


 空は体にバスタオルを巻いていた。

 こちらの姿を見て空はバスタオルを投げる、巻けとの事らしい。


「有馬がいつまでも出てこないからでしょ」

「だからってはいってくるなよ⁉」


 空は何食わぬ顔で体を流し、湯船に入ってくる。

 湯船が広いからか狭くはないが少し足先が当たる、そんな状況をこそばゆく思いながら俺は頭を掻く。


「で、何を考えてたの?」

「ん? まあな、日本の今後についてだよ」


 そう言って俺は湯船から上がる。


「出ちゃうの?」

「洗ってからな」


 俺は椅子を引っ張り出してシャワーを頭からかぶる。


 なれないロシア製のシャンプーで頭を洗いながら空に話しかける。


「久しぶりのロシアはどうだ、シューカと呼ばれたりオデットと呼ばれたり空と呼ばれる一人の兵士さん」


 空は少し笑った後、口を開く。


「私の名前は雨衣空、上官に恋したただの日本兵士だよ?」


 俺は何も言葉を返さずに頭を洗い続ける。


「もう一度聞く、お前は何者だ、オデット・ジークフリート・ロマノフ」


 俺は強めに聞いてみる、そうすると空は観念したのかゆっくりと話し始めた。


「Меня зовут Одетта Зигфрид Номаров, кровь российского императора на буксире.」


 ……ロシア語か?


「日本語でお願いする」


 そう言うと、ふふふと笑みをこぼした後、いつもとは違う、妖艶な雰囲気を醸し出しながら話す。


「私の日本人としての名前は雨衣空、ロシア軍人としての名前はシューカ・タシュケント、そして本当の名前が、オデット・ジークフリート・ロマノフ、ロシア皇帝であるニコライ二世の血を牽くものだよ」


 ロシア皇帝……。


「でもロシア皇帝ってロシア革命の時に……」

「一家射殺されたよ、でも私の高祖母に当たる人はね、正式に一家として家に迎えられていなかったから、処刑されなかったんだよ」


 俺は頭のシャンプーを流しながら空の話に耳を傾ける。


「どうやら私の高祖母は、ニコライ二世とその従者の隠し子だったらしいんだ、それを公にするわけにはいかない、だからどの資料にも一切記されてないし、家にも入れる訳にはいかなかった、まあだから処刑も免れたんだろうけど」


 頭を洗い追わったら、今度は使い捨てのスポンジを取り出して、石鹸を使って泡を立てる。


「それで、その子孫であるお前は、なんでそんなにみすぼらしい生活を送ってたんだ?」


 俺は泡立てたスポンジで体を洗い始める。


「その従者さん、どうやらこの髪の毛の制で疎まれていたみたいだよ」


 そう言って空は自身の髪の毛を掻き揚げる、空色の髪の毛、か。

 いつでもどこでも、肌や目、髪の毛の色が違うだけで忌嫌われる。


「スラブ系の民族は皆茶髪とかだしな」


 俺がそう言うと空が湯船から上がり、俺からスポンジを取り上げる。


「いや待て、なんで流れるままに俺の背中洗おうとしてるんだ」

「え? おかしい?」

 

 つくづくこいつの常識感がよく分からない。


「お前に何言っても無駄だもんな……」

「よくわかってるじゃん」


 空は「にししし」と笑って俺の背中をこすり始める。


「……結構心地いいもんだな」


 誰かに背中を洗ってもらうのは初めてだ、少々こそばゆいがちょうどいい感じに背中全体に力が加わり気持ち良い。


「有馬さ、私との約束覚えてる?」


 空は俺の背中を磨きながら聞いてくる。


「死なないし死なせない、ってやつか?」


 一瞬空の磨く力が強くなる。


「痛って⁉」

「それもそうだけど……その前に言ったことだよ!」


 はぐらかそうと思ったが失敗したようだ。


「分かってる、返事をしろってことだろ?」


 俺はシャワーを取って体を流す、空は少し下がってうつむいている。

 そんな空からスポンジを、それとシャンプーを取って空の後ろに回る。


「有馬?」

「洗ってやるよ」


 俺はそう言ってシャワーで空の頭を流す。


「わっぷ」


 空は慌てて目をつぶり、頭を下げる。


「この髪がロシアでは疎まれるのか……」


 俺はそう呟きながらシャンプーで空の頭をわしゃわしゃと洗う。


「有馬も、この髪色は嫌い?」


 少し悲しそうな声で聴いてくる。


「いや、そんなことはない……」


 俺は頭の頂上から後ろに真っすぐ伸びる髪へと手を櫛にしてほぐすように洗う。


「これ、いいかも……」


 空から薄く言葉が聞えた気がしたがよく聞こえなかった。


「俺はこの髪好きだぞ、名前の通り空色で綺麗だ」


 そう俺が言いながら毛先を洗ってやると、空は体をくねらせる。





 えへへ、有馬に髪の毛のことでで褒められた。


「あ、ありがとう……」


 そう言うと有馬は私の髪につく泡を払い、シャワーで流した。


「空、お前は俺に、どの名で呼ばれたいんだ?」


 急な質問に私は戸惑う。


「どうしたの急に?」

「いいから」


 私は「?」を頭に浮かべながら、答える。


「そうだね……やっぱり、空の名前で呼んで欲しいかな……私の日本人としての名前だし、有馬が一番その名で呼んでくれたし」


 確かに私は王族の血を牽くオデットだ。

 確かに私はロシア軍に所属するシューカだ。

 でも、有馬の前では、日本軍で有馬の部下である雨衣空で居たい。

 

 そんなことを考えていると、頭に着いた泡は流し終わっていた。


「空、タオルを……外してくれないか? 背中が……洗えない」

「えっ! ……うん」


 後ろにいるから有馬の表情は見えないが、声から少し緊張しているのが解る。

 私は風呂場に入った時から鳴りっぱなしだった心臓の鼓動がより一層速くなるのを感じながら、体に巻き付けておいた布を外す。


 やばいやばいやばい!有馬の背中を洗うつもりで入って来たけど、まさか有馬私の事を洗ってくれるなんて考えもしなかった……!


 しかも今わたしは完全に裸、前ではタオルを握っているが有馬との間に隔てる布は無い。


「じゃ、じゃあ、洗うぞ……」

「お願い……」


 私の背中に柔らかく、少しざらついたスポンジの感覚が当たる。


「んっ」


 自然と吐息が漏れてしまう、有馬の力加減が上手なのだ。


「空、昨日の取調室でのこと覚えてるか?」


 きっと有馬が気にしてるのは大和の件だろう。


「覚えてるよ、有馬のファーストキスを大和が取ったのも、大和が私だけ有馬との交際を認めてくれたのも」


 ファーストキスを奪ったと聞いた瞬間、弾薬庫に『Ⅽ4』爆弾を投げ込んでこようかと思ったが、その後に聞かされた、私だけなら有馬との交際を認めると言っていた話、それを聞いて爆破はやめた。


 まあその代わり、その日の夜、大和に頭突きしに行ったんだけど。


「それを踏まえた上で聞く、お前はそんな相手でもいいのか?」


 それは二股かけるけどいいのか? って聞いてるのかな?


「いや、良い訳は無いよ? 女としては自分だけを愛してほしいっていう感情が強いからね」

「だよな……なら」


 私は有馬が続けようとした言葉を遮って言う。


「でもね、大和はそれを我慢したんだよ? なら私だって少しは我慢しなくちゃだと思う」


 大和だって有馬の一番を独占してやりたいはずだ、でもそれは我慢して私の分の席を用意してくれた。


「私は有馬が好き、大和か、別に他の子を好きなっても、私の気持ちは変わらない」


 私がそう言うと有馬はスポンジを私に差し出す、それを私が受け取ると、有馬は体を桶で流すと、風呂場から出た。


「空、お前は俺に死ねない理由になってくれって言ったな?」


 扉越しに有馬の声と布が擦れる音が聞こえる、私は有馬が洗ってくれなかった前を洗いながら答える。


「言ったよ?」


 少しの沈黙を置いた後、布の音が止まった。


「……なってやる、お前が戦場で死にそうになった時の、後悔の源として、之からお前の側にいてやる」


 そう言って洗面所の扉を開けて出て行った。

 私は少し動きが止まった。


 有馬の言った言葉は、OKと言うことであっているよね……私の死ねない理由になってくれると、私の、大切な人になってくれると……。


「……でも、一番大切な言葉を聞いてない……」


 OKしてくれたことに興奮してしまい頭から飛びそうだったが、有馬は私に「好き」と言ってくれなった。


「……本人に聞くのが一番か……」


 私は体の泡を流し、タオルのお湯を絞る。


「よし!」


 私は湯船の栓を開け、体を乾いたバスタオルで拭き、日本から持ってきたパジャマを着る。

 身支度を整えて洗面所から出ようとするが、私が干したタオルの隣に、有馬が使っていたバスタオルが目に入る。


「……少しだけ」


 私はそう言い聞かせてそのバスタオルに鼻を近づけた。


「へへ、ふへへへ……」


 少し変な笑い声が出てしまったが、そのタオルを干し直し、洗面所から出る。




 有馬はすでにベッドの中に入っていた。


「全く、少しは気にかけてもらいたいものだね」


 私が時計を見ると午後十時五分を指していた。


「有馬、ベッド入っても良い?」

「自分のがあるだろ」


 確かにこの部屋には二つベッドが用意されている。


「一人じゃ寒いし……寂しい」


 私がそう言うと有馬は無言で壁側を向き奥に詰め、私のスペースを開けてくれた。


 照れてるな……かわいいやつめ。


「ありがとう」


 私はそう言って、有馬の匂いと温もりがするベッドの中へ入った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ