明野沙織の苦難
「ここですね……」
無機質な扉の上には、取調室と書いてある。
まるで監獄ですね……。
「失礼します」
私は、一言入れてからノブを回して、中に入ると。
机にうなだれている、有馬さんの姿があった、今は会見の時とは違い、比較的ラフな軍服だ。
「どうしたんですか、そんなにうなだれて……」
私は、有馬さんの座る席の向かいに腰を下ろし、帽子を脱ぐ。
「いや……やってしまったなと……」
どうやら、相当悔やんでいるらしい。
「殴ってしまったことですか?」
そう言うと、有馬さんは顔を上げる。
「それもありますけど、一番は大和の前で本気でキレてしまったことです」
……お父さん見たいですね。
「部下の前で、醜態を晒すなら今すぐ腹を切る、ですか?」
「ええ、そうですね、全く一語一句、同じこと言いたいです」
やっぱり、私のお父さんみたいですね、有馬さん、そんなところも、かっこいいですよ。
「どうしました? 顔が赤いですよ?」
ぼーっとしていたら、有馬さんがそう言ってきたので、私は我に返り、首を振る。
「すみません! 気にしないでください」
そう言って、首と手を振ると有馬さんは体も起こし、こちらに視線を送る。
「で、何か御用でしょうか? もしかして、自分の処罰決まりました?」
そう、顔を青ざめて聞くので、私はさらに首を振る。
「いえ、それについては知りませんが、お別れを言いに来たのです」
私は明日、パプアの軍港に帰投する。
「ああ、持ち場に帰るのですね……観艦式の為に、ご足労ありがとうございました」
そう言って、有馬さんが頭を下げる。
「そんなとんでもない、こちらこそ、いいものを見せてもらえたので良かったですよ」
「いいもの?」
そう首を捻るので、答えて差し上げることにした、あの艦橋での一幕を。
「どうやら、艦長たちが大和の艦橋に、隠しカメラを仕掛けておいたらしく、それを、私達上層部の指揮官たちで、鑑賞会をしていたんです」
「……ん?」
なにかに気付いたのか、顔を青ざめ始める。
「最初はなぜ撮っていたのか、それを皆で見るのかなど謎は多かったのですが、どうやら艦長曰く、『大和と有馬君の好感度を調べよう!』と、よく隠し撮りしていたらしく」
さらに、有馬さんの顔が青ざめる。
「で、演習が終ったあと、二人の仲は戻り、挙句の果てに二人は……」
「ああああああああああ!」
有馬さんは、私が言い切る前に叫び声を上げて、床をのたうち回る。
「うふふふ、初々しかったですよ、勇儀?」
そう、からかい半分に、有馬さんを下の名で呼ぶと、有馬さんは顔を真っ赤にしながら立ち上がり、壁に頭を打ち付けてから、席に着いた。
「艦長、やっぱりあの変態ジジイから、変えた方がいいんじゃないですかね?」
そう、不貞腐れながら話している、有馬さんを見ていると、笑いが零れる。
「でも、少し大和さんには、妬いちゃいますね、私なんてまだ、男性とお付き合いしたことなんて、一度もないのに」
「なぜ? 明野さん程の方なら、恋人の一人や二人いてもおかしくないと思っていたんですけど」
首を捻りながら、有馬さんが聞いてくる。
いたらどれだけよかったことか……。
「いませんよ、こんな職業やってますからね、男の人にあまり好かれないんですよ」
皆、私が軍人だと知ると離れていく、まあ女軍人に、そこまでいいイメージがないのは解るが、やはり、少し悲しいものです。
私がそう言うと、有馬さんは怪訝そうな顔で言う。
「そんなに綺麗なのにですか?」
その言葉を聞いて、私は顔から湯気が上がった気がした。
「……なぜ、そう平気でそんなこと言えるんですか……」
そう呟くと、有馬さんは、はっと口を閉ざし、慌てて弁解する。
「いや、あの、これはその……」
そう戸惑う有馬さんに、私は仕返しをしようと、顔をずいっと、有馬さんに近づける。
「ほんとに、綺麗だと思ってくれていますか?」
私が聞くと、有馬さんは静かにうなずく。
「ふふ、ありがとうございます」
それに続けて、私は目を細め、薄く笑みを浮かべながら、とんでもないことを口走った。
「私は、有馬さんが初めての男性だったら、喜んで受け入れるんですけどね」
「へ?」
有馬さんの素っ頓狂な声を聞いて、私は席を立ち、部屋を出た。
廊下の途中までは平気だったが、思いだすほど恥ずかしくなり、顔が赤くなるのを隠すように、急ぎ足で『あめ』に帰って行った。
私は、艦内の長官室に戻った後、ベットの上で悶えていた、艦に戻った後乗員に。
「艦長、顔、にやけてますよ? 有馬中佐と何か良いことありましたか?」
と言われた、何故有馬さんの名が出てきたのかと問うと。
「艦長が、顔を赤くしてにやける時なんて、お酒飲んだときか、有馬さんの話している時だけですから」
と言われた。
「私って、そんなに有馬さんの事話していましたっけ……」
確かに、初めて会った時から気になっており、戦果や、情報は集めていたが……。
「……初めての男性、ね」
私は、自身で言った有馬さんをからかう一言を思い出して、枕に顔を埋める。
「ほんとに私を選んでくれたら、嬉しいかも……て、何を言ってるんですか私は!」
私を選んでくれたら、だなんて、そんなの、人肌が恋しい痴女みたいじゃないですか!
そんなことを思いながら、机に置いてある、お父さんとの写真を眺める。
「……お父さん、私やっぱり寂しいみたいだよ……家族がいないって、こんなに寂しいんだね」
私は、小さいころお母さんを失っており、兄弟も居ない、そして唯一のお父さんも、南シナ海事件で、海へと沈んだ。
だからこそ、お父さんの後を継ぎ、自衛隊で長官まで登り、皆を率いる存在になった、お父さんのような指揮官を目指して……。
でも、上に立つということは、いつでも皆の手本でないといけない、そんなプレッシャーを感じながら、過ごしてきたが……。
「そろそろ、疲れました……」
私だって、誰かに甘えたい、抱き着いて撫でてもらいたい、よく頑張ってるねと、褒めてもらいたい
「寂しいよ、お父さん」
私は、静かに枕を抱きしめた。
―――――――第四幕、完
戦争は、悲しいものだ。