間章 決着の後に
現在、15時37分、横須賀第一工廠。
「さて、お前んとこの『大和』と『アリゾナ』の様子だが」
西村さんは、手に持った請求書を俺に投げる。
「どんだけ鉄使う気だ!」
「すいません……」
俺は、その請求書を見て、血の気が引いてくる。
「え、嘘こんなに……?」
『大和』の改装案と、その他の艦の改装案、そこに『アリゾナ』『大和』『長門』『扶桑』の修理費が重なっていた。
「もともと改装案と、二隻の修理費で膨れていたのに、そこに余計な修理費重ねやがって! お前の戦艦組は何考えてんだ!」
西村さん大激怒、まあそりゃそうか、これ全てをこなしたら、横須賀に貯蓄してある金属が全部吹っ飛ぶ、いくらか残るが、雀の涙程度だ……。
次の輸送船が来るのって、いつだっけかなぁ。
「ほんと、申し訳ないっす」
「まあ、資金の面はしっかり提示されてるから仕事はするが、これじゃあすぐに、日本の鉄が枯渇するぞ?」
そんな西村さんの忠告を受けながら、俺は艦体の方へ目を向ける。
「『アリゾナ』だいぶ削られてるなぁ」
『大和』に衝突された衝撃で、左舷が凹、対空設備や副砲がへし曲がっている。
「全くだ、一体どんなことを教えたら、敵艦に体当たりするという発想にたどり着くのか、ぜひとも教えてほしい」
そう言いながら、コルト長官が『アリゾナ』の甲板から降りてくる。
「ふん、まあ最後まで足掻く姿勢は認めてやろう」
その後ろから、アリゾナも姿を現す。
「コルト長官、お疲れさまです」
俺は、降りてきた長官に敬礼をする。
「『大和』を打ち倒せると思ったんだがな……その為だけに、38センチ砲を輸入したんだが」
えぇ、その為だけに、38センチ砲をドイツから買ったってのか? イギリスの対処で忙しいドイツから? なんつうことだ……。
「実際、測距儀を壊された時は焦りましたよ」
そんな話をしている時、隣のドッグに、もう一隻の巨艦が入ってきた。
「最強の姫を乗せた、黒鉄の城のご登場だな」
アリゾナは、そう皮肉るように俺に言う。
「迎えに行ってやれ、鉄の城に住む、世界最強の姫様を」
そう、コルト長官も付け足す。
俺は、そんな二人に敬礼をし、言葉通り、『大和』に上った。
俺が甲板に上がると、聞きなれない、誰かの声が聞えた。
「君は『大和』が好きか?」
俺は、一瞬の間を置き、艦橋に向かって歩き出しながら、その問いに答えた。
「好きです」
「そうだな、だが私は嫌いだ」
「そうでしょうね」
航空主兵主義の貴方なら、そうですよね。
「でも、誇らしいとは思っているぞ」
「ええ、知っています」
艦内に入り、長い階段をゆっくりと、俺は上がっていく。
「きっと、君は私より、上手くこの子を使うことができるのだろうな」
「そうですね、そうだと良いんですけど」
俺は、苦笑いをしながら、その声と会話しながら、階段を上る。
「君はもう知っているであろう『大和』の重要さと、素晴らしさを、大和に教えておいた、だから大丈夫だ、もうあの子は、自分を見失ったりしない」
「……ありがとうございます、貴方が言ってくださったのなら、きっと大和の心にも響いている事でしょう」
階段を上り終え、艦橋の中に入る。
「君には、最後の仕上げを頼みたい、『大和』の存在証明を、な」
「証明、ですか?」
艦橋の中に在る、防空指揮所に上る階段の前に立ち、俺は声に聴き返した。
「いくら言葉で教えられたとしても、それを証明してやらなければ、あの子は満足しない、だから……」
「『アイオワ』を倒して、『大和』が最強の戦艦であることを証明する、ですか」
声の主は、最後に少しだけ笑い、気配を消した。
「娘を、頼んだぞ」
俺は、その声を聴いてから、防空指揮所に上った、見慣れた場所に安心感を浮かべながら、そこに立って待っていた、姫の名前を呼んだ。
「迎えに来たよ、大和」
「うん、待ってた」
その短いやり取りの後、大和は俺の体にしがみついた。
「今はまだ何も言わない、君と俺が『大和』を心から信じられるようになった時、改めて話そう」
そう言いながら、俺は大和の頭に手を乗せる。
「その時は、司令官と戦艦ではなく、有馬勇儀と大和の関係で話そう」
俺がそう言うと、大和は静かに俺から離れ、綺麗な敬礼を見せた。
「明日の演習、よろしくお願いします、司令官」
「ああ」
その短いやり取りを終え、大和は姿を消し、俺は指揮所を降りた、決意を胸に秘めながら。
明日、俺達は勝つ。