演習開始
「さて、ついにこの時間、演習の開始時刻です、それでは、現場のヘリに画面を繋げましょう!」
そう言って、モニターに映し出されたのは『大和』だった。
ズキンと頭に電気が走るように痛むが、画面をよく確認すると、ヘリは『大和』の左後上方に陣取っていた。
そして、後部からは『零式水観』が発艦しようとしていた。
「現場の鈴木さん、状況はどうですか?」
アナウンサーが聞くと、リポーターは、カメラを『大和』ではなく、別ヘリが撮影している、『アリゾナ』の様子を映しながら言った。
「今、互いの船から、二枚の羽根を持つ飛行機が飛び立ちましたね、これは一体何なんでしょうか?」
そう言うと同時に、スタジオの画面に、別画面でアリゾナが映し出される。
その別画面では、飛び立った『アリゾナ』の複葉機、『カーチスSOCシーガル』にピントが合う。
「ん?」
俺はその機体に違和感を覚え、よく目を凝らす。
凝らしてみて分かったことは、羽下に二発の爆弾を抱えていること。
観測用なら爆弾は必要ない、それに、続けて後二機、発艦しようとしている……この状況から考えるに……。
「まさか……」
俺は、サーと血の気が引くのを感じ、
「急いでヘリを低空に下げさせて、『大和』から距離を放してください」
そう言った。
「は、はい? えっと、鈴木さん、解説者の方から、急いでヘリを低空に移動し、船から離れて欲しいそうです」
「はーい」
鈴木と呼ばれた人は、状況を理解していないのだろう、暢気な声で、返事をし、ヘリの操縦士にそれを伝えていた。
少し経つと、ヘリが高度を下げ、それと同時に、『大和』左舷の高角砲が、仰角をかけ始めた。
「降りましたが、何故高度を下げる必要があったのでしょうか?」
「見てれば分かりますよ」
俺がそう伝えると、リポーターの小さな悲鳴とともに、『大和』の代表的な対空火器、12、7センチ連装砲が火を噴き始め、『シーガル』の周辺で爆発を始めた。
「危なかった……」
俺がそう呟くと、ハスミさんが聞いてくる。
「今爆発している爆炎を避ける為に、ヘリを移動させたのかい?」
「もう数秒後にわかりますよ、『大和』最大の三つの武器、その内の一つがね」
俺がそう言うと、皆の視線が画面に向けられる、その瞬間、画面は真っ赤な閃光で染まった。
「な、なんという事でしょう! 今まで私たちがいた場所に、無数の火の弾が飛んでいます!」
その画面を、数秒間見つめていると。
「あ! 相手の飛行機が、白旗を上げて離脱していきます、撃墜判定を受けたようです!」
三機の水観が、瞬く間に撃墜判定を貰い、基地へ帰投する。
その姿を見た後、皆の視線が、俺に集まった。
「今のが、『大和』が持つ最大の武器うちの一つ、圧倒的な対空火力です」
俺はそう伝え、『大和』の模型を、スタッフに持ってきてもらう。
「この、ボコボコした砲が分かりますか?」
俺が、皆さんの前に模型を置いて、ペンでさす。
「この二本の砲かい?」
ハスミさんが席を立って、100分の1スケールの『大和』に近づく。
「はい、これの正式名称を、12、7センチ連装高角砲と言います、之が、両側合わせて十二基、二十四門の砲があります」
俺は、模型の高角砲を、上へと向ける。
「そして、その周辺に散らばるこの武装、之を25ミリ三連装対空機銃と言います、主にこの二つが『大和』の、航空機に対する防御手段です、さっき見えた火筒は全てこの対空機銃によるもので、空中で爆発していた黒煙が、高角砲によるものです」
俺が一通り話し終え、モニターに目を戻すと、『大和』は、大きく90度右に回頭している最中だった。
どうやら『大和』は、『アリゾナ』に対して、まずはT字を描くつもりらしい。
「じゃあお前は、ヘリが落とされないように逃げる指示を出したのか?」
橋本さんが、モニターを見ながら聞く。
「はい、レシプロ機よりも速度の遅いヘリ、しかも装甲の無いヘリを、あの対空砲火の中飛ばし続けることは、たとえ超エリートの軍人でも、不可能に近いです」
俺がそう言うと、ピーナツちゃんが、首を傾げながら聞く。
「具体的に、大和の対空砲火? はどれくらい凄いの?」
うーん、難しい質問だな。
「第二次世界大戦中、八隻の小型艦と、一隻の中型艦、そして、『大和』で出撃した時、その艦隊は、約900機の航空機と戦い、『大和』は沈没しました」
俺が言うと、橋本さんは笑いながら、
「負けてんやん」
と言うが気にせず続ける。
「しかし、『大和』を攻撃した航空機乗りのほとんどは、その後、航空機に乗るのを嫌がり、数名は、ノイローゼになって自殺しました」
俺がそう言うと、ハスミさんは唾をのみ、続けて聞いてきた。
「それは、どうしてだい?」
俺は、一息ついてから話す。
「実際、二次大戦中の頃の対空兵装は未熟な物が多く、命中精度が高いとは、とても言える代物ではないのがほとんどでした、それでも、その対空砲火は、人間の大事な部分を壊します」
今度は、全員がごくりと唾をのむ。
「それが、人の心です」
「心……」
ピーナツちゃんが、自身の胸に手を当てて、考える。
「飛び交う機銃弾、爆発する砲弾、飛び散る火の粉と鉄片、たった一発でも、正面から被弾すれば、助かる可能性は少ない。何度も何度も機体を叩く被弾音を聞きながら、次は避けられないんじゃないかと考えながら、その中に突入していく感覚。たとえ帰ってこれても、その記憶が呼び覚まされ、ノイローゼを引き起こします、そうすると、機体に乗ることすら拒絶するようになってしまいます」
俺が一気に話し終えると、皆は「ほう」と言葉を零した。
「それでは、ひと段落付いたので、現場に戻します、鈴木さん?」
そう言って、アナウンサーは、カメラ越しにいるリポーターに渡す。
「はい、それでは、少し離れたところから、現場の様子をお伝えします」
俺の忠告を聞いたからか、ヘリの位置を少し離れた場所において、カメラは、交互に艦を映している。
「現状は、少しずつ距離を近づけているようです、先ほど撃墜された、『アリゾナ』側の飛行機は、代わりを飛ばし、上空に待機させています、逆に『大和』の飛行機は、最初から『大和』の上空を飛んでいますね」
そう言い終わった後、アナウンサーが、俺に質問を振った。
「あの飛行機は、何の役割を?」
「あれは両機、観測機と呼ばれる機体で、砲弾の着弾を観測し、調整の指示を出します、まあ言うなれば、戦艦の望遠鏡です」
俺が言うと、司会は付け加える。
「望遠鏡ですか、目、とも言えるのでしょうか?」
それに俺は、首を振る。
「いえ、本来戦艦の砲撃を指揮するのは、測距儀と言われる大型の望遠鏡です、『大和』の一番高いところにある棒、あれが『大和』の測距儀です、ここは、戦艦の砲撃の指揮を執る設備が集中しているので、万が一壊れると、戦艦の命中精度は大きく低下します」
そう俺が言うと、カメラが『大和』の測距儀を捉え、ズームする。
「あれですね、なるほど、本来の目はあそこで観測機はそれの補助という事ですね」
「そうなりますね」
そう返すと、橋本さんは怪訝そうな顔をして聞いてきた。
「でもさっきの観測機、爆弾を持って飛んでなかったか?」
「ええ、観測機だって、60キロ爆弾程度なら、積めますからね」
俺はモニターから目を離し、補足する。
「別に、観測機だからと言って攻撃ができないわけではありません、『大和』に積んでいる、『零式水上観測機』も、60キロ爆弾二つ、7、7ミリ機首機銃、後部に旋回7、7ミリ機銃があります、これらの装備は、専門の戦闘機や爆撃機には遠く及びませんが、最低限の戦闘はできるように設計されています」
おそらく、アリゾナは大和への猫だまし的な意味合いで、爆装させた水観を向かわせたのだろう。
今も『アリゾナ』の上空で、数機が待機している。
『アリゾナ』は、装載艇の数を減らし、水観を最大八機積める状態にある、一機は観測用に残すにしても、後四機は、もう一度爆撃を仕掛けてくるかもしれない。
「観測機と言っても、自衛用の武装はあるという事ですね」
「はい、その通りです」
そう言って、観測機の下りは終わり、また皆の目線が、モニターに集まった。