第九話 彼女持ちと新人への暴露
授業が終わり、颯太はいつもアルバイトしているファミレスの控え室に入る。そこには店長がいた。
「おお、颯太君。今日もよろしくね」
「はい」
そう言うと店長は控え室から出て行った。
時刻は五時半を回っており、ロッカーを開いて着替えを始めた。着替えが終わると、タイムカードを通した。
「颯太早いな」
「いつも通りくらいだろ」
泰斗もロッカーを開けて着替えを始めた。
「妹さんは大丈夫なのか?」
「ああ、帰ってくる前に晩ご飯は作っておいたからな」
「なら大丈夫だな」
「作らなくても、明里なら一人で作れる」
実際、朝食を作っているのは明里だ。晩ご飯の担当は颯太だが、いなくても料理する事はできる。
泰斗も着替えが終わり、タイムカードを通した。
「よし、行くか」
「そうするか」
二人は立ち上がり、フロアに出ようとする。
それと同時に店長が控え室の扉を開けた。
「二人とも、今日からバイトに入ってくれる子がいるから紹介するね」
「新しい人ですか」
そうすると店長の陰に隠れていた人が控え室に入ってきた。
「一葉葵さんだ、いろいろ教えてあげて」
「一葉葵と言います。よろしくお願いします」
ファミレスの制服を着ており、深々と頭を下げてお辞儀する少女。
今風の髪型で少し幼い顔をしている。颯太はどこかで見たことがあるように思えた。
少女は下げた頭をあげて、二人の顔を見た。
「あー! 先輩方だったんですね」
驚いた顔をしている葵。
「あー思い出した。キーホルダー落としてたな確か」
「一葉さんだっけ? 颯太は知ってるんだな」
「キーホルダー落としてたのを拾ってあげたんだよ」
「あれ、同じ学校の後輩だったんだね。じゃあ、教育係よろしくね」
店長はそう言って控え室から出て行った。
「じゃあ自己紹介するか。俺は砂川泰斗、二年生」
「僕は、内海颯太だ。同じく二年生」
「一葉葵です。一年生です」
「さて、フロアの仕事を教えるか」
そう言うと颯太は控え室から出て、フロアに出た。それに続いて泰斗と葵もフロアに出る。
「一葉さんは、店長に大体は聞いてるよね?」
「はい。接客についてとテーブルの片付けと食器を運ぶのは教えてもらいました」
「じゃあ、一通りは大丈夫そうだな」
「あとは、ビールタンクの補充くらいかな」
泰斗がビールを注ぐ機械に目を向ける。
「丁度空になってるし、やってみようか」
「はい!」
颯太はビールタンクの代えが置いてある場所を教えた。
「じゃあ、持つぞ」
「はい!」
「『三、ニ、一、せーの』で持ち上げるからな」
「分かりました!」
そうして、颯太も葵も取手を掴んだ。
「いくぞー、三、ニ、一、せーの!」
同時にビールタンクを持ち上げる。
「結構重いですね」
「空になったら誰かと二人で運べよ」
そう言いつつ、ビールサーバーまで運んだ。
「じゃあ、こっからは取り付けに入るぞ」
そう言って、颯太は詳しいビールタンクの替え方を教えた。
終わった頃、店内の来客を知らせるチャイムが鳴った。大学生と思われる人が入ってきていた。
「いらっしゃいませー」
「じゃあ、一葉さん行ってきて」
泰斗が葵が初めてと言う事なので、練習として行かせようとしているのだろう。
「はい、分かりました!」
そう言うと、葵は入り口付近へ向かっていく。
「お二人様でよろしいですか?」
「はい」
「では、こちらへどうぞ」
颯太と泰斗は遠くから見守っている。葵は空いている席までは案内できている。
「こちらメニューになります。ご注文が決まり次第、そちらにあるボタンでお知らせください」
今のところ間違いはない。むしろ完璧だ。
「お水はセルフサービスになっております。ごゆっくりどうぞ」
葵はそう言い切ると、颯太と泰斗の方へ向かってくる。
「よくできました、すごいね一葉さん」
「ありがとうございます」
こうして新人が入ってきたのだった。
午後九時を過ぎて、今日のバイトは終わりだ。控え室で三人はタイムカードを通していた。
「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様、一葉さん初めてじゃないくらい完璧だったよ」
「そうですか?」
「あれだけ出来れば一人前だと思う」
泰斗は葵のことを大絶賛している。確かに、颯太も感心している。
「砂川先輩は優しいですね」
「まぁ、彼女持ちだしな」
彼女がいるからと言うわけではないが、実際颯太もそう感じている。
「だから、喧嘩中なんだって」
「まだ、喧嘩してんのかよ」
「今回は長引きそうな気がする」
はぁ、と溜息をまた一つ溢す泰斗。
「内海先輩は彼女さんとかいないんですか?」
自然な流れで葵が颯太に聞く。颯太は何と言って良いか分からない状態だった。
「颯太、噂で聞いたんだが……あれはマジか?」
言葉を濁す泰斗。流石に颯太と綾菜の話題は隠しきれないようだ。一日経っただけで、クラス中に広まっているのを考えれば当然と言える。
「知ってたか」
「何の話ですか?」
ほとんど今日知り合った葵は何も知らないようで、疑問を浮かべていた。
「まぁ、隠しきれるとは思ってなかったからな」
「って事はマジなんだな?」
「ああ、嘘はついてない」
「マジかよー」
泰斗は嬉しいのか嬉しくないのか分からない反応をしている。実際には嘘をついてるからか、颯太は悪いことをしているような気持ちになっていた。
「だから、何の話なんですか?」
「颯太の恋愛事情についてなんだけど」
「おい、あんまり言いふらすな」
「まぁまぁ、いいじゃないですか」
ニヤリと笑みを浮かべる葵。
「好きにしてくれ」
「話していいんだな?」
「ああ」
颯太は投げやりな気持ちになりながらそう言った。
「一年の時によく俺と、颯太と、もう一人の女子の三人で仲良くしてたんだ」
「はいはい」
「で、その女子と颯太が付き合ってるっていう噂が流れてて、今確認したら本当の事だったって話」
「なるほど〜」
また、ニヤリと笑みを浮かべる葵。
「嬉しいような、悲しいような気持ちってこれのことを言うんだな」
泰斗が胸に手を当てている。
「ちなみにどんな人なんですか?」
「あー、金髪で結構可愛い」
「おい、それは普通僕が言うべき事じゃないのか」
「確かにそうですね」
葵が苦笑いしている横で、溜息をつく颯太。
「そろそろ帰るぞ」
「分かった、ちょっと待ってくれ」
「私も帰ります」
そう言って、三人は店の従業員用の出入口を通り外に出た。