第十話 後輩と都市伝説とお風呂
颯太と泰斗は自分の自転車の鍵を外し、自転車を引きながら少し歩く。
「一葉さんはどっち方面?」
「あっちです」
「じゃあ、颯太と同じだな」
泰斗は置いてある自分の自転車に跨った。
「俺はこっちだから」
「じゃあ、また明日の朝な」
「お疲れ様でしたー」
「じゃあなー」
そう言うと、泰斗は自転車を漕いで、スピードを上げ、颯太と葵とは反対の方面へ。
「先輩もこっちなんですね」
「ああ。危ないし、今日は家まで送る」
「ありがとうございます」
颯太は自転車には乗らず、葵と同じように歩く。
「タメ口が楽ならタメ口でいいぞ」
「なんでですか?」
「だって、明らかに慣れてないような感じがしてるしな」
少しぎこちないように颯太は感じていた。だからこそ、気を遣わない方が良いだろうと、颯太は判断したのだ。
「じ、じゃあ」
夜道を歩いていると、携帯の通知音が微かに聞こえた。颯太ではない事は分かっている。葵が鞄からスマホを取り出す。
「あ、メールが来てる」
「歩きながらやると危ないぞ」
前も同じように明里に注意した事を思い出す颯太。葵は歩くのをやめ、スマホに集中し始めた。
返信を打つのが終わったのにもかかわらず、ずっとスマホを見ている。
「おーい、それじゃいつまで経っても家に帰れないぞー」
「あ、ごめん先輩」
「そう言う事は家でやれ」
「だって、早く返信しないとなんか言われるかもしれないじゃん」
「大丈夫だろ」
現代社会では、少し返信が遅れるだけでいじめが起きるという事を、颯太はニュースで見たことがあった。
仕方がないことなのか、よく分からない。
「あ、そうだ。さっき彼女ができたって言ってたよね」
「ああ」
「じゃあ、これ知ってる?」
葵がスマホの画面を颯太に向ける。どうやらオカルト系のサイトのようだ。そこには大きな文字で、『恋煩い』と書かれている。
「あー、都市伝説の『恋煩い』ね」
「知ってるんだ!」
「確か、中学の時に流行ったやつだったな」
颯太が引越しをする前の中学二年生の頃に流行った都市伝説。内容は、片思いしていると不可思議な現象が起きるというものだった。
例えば、心の声が聞こえた、だとか時間が巻き戻ったなどが報告されていた。だが、この現象は恋が実るか、想いを伝えて吹っ切れたりすると消えるのだという。
「先輩は信じる?」
「肯定も否定もしない」
「先輩には縁のないことだもんねー」
「確かにな」
この現象は恋が実れば消えるとされているので、颯太には普通に考えれば起こり得ない事だろう。
「ほら、立ち止まらずに進むぞ」
「あ、待ってよ」
颯太が歩くのを再開すると、葵も小走りで横に並ぶように付いてきた。
「先輩はいいなー」
「一葉には彼氏はいないのか?」
「やっと名前呼んでくれた」
「そうだったか?」
確かに颯太は今まで葵の名前すら言っていなかった。
「私に彼氏はいないよ」
「顔は別に可愛いとは思うけどな」
「それは、フォローしてくれてるの?」
「いや、正当な評価をしてる」
葵の顔が少し赤らむ。はっきりと言われて恥ずかしいのだろう。
「男子にそういうこと言われると、照れるなー」
「そのまま、好きな人作って告白すれば、すぐ彼氏は作れるだろ」
「簡単に言うけど、大変なんだよー?」
「そんな事は知ってる」
颯太はこれまで彼女などできたことがない。だからこそ、葵の気持ちはよく分かる。
それから十分ほどたわいもない話をした。
「あ、私の家ここだから」
颯太が住んでいるところと、同じ大きさのマンションの前で葵はそう言った。
「じゃあな」
「またねー!」
葵が手を振っているので、颯太も手を振り返した。一応、颯太は葵がマンション内に入っていくまで見守った。
「さて、帰るか」
颯太は自転車に跨り、ペダルを漕いでスピードを上げ、家に帰った。
「ただいまー」
颯太は玄関の扉を開けて、靴を脱いで家に上がる。
もう一枚の扉を開け、リビングに入ると衝撃的な光景を目にした。
「あ、おかえり」
明里は風呂上がりなのか、タオル一枚を体に纏わせてリビングにいた。
「何してるんだ」
「あんまりジロジロ見ないでよ」
頬を赤らめ、恥ずかしそうにしている明里。
「さっさと服を着ろ」
「分かってるよ」
そう言うと、明里は脱衣所に駆け足で戻っていった。少しした後、パジャマを着た状態で脱衣所から出てきた。
「さっきのは何なんだ?」
「週末だから学校の体操服洗おうと思って、取りに行こうとしてたの」
「服着てからにしろよ」
「まさか、実の妹の体に興奮したの?」
明里は訝しげな様子で颯太を伺っている。流石に妹で興奮する性癖を颯太はは持ち合わせていない。
「そんなわけあるか。湯冷めすると体に悪いだろ?」
「そっか、そうだよねー」
明里は胸を撫で下ろしている。安心したのだろう。
「今度からは服を着てから取りに行け」
「はーい」
気の抜けた返事をしながら、明里は自分の部屋に戻った。部屋から出てくると体操服をとって、洗面所にある、洗濯機に入れていた。
颯太も手を洗うため、洗面所に向かった。
「明日はお兄ちゃんが当番だよ?」
「あー、そうだっけ?」
「うん、洗濯はお兄ちゃんで、ご飯は私」
「分かった、明日は早く起きる」
颯太は手を洗い終わり、タオルで手についた水を拭き取る。そのタオルもついでに洗濯機の中に入れた。
「じゃあ、おやすみ」
「もう寝るのか?」
「もうそろそろね」
「おやすみ」
明里は自分の部屋に戻っていった。
颯太は晩ご飯を済ませていないので、自分で作った晩ご飯の残りを電子レンジで温めて食べる。
「これ、意外と美味しいな」
そう呟いて、颯太は長い夜を過ごしたのだった。




