さくらの優先順位
さくらが打ちひしがれているのを尻目に碧は推薦理由を教師に説明し始める。
「理由としては簡単です。神海さんは持ち上がり組でこの学校のことをよく知ってるだろうし、何より同じクラスにいてくれた方が伝達もしやすいと思ったので。もちろん神海さんが賛成すればの話ですが」
そう言いながら碧はさくらに微笑みかける。だがその目は一切笑っていない。断ることを許さないその視線と他の生徒の視線が突き刺さる。
「み、皆さんが私でいいならよろこんで」
「それじゃあ二人にやってもらいましょうかね。残りの皆さんも二人に任せきりにならないで協力してください」
時間のかかるような委員長決めがすぐに終わったため、予定していた時間を大幅に削減し、三十分で会議は終わった。
終盤の碧の黒い笑みをさくらは一生忘れないと心に誓い、睨み返した。
「と、いうわけで学級副委員長だけでなく学年副委員長にもされました。無理矢理、無理矢理!」
「妖精ちゃん、どうどう」
気が荒ぶっているさくらを彩果は宥める。その間、薄情にも未奈は笑い続けているだけだ。その様子がさくらの怒りのゲージを上げていく。
「まあまあ、委員長じゃないだけまだ優しさだと思うよ。全体で話すこともほとんどないんだから」
「だって私忙しいのに。今でこそ演奏会に向けて毎日稽古してるのにそれに加えて委員会の仕事を任されたら私の練習時間が削られていくのに」
「あ、そっち?」
人前に出なくていいのにも関わらず何故ここまでさくらが落胆しているのかがよくわかった。和楽をこよなく愛する彼女にとってそれを妨げるものは基本的に外敵とみなすのだろう。
「今はまだいいとして、行事と演奏会が重なったら一体何時間稽古の時間が削られるかわかったものじゃないし。こうなったら勉強時間を削って……そうだ! 勉強しなくても単位ギリギリ取ればいいんだから全部削っちゃおう!」
「さくらのお母さんがそれを許すと思えないんだけど」
さくらのことになると鬼になる母親が稽古がしたいがために勉学を疎かにする娘を黙って見るだろうか。答えは完全にノーだろう。
それはさくらにもわかっていたことで、未奈の発言を聞いた後、畳に突っ伏した。
「練習時間は諦めなさい。それか委員会内で誰かを副委員長になすりつけなさい」
「そんなことが私にできると思いますか先輩」
「無理だね」
「うえーん」
さくらの新たな一面を見れた彩果は喜んでいいのか後輩の面倒くささを嘆いていいのかよくわからなくなった。
そんなさくら達のやりとりを遠くから眺めながら昨夜は無言で楽器の準備を始める。
「相澤。顔怖いよ。いつものことだけど」
「うるさい」
「さくらちゃんが柴崎碧に取られるかもしれないって不安になってるんじゃない? 早く伝えればいいのに」
意地の悪い笑みを浮かべながら有季の揶揄する言葉に昨夜はその碧眼で睨む。有季はそんな視線もどこ吹く風と言うように一つ軽い溜息を吐く。
「気持ちはわかるよ。さくらちゃんは本当に鈍感だし相澤が直球で告白しても気づかない可能性だってあることくらい」
「おい」
「でもね、さくらちゃんは黙ってれば絶世の美少女だし、家柄も由緒正しいし、狙わない男の方が少ないと思うよ。さくらちゃんが鈍感じゃなけりゃ今頃とっかえひっかえ……」
「やめろ」
止むことのない有季の言葉に痺れを切らした昨夜がその胸倉を掴んで止める。
後ろを向いているさくら達はその様子に気づかない。
「何? そんなに怒るなら早く告白しなよ。そうやって先延ばしにして前世ではさくらこ様を失ったくせにまた同じことをする気か?」
「あの時はお前が」
「有理が手を出さないまでもさくらこ様を狙ってた人間はいた。今だってそうだ。むしろ外に出ている分さくらちゃんの方が危険だよ。言い寄ってくる男だけじゃない。下手したらその身分や金を狙って命を脅かす奴だっている。守りたいならさっさと覚悟を決めなよ」
昨夜の手を払い除け、シャツの皺を直しながら有季は冷たく言い放つ。昨夜は流石に言い逃れもできずにぐっと言葉を飲み込む。
「わかってる、けど」
昨夜の言い淀む姿に有季は一つ溜息を吐く。今度は揶揄うようなものではない。仕方ないとでも言うような、呆れたような溜息だ。
「まあ僕だって従兄妹の危険を見過ごすほど腐ってないから協力はするけどさ、今のままじゃ君に加勢することは無理だよ。どうしたいかは自分で決めなよ」
「……ああ」
昨夜の返事を聞き届けた後、有季は一人で楽器の準備を行った。
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