誘拐なのか神隠しなのか
さくらは昨晩目撃した彩果と奈子の喧嘩──というか言い合いについて二人に説明した。とは言ってもさくらもよくわかっていないことの方が多いので足りない部分は推測でしかないが。
「喧嘩ももちろん気になるけど、私が一番気にかかってるのは彩果先輩の方なの」
彩果は誰とでも当たり障りなく仲が良いが、その中でも特に奈子とは先輩後輩の垣根を超えた仲だ。それでも敬語を崩しているところは今まで見たことがない。
「俺達が見ていないところではタメ口をきいてるってことは?」
「もちろんその可能性は考えられるよ。でも奈子さん、最後に彩果先輩のこと『おばさん』って言ったんだよ。悪口とかじゃなくて本当に切羽詰まったみたいに」
彩果と奈子は二つしか年が離れていない。それも奈子の方が年上だ。冗談でも彩果を「おばさん」呼ばわりできないだろう。
「全く意味がわからなくて。結局弥生とは見なかったことにしようって話で終わったんだけど。でも奈子さんがあんなに焦ってるところなんて見たことがないから」
さくらの知っている奈子はいつも冷静で、困っていることがあれば一緒に解決してくれる優しい先輩だ。それが昨日は焦りを隠さず彩果に言い寄って拒絶されていた。
「私達には相談できないことなのかな」
入部当初からお世話になっている二人だ。もし何か争わなければいけない事態になっているのなら少しでも力になりたい。だが無闇に首を突っ込んで火に油を注ぐような真似だけはしてはいけない。
「それで? 相澤君はこの話を聞いて何かわかったの?」
「いや。聞いてみただけだ」
昨夜から話を切り出してきたくせに説明するだけしたら本人は何も教えずに考え込んでいる。
「ちょっと。私に言わせたんだからそっちも何か教えてよ」
「……」
「もう!」
考え込んでいるせいで無視している昨夜の腕を小さな拳で小突く。その力は弱いので昨夜は全く意に介さない。どころかもしかしたら気づいていないのかもしれない。
「ねえってば」
「その辺にしておきなよさくらちゃん。相澤も何かしら考えることがあるんだから」
「むう」
何故か有季にまで止められてしまったさくらは膨れ面を崩さないまま練習に入った。今日からは学年に分かれて各自練習をする。さくらは既に主旋律を完璧にこなしているので細かい間に後輩の指導を任されている。
「これはこうで……弥生、聞いてる?」
「聞いてます。でも小説の続きが早く読みたくて」
『夏の夜の夢』は弥生の愛読書だと聞いている。何度も繰り返し読んで内容も理解しているはずだ。それが練習の邪魔になるほどまた読みたいと思うのだろうか。さくらは疑問に思う。
「ここで読むからまた一味違うんです」
「ああ、精露山のこと? あれって神隠しじゃなくて誘拐事件なんでしょ。むしろそっちの方が怖いよ」
「いいえ。確かに誘拐事件もいくつかありました。でも本当に神隠しが一度だけ起こったこともあります。新聞記事にもなってますよ。つい最近。十年前に」
「十年前って最近なのかな」
弥生が講師の目を盗んでスマホを操作する。その後さくらに画面を見せた。そこには新聞記事のようなものが載ってあり、見出しにはでかでかと『精露山神隠し事件』と書かれている。
「四十年前。精露山にキャンプに来た六歳の女の子が突然行方不明になったらしいです。警察の捜索も虚しく彼女は七年後に時効として死亡認定されました。でも実は彼女は神隠しにあっていたんです。山から降りてきた彼女の身元を調べたら確かに一致していました」
「よくわかったのね。四十年ってことはもうその女の子もおばさんになっていたの?」
「いいえ。彼女は四十年間ずっと年を取ることなく、六歳の体と知能で妖精の国に拉致されていました。さながら浦島太郎ですね」
弥生が画面をズームしてスクロールしながらさくらに説明する。さくらはその小さな文字を目で追う。
「この女の子の素性は明らかになってないの?」
「個人情報なので顔とか出身地までは載せられないらしいです。でも名前だけならいいらしいですよ。ほら」
弥生が指す先には名前と年齢が書かれていた。
『二〇✕✕年八月某日、山梨の精露山で当時小学一年生だった喜納川真矢さん六歳が発見されました。真矢さんは水分不足で体重は落ちていますが、後遺症など大きな怪我はないようです。警察は誘拐を視野に入れて捜査を進めております。なお、今のところ──』
「この真矢さんにとったら怖いよね」
「え?」
「だって気づいたら三十年も時が経ってるんでしょ。もちろん彼女のご両親だってその分年を取ってるわけだし友達だってみんな大きくなって自分の知っている人はもう見る影もない。それってなんか怖くない? 世界に取り残されたみたいで」
「うーん。経験してないのでわかりません」
「私もわかんないよ」
さくらはスマホを弥生に返して指導を再開した。
感想・誤字報告お待ちしております。




