表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽りの恋人  作者: 依槻
8/8

最終話 最愛

 「ずっと好きだった。俺と付き合ってくれないか?」


昼休み、隣のクラスの男の子に呼びだされた。

人の名前を覚えるのが苦手な莉紅は彼の名前はわからなかったけれど、去年同じクラスだったことを思い出す。


「ずっと好きだったんだ。」


これが千尋先輩ならいいのに……。


目の前で恐らく決死の覚悟で告白してくれているだろう男の子の事を飛び越して別の人を想う自分に莉紅は嫌気がさした。


「ごめんなさい。好きな人がいるの。」

「それって橘先輩?」

「……。」


肯定することは出来なくて莉紅は曖昧に微笑んだ。


「ごめんなさい。」


彼はじゃあしょうがないな、と笑って去って行った。莉紅はため息をつく。自分に好意を向けてくれる人を拒絶するのは正直とても疲れる。

千尋先輩は私といるの、つらかったかな……。

好意を押し付けるばかりだった自分といるのはきっととても疲れただろう。そう思うと悲しくて、自分が愚かしくて、気持ちが沈んでいく。


「莉紅。」


暗くなっていく気持ちを浮上させた声の方を振り返るとそこには久しぶりに見る千尋の姿があった。


「あ……。どうか、しましたか?」


努めて微笑めば、苦々しい表情が千尋の顔に浮かんだ。作り笑いだとわかってしまっているらしい。莉紅はそれでも笑顔を崩さなかった。


「無理に笑わなくていいから。」


何で、そんなこと言うの……?


優しくも残酷な言葉に莉紅の笑みが凍りつく。無理にでも笑う以外に千尋に対してどんな顔をしていいのかわからなかったのに。

それが千尋の優しさであることはわかっている。それでもその言葉は今の莉紅には残酷だった。


「先輩の言っている意味がわかりません。失礼します。」


頭を下げ、去ろうとした莉紅の腕を千尋が掴んだ。


「放してください。」

「話をさせて欲しい。」

「話なんてありません。」

「莉紅。」

「放して!」


腕をふりほどこうと手を引いたが逆に引き寄せられ、莉紅は千尋の胸にぶつかった。そして千尋の腕に包まれた。


「莉紅、話を聞いて。」


すぐ耳元で千尋の声がする。たったそれだけのことに莉紅の鼓動は速度を速め、その腕に縋りつきたい衝動にかられる。


「……て。」

「莉紅。」

「やめて!」


渾身の力を込めて、莉紅は千尋を突き飛ばした。最初からそこまで力を入れていなかったのだろう。千尋は容易く莉紅を解放した。


どうして今更抱きしめるの。どうして今更優しくするの。どうしてかき乱すの……!!


まだ忘れられていなかった温もりが莉紅をどうしようもなく寂しくさせる。


「今更私にかまわないでください!千尋先輩は、葉月先輩と一緒にいればいいんです!それが先輩の望みでしょう!?」


お願いだから、幸せになってよ!私がかき乱してしまった分、幸せになってよ!!


 涙を必死にこらえ、傷つきながら自分を想ってくれる目の前の少女の姿に千尋は自分を殴ってやりたいと本気で思った。

本当は知っていたのに。

莉紅がいつもどこか寂しげだったことを。色んな気持ちを押しこめて自分の為に笑っていてくれたことを。だから、ちゃんと言葉にして伝えよう。


「俺の望みはお前が傍にいることだよ。」


 言われた言葉の意味を理解するのが難しかった。


「何、言って……。」

「玲奈のことは確かに好きだった。最初莉紅と付き合ったのはあの日、感情に任せて抱いた罪悪感からだった。」


わかってはいても事実として突きつけられる言葉に莉紅は唇を噛み、俯いた。


「でも、違ったんだよ。俺は罪悪感で付き合ってるつもりでお前に甘えていたんだ。お前はいつも傍にいてくれたから。お前は俺の傍を放れないと思った。俺はお前の優しさに甘えていたんだ。それがどれだけ尊くて、大切なものだったかも気付かずに。」

「でも、だって……。先輩の一番は葉月先輩でしょう?」

「うん、俺もそう思ってた。でも、お前に別れて気付いたんだ。お前が俺にとってどれだけ大切だったか。お前の笑顔が、存在が、どれだけ愛しいものだったか。」


そっと千尋の手が莉紅の頬に触れる。それを莉紅が振り払うことはなかった。

千尋の親指が莉紅の目尻に溜まった涙を拭いとる。


「好きだよ、莉紅。……お前が好きだ。」


目を見開いた莉紅の表情が歪んでいく。瞳から涙が溢れる。

ずっと聞きたくて、でも聞くことを諦めていた言葉だった。


「わ、たしは…、先輩を好きで、いても……、いい、ですか?」


震える手が千尋の胸元を掴む。その手に千尋は己の手を重ねた。震える小さな手を安心させるように包みこむ。


「あなたを……、好きでいて、いいですか?」

「好きでいてよ。」


優しく莉紅を引きよせ、先ほどよりも強く、莉紅を抱きしめた。滑らかな彼女の髪に頬を寄せる。


「気付くのが、遅くてごめん。」


誰かを抱きしめてこんなにも愛しい気持ちになるのは初めてだった。莉紅の温もりが、自分の背に回された小さな手が愛しい。


「千尋、先輩。」

「ん?」

「好きです。……大好きです。」


久しぶりに見る莉紅の笑顔と彼女から紡がれる自分への想いに千尋は瞳を潤ませて微笑んだ。

とても、幸せそうに……。


 そして、放れていた今までの時間を埋めるかのように互いを強く抱きしめた。やっと、偽りでない関係が始まる。


偽りの恋人はこれでおしまいです。

今まで読んでくださりありがとうございます。

次回作を考案中ですので、そちらも見ていただけたらと思います。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ