人工心臓弁
その夜、早速にマユに話した。
(マユは……白い羽根を編み込んだ生地のノースリーブのワンピース。白地に桃色の花を刺繍した着物を羽織っている)
「借りた道具も犬の死骸も、ほったらかし? 失礼な人たちね。セイ、クレームを入れてもいいんじゃ無い?」
マユが言うのも尤もだ。
しかし、何処に文句を言えばいいか分からない。
「まあ、会社名、聞いてないの?」
「うん。そういえばアイツら、名乗らなかった。名刺も貰ってない」
ホラー映画のロケ、それしか聞いていない。
今となっては、それさえ怪しい。
「まったく手がかりは無いの?」
「……桜木さんが、車は見たかもしれない」
霊園事務所には車で行ったのでは?
河原から、犬の死骸を抱えて歩いて行ったと思えない。
「明日聞くよ。犬も明日、ちゃんと見る」
ざっと見たところ
犬に目立った外傷は無かった。
爪の状態から屋内飼育と推測。
腹を開き内臓を取り出す、迄は済ませた。
明日、胃の中身を細かく見て焼却、の予定。
胃の中は、肉で満ちていた。
生のまま食べた感じ。
「なんだこれ。猪か牛の肝みたいだ……」
少々驚いた。
愛犬シロは生肉を欲しがらない。
(シロはミディアムに焼いてバターをからめるのが好き)
首輪の痕があり、人に飼われてたには違いない。
飼い主が生肉を食べさせたらしい。
「毒が原因でも無さそう……健康な仔で、突然死っぽいんだけど」
臓器に、致命傷になる大きさの腫瘍は見当たらない。
死因不明。
しかたない。
取りだした内臓をトレイに載せ、(外の)焼却炉へ持って行く。
太陽は真上。木々の間だからキラキラした光が、
焼却炉辺りを明るくしている。
「あれ?」
贓物の中に、なにかある。
小さな白い<輪っか>
内臓に埋もれてるのを引っ張り出す。
手に取れば、白い樹脂と金属で出来ている。
「なんだろ?」
見ても分からない。
あとで、
ネットで調べよう、と思う。
それからは力仕事。
皮を一気に剥がす。
鈴子に貰った包丁、<バター>が役に立つ。
毛皮の塊を冷凍庫に収めたら、急ぎの工程は終了。
午後4時。ソファにゆったり座ってコーヒーを飲む
「あ」
白衣のポケットの中、
小さな<輪っか>を思い出した。
「プラモデルの部品かな。AIに教えて貰おう。それが手っ取り早い」
携帯で撮り、コレは何かとAIに聞く。
すると回答は
<人工心臓弁>
「あの仔、心臓に障害があったのか」
犬が、心臓の手術を受けている、と思った。
結局、犬の死因は分からない
持ち込んだ連中が殺した証拠は無かった。
騙されて気分は悪いが、一夜明ければ2人の顔も覚えていない。
もう、どうでもいいか。
俺が忘れないと、ユウトさんも忘れられない。
その日、動物霊園にシロを迎えにいったが
悠斗には何も聞かなかった。
昨日のコトは話題にも出さなかった。
客の対応で忙しそうでもあったし。
営業時間は過ぎているのに
駐車場には数台の車。
毛布に包んだ猫を抱いて、車から降りる客もあった。
ふと、
あの犬は元々霊園に持ち込もうとしたのかも知れない、と思う。
(偶然犬の死骸が手に入ったんで、監督が閃いたってワケで)
とか、言ってたし。
「マユ、純血の土佐犬で生後10ヶ月くらいだよ。心臓の手術を受けてるね。飼い主に大切にされていたんだ。そんな飼い主から奪って殺したとも思えない。室内犬だしね。死因は外傷でも毒でも無さそう。……アイツら殺した可能性は低い」
と、マユに報告。
「セイは、犬が心臓の手術を受けてたと、分かるのね」
マユは感心している。
「内臓の中にコレがあったから。AIに聞いて人工心臓弁だと分かっただけ」
ポケットから<輪っか>を取りだして見せる。
「?」
マユはソレを見つめた。
黙って真剣な眼差しで。
「どうしたの?……今時犬も人工弁って驚きだよね」
もしかしたら……。
マユは、かつて(生身の人であった時)心臓の病を抱えていた。
こういうのに詳しいのかも。
「セイ、どうみても人間用だわ。成人サイズだし」
「そうなの?」
「犬の心臓に付いてたなんて、有り得ないと思うわ」
「……へ?」
犬の体内に(取りだした内臓のぐしゃぐしゃした中に)あったが、心臓に付いていたのではない。
では胃の中にあったのか。
飼い主が食べさせやしない。
間違ってフードボールに入ったんだ。
俺が喰ってるピザからコーンがこぼれ落ちて
シロの皿に着地するみたいに……。
「相当レアな環境ね。人工弁がフードボールの中に飛び込んでくるなんて。ドックフードと一緒に飲み込んじゃったのね」
「確かにレアだね。ちなみに胃の中は肉で一杯だった。それもレアだけど」
「最後に食べたのが、肉だったのね」
「うん。生肉」
「まあ、生なの? 死因は食中毒かも。サルモネラか何かの」
「成る程、食中毒か。内臓を生で喰ってるからな。有り得るな」
「内臓なの?……もしかして、心臓も?」
「ソレっぽいのもあったよ……あ、人工弁を付けてた牛の心臓を食べたんだ」
言って、違うと思った。
牛にも、人間用はないだろ。
喰った心臓に付いてたのなら……。
その心臓は……まさか
「なんの心臓か、調べた方がいいかも」
マユが呟く
同じ疑いを持ったに違いない。
「無理だよ……もう焼いたから」
「……そう。じゃあ仕方ないじゃない。フードボールに混入したと、思っておきましょう」
「………そだね」
人間の心臓を食べたなんて、想像したくない。
生、なんだし。
まさか、それは無い、と思った。
次の日
動物霊園からシロを連れて帰ろうとすると
「セイさん、少し話、してもいいですか?」
悠斗が引き留める。
「昼間にね、映画のロケのスタッフに、死んだ犬を提供したという方が、来られたんです」
「え?」
それって、土佐犬の飼い主?
「撮影が終了次第、電話をくれるはずが、無かったそうです。それで、ここに持って来たかもしれないと……」
尋ねて来たのは中年の女で、
サカタと名乗った。
小学生、5年か6年位の男児を連れていた。
2日前、11月1日の午前11頃。
山田動物霊園に愛犬の亡骸を運ぶ途中だった、と言う。
橋にさしかかると、河原で人が集まっているのが見えた。
カメラを持つ人もいた。
子供が(テレビが来てる)と、興味を示した。
子供にせがまれ、車を降りた。
「するとね、河原に居た男が、土手を駆け上がって来たそうです」
「動物の死体が欲しいとか、言ったんだ」
橋の先には動物霊園しかない。
向かう車が、動物の遺体を載せているかもしれない、と。
予想通りか?
「違うんです。彼らが欲しがったのは、男の子なんです」
「ん? 子供?」
「死体役の子役が、現場で嫌だと泣きだして帰ってしまった、とか」
「……死体役、なんだ」
そう言えばアイツら、
さらっと言ったっけ
(溺死体の絵に、この犬の生首がいるんですよ)
と。




