第二十五話 陸の発熱と、巨人星の看病
父の長期不在という慣れない環境の変化から……陸は三十八度を超える高熱を出してベッドに倒れ込んでしまった。
「……っはあ、頭がくらくらする……」
額に冷えピタを貼り、布団の中でうなされる陸。
庭では、十メートルの巨体を小さく丸め、ガリバラさんが滝のような涙を流しながら地面を濡らしていた。
「陸様が……陸様が熱を出して寝込んでいらっしゃる……!! 私の二十四時間完全密着警備の網をかいくぐって病原菌が侵入するなど、メイド失格ですわ……っ!」
「が、ガリバラさん……そんなに泣かないで……ただの知恵熱だから……」
「いけません! こうなったら、我が故郷・巨人星に伝わる伝統の特効薬……『ヴォルカニック・サン・ハーブ』を採りに行かねば!」
ガリバラさんはガバッと立ち上がると、窓の外へ飛び出そうとする。
「ちょっと待ってガリバラさん! ここ地球だから! 宇宙までハーブ採りに行かないで、そもそも君の故郷どこなのさ!?」
「……当機判断。巨人星のハーブの調達はタイムラグが発生するため不適切です。代わりの民間療法として、陸の唾液を採取し、当機の唾液と融合させて発酵させた『ゼロワン特製・愛の栄養ドリンク(※秘密の体液入り)』を経口投与します」
「余計に悪化するわ!! ていうか唾液を勝手に採取して発酵させないで!!」
そこに、ひらりと部屋に入ってきた素直が、冷やし用のスポーツドリンクを差し出しながらニッコリと微笑んだ。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。……で、陸くんの熱は何度くらい?」
「それが、測ったら38.5度あって……」
「へえ、38.5度ねぇ……」
素直はスマホの画面をスワイプしながら、面白そうに目を細めた。
「ねえゼロワンちゃん、一般的に人間って高熱を出すと、脳がバグって普段言えないような恥ずかしい本音や、誰にも言えない秘密をうっかり口走っちゃうらしいよ?」
「……ッ!!」
輪の液晶モニターが、バグったように【キュピィィィン!!】と激しく赤く明滅した。
「……当機受動データベース照会。熱による理性回路の低下、およびセンシティブな告白ロジックの展開可能性……99.8%。『陸の好きなタイプはゼロワンである』という真実の言質を引き出す絶好のチャンスと認定します」
「勝手に僕の脳の構造を決めつけないで! あと素直くん、面白半分で変な知識を輪ちゃんに刷り込まないの!!」
「えー? だって、熱にうなされて『輪ちゃん……僕を置いていかないで……』とか言ってる陸くん、すごく見たかったな」
「絶対に言わないからねそんなセリフ!!」
しかし、ガリバラさんと輪の「陸の看病」に対するベクトルは、ここからさらに加速していった。
「……ハッ! そうですわ! 巨人星の薬草がないのなら、地球上でそれに最も近い高エネルギー万能薬草を捜索・採集するのですわ!」
「……了解。当機の光学レーダーおよび衛生スキャンを全開にし、地球上の『伝説の薬草』の生息域を算出します」
「僕も付き合うよ。面白そうな場所が見つかるかもしれないしね」
「待って、三人とも何処に行く気……!?」
しかし……、陸の静止も虚しく、ガリバラさん、輪、素直の三人は「陸の特効薬」を求めて裏山や近所の空き地へと飛び出していってしまった。
──それから数時間後。
ドロドロに汚れ、膝を落としたガリバラさんたちが小鳥遊家に戻ってきた。
「……うう、申し訳ございません、陸様……っ。近隣の山林および河川敷を捜索いたしましたが、巨人星の薬草に匹敵するような植物は見つかりませんでした……っ。このような役立たずなメイド、お給料泥棒ですわ……っ!」
庭で大きな肩を落とし、ポロポロと涙をこぼすガリバラさん。
輪もモニターの光を弱め、
「……当機判断。地球の生態系の貧弱さに起因する捜索失敗。陸を回復させられず、無力感を感じます……」と小さく項垂れている。
そんな二人を見下ろし、陸は布団から少し体を起こして優しく微笑んだ。
「ううん、ありがとうガリバラさん、輪ちゃん、素直くん。僕のために泥だらけになってまで探してくれたんでしょう? ……その気持ちだけで、すごく嬉しいよ」
「陸様……ッ!」
ガリバラさんの瞳がパッと輝き、感極まったように大きな手を胸の前でギュッと握りしめる。
と、その時──。
「おーい、陸! 生きてるかー!?」
賑やかな声とともに、玄関から入り込んできたのはクラスメートの翔太だった。
その手には、野菜がぎっしり詰まった大きなビニール袋が握られている。
「翔太!? なんでここに……」
「お袋から『陸くんが熱出してるらしいから、ウチの畑で採れた野菜持っていってあげなさい』って頼まれてさ! 生姜に白菜にネギ! 風邪にはやっぱコレだろ!」
「翔太……! ありがとう、助かるよ……!」
「へへっ、任せとけって! よし、ガリバラさん! この野菜使って、陸に特製のお粥作ってやろうぜ!」
「……! はいっ! 喜んでお手伝いいたしますわ、翔太様!」
ガリバラさんが手際よく十メートルの手を包丁に持ち替え(台所からはみ出しつつ)、翔太自身もガリバラさんからの指示のもとでトントンとネギや生姜を刻んでいく。
輪も「……当機判断。火加減の微調整および栄養素の破壊防止モニタリングを担当します」とお腹の風船を【ぽすっ】と鳴らしながらアシストに入った。
しばらくして──。
部屋に運ばれてきたのは、生姜の香ばしい湯気が立ち上る、熱々のシャキシャキネギと白菜の特製お粥だった。
「はい、陸。熱いうちに食えよ!」
「ふふ、みんなで作った特効薬だよ。召し上がれ」
「うん……いただきます」
れんげで一口掬って口に運ぶと、じんわりとした温かさと優しい旨味が体に染み渡っていく。
「……おいしい。すごく温まるよ」
陸がふっと柔らかく笑うと、ガリバラさんは嬉しさに胸をいっぱいにし、輪はどこか満足そうにモニターの光を静かに明滅させた。
外はすっかり夕暮れ色。
バカ騒ぎと狂気の看病計画から始まった一日は、みんなの優しさが詰まった一杯のお粥とともに、静かで温かな夜を迎えるのだった。




