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真の妹

 さっちゃんとはやぶさは姉妹らしく、夜はいつも二段ベッドで寝ていた。

 ある真夜中のこと。


 さっちゃんが寝ている上段のベッドの木枠に、何者かが投げた棒状手裏剣が突き刺さる。


 目を覚ましたさっちゃんは姉を起こさないよう静かにベッドから出ると、突き刺さった手裏剣を引き抜く。


 手裏剣には折り畳まれた紙が結び付けてあった。紙を解いて広げる。紙には、


「はたし状 羊蹄山の麓で待つ」


 とだけ書かれていた。


 差出人の名前はなかったが、誰が書いたものなのかはすぐに見当がついた。


 羊蹄山の麓の神社にさっちゃんが赴くと、影の中から差出人が姿を現す。


 満月の月明かりが、皿状のアンテナ、跳ねたショートカットの髪、目の下のくまといった、差出人を象徴する要素を浮かび上がらせる。


「やはり、あなたでしたか」


「久しぶりでしゅね、さっちゃん」


 差出人の正体は、姉妹のよく知る日本の金星探査機あかつきだった。


 金星探査機あかつき。


 二〇一〇年に打ち上げられた、日本初の金星探査機だ。


 二〇一〇年というのはまさに、日本中が探査機はやぶさ帰還のニュースに涌いた年。その年にあかつきは、はやぶさが地球へ帰還する予定日の三週間前にまるではやぶさからバトンを受けとるかのように宇宙へ飛び立っていった。


 おかえりなさい、ただいま。


 行ってきます、行ってらっしゃい。


 はやぶさはあかつきの船出を。あかつきははやぶさの旅の終わりを。そう遠くない距離から見届けあった。それこそ、バトンタッチのように。


 そういった前世の経緯を反映してか、ヒューマノイド探査機として生まれ変わったあかつきは、自分こそがはやぶさの本当の妹であるという考えにとりつかれていた。そればかりか、あかつきは致命的なトラブルを不屈の精神で乗り越えた探査機であるというはやぶさとの共通点を根拠に、自分こそが探査機はやぶさの正当後継機であるとさえ主張していた。


 もちろん、どちらの理屈もさっちゃんには我慢ならないものだった。


 さっちゃんは、金星探査機あかつきという存在を絶対に認めることができない。自分と姉との平穏な時間を脅かす存在以外の何者でもないからだ。


 しかし、相手が邪魔で邪魔で仕方ないというのは、あかつきにとっても同じだろう。


 あかつきは、おねえちゃんをさっちゃんに奪われてしまっているという風に、今の状況を認識しているはずだ。


 そんなあかつきが、こんな夜中に自分だけを呼び出した。


 狙いはやはり、暗殺か。


「こんな夜中に、いったい何の用ですか」


 怯えを気取られないように気をつけながら、さっちゃんは問う。


「宇宙探査機全史の更新についてでしゅ」


「更新?」


 あかつきは腕を組んだまま首肯する。


「更新は……」


 さっちゃんは柄にもなく言葉を濁す。


「全史レースのルールを二〇〇機で確認しあったあの日からもう二ヶ月が立ちましゅが、お姉ちゃんとさっちゃんは今にいたるまで全史の更新の準備をまったく進めていないじゃないでしゅか」


「それは……」



 言いあぐねるさっちゃんを、あかつきは腕組みをしながら見やってくる。


「もうこれ以上さっちゃんにお姉ちゃんを任せておくことはできないでしゅ」

 ふいにがつんと頭を殴られたように感じた。殴ってきたのは、あかつきが発したお姉ちゃんという言葉だ。お姉ちゃん。この言葉を私以外の探査機が使うなんて――許せない。


「小惑星探査機はやぶさは、金星探査機あかつきの姉ではなく、小惑星探査機はやぶさ2の姉です。なので、あの人をお姉ちゃんと呼んでいいのは私だけです」


「黙るでしゅ!」


 怒声を放つやいなや、あかつきは暗器を投げてつけてくる。


 さっちゃんは涼しい顔でそれを回避すると、三匹のウサギを伴って反撃に出る。


 交戦しながら、あかつきは山腹の森の奥へと後退していく。


 まんまと誘い込まれた格好のさっちゃんは、森の奥深くであかつきの姿を見失ってしまう。


 障害物の多いこの環境は、あかつきの使い魔的存在であるニホンモモンガ(イカロス)のホームグラウンドだった。


 頭上から奇襲を仕掛けるイカロスによって、ウサギ達は一匹、また一匹と戦闘不能にさせられていく。


 ここは地の利が悪すぎると判断したさっちゃんは、最後に残った一匹に倒れた二匹を担がせ、木の生えない山頂を目指す。


 羊蹄山は独立峰であるため、その山頂は円形の噴火口になっている。


 宇宙探査機にクレーターを想起させるこの場所で、さっちゃんは勝負の決着をつけるつもりだった。


 あかつきは暗器を投げ、さっちゃんはお手玉ターゲットマーカーを投げる。


 この日は風が強い日であったため、飛翔体の運動を正確にシミュレーションするのは困難を極める。風の吹くこの環境で遠距離で物の投げあいをすれば、必然的に大気観測能力に長けるあかつきが有利となる。夜に強い風が吹くこの日を、あかつきは以前から狙いすましていたのだろう。


 ならば……


 あかつきの意表をついて、さっちゃんはインパクターマーク2を放つ。


 インパクターはあかつきの足元に着弾した。小規模な爆発が起こる。土ぼこりにまぎれる形でさっちゃんは一気にあかつきとの距離を詰め、鳩尾に拳を叩き込む。この瞬間、勝負は決した。


「かはっ……!」


 あかつきが黒いオイルを吐瀉しながら片膝をつく。そのまま前に崩れる。


 苦しげに呻き続けるあかつきを尻目に、さっちゃんはこの場を去ろうとする。


「いくら同じ名前を持つ妹でも、さっちゃんにお姉ちゃんを救うことはできないでしゅ」


 背後にいるあかつきが、激しく咳き込みながら言った。さっちゃんは思わず足を止める。


「トラブルとは無縁だった優等生のさっちゃんに、お姉ちゃんの繊細な心が理解できるはずがないんでしゅから」


 それは、言った本人にとっては単なる負け惜しみの言葉だったのかもしれないが、さっちゃんにとっては、思いのほか深く胸に刺さるトゲとなった。

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