3/4話 カースト
「それはそうと、成り上がり貴族のレヴォンが私のことを悪く言うなんて……ずいぶんと奢っているようね」
「あ、あっはっはー……それ、きっと聞き間違いっすよぉ〜……私が大貴族様にそんな、楯突くようなことなんて……」
「貴方の家を潰すことなんて、造作もないのよ? これ以上何かをするようなら……わかってるわよね?」
ディルは、その言葉を聞いて、ただでさえ青い顔をさらに青くする。
リヴィエール家。それは、この国の数少ない公爵家だ。権力も相当なものであり、逆らった貴族は、同じ公爵家でもなければあっという間に潰されてしまう。
その中でも彼女は、リヴィエール家トップの魔力量を持ち、勉学にも武芸にも芸術にも秀でた、まさに完璧という言葉が似合う少女だ。
しかし、その性格には、少々……いや、だいぶ難がある。それがこの、公爵家という名の権力を振りかざす横暴さだ。
「まあ、そんな矮小貴族なんてどうでも良いわ。メルト、一緒に来てくれるかしら? ここではやっぱり話しにくいことだから、ね?」
「え、ええ……構いませんけど」
メルトは、そんな事は何も知らない。彼女が不機嫌になっていることがかろうじてわかっているだけで、何か自分が悪いことをしてしまったのだろうかと思い込んでいる。
一緒に出て行こうとするメルトの腕を掴み、耳打ちするエリー。
「ねぇ……ほんとに行って良いの? なんか、やばそうなんだけど……」
「大丈夫だよ。多分謝ればなんとか……」
そう言って、メルトはその手を軽く払ってリズベットの後を追う。エリーは不安げな瞳で、しかし、その後ろ姿を見つめるだけだった。
「きゃっ!」
ここは、学校の敷地内に多くある建物のうち、研究棟と呼ばれる校舎の裏である。中では高学年の生徒達や教師達が、己に割り振られた部屋で黙々と実験などを行なっている。
その裏は、この時間帯は日の光が差さず、敷地の橋の施設ゆえか人は滅多に訪れない。
メルトは、ザラザラとした校舎の壁に叩きつけられ、露出した腕に擦り傷を作る。小さいもので出血も少ないが、痛みがないわけじゃない。
「あなたみたいな下民風情が、調子に乗るんじゃないわよ!」
「い、痛い! 痛いです!」
リズベットはメルトの髪を強引に掴む。
痛い、痛い、痛い。なんでこんな目に遭わなければならないのか。その答えは、なんとも理不尽なものだ。
「なんであなたみたいな下民風情が、あんな高得点を出したのよ。魔力もないくせに……ゴミのくせに、腹立たしいんだっての」
また、リズベットは彼女を乱雑に壁に投げつける。女性であるがゆえにそこまでの力はないが、メルトだってか弱い女性だ。また体に傷を作って、腕を抑える。
周りの人に助けを求めようとするが、リズベットの取り巻きは助けの手を伸ばさない。むしろ、ゴミを見るような目を向けるだけ。
「ねぇ、何見てんのよ下民」
取り巻きの一人が、メルトの腹を蹴る。
「ぐぅっ!?」
「あっはは……この娘、面白い鳴き声ね。潰れたカエルみたい。ほら、もう一回、泣いてみな……さいっ!」
「うぐぅっ!? ゲホッゲホッ!」
うずくまって、メルトは地面に倒れる。制服に土の汚れがついてしまうが、彼女らはそんなことを気にかけない。
「そんなうずくまってたら、あなたの鳴き声が聞こえないじゃない……。ほら、立ちなさいよ」
取り巻きがまた、髪を掴んで持ち上げて……彼女の腕を抑えて行動を封じてしまう。
蹴られる、蹴られる、蹴られる。痛い、痛い、痛い、痛い……。抵抗しようにも、彼女自身が非力な上に押さえつけられてて動けない。
「はぁ……だんだんこの鳴き声にも飽きてきたわね。ねぇ、貴方魔術は使えるんでしょう?」
「うぐぅっ……。は、はいぃ……」
「そう。じゃあ、やってみない? 決闘」
決闘。ここでは、この学校でよく行われている魔術師同士のものを示している。
非常に簡単なものだ。ルールなんて、相手を殺さないようにする以外反則はなく、勝敗は杖を奪うだとか、気絶させるだとか、ギブアップと言わせるだとか……決まった勝利条件はない。
ついでに言えば……この決闘というのは、高いクラスの生徒が、低ランクのクラスの生徒を虐めるための常套手段だ。
「け……けっと、う?」
受けてはダメだ。嫌な予感しかしない。それでもリズベットは、嫌な笑みを浮かべている。
「ええ、決闘よ。これに勝つことができたら、貴方の要望をなんでも聞いてあげるわ。そのかわり、私が勝ったら、私の要望を聞いてもらおうじゃない。それと……」
地面に伏せながら顔を上げているメルトを睨みつける。
「断ったら、貴方のお店、すぐにでも潰してやるから」
血の気が引いた。もう無理だ。抗えない。腰につけた、小さな杖を引き抜き、ゆっくり立って、構える。
「うんうん、それでいいわよ。やればできるじゃない」
メルトは……育った環境のせいで、あまり多くの魔術は使えない。攻撃魔術なんてもってのほかだ。それに、彼女の魔力量はこの学校でも下の下に当たる。
対峙するリズベットは、新入生で総合点は936点。全校生徒で3位だ。魔力量は466点で、単純に魔力量だけでもメルトなんて足元にも及ばないレベルだ。
こんなもの、勝負にならない。取り巻き達も、メルトも、リズベットもそう思った。
「そうねぇ……せっかくだから、ハンデをつけてあげましょう」
「は、はん……で?」
「ええ。ハンデよ。そうねぇ……こんなのはどう? 一発だけ、先に貴方に攻撃させてあげるわ。貴方が攻撃をするまで、私は魔術を使わないし、ここから動きもしないわ」
そう言って、彼女は腰から、彼女が扱うものとは違う、とても高級そうな小さい杖を引き抜き、構えることなく、腰に手を当ててただ立っている。
「勝利条件は、どちらかが気絶するまでね。さあ、いつでもどうぞ」
リズベットはそういうが、メルトは動かない。単純に攻撃魔法が使えないからだ。
しばらく、そうやってにらみ合ったまま、杖を向けたままいると、リズベットはついにしびれを切らした。
「……ねぇ、いつまでそうしてるつもり? あんま時間かけたくないから……あと10秒待ってあげる。この間に攻撃をしないようなら、先に動くわよ」
それでも、動けない。
リズベットは口でカウントダウンしていく。
残り5秒……メルトは、動けない。
残り2秒……メルトは、動かない。
そして、残り1秒。メルトはやはり、攻撃しない。
「……0。はぁ。お前、なんのつもりか知らないけれど、本当にうざいわ、そういうの。そういう子は本当に嫌い。だから……じっくりいたぶってやることにするわっ!」
彼女が杖を振るう。彼女の前に黄色く発光する魔法陣が現れ、チリチリとスパークした。
「『迅雷』!」
その言葉と同時に、その陣から電撃が放たれた。
この国……この大陸で扱われる東洋魔術には、基礎魔術というものがある。一般的なのは、『火炎』や、『飛沫』というものだが、これら基礎魔術は、その威力などで階級分けがなされている。
『火炎』を例に見てみる。この基礎魔術の階級分けは、『火炎』が初級、『紅蓮』が中級、『大火』が上級で……最高位、超級は『獄炎』となる。『アル』、『ラムル』といった冠詞のようなものを言葉の初めにつけることによって、その魔術の階級を示すのだ。
彼女が使ったのは『迅雷』。先ほどの例から考えると、雷属性の中級の魔術となる。中級の魔術は、基礎知識として知っていても、少なくとも入学したての少女が使える魔術ではない。
もちろん、威力はある。中級ともなれば、例え使い手が未熟であろうと、まともな防衛魔術を使わない限り、殺傷能力すら持つレベルだ。
メルトは杖を振るい、彼女にできる全力の魔力を込めて壁を築く。しかし、咄嗟のもので魔術と呼べるものではなく、このままではそこまでの防御力を持たない。そのため……。
「いやあああああああああああ!」
多少和らいだとはいえ、まともな防衛手段を講じることのできない彼女がこうなることはわかりきっていた。肌を焦がす……というほどではないが、激痛が全身を襲う。
威力は、そこまで高くない。おそらく手加減だ。再び地面に倒れ込みながら、メルトの頭にそんな考えが浮かんだ。
あれが……あれがもし、威力の高い、殺傷能力のある一撃だったら? 先程、リネイアが描いた可愛らしい、しかし残酷な絵が、頭をよぎる。
彼女が少しでも加減を間違えれば、私は死んでしまうのか? 何もできないまま、何もしないまま、死んでしまうのだろうか?
自然と涙が溢れてきた。次の一撃を恐れて、痺れた手足を、それでも動かしゆっくりと逃げ出そうとするが……。
「うーん、今のはちょっと威力が高かったかしら? じゃあ……『微雷』」
「いやああああああああああ!」
今度は防御が間に合わず、そのままその一撃を食らう。そのせいか、体に走る痛みは先程と同程度といっても差し支えない。二度もまともに食らったせいか、もう手足が、少しもいうことを聞かない。
「あっははははは! かわいそうねあなた! こんなにかわいそうな下民、生まれて初めて見たわ! 3人とも聞いた!? 『きゃあああああ!』だって!」
「「「あははははははは!」」」
取り巻きは、リズベットのその言葉を聞いて腹を抱えて笑う。リズベットは、さも満足そうにメルトを罵り続けた。
「あんたみたいな下民がっ! 調子にのるからっ! 私がっ! またっ! 『平民如きに負けた』って! お父様におこられるのよ!」
「うぐっ! ぐっ! やめっ! やめてっ!」
「愚鈍な下民が調子に乗りやがって!」
「そうよそうよ!」
地面に倒れ伏したメルトを、リズベットは執拗に蹴った。武術に長けたリズベットは、それゆえか人の痛めつけ方を多少走っている。
鳩尾を、脇腹を集中して蹴り、苦しむ声を聞いてまた笑う。周りも笑う。
「はあっ……はあっ……はあっ……。ああ、もうそろそろ、いたぶるのも飽きてきたわ。どうせならここで派手に気絶して、失禁でもしてもらおうかしら?」
「!? ぃやっ……やめっ……!」
「知ってる? ここの男の職員の一部は、長い間の研究だとかで、『そういったモノ』を溜め込んじゃうんですって。どうせならあなた、下民らしく『ご奉仕』してみたら? なんなら、私が勝った時のお願いはそれにしようかしら!」
背筋が凍りついた。
女性の尊厳をどうとも思っていないようなその発言に、今までにない危機を感じた。
「いやっ! いやっ! いやぁ!」
「あっはははははは! そろそろ行くわよ! 早く逃げなきゃ、色々させられちゃうわよ!」
リズベットは杖を振り上げ、高らかに叫ぶ。
「『迅雷』!!」
あのスパークが、あの雷が、再び彼女に迫ってきた。
ここまで見てくださった方へ……ご精読、誠にありがとうございますっ!
経験がまだ浅く、このような駄作しか書けておりませんが、どうか生暖かい目で見守っていただけると幸いにございます。至らぬ点や気に入らぬ点、愚痴などございましたら、是非感想に書き込んでくださいませ。
次回で最後となります。読者の皆々様、またのお越しをお待ちしております……。