第五百一話:手加減
幅広の長剣を突き付けられる。その眼は揺らぎなくこちらを見ていた。
この世界で身につけた己の力に自信を持っている目、宙野のように力や特権に酔っているようでもない、しっかりと努力した者の眼をしていた。おもしろい。
「受けよう」
そう宣言すると、赤羽さんは獰猛に笑う。
「フム……なるほど」
腕を抱いていた紬さんが、呟きながら僕の顎に手を当てて自分の方を向かせる。
「……」
急に見つめ合う形になって何も言えない。靴の違いもあるだろうが、僕とほとんど同じ身長の彼女は頬を染めていた。
「いい男になったものだ。こうして抱いている腕も前よりもずっと太い。フフ、ドキドキしてしまうね」
「その辺りにしとくことです」
「いい加減離れなさい紬」
冷気を纏うファスと青筋を浮かべた千早が紬さんを引き剥がす。
千早がため息をつきながら、ずいっと顔を寄せてきた。ジト目でこちらを見ている。
「確かにちょっとはかっこよくなったわね。あくまでちょっとよ? ……サラ、本当に戦うの?」
「はい、その男の化けの皮を剥がして、王子とお姉様の目を私達が覚まさせます!」
長剣をブンブンと振り回す赤羽さんと僕を交互にみて千早はしばらく思案して顔を上げる。
「……わかったわ。ファスさん達もそれでいい?」
「他ならぬ、ご主人様が決めたことです」
「私としては心配だよ。サラちゃん止めた方がいいよ」
「決まったことです。私がお姉様達の目を覚まさせます!」
話は纏まったようだ。場所はどうしようか? ファスにもう一度この辺を凍らしてもらおうか。
とか考えていると、頭上から影が落ちて目の前にグバさんが振って来た。石畳を叩き割って着地する。
「バァハァ! なんか面白そうなことを話しているじゃねぇか! おい、そんなら冒険者ギルドの訓練場を使え! どうせギルドに来ることになってんだ手間が省ける。おい、酒を用意しろっ!」
大声で叫ぶと他のマーマンや人族が呆れた顔で見張り台からこちらを見るている。
「お頭っ! 貴族がまだなんか言っていますがどうしやす?」
「ほっとけ! 【鬼姫】の切り込み隊長が【死線】とやるってんだ酒の方が大事だろうが! 後始末は後回しだ!」
「……【鬼姫】?」
話からして千早のことだろうけど、随分と物騒な(人のことは言えない)あだ名がついているんだな。
「っ!? 聞かなかったことにしなさい。良いわね真也?」
ガクガクと身体を揺さぶられ、それによって赤羽さんの頭により血が上る。
「そこの男、お姉様から離れなさい!」
締まらないなぁ……。
二つの巨大な帆船二隻を組み合わせた建物『兄弟船』がこの街の冒険者ギルドであり、その奥に特殊な鉱石と結界によって保護された訓練場があった。訓練場の周囲には幅二メートルほどの水路が流れており、水路の中に六角柱が何か所から突き出てそれが結界を維持しているようだ。水路の外側にははわざわざ観客席が階段状に設けられ、訓練場というよりは闘技場のようにも見える。
その観客席から明らかな強者の気配がした。グバさんや千早以外にもできる相手が何人かいるようだな。ファスがしっかりと記憶していることだろう。
ここまで来たら穏便に立ち回るってのは難しい。いっそ見物客にも自己紹介といこうか。
目の前では各々の武器を取り出したブラン・ロゼの少女が構えている。赤羽さんが納得いかないとこちらを睨みつける。
「本当に私達四人を同時に相手するっての?」
「それが決闘を受ける条件だ。港での動きでも連携を取っていたし、そっちの方が得意ならそれでいい」
「……言っとくけど、手加減しないから。ダンジョントレジャーを使った本身の武器を使うわ。【スキル】も使うわよ? 土下座して竜の武具を置いていくなら見逃してあげるけど?」
「こちらも似たような手甲を装備しているし、本気でいい」
「フン、度胸だけはあるようね。あんたが勝ったら、私を好きにしていいわよ」
あっ、不味い。後ろにいるファス達から殺気が……。
「そんなつもりはないから。じゃあ始めよう、ギース・グラヴォが弟子、吉井 真也。推して参る」
「ブラン・ロゼ、戦闘班所属。赤羽 沙羅」
幅広の長剣を大上段に構えこちらを睨みつける赤羽さん。そして他の女子も立ち位置を調整しながら武器を構え名乗りを上げる。
「同じく、唐木 羽海。この男子、全然怖くないんだけど……マジで殺しちゃうかもね」
赤羽さんよりもさらに筋肉質で鎧の下も薄着の唐木さんはサイドを流したアシンメトリーのショートへアーで、円盾にモーニングスターを持っていた。唐木さんは赤羽さんの横に並び、その後ろでは二本の湾曲した短刀を持ちながら低く構える茶髪のショートの子が唸るようにこちらを睨みつけている。この子だけは他の子と違ってかなりこちらを警戒しているな。
「七森 秋穂……サラ、ウミ、油断しない方がいい。……この人『読めない』」
「チーッス、山岡 五月子でーす。アキっちの【先読み】を妨害できるスキル持ちなんじゃね? でも、そこらの雑魚魔物よりも気配ないんだけど? せっかくギャラリーが集まってんだからせめて一分は持って欲しいんだけどねー。ウチのウォーピックちゃんも暇そうだしー、でも顔は好みかもー、お持ち帰りあり? まずはボコしてからかなー」
毛先のみ脱色したウェーブのかかったロングヘア―のギャルっぽい子がツルハシのような形状の武器を気怠そうに片手で担ぎながら半身に構えている。あまり迂闊なことは言わない方がいいぞ、(僕の)命に関わるからな。
喋りながらも立ち位置を整えているし、武器の持ち方も堂に入っている。千早に師事を受けたのだろうか?
「名乗ったし、もういいわよね?」
「あぁ、いつでも――」
「【一閃】!」「【盾閃】だ!」「【三日月切り】」「【一突貫】だっての!」
言い終わる前に、四人が散開したのちに調整された間合いから【スキル】を放ってきた。
へぇ、ちゃんとした奇襲だ。合図もそれらしいものは見当たらなかった、よく鍛えられている。
赤羽さんと唐木さんを正面にその後ろに七森さんが上、横から山岡さんがウォーピックを三人よりも少し遅れ目に振り上げようとしている。もし前の三人の攻撃が躱された時に仕留める役目なのだろう。
なによりも、その抜き身の攻撃にはしっかりとした殺意が乗っていた。
ならば僕も武人として対応させてもらう。彼女等なら受けれるはずだ。
「「へ?」」
技が成るその前に半歩前に入り身で入り込み、武器から拳の間合いに入る。
二人が微かに声を挙げていた。こちらを見失ったようだ。
「受け身をとってくれよ」
赤羽さんと唐木さんの二人の顎を両手でかち上げて、入り身突きで後頭部から二人を地面に叩きつける。
僕を見失っている山岡さんの斜め後ろへ移動、ラリアットのように首に腕を回し腰にかつぐような軌道で脳天から地面に投げ落とす。
すぐに体を起こして空中で空振りをしていた七森さんの首元の鎧に指をひっかけて、捨て身投げの要領で引き寄せながら顔面から地面に投げつけた。
相手の一挙動に対し、四回の投げ技による返し。残心の姿勢をとりながら構え直す。
もうもうと立ち昇る土埃が風に払われ、四人の姿が明らかになった。
やはり、見立て通りに全員が頭に手を差し込んで受け身をとっていた。その為に手を取るような投げは使わず、もし受け身が間に合わなかったら、角度を変えて背中から落とすつもりだったがいらない気遣いだったようだ。
「流石、よく鍛えられてる。じゃあ、始めようか」
受け身は取れたのだから、これで終わりではないだろう。ここからが本番……。
「あれ?」
四人とも立ち上がらずプルプルと震えている。いや、そんなダメージはないように手加減したはず……え? 泣いてる?。後ろから叶さんが走って来た。
「真也君のバカぁああああ。【星涙癒光】っ!【星守歌】っ!」
「いや、身体的にはそこまでダメージは……」
「完全に油断させといてから、あんなエグい投げ受けたら体よりも心が折れるに決まってるじゃん! サラちゃん達、多分何されたかもわかってないから! なんなら横で見ていた私だって真也君の動き追えないし、皆からしてみれば急に死の恐怖が飛び出してきた来たようなもんだから!」
「……」
「日頃から死ぬような特訓しているような真也君と、他の人を同じ基準に考えたらダメに決まってるでしょ!」
「……本当にすいませんでした」
叶さんから盛大な説教をもらいながら、こうして僕のノーツガルでの初戦は終わったのだった。
作中で真也君がした投げ技はどれも受け身が、来るとわかっていてもめっちゃ恐いので良い子は決してしてはいけません。
【お知らせ】
コミックス二巻の発売中です!!
よかったら手に取っていただければ嬉しいです。






