第四百九十五話:白薔薇の乙女達:後半
煌びやかな硝子細工の照明の下。若い男女が踊りを踊っていた。タキシードにドレスといったフォーマルな出で立ちにもかかわらず曲調は激しく、ダンスも挑発的かつ激しいものだった。曲が切り替わるタイミングで一組の男女がフロアを離れて、巨大な貝殻をモチーフにしたソファーに座り込む。
「ハハハ、降参だよ。これ以上は足がもたない。流石はかの有名な【ブラン・ロゼ】の団員だ。並みの女性じゃこうはいかない」
ブロンドの髪をかき上げる美男子が額の汗を拭う。色白の肌にすっきりと通った鼻筋を持ち、ともすれば女性と見まがうほどに蠱惑的な美男子は見惚れるような笑みで隣の女子に笑いかける。
「ありがとう。貴方もまぁまぁやるわね」
応じるのは深紅のドレスを着てミディアムほどの長さの茶髪の女子だった。先程まで激しく踊っていたにも関わらず息一つ乱さず八重歯を覗かせて快活に笑みを返す。
「ハハハ、田舎貴族は踊りを知らないと思ったかい? サラ」
公子の唇に人差し指が当てられる。
「名前はダメ。今夜は赤羽と呼んで」
「おっと、失礼。そちらの世界のマナーなのかな? では、アカバネ。部屋を変えないか。二人きりになりたいんだ。エルフが作ったワインを振る舞うよ」
「……そうね。私もそろそろダンスには飽きたところだわ」
公子と赤羽二人きりで通路に出ると、それを一つの影がそろそろと追いかけていく。
訪れたのは、簡素なソファーとテーブルに鏡が置かれているだけの部屋だった。テーブルには生クリームを使ったケーキとワインが置かれている。公子は二つのグラスにワインを注いで片方を赤羽に差し出した。
「今宵の出会いに乾杯しよう」
「えぇ、乾杯……これは……一体何を飲ませたの!?」
ワイングラスが地面に落ちてカーペットを赤く染める。口元を抑えた赤羽はふらつきながら壁にもたれ掛かり体を支える。
「効くだろう? 高レベルの冒険者も酔わせるほどの特別なスパイスを入れてある。本来は、かの麗しき【鬼姫】チハヤ コシミズに使うはずだったが、彼女は中々こういう場に来ないからね。一人でも転移者との関係が必要なんだ。僕はこれを使う」
公子は懐から小瓶を取り出して蓋を外すと、それを鼻孔に近づけて深く息を吸う。
「大森林の薬師が作った増強剤だ。魔力を含み、肉体を強化する。いかに転移者と言えど、武具も持たない状態で酩酊していれば問題無く抑えられる。大丈夫、忘れられない夜にしてあげるよ」
壁を伝って逃げようとする獲物を前に、公子は回り込み壁に手をつく。そして、両腕を抑え唇を近づけようとして……。
盛大に吹っ飛ばされた。
「グハッ!? にゃ、にゃにが……」
訳も分からず、体を起こすとポタリと今度は血がカーペットを染める。手を当てると鼻の骨が折れたのか鼻血が盛大に漏れていた。
「ドーピングしてこの程度? やっぱり貴族の優男はダメね。はぁ……今日もハズレかぁ。壁ドンまではいい感じだったのになぁ。やっぱり千早お姉さまのような魅力的な相手は中々いないわね」
先程までのおぼつかない足取りは消え失せ、その茶髪の一房がドレスと同じ深紅に染まる。華奢に見えた身体は女性らしい丸みはそのままに筋肉が隆起し、身体のラインを一掃強調していく。その横から影が近づき、中から【忍者】のクラスを持つ日野 留美子が音も無く飛び出てきた。
「赤羽さん……大丈夫ですか? 紬ちゃんの解毒の【紋章】札使いますか?」
「いらない【凶化】で防げる程度だし。今日もハズレ。悲しいから留美ちゃんハグさせてっ」
「ふぇ、だ、抱きしめないで……処理するね」
「しょ、処理だと? き、きじょくに対してらんびょうをしてもいいと……ウッ!」
抱き着こうとしてくるサラを躱しながら留美子が放った長針が公子の胸に刺さり、そのまま公子が前のめりに倒れる。
「こ、ここが自治領といえど【転移者】に対する乱暴も禁じられているはずです。赤羽さん。後はこっちでやっとくね【影潜】」
留美子は自分よりも大きな公子を軽々と持ち上げると、次の瞬間には己の影の中に消えていいった。
「あっ、ルミちゃん。また抱きしめさせ……チッ、逃げられたか。【諜報組】は可愛い子ばかりなのに捕まらないっと。他はどうかなったかな?」
赤羽が部屋から出ると、他の部屋からも詰まらなさそうな顔をした女子達が扉を出るところだった。
彼女達の後ろには眉目秀麗なブロンドの髪のイケメンが白目を向いていたり、ガタガタと蹲って震えている。
「「「……」」」」
お互いの様子を見て状況を察したドレス姿の少女は盛大にため息をついたのだった。
「――で、男共を返り討ちにして帰って来たってわけ? それ、格上の貴族にはしないでよね」
屋敷で紬と共に帰りを待っていた千早は赤羽達から話を聞いてをジト目で睨みつける。
その横では紬がクスクス笑いながら。ワインを飲んでいた。
「笑い事じゃないです。毒を盛られたのは私だけでしたけど、他の子に至っては私達の力を見ただけで逃げ出したり失神する始末なんですから……私達、めっちゃ可愛いのに! やっぱり、私達にはお姉さましかいません!」
「お姉さまって、私達同学年でしょうに……あと、敬語は止めてっていつも言っているでしょ」
突撃してくる赤羽を千早が押さえつけ、他の女子が引き剥がす。
「サラちゃんはまごうことなきゴリラだよ。私達と一緒にしないでね。あと、千早お姉様から離れろ」
「放せー、そっちも似たり寄ったりじゃない!」
「戦闘組は皆ゴリラでしょ。筋肉でドレスパッツンパッツンじゃん」
「生産組だって、別の合コン会場で大失敗って聞いたけど!? そっちはもう少し身体鍛えたらどうなの?」
「合コンじゃないし。私達は戦闘組みたいに男漁りしてないわよ。紬王子一筋だから」
「というか何もなかっただけ……」
「余計なこと言わなくていいのよ!」
赤羽が千原から引き剥がされ、他の女子達も交じって騒がしくなったところで紬が手を叩いて静止する。
「護衛についていた諜報組の報せでは、赤羽さん達戦闘組はハズレを引いたようだ。貴族の集まりといえ参加者は転移者召喚ができない領地から我々を手籠めにしようと送られて来た傍系のようだね。留美子が適正に処理をしてくれたおかげで問題にはならないだろう。しかし、乱暴な手段を使おうとしたのは赤羽さんの相手だけみたいだ。他は正攻法で言い寄られたんじゃないか、美男揃いと聞いたが、楽しくは無かったのかな?」
紬の言葉に赤羽を始め戦闘組と呼ばれる四人の女子は顔を見合わせて、おずおずと口を開く。
「いや、だって……ねぇ」「うん」「まぁ……紬王子ほどじゃないにしろ、イケメンではあったけど」
煮え切らない態度に千早が首を傾げる。
「何よ。前まであんなに異世界の貴族はイケメンばかりって喜んでいたじゃない?」
戦闘組四人を代表して赤羽が答えた。
「前までは顔が一番だったけど、いざ言い寄られたら。こんなに偉そうにしているけど私達が本気出したら壁の反対側まで吹っ飛ばせるし、ダンジョンではこの人達なんの役にも立たないって思うと、いまいちときめかないです。お姉様」
「お姉様は止めて……本当に変わったわね貴方達」
「ある意味、異世界に適応したということなのだろうけどね」
千早は頭痛を感じて眉間を揉む。
【ブラン・ロゼ】は元々、強力な【クラス】を持つ女性の転移者を白星教や貴族達から守り、元の世界への帰還を目的として【聖女】叶を中心に作られた一団だった。千早を始め、貴族に無理やり手籠めにされそうになった女子もいたことで結成当初は潔癖すぎるほどに男性という存在から距離を取っている。
しかし、ダンジョンの攻略や厳しい異世界での冒険を経験していくうちに彼女達も変化していく。
そもそも彼女達に声をかける貴族達は元の世界では中々見かけないような美男ばかり、誘惑に負けて団を抜け出して逢引きをしようとしたり、潔癖ゆえに甘言に惑わされてしまう者もいた。資金集めの為に完全に関係を断つことも難しい。その為、ある程度節度を持つことと護衛をつけることを条件に『息抜き』が許可されるようになった結果……。
「あー、いい男いないかなぁ」
「やっぱり、貴族はダメね。残る希望は冒険者か第一王女お抱えの転移者とか?」
「あっ、それいいかも。これでダメならもう本当に千早お姉様に……貰ってもらうしか……」
団員の一部が肉食女子と化してしまったのである。異世界で高レベルになった彼女達はもはや生物的には猛獣と言っても差し支えないだろう。
「男なんていらないでしょ。私は紬王子一筋だから」
「千早お姉様こそ至高」
「……ルミちゃんは私の物」
下手に男性に対し苦手の意識が残るメンバーは千早達に心酔し白い花的なガチ感が出る始末。あまりに性に乱れる現状に千早は頭を抱えてしまう。
「叶になんて説明すればいいのよ……」
「正直に言うしかないだろうね。しかし、千早これは一つ問題かもしれないぞ」
「一つどころじゃないでしょ……」
「いや、千早。私が言いたいのは団としてではないよ……赤羽さん。というより戦闘組に聞きたいんだけど?」
「なんですか?」
「以前好きだったはずの容姿の整っている公子が今は気に入らないのであれば、現状の君達の好みはどうなっているんだ?」
紬の質問を聞き、一拍遅れて千早も何かに気づいたように目を見開く。
そんな千早の様子には気づかず、肉食女子達は口を開く。
「そりゃ、やっぱり腕っぷしよね」
「だよねー。私達よりは強くあってほしい」
「それでいて優しかったらいいなぁ。この世界って強い人って傲慢な人が多いから。第二王女派閥の宙野達とかマジで性格終わっているのが最近わかったし」
「うんうん、守ってくれる人がいいよね」
その意見を聞いて、紬は上を見上げ千早は顔を青くししていく。
二人で他のメンバーに聞こえないように身を寄せる。
「え、嘘でしょ。あの子達の好みに当てはまるのって……まさか……」
「私の知る限り最も強く、それでいて前衛として守ることに特化した男がこれからこの場にくるわけだ。これを危機と言わずして何を危機という? これ以上ライバルが増えるのはごめんだぞ」
「急いで叶に連絡しないとっ! あの女の敵っ!」
「ファイトだよ千早ちゃん」
こうして、連絡用紙を通じブラン・ロゼの合流前に奴隷達による緊急会議が開かれたのであった。
真也君が綱で船を牽いている間に会議は行われたようです。
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