第四百九十四話:白薔薇の乙女達:前半
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ノーツガル領の主都である『ルガノロント』。街の北側に海を望み、港町を抱え込むように広がっている街である。潮風に強い石造りの建物が整った街並みに並び、中心には象徴的な白壁の城が存在感を誇示している。
寒暖差が大きく冬季は雪も降る場所ではあるが、現在は夏季であり避暑地としても知られるこの街は過ごしやすいことでも有名だった。
ダンジョン攻略という目的を掲げ独立して動く女性転移者の集団『ブラン・ロゼ』は街へ到着すると本人達も驚くほど盛大に迎えられ、中心街に近い一等地の屋敷を与えられていた。
その屋敷の執務室でジュストコールを肩にかけた麗人、中森 紬が羽ペンで書類に向かっていると、乱暴に扉がノックされて紬が答える前に開けられる。
「やれやれ、淑女の入室とは思えないな……どうしたんだい千早?」
「ノックはしたでしょ。用意してくれた訓練用の打ち込み柱が壊れたのよ」
猫科の動物を想起させるしなやかな肢体に鋭い双眸。几帳面にまとめたポニーテールを揺らすのは現在ブラン・ロゼに置いて団長代理として直接的に団を纏めている小清水 千早である。
「昨日修理したばかりだぞ。勘弁してくれ、ガチガチに私の【紋章術】で強化したはずだが?」
「千本ほど打ち込んだら折れたわ」
この脳筋め。紬は喉までせり上がった言葉を無理やりに飲み込み立ち上がる。
用意された茶器の前で指を鳴らすと、彼女の描いた【紋章】が浮かび上がりポットからは湯気が立ち昇った。見惚れるほどに淀みない動作で紅茶を入れると千早の前にカップを置いて、その対面に自身も座った。
「修理には時間がかかる。先日も一つダンジョンを攻略したばかりだろう。他の子に聞いたところによるとそこのダンジョンマスターはそれなりに強敵であったようだが、満足できなかったのかい?」
団内で最近女性らしくなったと言われる紬が少し伸ばした髪を耳に掛けながらそう言うと、千早は首を横に振った。
「実戦と鍛錬は違うわ。実戦では安全を優先して己が追い込まれることがないように立ち回るもの。己を限界以上に追い込む鍛錬とは目的からして違う」
「フム、言い分は理解できる。しかし最近の君はやりすぎだ。ダンジョン攻略がない日はほとんど剣を振っているじゃないか。年頃の乙女の生活としてはやりすぎだよ」
「あなただって昼夜関係なしに魔道具の開発や【紋章】のショートカットを作成しているじゃない。体も鍛えているでしょう? 前までは能力の向上はレベル上げだけだったのに、人のこと言えるのかしら」
「おや、バレていたか。お互い、これの影響だろうね」
紬の左頬に爪と翼を組み合わせたような奴隷紋が浮かび上がる。
「ちょ、隠しなさいよ。他の子達に見られたら大変なことになるわよ」
カップを置いて周囲を見渡す千早に対して紬は微笑みを浮かべて頬を指先でなぞる。
「【竜人化】による身体強化の影響で高負荷のトレーニングにも体が耐えられるようになった。私としては魔道具の研究と言う形で欲求を発散しているが……戦士職である君はそうはいかないようだ」
「そうね。鍛錬がそのまま血肉になっていくように感じるわ。正直、とても楽しい。真也を笑えないわね。ファスさんの高重力化でのトレーニングをしたいもの」
「確かに今の君ならあの常軌を逸したトレーニングにも耐えられるだろう……しかし、本筋は違う」
奴隷紋を消して、紬は行儀よく座る千早を下から上まで眺める。
「な、なによ……」
「千早も感じるだろう? 正規の奴隷となった我々は【位置捕捉】で真也の位置がわかるようになった。彼が近づいているのを感じる。フフ、この体はたまらないね。この瞬間も彼を感じられるんだ」
「何が言いたいのよ」
「私が最近体を鍛えたのはボディメイクの為さ。眠らずに研究をしているのではなく、彼を思って眠れないから起きているだけ。君も同じなのだろう? 彼によって変えられた身体を持て余しているんだ。その当てつけに私が作った器具を破壊するのは止めて欲しいのだけどね」
芝居がかった仕草でそういう紬はあまりにも艶っぽく、同性である千早が見ても性的に見えた。
「変な言い方しないで。【竜人化】とかいう【スキル】の影響で変わっただけで、あの馬鹿に変えられたわけじゃないわよ。この話は終わりよ。……確かに、真也が近づいているのを感じるけど。あっちの船旅は順調なの?」
「そのようだ。叶からの連絡によれば大水球から襲ってくる魔物の対処に追われているそうだが、一週間以内にはこちらの港へ到着できるはずだ。彼等の幽霊船を使えば大水球への探索の目途も経つだろう。この屋敷を手配してくれた第三王女との連携もやりすくなる。いよいよ合流の準備をしないとな」
「そうね。真也が合流すれば少なくとも二振りの【竜の武具】が手に入るし、戦力的にも充実するわ。問題は……あの子達が納得するかだけど。そう言えば、屋敷の中にいるメンバーの気配が感じられないけど……留美子もいないみたいだし」
紬が呆れた表情でため息をつく。
「今朝方、君も誘われていたじゃないか。メンバーの半分ほどがノーツガル領の貴族のご令息が集まるパーティーに参加しているよ。留美子はいつも通り影から護衛だ」
「そう言えば誘われたわね。あの子達ったら……紬は参加しなかったの?」
「社交界での女性らしさを学ぶ為や『ブラン・ロゼ』の活動資金集めに出ても良かったが……先程言ったように真也を感じている現状では他の男の視線はやや不快でね。しかし……以前ならそんな会など不潔と言って周囲にも参加を禁止していたというのに、変わったものだ。君もこの団もね」
紬の言葉を受けて、千早は肩をすくめる。
「異世界で旅をしていたら変わりもするわよ。資金集めにドレスを着て貴族達のパーティーに参加だってする必要があった。まぁ……そのおかげで異性に対して耐性がついてあの子達もトラウマを乗り越えられたのは良かったけど。まさかこんなことになるなんて……」
盛大にため息をつく千早に紬は苦笑して返す。
「彼女達は元々……いや、よそう。抑圧は解放を求めるようになる。……まっ、これも我々の戦いさ。今日の戦果については留美子に聞こうじゃないか。ワインの摘まみ程度にはなるはずさ」
「お酒は飲まないわ。留美子が帰ってきたら呼んでちょうだい。シャワーを浴びてくる。打ち込み用の柱の修理を忘れないでね」
「それは明日以降にしてくれ。生産班も久々の街を楽しんでいるからね」
「まったく、風紀が乱れてるわ」
靴音を立てて退室する千早が扉を閉めたの確認して、紬は再び頬に奴隷紋を浮かべ。
「私達ほどじゃないさ」
と、楽し気に呟いた。
長くなったので、一旦区切ります。次回の更新は明後日になると思います。
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