第四九十話:頑張ればできるって!
洞窟内にある廃造船所。朝日なんて差し込まないポカルの隠れ家だが、習慣で起きてしまう。
横にいる叶さんとファスを起こさないように……。
「おはようございます。ご主人様」
すぐにファスが体を起こしてこちらを見る。
「……おはよう、ファス。起こしたか?」
「ご主人様の気配で目覚めました。良い気分です……チュ」
唇に柔らかな感触。ファスが横にいる時の朝はいつもこうしてくれるのだが、ドキドキして慣れないな。
「トアは最後の見張りでしたね。叶、朝ですよ」
「ん……おはよう。よく寝たー」
(おはよー、マスター、うごけない)
叶さんのいる場所の奥ではポカルがフクちゃんを抱いて眠っていた。
「う、羨ましい。私すらフクちゃんを抱いて寝たことはないのに……フクちゃん、次は私と寝ようね!」
(イヤ)
「なんでっ!?」
「叶さんポカルは寝ているから静かに……」
フクちゃんは起きているが気を使って動かないようにしているのでそのままポカルを任せよう。シャツとズボンという簡素な格好で外へ出ると、トアが手斧の素振りをしていた。
「おはようだべ、旦那様。今日は朝の稽古はするだか?」
「もちろん。トアは休んでもいいぞ。ポカルは寝ているしな」
「今から寝る気にならないだ。付き合うだよ」
というわけで、ポカルを起こさないように隠れ家の扉を慎重にしめて外で朝の稽古をする。
柔軟を行い、呼吸法から始まる合気道の一連の体操をした後はそれぞれの合気道の習熟度に応じた稽古を始める。ファスは仗の型の素振りと叶さんは手ほどきに基本技、トアは上級の自由組手だな。
「トア、頼めるか」
「お相手いたしますだ」
合気道の自由組手は相手を攻撃役の『仕手』と防御役の『受け』を事前に決めて、受け側が仕手側の攻撃を技で返すと言う行動を繰り返す。
「ほい、ほい、ほいっと」
テンポの良い片手捕りを呼吸投げや回転投げで逸らす。しだいに型から外れて突きや本来合気道では見られない蹴りなども混ざり、それを僕が技で返すとトアは宙返りや側宙などアクロバットな受け身で対応していく。僕も合気をベースに他の武術の技も交ぜてそれはいつしか演舞のように、リズムを伴うコミュニケーションになる。
「私も素振りが終わったのでお邪魔しますっ!」
「いつでもいいぞっ!」
ファスが横から仗の薙ぎ払い、挟まれないようにファスに近づきながらトアの取り手を四方投げで返す。投げられたファスだがしっかりと受け身をとって立ち上がって来た。うん、これならケガすることもないだろう。
「僕からも仕掛けるぞ」
「はいっ!」
「了解だべっ!」
仗を捌きながら取って、接点を作って投げたり、トアを掴んであえて仕手として技を受けたりして間合いを変えていく。二人共、上手になったなぁ。レベルによる身体能力の上昇があるとはいえ、これは紛れもない努力によって身に着けた武術だ。トアは有段者クラスは余裕であるだろうし、ファスの仗の腕前も間違いなく実戦で使えるレベルといえるだろう。
「うぅ、あれはまだ無理……いいなぁ。真也くーん、私の基礎技も見てよー」
「わかった」
流れを止める。抑え技をファスとトア同時に行い、ファスの仗でトアの関節を極める。
「む、やられました。流石です」
「オラとファスのテンポを合わせて極め技。勉強になるだ」
最後に叶さんの基礎技を見て、朝稽古を終える。うん、いい運動になったな。
そうこうしているうちにポカルも起きて来たので、朝飯になる。トアが昨日の鍋を取り出して、材料を用意し始める。
「なんすか、これ、なんなんすか!」
起きたばかりだと言うのに、トアの手元を覗き込んでテンション高く問いかけるポカル。
「昨日、皆から死守したスープの残りに裏ごししたトマトペーストを入れて。具材に細かく刻んだパンと干し肉を追加。調味料でちょっとだけ味を整えて……パンにスープが沁みたらチーズを山ほど振りかけて、蓋をして少しだけ蒸す。少し蒸すだけだけだから皆、そんな顔しねぇでちゃんと待つだよ」
は? めっちゃ美味しそう。昨日、僕らがスープを最後まで飲もうとしたのを禁止していたのだが、この為だったのか。一、二分ほど蒸して蓋を開けるとチーズがトロットロに溶けていた。
「焦げ目が欲しいから、追いチーズをして焼けた炭をちょいとつけて炙る。最後に手で千切った香草をふりかけて……ほい、楽ちん飯の完成だべ。今日は色々忙しくなるからチーズで力を――」
「「「いただきます!」」」
「最後まで聞くだ。一番いいとこは旦那様にどうぞ」
底のパンをチーズと一緒に掬い上げて口に入れる。なんだろうこの一体感。そしてフォークで掬うと垂れていくチーズよ。このビジュアルだけで旨いのがわかるようだ。熱い、でも止まらない。トマトとチーズの相性って凄いよなぁ。
「美味しいっす。アチチ、熱いけど美味しいっす」
「わかるぞポカル。熱いのがいいよな」
(ウマウマー)
フクちゃんもご満悦のようだ。あっという間に朝食は跡形もなく僕等の胃袋に消えていき、食後のお茶を飲みながら今後の予定を確認する。そもそも、僕等はあの幽霊船をどうやって利用するのかよくわかってないからポカルに教えてもらわなきゃな。そのことを伝えるとポカルはドンと自分の胸を叩いた。
「了解っす。えーと、とりあえず見て欲しいっす。ゴーストは日の光は苦手だから、少し奥にいくっス」
というわけで廃造船所のさらに奥の薄暗い場所へ行く、廃船が浮かぶ水路を挟んでいる石造りの通路の終点まで行くとポカルはランタンを取り出した。
「そのランタンは【死霊術士】の装備なのか?」
「適当っす。別に蝋燭とかでもいいっす。【召喚:死霊】」
適当なんだ……。ポカルが【スキル】を言葉にするとランタンが微かに光り、その光と同時に半透明の幽霊船が姿を現した。
「おおう、改めてみると。立派な船だな」
「少し、お話したっす。昔は客船だったけど、海賊に奪われて海賊船として使われていたらしいっす」
「ふむ、触れますが強く押すとすり抜けますし安定しているとはいいがたいですね」
確かにこれに乗って航海は怖いな。というか触ってみると不思議な感触だ。反発はあるがある程度押すと通り抜けてしまう。
「大丈夫っす。【死霊術:物体憑依】」
「おぉ、周囲の廃材が……」
「船に吸収されていくだ」
船達の残骸が歪なパズルのように組み合わさり、半透明の幽霊船を肉付けしていく。
最後に破れた帆をつけたマストが立ち上がり、立派な……。
「いや、幽霊船が廃船になっただけじゃないか?」
ボロボロの船が完成していた。到底このまま海には出れそうにないビジュアルだ。
「い、いけるっす。それに、船の情念が残っていて最後に真っ当な旅をしたいって言っているっす。こんな協力的な霊は他にいないっすよ」
「いくつか疑問がありますね。まず、この状態を維持するのに必要な魔力はポカルは出せるのですか?」
ファスがしゃがみ込んで、ポカルに目線を合わせてつつ尋ねる。
「え? だ、大丈夫っすよ。呼び出すのと憑依の時以外は特に魔力使ってないっす」
「この船……正しくはゴーストそのものが霊体としての、存在を消費して状態を維持しています。協力してくれるのは間違いないようですね。次に……私達は航海術を知りませんがポカルはどうですか?」
「こうかいじゅつ? 船の操縦なら夜にゴーストがしてくれるっす!」
「「「……」」」
絶対にヤバいじゃん。いや、これは考えてみれば当然のことだ。ポカルはまだ幼いし、ネーネさんという大事な人を助ける為に先走り、足元のリスクをまったく考えられていない。
ファス、トア、叶さんからの視線が僕に突き刺さる。これは、つまり僕が言わないといけないってことか。ファスの横にしゃがみ込んでポカルの肩に優しく手を乗せる。
「ポカル、聞いてくれ。僕ら前に大砂漠の中にある砂海という場所で一か月ほど船で遭難したことがある」
「何で生きてるんすか?」
「船に食料はなく、唯一の食事は日に数回襲ってくる毒サソリばかりだった」
「食べたんすか毒サソリを!?」
「最終的に流砂に巻き込まれて、ダンジョンに引きずり込まれることで何とか生還したんだ」
「絶対に生還できるルートじゃないっす!?」
「もうあんな思いはしたくない。というわけで、しっかりと事前準備をしなければならない。ただでさえ僕等はそういうのに縁があるんだ」
「お、おうっす。でもどうすれば……」
よしっ、なんとかポカルの自尊心を傷つけずに皆でフォローできる方向に話を持って行けたな。
「とりあえず、全員で考えを出し合ってみよう。ポカルは【死霊術】で航海の手助けがどれだけできるかかを教えてくれ、できないことは特に詳しく教えて欲しい」
と言うわけで、このままでは遭難まっしぐらなので全員で知恵を寄せ合う。
話を聞いていくうちに、ポカルの【死霊術】で幽霊船とそのほかのゴーストを呼び出すことで夜ならばある程度の補助はしてくれることがわかった。それなら他部分をどうにかしないとな。
「まず、この船がボロすぎるだ。見かけだけでも何とかした方がいいだな。せめて幽霊船の力抜きで自力で浮かぶようにはしねぇと安心できねぇべ。あと、最低限調理できるようにして欲しいだ」
「船に関しては、私に考えがあります。問題は航海術です。ゴーストを呼び出しづらい日中の航海時にないかあったら対応できません。知識ある人を雇うというのがありますが……ポカル、他の船乗りがあなたを見たらどうなりますか?」
「【死霊術士】と一緒の船に乗ってくれる人なんて魚人どころか船乗りは皆嫌がるっす。オレのことがバレたら殺そうとする人もいるっす……」
ヒレ耳を垂れ下げて項垂れるポカルの頭を撫でて励ます。
「鑑定防止の装備やゴースト除けの装備があってもバレた時のリスクが大きいか。うーん、他の人を採用するのは難しいかな」
ポカルと合流したことで、旅の難易度が下がったのか上がったのかわからないな。
だが、ネーネさんを助けると約束した以上、ポカルとの旅を考えていかなければならない。
「だとすれば、方法は一つです」
「流石ファスだべ、なんか考えがあるんだな」
「僕も一つ思いついた。多分ファスと同じ考えだ」
他人に頼れないなら、自力でなんとかするしかない。もっと言えば身内でなんとかするしかない。
「「……」」
「な、なんだべ。二人してこっちを見て……」
とうわけで町に戻ってまずある物を買う。多少値は張ったが金ならたくさんあるからな。
そうして買ったものをとりあえずトアに押し付ける。
「ほ、本気で言っているのけ? 悪い冗談じゃ……」
「大丈夫だトア、君ならできる! あんなに訳の分からない戦術の本を読み切ったじゃないか!」
「もちろん私たちも学びます。最悪私の目で陸地を確認しながら進めるので、最低限の準備ですむはずです」
「トアさんファイトだよ! 私も女神様に航海の無事を全力で祈るね!」
(ガンバっ!)
「夜にゴーストを呼び出して、経験が必要な部分はなんとかしてもらうっす! 多分なんとかなるっす!」
広〇苑三冊分くらいの貴重な航海術の本をトアに押し付けて必死で説得する。ちなみに、この場にないがまだまだ航海術の本はあるらしい。全部買っておこう。
そう、僕とファスの考えとは一番地頭の良いトアに突貫工事で航海術を学んでもらうと言うことだ。通常ならそんなことは無理だろうが僕等には大森林で学んだ高速学習という手段がある。
もちろん僕等も勉強するが経験がものをいう航海で付け焼刃の航海術なんか通用するとは思えない。
しかしトアだけは僕等とは別次元で頭がいいということをイズツミさんが言っていたし、なんとかしてくれるだろう。うん、そう信じるしかない。
「ぜ、絶対遭難するだぁああああああ!」
こうして、前途多難な船旅の準備が始まったのだった。
まともな計器の無い時代の航海術って本当に凄いですよね。
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